成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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契約成立

 

 

 青白く無機質な人工の光に照らし出された、カルデアのオペレーションルーム。

 人理修復の旅路が本格的に始まり、声を出すのも憚られてしまう程の緊張感で満たされるこの部屋に、何の前触れも遠慮も無く堂々と入ってきた者がいた。

 自動ドアが開く音に思わず振り返った赤い外套の男が、視界の端に長く背に伸びる蒼い髪とドルイドの杖を捉えた時点で、ため息と共に体勢を元に戻す。

 

 

「君か、ランサー」

 

「残念、今はキャスターだ。

 いい加減それで呼ぶのはやめてくれねえか、いつまで経っても未練が消えやしねえ。

 ったく…次はランサーで呼べって、消え際にちゃんと伝えたってのに」

 

「不死身の槍兵ではなく、絶体絶命の窮地の中で導いてくれたドルイドこそが、彼らにとっての『クー・フーリン』だったのだろうな」

 

「……まあ、期待されてるからには応えるさ」

 

 

 多大な犠牲を払いながら、立香とマシュが燃え盛る冬木の街から帰還した。

 その少し後に行われた儀式にて、冬木という土地の縁が結ばれたと思われる数人のサーヴァントが召喚された。

 キャスターのクー・フーリン、同じくキャスターのメディア、ライダーのメドゥーサ、アサシンの佐々木小次郎。

 そして、アーチャーのエミヤに、セイバーのアルトリア・オルタ。

 

 召喚してしまった直後は阿鼻叫喚だった。

 現状で敵対の意思は無いこと、むしろ人理修復に尽力する所存であることを(なぜかエミヤがアルトリアの分まで)誠心誠意主張することで、やっと落ち着いたのだった。

 

 サーヴァントという最上クラスの使い魔が、魔術師としての感覚が薄い者からしても、歴史・伝説上の英雄がそこに居るという現状に、最初こそいちいち驚いたり戸惑ったりしていたカルデアスタッフ達だったが、今やすっかり慣れていた。

 例え英雄であろうともいつまでも躊躇っていられる程の、折角の人員を遊ばせていられるような余裕が現状で皆無なのが理由だった。

 

 全くの手つかずで新品状態だった、施設的に重要とはみなされなかった為に無傷で残っていた食堂の主に早々に収まり、味気ない保存食を何とかアレンジして栄養と食の楽しみを提供してくれるエミヤには、立香を含めたスタッフ総出でひれ伏したし。

 クー・フーリンも、慣れないながらもキャスターとして、メディアと共に破壊されてしまったカルデア施設をひとつでも多く復旧させる為に尽力している。

 ダ・ヴィンチという前例が既にあったことも幸いして、サーヴァント達はただの強力な使い魔ではなく、人理修復のために共に頑張る仲間という立ち位置をカルデアで築きつつあった。

 

 だから、クー・フーリンが入ってきたことに気付いても、スタッフ達は構わず存在証明を続けたし。

 皮肉屋を気取りながらも、実際はオカン気質であることがこの短期間で早々に知れ渡ったエミヤが、レイシフトに赴く二人をあっさりと見送った後に自身の城(キッチン)で散々ソワソワしてから結局様子を見に来た際も、誰もツッコミはしなかった。

 そんなエミヤへのツッコミスルーは、実は現在進行形で行なわれていたりする。

 

 

《火で炙られた皮がパリッと香ばしくて、熱い脂が口いっぱいに広がって……ほんの少し塩を振って、火で焼いただけなのにこんなに美味しいなんて!!

 これが焼き魚、これがレーションや栄養補助食品とは違う本物の野外料理!!》

 

《れーしょ…栄養補助って?》

 

《ま、マシュはいわゆる箱入り娘って奴で…つい最近まで、家の外に出たことが無かったんだ》

 

《訳ありって奴か、なら詳しくは聞かないでおくよ。

 マシュ、お代わりはいる?》

 

《いただきます!!》

 

「…まともな食材さえあれば、マシュにもっと手の込んだ家庭の味を、もっと早く、もっとたくさん味わわせてやれたというのに。

 召喚されて以来、私は一体何をしていたというのだ…っ!!」

 

「料理、時々掃除だな。

 ……お前、自分がアーチャーのサーヴァントだってことマジで忘れてねえか?」

 

「そもそも、まともな食材どころか、辛うじてアレンジを効かせられる保存食の類いまでもが尽きかけているのだ!!

 このままでは、缶詰めどころか固形の栄養補助食品で三食賄わなければならなくなる……くっ、私に食材の投影が出来てさえいれば」

 

「聞いちゃいねえな」

 

 

 周りが敢えてスルーしているのを察しながらも、馴染みの相手を見て見ぬ振りは出来ずに律儀に突っ込んだクー・フーリンだったが、一瞬で諦めて意識を切り換えた。

 

 

「ダ・ヴィンチ、今どうなってんだ?」

 

「修復を終えてある程度落ち着いた特異点からなら、食料その他の物資を調達できる可能性はあるよ。

 今はそれに期待するしかないね、エミヤには頑張ってもうしばらく持ち堪えてもらおう」

 

「………いや、そうじゃなくて」

 

「わかってるよ、冗談が通じないなあ」

 

「冗談にしろとまでは言わねえさ。

 俺達サーヴァントはともかく、マスターやスタッフの連中、生身の人間達にとってはガチで切実な案件だからな」

 

「そーゆーこと、一応真面目に考えてはいるさ。

 で、現状だけどねえ…とりあえず、もう少し経てば落ち着いて色々と考えられるようになりそうってところかな」

 

 

 レイシフト先の動向を窺うための大画面には、森の中で焚き火の傍に腰を下ろし、焼き魚や燻製肉、直火で炙った又は生の果物といったシンプルかつワイルドなメニューに舌鼓を打つ立香達の姿が映し出されている。

 外の世界を知らないマシュはもちろん、エミヤの決死のアレンジを以ってしても、近頃は単調と言わざるを得なかったメニューに音を上げ始めていた立香もまた、久々の新鮮な材料を使用した食事に夢中になっていた。

 スタッフ達からすれば酷い飯テロ案件になりそうな光景だったが、レイシフトを安定させなければならない責任感と、立香とマシュの嬉しそうな様子を目にしたことへの安堵感が、一同の冷静さを保たせている。

 現状をひと通り確認したクー・フーリンは、最終的に当然行きつくべき所へ、唯一の見慣れない存在だった少年へと注目した。

 

 

「あの坊主は?」

 

「危ないところだった立香君達を助けてくれたのさ。

 名前はね…何と驚き、『リンク』だそうだよ」

 

 

 ダ・ヴィンチが、少しだけ含みを持たせながら口にしたその名に、クー・フーリンは思わず息を呑んでしまった。

 それ程の、あまりにも強すぎる力と意味を持った名前だった。

 

 

「………人理焼却に対する世界のカウンターとして、特異点にはサーヴァントが召喚される可能性があるって言ってたな」

 

「私ももしやと思ったんだけど…残念ながらそれは無さそうだね、サーヴァント反応が測定されない。

 長い歴史の中には、『彼』の名を我が子につけるような剛毅な親もいたということだろう」

 

「つけられた方は堪ったもんじゃねえだろ」

 

 

 少年の今までの苦労を想像して多少同情したクー・フーリンをよそに、当の少年は、腹が膨れて落ち着いた立香達から話を伺い始めていた。

 

 

《フランスの異変を調査、解決しに来た…ねえ》

 

《所属している組織の都合上、あまり詳しいことは言えないんだけど、混乱に乗じた変な企てとかは全く無いってことは断言できる。

 事前情報を何も得られないまま来たばかりで、勘違いからいきなりあんなことになっちゃって。詳しいことは、まだ何もわかっていないんだ。

 何でもいい…知ってること、分かってること、教えてもらえないか?》

 

《教えてやってもいいんだけどさ…生憎と、俺も殆ど何も知らないんだ。

 俺自身旅の身で、この国にだって来たばかりで。

 ここが『フランス』という国だってこと自体、今聞いて初めて知ったくらいだからな》

 

《そうなのですか!?

 こんな森の中で、特に不自由もなく慣れた様子で過ごされていたので、てっきり地元の方だとばかり……》

 

《来たばかりで何も知らない、なのに人の居るところで情報を集めもせずに、こんなところで一人サバイバル生活……なあリンク、もしかしてお前も何か訳あり?》

 

 

 情報源としての当てが外れて軽く肩をすくめたダ・ヴィンチをよそに、クー・フーリンは、僅かな情報と思考の余地から不審な点に気付いてみせた立香に思わず笑みを浮かべながら感心していた。

 危機的状況、異常事態の中で焦り、混乱しながらも、思考のどこかで異様なまでの冷静さを保ち続ける。

 そんなある意味での鈍感さ、マイペースぶりは、冬木の時に見せていたものと変わらない。

 一歩引いたところから状況を俯瞰し、どんな時でも客観的な見方と判断が出来る。

 指揮官、マスターに必要な素質の存在を、早いうちに確認できたのは僥倖だった。

 そんなクー・フーリンの視線の先、大画面の向こうでは、戸惑いながら首を傾げるリンクの様子が立香の指摘の正しさを証明していた。

 

 

《訳あり……なのかなあ、俺自身よくわからなくて。

 俺だって最初は、何でもいいから情報収集をしようと思って街を探したんだ。

 いくつか見つけて、色々と聞こうとしたんだけど、どの場所でも大して話を聞く前に問題が起こって…》

 

《問題…とは、具体的にどのような?》

 

《どこに行っても、なぜか異様に絡まれた。

 性別も職業も立場もその時々でバラバラ、だから対処法の目処も立てられなくて。

 買い物もろくに出来なかったから、こうして自力で、狩りやら採集やらして、今後の旅支度を整えていたんだ》

 

《たくましい奴だな…》

 

《何が原因だったんでしょうね》

 

 

 呆れ半分感心半分の立香と、首を傾げながら真剣に考察するマシュ。

 そんな時、二人の間を突如吹き抜けた風が、半ば燻っていた焚き火の灰を巻き上げた。

 焚き火を挟んで二人の真正面に座っていたリンクはそれを頭から引っ被り、更には若干吸い込んでしまったらしく盛大に噎せ始めた。

 

 

《リンクさん、大丈夫ですか!?》

 

《ほら、水でも飲…め…………》

 

 

 慌てて声を上げたマシュと、先ほどは逆に革袋を差し出す立香。

 二人のそんな挙動は、とあるものを目にしたことで思いがけず停止させられた。

 止まってしまったのは彼らだけではない、画面の向こうのオペレーションルームで見守っていた一同もまた例外なく。

 

 

《ケホッ…ありがと………………立香、マシュ、どうかした?》

 

《…………リンクさん。

 異様に絡まれた理由ですが、判明しました》

 

《つーかお前……そんな無自覚で、今までよく何事もなく無事だったな》

 

《何のこと?》

 

 

 未だ収まらない苦しさに加え、訳がわからない余りに苛立ちすら覚え、若干眉間に皺を寄らせたその表情さえ、芸術家が生涯を費やして完成させた傑作の如く。

 頭から被った灰を払うために外されたフードの下から現れたのは、思わずそんなことを考えてしまった自分を笑えない程に麗しい美少年だった。

 

 

「……成る程な、親も大層な名前を付けるわけだ」

 

「惜しい、残念過ぎる!! こんな状況でなければ全身全霊をかけて絵のモデルになってもらったのに!!」

 

 

 モナ・リザに次ぐ傑作が描けたかもしれないのに!! …と騒ぐダ・ヴィンチと、未だ半ば呆けてしまっているスタッフ一同をよそに、画面の向こうの少年少女達は何とかやり取りを先へと進めていた。

 

 

《リンク、取引をしよう。

 この国の現状を知りたい…もっと広く言えば、『情報が欲しい』という共通点が俺達にはある。

 俺達はリンクが何故か絡まれまくっていた原因に気付いた、その対処法だって思いついている》

 

《その辺りを補助する代わりに、旅路に同行して色々と手助けしてほしい…ってところかな》

 

《正解…見てわかったと思うけど、俺達、野営や旅に関しては本で勉強しただけで実地では全然でさ。

 手助けだけでなく、是非とも指導してもらいたいんだ》

 

《わかった、その話に乗ろう。

 助けてもらえるならありがたいし、そろそろ動き出そうかと丁度思ってたところだし。

 あと何より、お前達と一緒だと面白そうだ》

 

《ありがとうございますリンクさん、よろしくお願いします!》

 

《こちらこそ、改めてよろしくな。

 それじゃあ、協力関係の締結を祝って、現時点で提供できる分の情報を出すとしよう》

 

《えっ、情報あったの!?》

 

《多少はあちこち回ったんだ、いくつかの街や砦の場所くらいは把握しているさ。

 この森を出て少し行ったところにも、小さいものだけれど砦がある。

 今現在の戦況や情勢を知りたいなら、話を聞く対象は一般人よりも兵士の方だろう》

 

《成る程…それでは次の目的は、その砦で、今度こそ友好的にお話を伺うことですね》

 

《……あと、もうひとつ。

 どう判断すれば、どう意味を捉えればいいのかがわからなかった…お前達に伝えるべきか、今の今まで迷っていた情報がある》

 

《………聞かせてくれ》

 

《詳しく聞く前にその場を離れざるを得なくて、チラッとやり取りを耳にしただけの話なんだけど……何でも、国中が震え上がっているらしい。

 『蘇った魔女が、国に、自分達に復讐する』ってな》




人理修復の旅路を辿る本編においては、特異点にてメインで活躍するサーヴァントは、マシュとリンク以外はその特異点の物語中で登場する者だけという縛りをつけさせていただきます。
カルデアから自由に人員を動員できるとなると、選択肢や戦略の幅がありすぎてヌルゲーになってしまうので。
書く側としては、ある程度制限があった方がやりやすかったりするんです。

あと実際、立香のスペックからしても、カルデアからサーヴァントを自由に呼びまくるなんて荒業は到底出来ませんから。
レイシフト時に連れていけるのは、立香自身のスペックで契約と顕現を維持できる者だけ…要はカルデアを介さず個人で契約したサーヴァント、つまりマシュとリンク。
それ以外の皆は、サークル設置が完了してカルデアからのバックアップを受けられるようにになってから、一時的な召喚で力を借りるくらいにしておこうと考えています。

だとしたら、カルデアで所属のサーヴァントを召喚する意味は何なのか…という話になってしまいますが。
スタッフが激減してしまったカルデアという組織自体の運用、立香やマシュへの指導、幕間の物語やイベントに該当する微小特異点への対応など。
メインのもの以外にもこなすべき仕事は山のようにありますから、普段はそちらに従事してもらっていると考えています。
特異点で戦うだけが人理修復ではないということです、その辺りの日常やイベントのストーリーも今度追ってみたいです。

どんなサーヴァント達も普通に登場してくる、小ネタや幕間の時間軸に関しては、FGOゲーム本編のそれと同様にスルーでお願いします。


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