成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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二度目の公演 後

 

 繰り返す三日間、その二日目、昼過ぎ。

 決まり切った予定の通り、午後の配達を始めた郵便屋を、リンクは細心の注意を払いながら追いかける。

 夜明け前に、人目を避けて郊外のポストへと投函した、アンジュの手紙以外に配達の予定は無いことは、既に確認済み。

 つまり、彼が予定のルートを外れて向かう場所、会う人がいるとすれば、それこそがカーフェイに繋がる手がかりとなる。

 それを見逃すまいと気合いを入れながら、数時間をかけて町中を一周する郵便屋の走りについていったリンクは、ついにその瞬間を前にした。

 

 町の南側の端、建物に囲まれた狭い小道を抜けた先にふと広がる、水路を挟んだ僅かな緑地。

 そこに駆け込み、備え付けられていた鐘を郵便屋が鳴らした音に応えて現れ、彼が取り出した手紙を受け取ったのは……結婚式を控えた青年ではなく、その顔を黄色い動物のお面で隠した、リンクと同じ年頃だと思われる少年だった。

 

 当のカーフェイ自身ではなかったのは残念だけれど、手掛かりを掴んだことには違いない。

 少年が来た方向、水路脇の細い空間を通った先にあるドアの存在を確認したリンクは、気配を消したまま一息でその場を駆け抜け、水路を飛び越え、鍵のかかっていないドアの中へと入り込んだ。

 ドアの向こうには狭い通路が続いていて、その先には部屋もあるらしい。

 途中の物陰に身を隠し、戻ってきた少年が脇を通り過ぎてから少し待ち、気配が落ち着くのを見計らったリンクは、意を決して足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋と言うよりは倉庫と表した方が良さそうな狭い空間に、ベッドと机のみを詰め込み、人が暮らすための環境を辛うじて整えたように見える部屋。

 先程の少年はそこで、届けられたばかりのアンジュの手紙を読んでいた。

 突然現れたリンクに対してほんの一瞬驚きながらも、何かを察したらしい彼のくぐもった声が、お面越しに聞こえてくる。

 

 

「『……緑の帽子に、緑の服。

  アンジュの手紙に、お前のことが書いてある。

  カーフェイを捜しているらしいな。

  ……お前、秘密を守れるか?』」

 

 

 少しきつめの口調で、こちらを見定めようとしているかのように思える少年の様子に戸惑いながらも、リンクはしっかりと頷いた。

 

 

「『アンジュはお前を信用した、僕も信用しよう』」

 

 

 リンクが本気であることを信じてくれたらしい少年は、そう言って、顔のお面へと手を伸ばす。

 ゆっくりと外されたその下から現れたのは、想定していたものよりは少し違うけれど、それでも十分に面影を感じられる顔だった。

 

 

「『僕がカーフェイだ』」

 

「『なっ……そんな馬鹿な、わたし達が探しているカーフェイは大人だぞ。

  お前は、どこからどう見ても子供じゃないか』」

 

 

 変な冗談で手間を取らせるなと、そう怒りかけたチャットは、続いた言葉に心なしか小さくなってしまった。

 

 

「『お面をかぶった変な小鬼に、こんな姿にさせられたのさ』」

 

「『……またあいつか、次から次へとロクでもないことを』」

 

 

 クロックタウン周辺の冒険を続ける中で、『ムジュラの仮面』の力を得たスタルキッドが為した悪事の後始末や、現在進行形で起こってしまっていた事件をどれだけ収めたことか。

 彼のことを見捨ててはいないし、今でも友達だと思っている上に、彼が仮面に操られてしまう前は一緒になって悪戯をしていたチャットにしてみれば、少しを通り越してかなり居た堪れなかった。

 そんなチャットを背に庇いながら、そんな姿では母や婚約者に自分だと信じてもらえないと思ったのかと尋ねたリンクに、カーフェイは躊躇うことなく首を横に振った。

 

 

「『隠れているのは、この姿のせいじゃない。

  この姿にされた後、相談をしようと思って、北門近くの泉に住んでいる大妖精に会いに行ったんだけど。

  ……その時に、大切な『婚礼の面』を盗まれたんだ。

  結婚を前に浮かれて、油断していた隙をつかれてしまった』」

 

「『アンジュが心配してるのはわかっている……でも、今はまだ出ていけない。

  彼女に約束したんだ。

  婚礼の面を持って、絶対迎えに行くって。

  あれを取り戻してからでないと、合わせる顔が無い。

  アンジュなら許してくれるとしても、僕自身が納得出来ない』」

 

 

 辛そうに、それでもしっかりとそう言い切ったカーフェイの気持ちが、意地を張る理由が、リンクにはまだ分からない。

 だけど、分かったこともあった。

 カーフェイはアンジュと同じように、『大切な約束を守りたい』のだ。

 

 

「『ちょっと、そこを覗いてみてくれないか』」

 

 

 カーフェイが示したのは、壁に掛けられていたお面だった。

 その目の部分に開いていた穴を、言われた通り覗き込んだリンクは、その向こうに広がる光景が、見覚えのある場所を別の視点から見たものであることに気がついた。

 『マニ屋』は夜中しか開いていない変わった店で、他の店には無いような珍品を取り扱っていて、持ち込まれたものは何であろうと値段をつけてくれるので、冒険の中で手に入れた諸々の品を引き取ってもらうために、リンクもよく訪れている。

 この部屋はその店の、カウンターの裏側に位置していたのだ。

 

 

「『盗んだ品を持ち込めるような店は、この町ではここくらいなんだ。

  お面を盗んだあいつが、他にも泥棒を行なっているのならば、この店で待ち構えていれば必ず現れる筈』」

 

「『……まさかお前、一か月もずっと、ここでそいつが現れるのを待っていたのか?』」

 

「『マニ屋の店主とは知り合いで、事情を話して協力してもらっているんだよ。

  郵便屋だってそうだ、秘密を守ってくれて本当に感謝している。

  ……僕は必ず、アンジュのところに帰る。

  どうか、彼女にそう伝えてくれ』」

 

 

 カーフェイの言葉に頷いたリンクは、アンジュが知りたがっていた彼の本心を示すもの、二人の約束の証として、彼が身につけていたペンダントを預かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『こ、これは、カーフェイの!!

  あ、ああ……ありがとうございます。

  もう大丈夫です、私、待つことにします。

  約束しましたから』」

 

 

 リンクからペンダントを、カーフェイの誓いの証を受け取ったアンジュは、驚き、涙を込み上げさせたその後に、本当に美しい顔で笑ってくれて。

 それを見届け、一日目の人探しと二日目の追跡で疲れた心身を宿で一晩休ませたリンクは、三日目の朝に改めてカーフェイの下へと向かった。

 お面を取り戻すまで帰れないというカーフェイと、それを信じて待つというアンジュ。

 二人の決意がどれだけ強く固いものだとしても、それを叶えるために残された時間は今日一日しか無いのだということを、彼は知ってしまっていたから。

 今回の最終日は全て、彼らのために費やそうと決めていたのに。

 訪れた例の小部屋には、カーフェイの姿は既に無く。

 代わりに、彼の協力者だったというマニ屋の店主が、リンクのことを待っていた。

 

 

「『緑の帽子、君がリンクだな。

  カーフェイからの言伝だ、この手紙を母親に届けてほしいだと。

  ……カーフェイなら、ゆうべ店に来た客の後を、血相を変えて追いかけていきやがった。

  あいつは常連でな、どこの誰からかっぱらってきたかもわからないようなものを度々持ち込んでくるケチなスリだよ。

  行き先の心当たりって、そうだなあ……確かあいつは、谷の方の出身だったか?』」

 

 

 店主が首をひねりながら口にしたその言葉に、リンクとチャットは背筋に冷たいものが走ったのを感じた。

 『谷』とは恐らく、クロックタウンから東の方向に広がっている『イカーナ渓谷』のことだろう。

 地形は険しく、蠢く魔物達は強く、かつてその地に栄えたという大国の亡者達が夜ごとに彷徨うという危険地帯。

 そんな場所に、土地勘も戦闘の心得も無い、一介の町人でしかないカーフェイが一人で向かった。

 その事実が意味することを考えてしまったリンク達は、カーフェイからの母宛ての手紙を、捜索の成果だという伝言付きで郵便屋に託すと、大急ぎでクロックタウン東側の門から飛び出していった。

 その走りが時折、世界そのものを揺るがすような地鳴りによって妨げられる。

 ふと見上げた視界の多くは青空ではなく、禍々しい岩の塊によって埋められていて。

 何度目かの最期の時が、またしてもこの世界に訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い切込みのような大地を流れる川、それを遡りながら辿り着いた渓谷の行き止まりの辺り。

 あちこち捜しまわった末に辿り着いたその場所で、リンクはようやくカーフェイを見つけることが出来た。

 心配と、彼を捜して走り回ったことで乱れていた息を整え、無茶なことをするなと声を上げるよりも先に、彼が隠れていた物陰へと引っ張り込まれた。

 

 

「『しっ、静かに!

  ……奴を見つけた。

  あの岩の扉の向こうに、奴が盗んだものを隠している倉庫がある。

  僕のお面も、きっとあの中だ』」

 

 

 カーフェイに示されて振り向いた先の岸壁には、確かに、不自然な一枚岩が存在していた。

 主が中にいる間は流石に危険だと思い、出かけるのを待ってから潜入を試みたカーフェイの判断は、残念ながら間違いだった。

 扉の仕掛けは複雑なもので、施した本人でなければとても開けられそうにない。

 だからカーフェイは、またしても待つことにした。

 戻ってきた主によって扉が開かれるのを、次の潜入の機会を。

 それが、困難な仕掛けを解けるような技術も、立ちはだかる敵や困難を捻じ伏せられるような力も無い、『勇者』でも『英雄』でもないカーフェイが、大切なものを諦めないために出来るただひとつの戦い方だった。

 

 

「『待つさ、いくらでも。

  アンジュと約束したんだ』」

 

 

 リンクは、男女の愛というものを知らないし、分からない。

 まだ幼い少年であることに加えて、本来ならば最も身近な例となる筈の、『両親』というものを知らないからだ。

 愛し合い、夫婦になる男女というものが、これまで目の当たりにしてきたカーフェイとアンジュのように、ここまでお互いを信じあい、お互いのために頑張ることが出来る人達ならば。

 まだ赤子だった自分を、最期の瞬間までその胸に抱き続けていたという母も、そんな彼女が愛したであろう父も、こんな風にお互いを想い合って。

 それと同じくらいの気持ちで、自分のことも愛してくれていたのだろうか。

 自分のことをハイリア人ではなくコキリ族だと、父と母ではなく大樹から生まれた子だと思いながら、幼い体を抱き締めてくれる人がいないのをおかしいことだなんてこれっぽっちも考えないまま、当たり前のように一人で生きてきた。 

 そんなリンクが、確かに存在していた筈の……自分をこの世に生み出して、その腕に抱き締めてくれた筈の人達のことをきちんと考えたのは、今この時が初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーフェイと共に物陰に身を隠し、少し惚けながら過ごした数時間後。

 落ちた日の名残りすら消え、辺りに完全な夜が訪れた頃合いになって、ようやくその時が訪れた。

 見た目だけならば一般人に思える男が仕掛けを動かし、巨大な一枚岩の扉を開けて中へと入っていくのを待ったカーフェイは、その姿と気配が遠のいたのと同時に駆け出した。

 一瞬遅れてそれに続いたリンクが、カーフェイと共に目の当たりにしたのは、岸壁を装っていた扉とは裏腹に、きちんとした部屋として整えられていた内部……ではなく。

 まるで戦利品を誇ろうとするかのように、透明なケースの中に仰々しく飾られていた、美しい金色のお面だった。

 

 

「『あった、太陽のお面だ!!』」

 

 

 この時カーフェイは、耐え忍びながら求め続けてきたものをようやく見つけられて安堵した彼は、最後の最後で気を抜いてしまった。

 本当に思わず、衝動のままにお面を収めるケースへと駆け寄ったカーフェイの足元から、『カチリ』という不吉な音が鳴り。

 途端に、赤い光が部屋中を毒々しく染め上げ、異常事態を告げる不快な音が響き出した。

 

 

「『しまった!?』」

 

 

 見つかったと、気付かれてしまったと、こちらとしても一瞬で悟らざるを得ないような状況に更なる追い打ちがかかり、お面を収めていたケースの底が、壁に開いた穴の先へと向けて動き出す。

 穴の向こうには、お面が丁度収まるくらいの小さなものだと思われていたケースと、動く底板が長々と続いていて、次の部屋を丸ごと通り過ぎたその先には、回収用と思われる穴が開いているのが確認できた。

 出入り口といい、よくもまあこんな大層な仕掛けをと、呆れた声を上げる間もなく。

 奴の手に渡る前に取り戻さねばと、お面を追って駆け出したカーフェイは、侵入者を翻弄するための仕掛けがこれで全てではなかったことを思い知らされた。

 カーフェイが作動させてしまった警報装置の作動スイッチ、そこから離れた途端に、彼が飛び込もうとしていた次の部屋へと続く扉が閉じてしまった。

 

 

「『踏んでる間だけ、ドアが開く仕組みなんだ…っ!!』」

 

 

 何とも意地が悪い仕掛けである。

 侵入者が仮に一人だけだったら、この時点で、お宝が運ばれていくのを黙って見送る以外に出来ることは無い。

 しかし今回、カーフェイには味方が、それもとびきり心強い者がいた。

 

 

「『行け、カーフェイ!!』」

 

 

 何者かが仕掛けを作動させる音と、緑の少年に連れ添っている妖精の声が響いた次の瞬間に、カーフェイの行く手を塞いでいた扉が開いた。

 殆ど反射的に飛び込んだ部屋は行き止まりで、例のケースの中をゆっくりと流れていく太陽のお面の存在が、すぐそこにある存在に手が伸ばせないという現状が、カーフェイをますます焦らせる。

 

 

「『落ち着け、落ち着け……次の部屋に進むための仕掛けが、必ずある筈』」

 

 

 心臓が潰れそうな心地がするのを堪えながら室内を探したカーフェイは、予想通りに仕掛けを見つけ、それを踏んだ。

 再び『カチリ』と音が鳴り、新たな扉が開かれる。

 それは、カーフェイを次の部屋へと進ませるためのものではなく、お面が流れるケースを挟んだ反対側にある、もうひとつの部屋へと入るための扉だった。

 

 

「『カーフェイ、そこを動くな!!』」

 

 

 膝から崩れ落ちそうになったところを、心臓を貫かれたと思うような勢いで響いた妖精の声で制されたカーフェイは、緑の少年と妖精が、向こう側の部屋へと飛び込んできた瞬間を目の当たりにした。

 一人ではないという安堵が、協力すれば何とか出来るのではないかという期待が、次の瞬間凍り付く。

 向こう側の部屋に仕掛けられた罠が、二足歩行の狼や、伸びた茎の先に鋭い歯が覗く実を備えた植物といった魔物達が、彼らの領域へと踏み込んできた者へと向けて一斉にその牙を剥いたからだ。

 

 リンクの身を案じ、逃げろと声を上げてくれるカーフェイの気持ちをありがたく思いながら、リンクは内心で胸を撫で下ろしていた。

 こちらに来たのが自分で良かった、カーフェイでなくて良かったと。

 幼い背に負う剣の柄へと手を伸ばし、抜き放たれた刃がその勢いのままに二度三度と振るわれた次の瞬間には、部屋の魔物は一掃されていた。

 あまりのことに呆然と立ち尽くしてしまったカーフェイは、自身の部屋の扉が開いた音によって正気を取り戻し、全速力でその向こう側へと飛び込んだ。

 

 そこにあったのは行き止まりの小部屋で、壁にはケースの端の片方と、自分が入ってきた分も含めた二つの扉が、床には二つのスイッチがあり。

 ケースの中の動く底板は、終着点に開いている穴へと向けてゆっくりと確実に、太陽のお面を流し続けている。

 カーフェイが踏んだスイッチの片方は、お面を流す仕掛けを止めるのではなく、もう片方の扉を開いた。

 しかし、その事がカーフェイを焦らせたり、嘆かせたりすることはもう無かった。

 その向こうから心強い味方が現れてくれることを、今のカーフェイは知っていたから。

 

 相棒の妖精を伴いながら、扉が開くと同時に駆け込んできたリンクが、何の説明もされないままにもう片方のスイッチを作動させる。

 それは今度こそ仕掛けを止めさせ、再び奪って逃げようとした泥棒ではなく、本来の持ち主であるカーフェイの手が、太陽のお面を万感の想いと共に掴み上げた。

 

 

「『やった、これでやっと……やっと、アンジュとの約束を』」

 

「『あ、あの……カーフェイ、それなんだが』」

 

「『まだ間に合う、急いで町に戻らなきゃ!!』」

 

「『ちょっ、待てカーフェイ!!

  だめだ、行ってしまった……確かいつもなら、アンジュは既に今頃』」

 

 

 自分達が知る『予定』では、アンジュは三日目の夕方には家族と共に町を離れて、ロマニー牧場への避難を済ませてしまっている。

 いつかの夜に、リンクは宿の部屋の壁越しに、『約束がある』と、『手紙には必ず帰ると書いてあった』と言って避難を躊躇うアンジュと、そんな彼女を説得する母親のやり取りを聞いたことがある。

 あの時はさっぱりだったその意味が、母の熱意と思いやりに負けて避難してしまったことを三日目のアンジュが後悔していた理由が、今は説明されなくても分かる。

 本当なら明日、世界が滅びを迎えてしまう日、カーニバルが開催される筈だった日に。

 古くからの風習に倣って、絆と誓いの証となるお面を奉納した二人は、世界一幸せな花婿と花嫁になる筈だったのだ。

 

 胸の奥から込み上げてきたものに喉を塞がれ、熱いような苦しいような、何とも言えない気持ちに苛まれたリンクは、カーフェイに遅れて駆け出した。

 向かったのはクロックタウンではなく、アンジュと彼女の家族の避難先であるロマニー牧場。

 命と身の安全を優先して逃げたのは仕方がないことだ、それは責められない。

 だけどせめて、カーフェイは約束を守ろうとしたのだということ、そのために身の危険も顧みずに頑張ったのだということだけは、アンジュに分かってもらいたかった。

 

 そんなリンクの想いが、叶えられることはなかった。

 必死の思いで辿り着いたロマニー牧場に、アンジュの姿は無かったのだから。

 馬鹿な決断をした娘に、呆れているような、悲しんでいるような、安心したような、誇らしいような。

 複雑な想いを馳せる母親の姿のみが、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと数時間もあれば日が昇り、新しい一日が訪れるであろう頃合いになって、リンクはようやくクロックタウンの、カーフェイを待つことを選んだアンジュがいる筈の宿へと帰りついた。

 夜だからではなく、人がいなくなってしまったせいで静まり返った町並みを、毒々しい赤い月光が染め上げている。

 頭上から迫るものの圧力によって引き起こされる地鳴りは、もはや収まった瞬間を見つけることが難しいくらいの頻度になってしまった。

 正しく終焉の時、『新しい明日』など来やしないのに。

 絶望と疑いの中で何度も折れかけて、それでも必死に、『約束』を支えに互いを信じ抜いた二人は……用意されていた花嫁衣裳の前で、それぞれが用意していた対のお面を手に、釣り合いが取れているとは思えない姿で、それでも固く抱き合っている。

 それはとても、胸と瞳の奥から込み上げてくるものを堪えるのが大変なくらいに、美しく尊い光景だった。

 

 

「『……よく、僕だってわかったね』」

 

「『当たり前でしょう。

  だって私、あなたに会ったことがあるわ。

  遠い昔……そう、まだ小さかった頃。

  私達は約束したわね、月と太陽のお面を』」

 

「『時のカーニバルの日に交わそうって。

  ……結婚しようって』」

 

「『……嬉しかった』」

 

「『アンジュ、遅れてごめん』」

 

「『お帰りなさい。

  約束を守ってくれて、ありがとう』」

 

「『……僕の方こそ。

  ありがとう、待っていてくれて』」

 

 

 互いの存在と言葉を交わし合い、ゆっくりとその身を離すカーフェイとアンジュ。

 そこでようやくリンクとチャットの存在に気づいた二人は、ほんの一瞬だけ驚いた後、優しい笑みを浮かべてくれた。

 

 

「『リンク……ありがとう、来てくれたんだね。

  僕達は、これから結婚式を挙げる』」

 

「『どうか、見届けて下さい』」

 

 

 そう言った二人は、改めてお互いの顔と、それぞれが手にしていたお面を向き合わせた。

 

 

「『約束のお面を交わそう』」

 

 

 まるで誓いの口づけかのように、カーフェイの太陽のお面と、アンジュの月のお面が重なり合う。

 二つのお面を中心に、眩い光が迸った次の瞬間。

 二人の手の中には、豪奢な装飾が施されたお面ではなく、滑らかな純白の表面を薄っすらと輝く紋様で彩った、シンプルながらも美しいお面が収まっていた。

 

 

「『誓いを交わし、僕らは夫婦となった』」

 

「『あなた達は証人よ、このお面を受け取って』」

 

 

 二人の絆と約束、困難を越えてお互いを信じ抜いたことの証と言っていい、大切なお面。

 それを何も躊躇うことなく、心からの笑みと共に差し出してくる二人に、リンクの方が躊躇ってしまう。

 こんなものを貰うわけにはいかないと、何とか断ろうと顔を上げ、二人の目を見たリンクは、その瞬間に気づいてしまった。

 大事なものだからこそ、二人はそれを託そうとしているのだと。

 共に逃げてもらうために……大切な約束を果たしたことの証を、最期の時に巻き込んでしまわないために。

 

 夜明けは、月がクロックタウンを消滅させる瞬間までは、恐らくあと1時間ちょっとといったところ。

 旅慣れているリンクはともかく、一介の町人の身では、今から逃げてももう間に合わないと思ったのだろう。

 残念なことに、その考えは正しかった。

 全てを承知の上、覚悟の上で、二人は今この時に、共に在ることを選んだのだ。

 

 

「『あなた達は逃げて下さい、私達はもう大丈夫です。

  明日を、二人一緒で迎えられるんですもの』」

 

 

 アンジュがそう言いながら浮かべた微笑みは、リンクを安心させるための嘘や強がりなどではなく、偽りの無い本心が現れたもので。

 ほんの短い間でも、最期の瞬間まで、二人で夫婦として生きられることの幸せを、心から噛み締めている笑顔で。

 

 ふざけるなと、リンクは思った。

 ようやく会えたばかりなのに。

 あれだけ望んでいた約束を、やっと叶えられたのに。

 二人で幸せになるのは、まだこれからのことなのに。

 ずっとずっと、一緒に生きていける筈なのに。

 

 二人の手から『めおとの面』を受け取り、優しい笑みと眼差しを背中に感じながら、リンクはまるで振り切るように駆け出した。

 逃げるためではなく戻るため、更なる可能性を信じて進むため。

 二人の未来を繋ぐため、まだ諦めないために。

 今にも落ちてきそうな程に迫った月の下で、時のオカリナを構える。

 既に指で覚えた旋律を奏でる口の中は、不自然な塩辛さで満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『また戻ってきたな、最初の朝に。

  ……リンク、元気を出して。

  スタルキッドを止めてムジュラの仮面を取り戻せば、もう月は落ちてこない。

  カーフェイ達だって助けられる、だから頑張ろう』」

 

 

 チャットの励ましに小さく頷き、握った拳を震わせながらも懸命に顔を上げて、また進むべく踏み出されたリンクの足は、一歩目で止まってしまった。

 この時間、この場所には既に何度も立っていた筈なのに、今の今まで全く意識出来ずにいた存在が、目に飛び込んできたことによる驚きによって。

 

 

「『カーフェイ…っ!』」

 

 

 初めて会った時に目にした、黄色い動物を模したお面を身につけたカーフェイが、例の裏口へと続く路地の向こうから、丁度姿を現したところだった。

 辺りを窺いながら恐る恐る歩を進めるカーフェイは、見覚えのある便箋を手にしていて。

 アンジュを少しでも安心させるべく、意を決して手紙を出す……それがあの二人の、滅びに向かう三日間での最初の動きであったことを、今この時になって初めて知った。

 

 目的を果たすや否や、暗い路地の向こうへと足早に去っていくカーフェイの後を、追いかけるつもりは無い。

 彼の母の依頼を受けることも、カーフェイの想いを確かめたがっているアンジュに声をかけることも、彼女から託された手紙を投函してその後を追うことも、今回はしない。

 恐らくアンジュは、自分達が知るいつもの流れのように、家族と共に避難した先で、カーフェイとの約束を優先できなかったことを後悔するのだろうし。

 カーフェイだって、泥棒のアジトを突き止めて潜り込むまでは出来たとしても、その先の仕掛けは彼一人では突破できない。

 太陽のお面が持ち去られるのを見過ごすしか出来なかった彼は、アンジュとの約束を守れない絶望に打ちひしがれることになるのだろう。

 

 それは想像ではなく、現実にそうなるであろうという確かな事実で。

 今こうして軽く考えただけで、胸が張り裂けそうなほどに辛いのだけれど。

 リンクはそれを耐える、耐えて先に進んで見せる。

 それこそが、カーフェイとアンジュを本当の意味で救うため、彼らの未来を繋ぐための、唯一の方法なのだから。

 

 

「『……よし。

  じゃあ、行こうか』」

 

 

 敢えて明るく振る舞ってくれるチャットに、感謝の気持ちを込めて笑い返す。

 時の勇者リンクの旅路は、まだまだ果てが見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溢れて止まらない涙に視界を妨げられ、その現状を不便だと思いながら。

 アビゲイルはそれを拭うことよりも、最後の挨拶を行なうべく現れた一座の人達へと向けて、全力を込めてその手を打ち鳴らすことの方を優先した。

 この物語に、なぜこんなにも心を揺るがされたのか。

 アビゲイルは何となくだけれど、その理由を察していた。

 きっと、この物語における勇者リンクは主役ではなく、あくまで手助けしてくれる存在だったから。

 語られていたのは、カーフェイとアンジュの物語……勇者でも英雄でもない、運悪く大変な困難に見舞われてしまっただけの普通の人達が、一生懸命に勇気を出しながら、本当に大変な時だけ勇者様に助けてもらいながら、自分自身の力と想いによって、大切なものを守り抜いた話だったから。

 

 これが勇者リンクだったら、『だって勇者様だから』『凄い力を持っている人なんだから』と思い、その痛快な活躍を楽しむばかりで、『もし自分だったら』なんて考えたりはしないだろう。

 カーフェイとアンジュだから……勇者リンクの手助けが無ければ、信じる気持ちを貫き切れなかったり、立ち塞がる困難を乗り越えられなかったりする人達だからこそ。

 きっかけさえあれば、誰かに手伝ってもらえれば、その上で諦めることなく、勇気を出すことを忘れなければ。

 自分だってきっと、彼らみたいに頑張ることが出来る。

 そんな風に思わせてくれる、本当に素晴らしい公演だった。

 

 

(…………勇気を、出して)

 

 

 勇者リンクが彼らを助けることが出来たのは、彼ら自身が既に勇気を出して、最初の一歩を踏み出していたから。

 逆に言えば、例え勇者であろうとも、自ら動こうとしない者を助けることは出来ないということ。

 舞台上で繰り広げられた物語と、そこに登場した人々に背中を押されたのは、アビゲイルだけではない。

 ラヴィニアもまた、胸の深いところから込み上げてくるものに助けられながら、ずっと頑なだったその手を少しずつ、一生懸命に動かした。

 誰もいない筈の方向から服の袖をかすかに引っ張られ、突然のことに思わず上がりかけたアビゲイルの声は、別の驚きによって噤まれることとなる。

 

 

「……落ち着いて、アビー。

 大丈夫、私よ」

 

「…っ!? ラ、ラヴィニ」

 

「名前を呼ばないで、こっちも見ないで。

 じゃないと、おまじないが解けちゃうかもしれないわ」

 

「……おまじない?」

 

「そう、凄いでしょ。

 今の私、ちょっと分からなくなってるの。

 お芝居、ずっと隣で、一緒に見てたわ。

 ……昨日のやつもね」

 

 

 思いもよらない言葉を受けて、その瞳を一気に潤ませたアビゲイルの手を、何者かの見えない手が、同じ年頃の少女のものと思われる手が取る。

 お芝居を見たことによる感動の涙に、歓喜の涙を続けて加えさせながら、アビゲイルはありったけの想いを込めてそれを握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ラヴィニア。

 私やっぱり、全ての魔女や魔法が、悪いものだとは思わないわ。

 正しい人が正しい心で、正しく扱いさえすれば、それはきっと素晴らしいものなのよ。

 今あなたと、こうやって手を繋げているようにね」

 

「それ、他の人に言ってはダメよ。

 あなた自身が、魔女にされてしまいかねないわ」

 

「わかってる、あなたと私だけの秘密。

 ……今のところは」

 

「アビー?」

 

「セイレムの外なら、広い世界でなら、私と同じように考えてくれる人がきっといる。

 私とラヴィニアが仲良くしていても、誰も文句を言わないし、悪いなんて思わないでいてくれる場所だって、きっとある。

 私はいつか、それを探しに行ってみたいわ。

 怖いけど、いけないことだとも思うけど……それをやってみたいというのが、私自身の確かな本心、叶えたい願いなの。

 今はまだ無理だとしても、いつか必ず『勇気』を出すわ。

 ……その時には、ラヴィニア。

 どうかあなたも、一緒に来てくれないかしら」

 

「……そう、ね。

 その時が来たら、二人で一緒に」

 

「ラヴィニア……ありがとう、約束よ」

 

「うん、約束」

 




 以下、今回の配役です。


 時の勇者リンク

 前回と同じ。


 妖精チャット

 前回と同じく、哪吒が担当。
 勇者の相棒ということで殆ど出ずっぱりなので、大変だったけれど頑張った。


 カーフェイ

 立香が担当。
 一途で誠実な青年という役柄に、一座の中では最も適切だと団員一同から揃って推されて、座長だけどいいのかなと躊躇いながらも引き受けた。
 それに続いた、アンジュ役を決める流れの中で一同の意図を察し、その顔を赤く染め上げることとなる。


 アンジュ

 マシュが担当。
 立香と二人で、恋人を通り越して婚約者の役を演じるということに戸惑いながらも、『ムジュラの仮面』屈指の人気エピソードを台無しにしないように頑張って演じた。
 頑張るのはいいけれど、もうちょっと違うことを意識してもらいたかったなあというのが、さりげなくお節介を焼いたサーヴァント達の密かな本心だったという。


 郵便屋・マニ屋の店主・お面を盗んだ泥棒といったその他男性役

 ロビンフッドが担当。
 どれも重要なキャラではあるけれど、登場シーンはそれぞれ限られているので、声色を駆使しながら見事に演じ分けた。


 カーフェイの母、アンジュの母といったその他女性役

 マタ・ハリが担当、このためにナレーションを交代した。
 結婚する年頃の子供がいる女性、それも町の要人の奥方と宿屋の女将という、全く違う人物像をこなしてみせた。


 ナレーション
 
 サンソンが担当。
 市民達の信頼と、劇団としての実績を得るべく手を尽くすことに意味が無いのを既に知っているので、往診に出たりはせず、普通に公演を手伝った。
 

 背景の切り替え、その他効果などの演出

 前回と同じく、メディア(キルケー)が精霊達を指揮。
 ホプキンスの言動にムカついていたため、より一層気合いを入れて頑張った。

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