「……なあ、ほんとにこれ外しちゃダメなのか?」
「ダメです、リンクさんは是非ともそのままでお過ごしください」
「………ほんとに、こんなことで解決するのか?」
「保証する」
「…………話を聞くのに被りものしたままって、失礼だと思うんだけどなあ」
(成る程、それで律儀に素顔を晒したのか)
(リンクさんの言うことは尤もだし、非も全く無いのですが。
……誰も何も悪くないのに事態が悪い方向へと進むこともあるのですね、勉強になりました)
フードの端を摘まみながら、意に反する行ないをすることに少しだけ不満そうな様子ではあったが、客観的な立場から得られた助言を蔑ろにするつもりは無いらしい。
ギリギリの視界が確保できるだけの辺りまで、しっかりとフードを下ろしてくれたリンクに、立香とマシュは、友好的な接触への第一関門が突破されたことを確認してホッと肩を落とした。
「さて……立香、マシュ、ここでちょっとした問題だ」
「問題?」
「俺達が今歩いているこの道から、どんな情報が得られるか言ってみよう」
「こ、この道からですか!?
と言われても、私の目には、何の変哲もない道としか……」
「いきなり情報を出せってのはきついか。
それじゃあ、何か気になったこと、気付いたことはないか?
他の場所の他の道と比べて、違うところを指摘するのでもいい」
他の場所の、他の道。そう言われて、マシュは一層黙り込んでしまった。
カルデアの施設と極寒の雪山、加えて炎に呑み込まれた冬木の街以外は、資料でしか世界を知らないマシュには酷な質問であったことをリンクは知らない。
悪気はない、誰も悪くないのに事態ばかりが悪くなる。またしても起こりかけた実例に、立香はフォローすべく慌てて割って入った。
「え、えっと……そういえば結構道幅があるな、三人で横並びになっても余裕で歩ける」
必死に回した思考の中で、取りあえず気付いたことを口にしてはみたのだが、一瞬の後に『それが何だと言うのだ』と自分で自分に突っこんでいた。
苦笑いの裏で落ち込む立香だったが、そんな彼の内心をよそに、リンクが返したのは思いがけない言葉だった。
「立香、ひとつ言っておく。世の中に無駄な情報、余計な気付きなんてものはない。
どんなもの、どんなことにだって、そうなった理由や原因があるんだ。
そこから情報を引き出せるかは人によるし、その情報を生かせるか、役立たせるかも人による。
最初から『馬鹿げている』と切って捨てることほど『馬鹿げている』ことは無い、少なくとも俺はそう思う。
細かいことや、当たり前すぎて見逃しがちなことに気付けるのは立派な能力だよ。
それとマシュも…わからない、知らないことに罪悪感を覚える必要はない。悪いことなんかじゃないんだから。
知識や経験の量に優越感を抱き、周りを見下すような奴に、ある段階で『知ること』『学ぶこと』に満足してしまうような奴に先は無い。
マシュはただ、育った環境が悪かっただけ……あくまで想像だけど、訳ありっぽいから聞かないけど、それだけのことだろ。
大切なのはこれから。学ぶことの大切さと楽しさを知っているマシュなら、すぐに追いつき追い越すさ」
「………はい、ありがとうございます」
「ちなみに、立香が気付いた道幅の広さは、この道を使ってどれだけの量の荷物を運んでいるかに関わってくる。要は荷車を使ってるかどうかだな。
人の足で運べるだけの物資ではもたない、それだけの数の人とそれを賄う為の施設がこの道の先にあることの証だ」
「成る程…」
「更に別の点から、その人数や施設の規模がそれほど大きなものでは無いこともわかる。
その『別の点』とは果たして何なのか。はい、立香」
「わかんない、教えて」
「……少しは考えろよ」
「知らないことは悪いことじゃないって、言ったのはお前じゃん」
「学ぼうとすることが大切なんだとも言った気がするな……まあいいか、何かお前はそれで問題なさそうな気がするし。
答えは道の舗装が中途半端なこと、この程度の固め具合じゃちょっと雨が降っただけですぐに泥濘になる。
その程度なら何とかなる程度の行き来しかない、もしくは道を整備する重要度が低い。どっちにしても、人の拠点としては小規模ってことだ」
「な、成る程……凄いですリンクさん、ほんの僅かなことから色んなことに気付けるんですね!!」
「経験と蓄積だよ、一度覚えさえすれば色んな場所や場面で使えるようになる。
色々と教えるって約束したからな、出来る限りのことはさせてもらうさ」
「はい、精一杯学ばせていただきます!!」
落ち込みから一転、キラキラと目を輝かせながらリンクの話に耳を傾けるマシュに、そんな彼女を微笑まし気に見守る立香。
ここが人理崩壊を導く特異点のひとつであることや、この地で起きる異常のキーワードと思われる『魔女』の存在を、知っていても思い出すのが困難になってしまう程に穏やかな時間が流れていた。
「いやーほんと、追われて森に逃げ込む羽目になった時はどうしようかと思ったけど。
それでリンクに会えたんだから、プラマイで言えばこれはもう完全にプラスだな」
「これこそ『災い転じて福となす』です、誘導してくれたドクターに感謝ですね。
…………あれ、ドクター?」
《僕が何だって!?》
「うわっ!?」
「ド、ドクター!!」
突如大音量で響いてきた、今の今まで完全に忘れていた声とその主に、キョトンとしながら声の主を探して辺りを見回し始めたリンクに、立香とマシュはここからは窺えない通信先へと向けて慌てて静止の声を上げ…ようとしたのだが、間に合わなかった。
《立香君、マシュ、二人とも大丈夫!? あれからどうなったの!?
…………って、そこの君は誰?》
止める間もなく、通信どころか映像まで繋がれてしまった。
気のせいでは片づけられない決定的なものを目撃されてしまったことに、立香とマシュはもう突っ込む気にもなれなかった。
溜め息をつきながら肩を落としていたのは、せっかく築けた現地民との友好関係に水を差すまいと、見守るのみに徹していた気遣いを一瞬で台無しにされたオペレーションルームの一同も同じく。
尤も、立香とマシュの身を本気で心配したからこその暴走であったことは誰一人として疑わなかったし、呆れながらも失望まではされなかったのは、ロマニの日頃の行いによる人望の賜物ではあったが。
鼻が隠れるほどに深く下げていたフードを、影の中に瞳が窺える位置にまで上げまでしながら、虚空に浮かぶロマニの冷や汗交じりで引きつった顔を凝視するリンク。
一瞬の思考を経て、立香は覚悟を決めた。誤魔化す覚悟ではなく、きちんと説明する覚悟を。
未だ短い付き合いではあるものの、リンクならばわかってくれるという信頼が既にあったし。
何よりも立香自身が、彼に対して誠実でありたいと思っていたから。
「リンク、紹介するよ。
その人はロマニ・アーキマン、俺達のドクターだ」
「味方なんだな?」
「保証する」
そう言われて吐いた息と共に、リンクの肩に、眼差しに籠っていた不自然な力が抜けたのがわかった。
立香の言葉と、彼の発言を受けて警戒を解いたリンクの様子に、見知らぬ少年が立香達が現地で得た仲間であることをロマニも察した。
所長代理として、彼らの上司として、保護者として、年長者として、あまり情けない姿ばかりは見せられない。
『今更だ』と言われそうな、殆ど確信と言える予感をひとまず隅に追いやって、
新たな仲間であり、友人であると言える存在にきちんと向き合おうとしている立香の気持ちを尊重して、カルデアと自分達について話そうとしたロマニだったが、その決意は次の瞬間に霧散した。
緊張が解けて一旦綻んだ筈のリンクの表情が、今度は表情だけでなく身に纏う気配までもが、警戒を通り越した戦意・闘志とも言えるものを漲らせたのだから。
それを真正面から受けてしまったロマニが、通信の向こうでひっくり返ったのを察したが、今気にかけるべきはそちらではない。
声をかける間もなく、自分達が向かっていた先へ…彼が『砦がある』と言っていた道の先へと駆け出したリンクの後を、立香とマシュは一拍遅れて追いかけた。
「リンク、どうしたんだ!?」
「人の悲鳴!! あと戦いの音だ、確かに聞こえた!!」
「…っ!! マスター、急ぎましょう!!」
その言葉に、決断に、何の躊躇いもなく頷く少年少女達。
だいの大人ですら背を向けてもおかしくない戦闘の真っ只中へと向けて、全速力で駆けるその様は、最新の英雄譚の一幕と呼ぶに相応しい光景だった。