成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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屈辱の撤退

 

 彼女にとって暴力とは、蹂躙とは、拷問とは、美しく洗練されたものだった。

 痛めつけ、苦しませ、それでも殺しはしないギリギリの境界を突き詰めて設計開発された拷問器具ほど、美しさと機能性を兼ねそなえた芸術品は無いと思っていた。

 暴力とはそういった道具を用いて行われるものだという認識があったし、芸術品を用いるからにはそれに相応しい美しさがあって然るべきという拘りさえあった。

 そういった矜持に、拘りに掠りもしない、道具という人の叡智の結晶を一切使わない原初の武器が、野蛮極まりない拳や足の一撃がその身に叩き込まれる度に、カーミラの化け物としての自負にヒビが入り、脆く崩れ落ちていく。

 

 霊核を捉える技を心得ていない生身での攻撃は、サーヴァントであるカーミラにとっては本来ならば大した効果を発揮するようなものではなかった筈であり、リンクもそれは十分に承知している。

 彼が攻撃しているのは、カーミラの体ではなく心の方だった。

 二度と歯向かわないように、二度と人を傷つけようなどと思わないように、自身に相対しただけでその芯がボッキリと折れてしまうように。

 何度も何度も、念には念を入れて、体や心どころか魂の奥深くにまで叩き込み、刻み込もうとしているかのような情け容赦のない猛攻を。

 只でさえ薄かったのに更に血の気が失せてしまった顔色で、常に我が身を焼いていた筈の復讐の熱を一時とは言え忘れさせるような怖気を背筋に走らせながら、黒いジャンヌがドン引き状態で見ていた。

 

 

「…………違う、絶対に違う。

 あいつは断じて、勇者サマなんかじゃないわ」

 

「ええ、その通りね。

 明らかな弱点や弱者を敢えて、泣こうが喚こうがとことん狙い、無慈悲に叩きのめすことで相手側の戦意をどん底まで喪失させる。

 圧倒的な戦力差をも覆す可能性を秘めながら、繰り出す方にとっても精神的にきついという理由で使いこなせる者が少ない、この私でさえよほどの相手でなければ使用を躊躇ってしまう。

 そんな、『52の喧嘩殺法』の中でも特に容赦なく、特に実践的なそれを、あんなにも自然な流れで使いこなしてしまうだなんて。

 お綺麗なシャバ僧かと思ったらとんでもない、大したタマじゃないの」

 

「バーサーク・ライダー、あなたはあなたで何を言っているのですか!?」

 

 

 くそ真面目な表情でとんでもない発言を口にした聖女に、狂化させたせいだとは思いつつも我慢できずに盛大にツッコんでしまった黒いジャンヌは、その為に思わず逸らしてしまった顔を、本当ならばもうこれ以上見たくない惨劇の舞台へと、嫌々ながらも戻し。

 その視線が、いつの間にか自身へと向けられていた青い瞳の眼差しとバッチリ合ってしまったことで、全身が竦み上がってしまった。

 体中を、特に自慢の顔を重点的にボコボコにされ、高貴な女性として、化け物としての自負とプライドを根底からへし折られ。

 もはや戦うどころか立ち上がる気力すら失せてしまい、蹲ったまま力なくしゃくり上げることしか出来なくなってしまったカーミラは、もはや彼の眼中には無い。

 ここまで来れば、ここまでされれば嫌でも、馬鹿でもわかる。

 彼は怒っている、怒り狂っている、自分が作り上げた惨劇に対して……自分に対して。

 

 

(あいつは……あのエセ勇者は、さっき何て言っていた!?)

 

 

 

 

 

『少なくとも今この場で、造りだけはジャンヌに似ているあの顔に、最低でも一発は叩き込んでやる』

 

 

 

 

 

 確かに美しい造りをしていると、素直に認めるしかなかったカーミラの顔へと情け容赦なくぶちかまし、その整った鼻筋を潰した渾身の一発を正確に思い出してしまった黒いジャンヌの喉の奥から、絞り出すような悲鳴が零れた。

 ライダーの言葉通り、無慈悲な蹂躙を前に完全に戦意が喪失してしまっている黒いジャンヌへと助け船を出したのは、麗しいセイバーだった。

 

 

「カーミラだけでなく、ヴラド三世までもが戦意を喪失し、戦線が崩壊しています。

 ここは一旦退却し、改めて体勢を整えるべきだと思うのですが、いかがでしょう」

 

「そっ……そうね、その通りです!!

 これは戦略的撤退というやつよ、みっともなく恐れたり後れを取った訳では断じて無いんだから!!

 そこのエセ勇者、覚えていなさい!!

 あんたは殺す……絶対に、無残に、そこで突っ立ったまま結局何も出来なかった聖女様と一緒に、跡形もなく燃やしてやるんだから!!」

 

 

 本人がそうと自覚しているかどうかはわからないものの、明らかに敗者の捨て台詞としか思えない言葉を残しながら。

 呼び出した飛竜で吸血鬼二人を回収した黒いジャンヌは、ライダーやセイバーと共に自身も騎乗して、あっという間にその場から逃げ去ってしまった。

 彼女達が現れた当初の予想を、絶望をひっくり返し、魔女とそれに従えられたサーヴァント達を搦め手から攻めることで見事追い返してしまったリンクの下へと、驚愕と興奮に息を荒げる立香達が駆け寄ってくる。

 成し遂げてしまった快挙をよそに、彼自身は不満と物足りなさに声を荒げていた。

 

 

「ああっ、逃げられた!! まだ殴ってなかった、まだ鼻っ柱潰してなかったのに!! 物理的に!!」

 

《いや、もう勘弁してあげてよ!!》

 

「……まあいいか、関心の矛先を変えさせることには成功したみたいだし。

 見たところ、一度にひとつのことしか考えられないし、それに集中している間は他のことに気が及ばない直情型だ。

 あれだけ怖がらせてやれば、しばらくは町や村を襲うことはそっちのけになるだろう」

 

「リンク……お前、本当にちゃんと冷静だったんだな」

 

「当たり前だろ、何度も言ってたじゃないか」

 

「いくら恐ろしい吸血鬼だからって、泣いて怯えている女性を相手にあそこまで問答無用で殴れる奴の自称冷静を、素直に信じられるかよ……」

 

「力不足は事実、圧倒的不利が現実。

 そんな状況を覆すにはどうすればいいかを考えて、一番効果的だと思ったのを実行に移しただけなんだけどなあ」

 

「余計怖いし、性質が悪いわ」

 

「そりゃどうも」

 

 

 立香がリンクを責め、リンクもそれに反論をしているのかと思って焦ったマシュとジャンヌは、顔を見合わせて気の置けない応酬を続ける二人が、楽しげに笑っていることに気付いて肩を落とした。

 無事に……と言えるかどうかは分からないものの危機を脱し、和み始めた空気の中に、突如朗らかな笑い声と軽快に手を叩く音が響き出した。

 一同が咄嗟に警戒し、武器を手に取って振り返った先には、立ち振る舞いに決して見逃せない高貴さを纏わせ、それ以上に魅力的な笑みを零しながらはしゃぐ女性と、愉しくて堪らないという雰囲気で陽気に笑いながら、気に入った演目に喝采を送るかのように拍手を続ける男性が立っていた。

 

 

「いやあ面白かった、実に最高だった。

 格好よく割って入るタイミングを図っていたマリアには気の毒だけど、わざわざ骨を折らずに済んだし、僕にとっては上々な展開だったね」

 

「確かに、正義の味方の名乗りが出来なかったのは残念だけれど。

 一人の勇気ある少年が、絶望的な状況を見事乗り越えてみせた光景は、本当に素晴らしいものでした。

 まるであの『伝説』に語られる戦いが、すぐ目の前で繰り広げられていたかのよう!

 恋のときめきとは違う、熱く軽快な胸の高鳴り……これが痛快というものなのね、堪らないわ!」

 

「……あんた達は、サーヴァント?」

 

「私達の味方と考えても、よろしいのですか?」

 

「ええ、勿論よ!

 自己紹介をさせて頂くわね……私はマリー、フランス王妃マリー・アントワネット」

 

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。

 一説によれば、どうやら偉大なる音楽魔術の使い手としても名が残っているみたいだけど……残念ながらこの僕は、ただの天才音楽家にすぎない。

 サーヴァントとしての戦闘能力に関しては、あまり期待しないでもらえるとありがたいね」

 

 

 人理修復のための第一段階、フランスを救うための旅路に、新たな仲間が加わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバい……あのエセ勇者、あいつはヤバすぎる。

 この際聖処女は後回しです、あんな奴はいつでも潰せる。

 何とかして、一刻も早く、早々に、あいつを始末してしまわないと。

 とりあえずは純粋な戦力の増強、帰還して新たなサーヴァントを追加召喚しましょう。

 他に出来ることと言えば……」

 

「ならば私が出ます、彼らの現在地や動向を突き止めて来ましょう。

 動きを把握しておけば、何が起ころうとも迅速に、的確な対応を取ることが出来るのでは?」

 

「……それもそうね。

 では行きなさい、バーサーク・ライダー。

 あなたの『馬』ならば、いかに得体の知れない奴であろうとも後れを取ることは無いでしょう」

 

「承知しました」

 




おまけ

第一特異点修復完了後、カルデアの召喚室にて。

「あら、これも運命というやつかしら。
 サーヴァント・アサシン、カーミラと呼びなさいぃいやあああああああああああっ!!?」

「あっ……」

 その後カルデアでは、勇者を恐れて逃げ回る女吸血鬼という至極当たり前な光景と、泣いて恐がる女吸血鬼に誠心誠意、平身低頭で謝る勇者という異様極まりない光景が、しばらくの間見受けられたという。

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