完成したサークルを囲んで落ち着いた一行は、和やかな雰囲気で、自己紹介からの交流を始めていた。
「それでは、改めまして……私はマシュ・キリエライト。
デミ・サーヴァントで、真名はわかっておりません。
こちらは立香、私のマスターに当たります」
「よろしく、二人とも」
「ええ、こちらこそよろしくね。
アマデウスも怠けていてはダメよ、ちゃんと頼りにしているのだから」
「わかっているよ、念を押すなあマリアは」
《それにしても驚いたなあ、まさかかのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがサーヴァントとして現界しているなんて。
表の世界では天才音楽家として名を馳せていた彼が、実は優れた音楽魔術の使い手だったことは、魔術世界では有名な話なんだよ》
「うそっ、モーツァルトって魔術師だったの!?」
「あー……いや、それに関してなんだけどね。
今ここにいる僕は、『魔術師』ではなくあくまで『音楽家』として現界している。
だから、期待されているほどのことは出来そうにないというか……そもそも、僕は自分から魔術師なんて名乗ったことも無ければ、魔術師になったつもりも無いんだよね。
ただ単に、音楽の魔術が持つ力というものに興味を持って軽い気持ちで手を出してみたら、そっちでも僕は天才だったというだけの話で」
《ええっ、それで当時の名門魔術師達を圧倒しちゃったわけ!?
面目丸潰れもいいところだよ、魔術師こそが真の意味で音楽に通じているって自負している人は多いのに………ああ成る程、だからか》
「そういうこと。
全くの門外漢に庭を荒らされるよりは、同胞の一人ということにしてしまった方が、プライド的にまだマシだったんだろう」
《それじゃあ、君の死因は実は病気なんかじゃなく、魔術勝負に負けて呪い殺されたからだって説は……》
「普通に病気で死んだよ、そういう勝負は一切受けないようにしていたし」
《な、何てことだ……魔術界隈の歴史ロマンのひとつが無残に消えた》
「というか、そもそも僕、魔術師っていう人種自体があまり好きじゃなかったからね。
彼らの言い分なんて、僕から言わせれば的外れもいいところさ。
音楽というのは降りてくるものだ。
より高みに至ろうとするならば必要なものは才能と感性、何よりも他を顧みない一途さだよ。
それのみを焦がれて、脇目も振らずに追いかけないと、良い音を捉えることなんて出来やしないのに。
それを欠片も理解しようとせずに、あくまで根源とやらに至るための『手段』として、天上の音楽へと理屈と計算で辿り着こうだなんて……愚の骨頂もいいところさ。
音楽魔術に関しては、僕が天才だったというよりは、周りが愚物すぎただけと断言させてもらう」
《うわあ、言うなあ……彼ほどの天才音楽家がここまで言い切るからには、紛れもない事実なんだろうけど。
世の魔術師達が聞いたら何て思うことか、音楽魔術を代々追及している名門は多いってのに……》
「ねえマシュ、魔術師ってみんな音楽が好きなの?」
「好きというよりは、当たり前の教養という感じですね。
かの時計塔でも『音楽科』は一大派閥のひとつで、専門としている人は多いです。
例え専門外であったとしても、魔術師ならば、何らかの音楽を嗜んでいて然るべきという古くからの認識があります。
実際私も、楽譜を読んで、簡単な演奏が出来る程度には心得ていますし」
《遥か古代ハイリアの時代から続く、由緒正しき魔術系統のひとつなんだよ。
記録に残っている最古の使い手は、何たってあの勇者リンクだからね》
「うっ…ゲホッ、ゲホッ!!」
「うわっ、いきなりどうした!?」
「み、水が変なところに入った……」
《大丈夫かいリンク君、気をつけてね!》
(誰のせいだと……)
《えっと、どこまで話したかな……そうそう、勇者リンクが原初の音楽魔術の使い手だったってこと。
彼が聖なる楽器を用いて奏でたという音楽は、ほんの僅かな短い旋律だけで、天候を変えたり、時すらも操ってしまうような凄まじい効力を発揮させたと『伝説』では伝えられている。
それを目指して、もしくはあやかって、音楽に秘められた可能性を追究する魔術師は、いつの時代にもたくさんいたものさ》
「へ~え……じゃあもしかして、あの有名な音楽家が実は魔術師だった、なんてことは結構あるの?」
「残念ながら、そんな例外は恐らく僕くらいだと思うよ。
魔術は秘匿するものだと思っている魔術師連中は、折角作り上げた曲や楽器を人前で披露なんてせずに、ただの研究材料として自分達だけで消費していたり。
酷いものだと、一度も演奏しないまま後生大事にしまいこんだりしていたからね」
「…………一般人の感覚から言わせると、それ、音楽の意味あんのって思っちゃうんだけど」
「そんな単純かつ当たり前のことに、ずうっっと気がつかないなんて。
ほんと、魔術師連中ってどうしようもないよねえ」
自身を魔術師では無いと断言しながらも、魔術の歴史には間違いなくその使い手として名を刻んだ者であり、疑いようもない天才でもある彼の辛辣な言い分に何事かを返せる魔術師は、生憎とその場には存在しなかった。
この世界におけるアマデウスの☆は3です。
『魔術効果のある音楽を紡いだり演奏したりする音楽家』ではなく、『魔術の媒介として音楽を使用する魔術師』としての自分を受け入れて現界が叶うことがあれば、4もしくは5にもなり得るのでしょうが。
音楽家としての自分を何よりも誇りに思っている彼のことですから、よほどのことが無い限り、そういう意味でのアマデウスの本気を見ることはないと思われます。