修羅の国 = ハイリア
「助けてくれてありがとう、砦の全ての者を代表して礼を言うよ。
凄い強さだったなあ、その若さで旅をしているだけのことはある」
「それにしても驚いた、あんな化け物が人を襲っているなんて…」
「えっ、あのガイコツって珍しかったの?
ここに来てから何回か襲われたから、てっきりこの国はそういう所なんだと思ってたんだけど…」
「そんなわけないです!!」
「お前はフランスをどんな修羅の国だと思ってたんだよ、つかそんな目に遭いながら平然と森で野宿してたのか!!」
「今までよく生きてましたね…」
「さっきのあの強さがあるって考えれば、まだ納得できなくもないけれど…」
予想外の認識と爆弾発言に多少ぐだぐだしながら、それでも何とか果たした砦の者達との接触は、『危ういところを助けた』という何よりもの実績を以って非常に良好な形で行われた。
その結果、リンクから辛うじて得られた、ほんの僅かな情報を補完するに足るだけの十分なものを得ることが出来た。
立香やマシュが知る正史と、現状の間に幾つも存在する差異。
中でも最も大きなものは、リンクの口にしていた『蘇った魔女』と、その正体とされている『聖女ジャンヌ・ダルク』というキーワード。
その名と大体の功績、魔女として火刑に処されたという最期くらいしか知らなかったという認識を補足するためのマシュの語りを、立香は、そもそも彼女の存在そのものを知らなかったというリンクと共に沈痛な面持ちで聞いていた。
「改めて聞くと、ほんと酷いなあ…」
「国としては、最小の犠牲で最も大きな利を成したという大義名分があるのかもしれないけれど。
……それでも、その人が確かに成し遂げた献身に、功績に、少しくらいは報いたって良かっただろうに」
「ほんと、復讐のために蘇ったって言われてもなっとムグッ!?」
立香が思わず零しかけた何気ない呟きは、無言でその口を塞いだリンクの手によって妨げられた。
一瞬だけ思考を『?』で埋めた後に、自分がとんでもない失言を吐きかけたことに気付いた立香は、リンクへの感謝と安堵の気持ちを以って口の中に残っていた言葉を呑み込む。
それを確認したリンクは、ハアとため息を付きながら立香の口を覆った手のひらを外した。
「……ありがとう、助かった」
「本心、本音がどうであれ、それを出していいかどうかくらい考えてから発言しろ」
「………ごめん、気をつける」
『復讐したとしてもおかしくない』悲惨な事実があったことと、『だから復讐されても仕方ない』という理論は決して結びつかない…結びつけてはいけない。
現在進行形で、その当たり散らすような『復讐』に苦しめられている犠牲者を前に、間違っても口にしていいことではなかった。
折角築いた友好関係を、一発でぶち壊しかねない大失態を犯しかけたことに軽く落ち込む立香の肩を叩きながら、今度はリンクが兵士達へと向き合った。
「それで、その魔女の『復讐』っていうのは、具体的にどんなものなんですか?」
フードの影から、真剣な表情と鋭い眼光を僅かに覗かせながらのリンクの問いかけに真っ先に反応したのは、兵士達ではなくマシュだった。
「先ほどの骸骨兵は違うのですか?」
「確かに、死を恐れず、そこそこ頑丈で、見た目的に恐ろしく気味が悪いという点で厄介ではあったけれど。国が滅びに瀕するような脅威と言えるような敵じゃあない。
アレが撃退された後も、皆さんは変わらず警戒している。空に対して怯えている。
……いるんですね、空からやってくる別の脅威が」
推測ではなく、確信をもった問いかけを受けた兵士達がその肩を跳ねさせるのと、城壁の上から半ばやけくそのような声が降ってきたのは、ほとんど同時のことだった。
「来たぞ、迎え討て!!」
「ドラゴンが来たぞ、抵抗しなきゃ食われちまうぞ!!」
風を切る鋭い轟音が、魂に爪を立て揺さぶる耳障りな咆哮が空の彼方から降ってくる。
瞬く間に砦を満たした戦闘の喧騒にまみれながら、上空を振り仰いだ三人の視界に飛び込んだのは、伝説やお伽噺の存在でなければならない筈の怪物だった。
《君達の周囲に大型の生体反応!!
しかも、速い…っ!!》
「目視しました、あれはまさか…」
「ドラゴン!?」
「はい、あれはワイバーンと呼ばれる竜の亜種体です!!
間違っても、絶対に、十五世紀のフランスに存在していい生物ではありません!!」
個体数はわずか10にも満たず。しかしその巨体、その攻撃性は、この砦を攻め落とし人間を喰らいつくすのには十分。
あり得ない筈の存在を目の当たりにしてしまった驚きと、こちらを餌としか認識していない怪物の殺気にあてられたことで硬直してしまった立香とマシュ。
二人の視界を横切って、フードの少年が飛び出した。
「リンクさん!?」
「お前、また…っ!!」
彼の行動によって図らずも気を取り直し、続けて走り出しかけた立香とマシュだったが、そのまま最前線へと駆けていくと思われたリンクがその足を止めたことで、二人も思わずそれに続いた。
「…リンク、どうした?」
「マシュ、お前は上空の敵に対する攻撃手段を持っているか?」
「…………」
「責めている訳じゃない、正直に答えてくれ」
「跳躍すれば、出来ないことはありませんが……あの高さ、あの素早さを相手には、少々難しいものがあります」
マシュの本領はそもそも護りであり、攻撃に転じたとしても、その戦法は巨大な盾を用いた重厚な一撃を確実に叩き込むことが重視される。
攻撃が容易に届かない空、しかも早いと来れば、今回のワイバーンは正しく天敵と言えた。
つい先ほど、頼ってくれなかったことを怒ったのは自分の方なのに。
不甲斐なさと申し訳なさに俯いてしまったマシュだったが、リンクが次にかけた言葉は、そんな彼女の落ち込みを一喝するものだった。
「俺は何とかしてあいつらを地に落とす、それだけに集中する。
だから、止めはマシュに任せた」
「え…?」
「任せていいな?」
「はっ…はい!!
マシュ・キリエライト、作戦を了解しました!!」
「立香…何か文句、もしくは別案は?」
「無い、それで行こう!!」
「了解した」
静かに、それでいながら力強い声で応えたリンクは、戦場へと向けて今度こそ脇目も振らず駆け出した。
最初の標的は、地上近くに舞い降りながら兵士の一人に食らいつく寸前だった一頭。
先ほど拾ったままだった骸骨兵の剣を振りかぶり、所々で欠けた刃で斬りつけるのではなく、全力を以って投げつけた。
ある程度脆くなっていたとはいえ、刀身は立派な鉄の塊。
それが粉々になる勢いで、しかも見事な狙いで脳天に叩きつけられたとなれば、いかに丈夫なワイバーンが目を回してしまったとしても何らおかしくはなかった。
「大丈夫か!?」
「は、はい……何とお礼を言えば」
「礼はいい、何ならその槍を渡してくれ。
たった今壊してしまって、手ぶらなんだ」
「し…しかし、これを渡してしまったら私が戦えなく」
「その怪我でこれ以上の戦闘は無理だ、後は任せて物陰にでも隠れていてくれ。
あいつらは必ず倒す、約束する」
その声に、その言葉に…脱げかけたフードの下から覗いた美しい碧玉の眼差しに、兵士は気付けば自身の槍を手渡していた。
槍と共に、怪我を負ってもなお戦おうとした兵士の心意気を確かに受け取り、頷き。
途端に、弾かれるような勢いで駆け出した少年の背に、先ほど目の当たりにした美しい瞳に、兵士はとある存在を重ねて見ていた。
幼い頃に知り、今も変わらず憧れ、誰かを守りたいという想いを抱く原動力となった。
伝説の勇者その人を。