「『サーヴァント』って、なに?」
今後の道行きを判断するのに十分なだけの情報を得られて、『もういいか』と立香とマシュが判断したことから、戦闘の途中から今に至るまで、咎められることなく外れっぱなしだったフードの中身。
それが僅かに傾きながら口にした、今更な、それでいて当然すぎる問いかけに、その辺りの知識があることを大前提で話していた一同は、背後に『ビキッ』という擬声語がつきそうな勢いで固まった。
『やべー……』という内心の声が聞こえそうな表情で顔を強張らせる立香とマシュに、ジャンヌは恐る恐るといった様子で問いかける。
「あ、あの……そちらの方は、まさか」
「うん、違うんだ」
「そんな、あの強さで!?」
「私達も、信じがたい気持ちは未だにあるのですが。
『サーヴァント反応が無い』と、はっきり言われてしまいましたから」
「……エクストラクラス・ルーラーのサーヴァントには、『真名看破』というスキルがあります。
弱体化している身ゆえ、まともな機能をしておりませんが、それでもサーヴァントと普通の人を見分けるくらいは問題なく出来る筈なんです。
改めて、きちんと見てみましたが……どうやら、立香さん達のおっしゃっている通りのようですね」
「中世以降、近代に近くなってからも、『英雄』たりえる方は僅かながら現れていたそうです。
リンクさんはきっと、そんな方々の中でもとびっきりの存在なんだろうというのが、ダ・ヴィンチちゃんの考察です」
自分には無い、何かしらの『共通認識』を以ってヒソヒソと話しあう三人を、リンクは少し離れたところから若干遠い目で見守っていた。
知らない単語が多いし、状況の多くを未だ把握しきれていないけれど、それでも察することが出来るものはそれなりにある。
彼らが驚いているのは、並外れた戦闘能力を発揮した自分が、それを元に想定していた何かしらの存在ではなかったこと。
そういう存在であるという、本来ならば一目瞭然で判断できる筈の証拠が現れなかったこと。
その理由に、リンクは確かな心当たりがあった。
(一応、念のため……程度の期待だったんだけど、予想以上に効いてたみたいだな)
助けを求め、自身を呼ぶ声に応えて目覚めた時。
この地に立った時、彼は何もわからなかった。
ここは何処なのか、ここで何が起こっているのか、自分の身に何が起こったのか、自分は何をすべきなのか。
唯一察することが出来たのは、今の自分が、眠りにつく前のかつての『自分』とは何かが違うという不思議な感覚と確信のみ。
途方に暮れるような状況で少しでも上手く立ち回ろうと、『効けばありがたい』程度の軽い気持ちで。
むしろ今後の決意を新たにする為という意味合いの方が強い状況で、彼は願いをかけたのだ。
『自分がただの人間とは違う存在であるらしいということが、誰にも気づかれないように』と。
利き手の甲の紋章に、膨大な無色の力の塊に。
(もう『願望機』ではなくなったみたいだから、本当に駄目元だったのに。
効果を明確にイメージした上で、確かな方向性を加えさえすれば、大抵のことは出来るみたいだな。
……十分願望機だろうが、むしろ枷が外れたみたいで逆に怖いぞコレ。
使い道は、なるべく限定させておこう)
力に溺れるほど弱くなく、勘違いして思い上がるような馬鹿でもない、
それ故に、自分が手にしているものの恐ろしさと、それをずっと所持・管理し続けなければならない重責を正確に察し、理解してしまったリンクは、顔から血の気が下がって背筋に怖気が走る心地を味わっていた。
手袋の下の紋章を無意識にさすりながら、リンクは更に考えを巡らせる。
今の自分はただの人間ではない『何か』と成っていること。
立香達はその『何か』の正体と扱い方を知っていること。
本来ならば持ち得ているべき『自覚』と『仕様書』が、自分の中には備わっていないらしいこと。
現状で確信まで持てる事柄を脳内に書き出しながら、リンクはとある重要な方向性を定めた。
(どうやら俺も『それ』みたいだっていうことは、もうしばらく伏せておこう。
立香達と、その背後の組織を信用してないわけじゃないけれど。
輪の一歩外から見られるもの、出来ることっていうのは、色々と手探り状態の現状ではきっと大切だ。
……だとしても、今の俺相手にも教えられる分はきちんと教えてもらわないとな)
リンクのそんな思惑は、彼自身が特に動くことも無いままに叶えられることとなる。
立香とマシュ、リンク、ジャンヌという、三様の知識と認識を擦り合わせるための話し合いが、その日の野営地にて行われたからだ。
それも、最も発言と情報の提供を渋ると予想されていた、組織の一員たる立香達からの提案で。
「……何かしらの組織が裏にあるのなら、こういうのって普通嫌がるんじゃないのか?」
「ドクターが許可を下さいました、ならば私達にも異論はありません」
「むしろ、俺達の方から頼み込んで許してもらうつもりだったからな。
リンクには、ちゃんと説明しとかなきゃと思ってたんだ」
《現状でもの凄く助けてもらってるからね、守秘義務とかも今更だよ(人理が焼かれた現状では秘匿だのなんだのって騒ぐ連中もいない訳だし、そもそもそんなこと言ってる場合じゃ無いし)》
「…………何か、俺の方が罪悪感湧いてきた」
《あっ……リンク君、何か事情があって言えないことがあるのなら、僕達が言ったからって無理しなくてもいいからね。
君は立香君とマシュを本気で助けてくれた、それだけで信じるには十分さ》
「リンクさんが『言えない』のならば、何か意味や事情があるのだと推測します」
「本当に必要な時には、きちんと話してくれるだろ?
あまり焦らず、その時を気長に待つさ」
「フォウフォウッ!」
「……ありがとう、甘えさせてもらうよ。
そして約束する、時が来たらちゃんと全部話すってな」
膝の上にて、我が物顔で寛ぐフォウの背を撫でながらのリンクの言葉に、立香とマシュ、そして通信先のロマニは、満足そうな笑顔で頷いた。
三者三様、改めて背筋を正しつつの情報交換は、立香とマシュが所属する組織『カルデア』側の状況説明から始まった。
それは、知らなかった者達からすれば、あまりにも絶望的な事実だった。
「…………つまり、お前達は未来から来たと。
未来で、世界は既に滅んでいて……しかもその滅びは、過去まで遡って、人という存在全て、人という種が生きた歴史そのものを無かったことにするというもので。
そして、その計画の『楔』と言えるものに対抗するために、この時代まで来た」
「そう認識していただければ、問題は無いかと思われます」
「ちなみに、『過去に行く』のは誰でもできる訳じゃないんだ。
それが、お前もさっき気にしていた、素人同然の俺達が実働部隊として最前線に来なきゃならなかった理由」
「……他に、助けを求めることは出来ないのか?
それだけの事態なんだ、普段どんなしがらみがあったとしても関係ないだろうに」
《残念だけどね、焼却を免れたのは僕達だけなんだ。
カルデアの施設と、所属している僅かなスタッフ……それが、今の世界に残された全てなんだよ》
「何ということでしょう……」
(世界が燃え尽きたあのイメージ、数えきれないほどの人達が最後の瞬間に残した願いの声。
あれは、そういうことだったのか……)
世界が既に滅んでしまっているという事実、僅かな希望を信じてそれに立ち向かっているのだという立香達を取り巻く現状を慮った、リンクとジャンヌの表情が悲壮に歪む。
それが、立香には嬉しかった。
「ありがとな、リンク」
「何が」
「信じてくれて」
「……こんな性質の悪い嘘、お前達はつかないだろ?
ともかく、改めてちゃんと言っておくぞ。
成り行きで始まって、いつまで続くのか分からない道連れだったけど。
これからは本格的に仲間入りさせてもらう、つーか意地でも着いていくからな。
この旅の成否に人という種の命運がかかってるなんて言われて、黙って見過ごせるもんか」
「リンクさん…っ!」
《ありがとう、リンク君。
君がこれからも一緒に来てくれるとなれば、頼もしいことこの上ないよ!》
「俺としては、リンクはもう仲間だと思ってたから、今更って気もするけどな」
そうして笑いあった三人は、ジャンヌを交えて、砦で譲ってもらった木製の粗末なコップと革袋の水でささやかな乾杯を上げた。