成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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二人のジャンヌ

 

 それは、現実感を見失うような光景だった。

 怪物と堕ちても尚失われない高貴な振る舞いと、もはやその存在に染みてしまった血の匂いを併せ持つ男女。

 男性とも女性とも判別し難い麗しい容姿に、細剣を携えた騎士。

 祭事服に魅力的な肢体を包んだ、杖を携える聖女。

 そして、狂気に瞳を濁らせた彼ら彼女らを従える、剣と旗を携えた黒の少女。

 彼女こそが、現状を異様なものへと変えていた。

 

 あちらは銀と黒、こちらは金と白。

 色白を通り越して病的にすら思えてしまいそうな程に薄い色の肌や、掲げる旗の紋章の違いなど、細かい差異を見つけることは容易かったけれど。

 顔立ちや体つき、それが『その人』だと一目で認識させる大きな要素が合致する。

 説明のし辛いその感覚こそが、同じ顔で向かい合う二人の少女が、元は同じ一人であったことを否応もなく納得させた。

 この状況が夢でも幻でも錯覚でもなく、二人の同一人物が目の前に、確かに共に存在しているのだということを、実感として認識できる時はすぐに訪れた。

 茫然と立ち尽くすままの白いジャンヌを、冷たく見据えていた黒いジャンヌの口元が徐々に歪み、三日月のような薄ら寒い笑みを形作ったから。

 

 

「……なんて、こと。

 まさか、まさかこんなことが起こるなんて。

 ねえお願い、誰か私の頭に水をかけてちょうだい。

 まずいの、やばいの、本気でおかしくなりそうなの。

 だってそれくらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!!」

 

「あなたは……あなたは、誰ですか!?」

 

 

 慈愛の笑みを侮蔑の嘲笑へと変えて、もう一人の自分の矮小さを、あんな小娘に縋らなければならなかったフランスという国の無様さを、ひたすらに嗤い続ける。

 そんな彼女の姿を前にジャンヌは思わず、分かっていた筈なのに、覚悟していた筈なのに、耐え切れずにそんな声を上げてしまった。

 あれが自分だなんて、あれが自分のどこかにあったものかもしれないだなんて、どうしても思えなかったから。

 そんな、冷静さを失いかけてしまっていたジャンヌを制し、代わりに前へと出た者がいた。

 

 

「リンクさん……」

 

「下がっていて、ジャンヌ」

 

 

 傷つき、憔悴する聖女を庇い、強大な敵と相対する美しい少年騎士。

 意図して作り出したかのように、あまりにも絵になりすぎるその光景は、狂ったサーヴァント達の琴線をも刺激した。

 騎士や聖女は無意識に感嘆の吐息を零し、吸血鬼達は極上の獲物の予感に喉を鳴らした。

 急な昂りを堪える配下達とは逆に、折角楽しく嘲笑っていたところで一気に調子を落とされた黒いジャンヌが、腹立たしげに舌を打つ。

 

 

「はあっ、何それ?

 さっすがお綺麗な聖女様は違いますねえ、何も言わずに守ってくれる騎士様が黙っているだけで寄って来るだなんて」

 

「どいて下さいリンクさん、これは私の問題です!!」

 

「当事者だからだめなんだ、冷静な判断と対応がどうしても出来なくなる。

 言いたいように言わせておけばいい、何でもいいから蔑みたいだけなんだから」

 

 

 ガン無視で、しかもごく自然な流れで『その程度』扱いされた黒いジャンヌの額に盛大な青筋が浮かんだのに、マシュの盾の裏から必死になって状況を覗き見ていた立香は気付いてしまった。

 ギリッと噛み締めた歯を鳴らし、旗の柄を握る手をそのままへし折りかねないような勢いで震わせながら、それだけで殺せてしまいそうな眼差しで睨み付けてくる黒いジャンヌ。

 そんな彼女に、内心でどう思っているのかはともかく、思わず視線を向けたり熱のこもった殺気に狼狽えてしまうような真似は一切窺わせない。

 例え見せかけだとしても無関心を貫いてみせるその様は、思わず自殺志願者かと疑ってしまう程に、効率的かつ的確に魔女の精神を煽り立てていた。

 

 

「では改めて……初めまして、ジャンヌ・ダルク。

 俺のことは、リンクと呼んでくれ」

 

「リンク……あの大層な伝説の、お偉い勇者サマの名前ね。

 そんなものをわざわざ名乗るだなんて、自分の顔と実力によほどの自信があるのか、それともただ単に馬鹿なのか。

 その余裕そうな表情が、心の底から腹立たしいわ」

 

「だったら聞かせてくれないか?

 あんたは一体どんな理由で、何のために、こんな趣味の悪い憂さ晴らしに興じているのか」

 

「憂さっ……私の復讐が憂さ晴らしですって!?」

 

「それ以外の何だと言うんだ?

 悪意を以って裏切った者、貶めた者……明確な対象にのみ、その憎しみを向けて終わらせたならばまだしも。

 関係も面識もない人達にまで無差別に、感情に任せて当たり散らしている時点で、あんたの復讐に正当性は無い。

 規模が大きすぎて大層なことに見えているだけの、ただの子供の八つ当たりだよ」

 

「貴様ぁっ!!」

 

 

 元より堪える気の無かった黒いジャンヌの激情が、最後の一押しをされたことで爆発した。

 膨大な魔力を炎として無差別にまき散らし、遠いカルデアのオペレーションルームにまで被害を及ぼさせながら、衝動のままに声を張り上げる。

 

 

「バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン、そいつを片づけなさい!!

 残り滓の聖女などいつでも始末できる、まずはそこの不愉快極まりないエセ勇者を惨たらしく消し去るのです!!」

 

「よろしい。

 例え名ばかりであろうとも勇者を狩るとは、怪物冥利に尽きるというもの」

 

「私は基本、男は眼中にないのだけれど……まあいいわ、あれだけ美しい若者は処女であろうとそうはいない。

 この際男だろうと構わない、肉を裂いて血を浴びると致しましょう」

 

《ヤバいヤバい本気で怒らせた、何か凄そうなサーヴァントを二体もけしかけられた!!

 リンク君、冷静になれないって理由でジャンヌを引かせた君が何をやってるの!?》

 

「俺は冷静だし、ちゃんと狙い通りだよ。

 敵の強さ、戦い方、正体……それらを最も正確に、的確に調べる方法は、実際に戦ってみるのが一番だからな。

 少なくとも今この場で、造りだけはジャンヌに似ているあの顔に、最低でも一発は叩き込んでやる」

 

 

 一見落ち着いているかのように思えながらも、異様な迫力が込められているその声に。

 自身を獲物として品定めする二人のサーヴァントをよそに、黒いジャンヌのみを真っ直ぐに見据える眼差しに込められた、静かに滾る激情に。

 どんな惨状を前にしても冷静に、落ち着いて自分達を先導してくれていたかのように見えていた彼が、実は密かに怒っていたのだということに、立香達はようやく気がついた。

 





 『ゼル伝』の存在が後の人理にどのような影響を及ぼしたのか、考えていたらインドで結構なバタフライエフェクトが起きました。『あいつを殺せるのは俺だし、俺を殺せるのもあいつだけ』なライバル関係を保ったまま、インド兄弟の仲を良好にさせようと思うのですが、如何でしょうか。ご意見を聞かせて下さい、反響の様子を見て『活動報告』にネタを書こうと思います。

  • 作者がやりたいならやってもいいと思う。
  • 原作・原点からあまり離れすぎるのは嫌だ。
  • むしろどんどんやって欲しい。
  • 内容による。

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