成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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暗中の聖女

 

 王妃と聖女、歴史の転換期を迎えたフランスに人生を翻弄された二人の女性が、時代を越えた友好を育み。

 通常の聖杯戦争の装いと比較して、あまりにもかけ離れている現状への見解を話し合い。

 マリーやアマデウスのように、竜の魔女陣営への対抗策として召喚されたと推測されるサーヴァントが、他にも存在している可能性を導き出し。

 立香が言及した純粋な戦闘要員が不足している現状を考慮し、戦力の増強を目的に味方となってくれるサーヴァントを探すことを今後の第一目的と定めた、その日の夜。

 誰が意図した訳でもなく、ごく自然に、偶然に、仄かな焚き火を囲むひと時を共にすることとなった三人がいた。

 

 

「ねえねえ騎士さま、リンクさん。

 あなたも私達と一緒に、女子会トークをしませんこと?」

 

「申し訳ありませんが妃殿下、俺は『女子』ではありませんので」

 

「全く問題ありませんわ。

 貴方の美しさは、社交界の淑女ですら素直に負けを認めてしまいそうな程ですもの。

 少なくとも私は、貴方が私達の会話に加わって下さると言うのならば、大喜びで歓迎いたします」

 

「勘弁して下さい……」

 

 こうしてリンクは、僅かな抵抗も虚しく、結局は王妃と聖女の輪の中に引っ張り込まれることとなったのであった。

 面子に違和感を抱いていたのは当の本人だけで、傍から見れば違和感どころか存分に目の保養だったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!!

 リンクさんってば、15歳でしたの!?」

 

「(封印された時の年齢でいいのなら)そうですよ、そんなに意外ですか?

 見た目は、年相応だと思うんですけれど……」

 

「確かに、外見だけで判断するのならば、何もおかしいことはないのですが。

 その歳であの強さを身につけられたなんて……才能があっただけでなく、大変な努力も為されたのですね。

 15歳といえば、私は結婚こそしたものの、立場としてはまだまだ気楽なものでしたのに」

 

「私なんて、畑を駆け巡って遊んでいましたよ……」

 

「貴方をそこまで頑張らせたものが一体何であったのか、教えて頂くことは出来ませんか?」

 

 

 マリーのそんな問いかけに、リンクは一瞬目を丸くし、遠い何かに想いを馳せるような表情を浮かべた後。

 愛おしそうな、寂しそうな、不思議な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「掛けがえのない出会いがあったんです、その人が俺を求めてくれた。

 あなたの力が必要だと言ってくれた、俺に出来ることがあると思わせてくれた。

 その人のために、出来る限りのことをしたいと思った……だから、頑張ることが出来たんです」

 

「……リンクさんにとって、何よりも大切な方でしたのね」

 

 

 笑いながら、静かに頷くことで応えたリンクに、マリーとジャンヌは微笑ましいような痛ましいような、何とも言えない複雑な心境を味わっていた。

 彼が、内心を発露したその場に居合わせていたジャンヌだけでなく、マリーもまた、帰る故郷や迎えてくれる人の全てを失くし、独りで放浪しているのだというリンクの現状を知っていた。

 知らないまま、無遠慮な発言をしてリンクを傷つけてしまうようなことにならないようにと、立香やマシュが密かに気を使ったからだ。

 そして恐らくリンク自身も、立香達が、マリーやアマデウスに自身の事情を話したことに気付いている。

 気にしたような素振りを全く窺わせないのは、仲間内の協調を崩さない為に必要なことだったと判断したためか、自分のことを思いやったが故のことであることを信じていたためか、もしくはその両方か。

 

 どんなことが起こっても、何を突き付けられても決して揺るがず、胸を張って凛と前を見据えながら、人理修復の旅路を支えるリンク。

 そんな彼の姿は、自分自身を信じることすら危うくなってしまっている今のジャンヌにとっては、目が潰れると思ってしまう程に眩かった。

 召喚時の不備によって本来あるべき能力が制限され、大切な国と人々を蹂躙され、更にはそれが自身の別側面の仕業であるとされ。

 理不尽な裁判からの火刑まで味わわされた生前でさえ、ここまででは無かったと思ってしまう程に、今のジャンヌは精神的に追い詰められていた。

 具体的に言うならば、ふと胸中に浮かんでしまった疑問を、いつもの自分だったら気にすることでは無いと一笑に伏していたはずのことを、我慢できずに口に出してしまう程に。

 

 

「…………ひとつだけ、尋ねさせて下さい。

 リンクさんは、彼女を……あの竜の魔女を、どう思いましたか?」

 

「ジャンヌ?」

 

「受けた仕打ちに対して怒ったり、憎んだりすること自体は悪いことでは無いと、立香さん達はそう言って下さいました。

 私を励まそうとして下さったのだということは、ちゃんとわかっています。

 それでも、だとしたら……何を思い出しても、記憶や心の中のどこを探しても。

 そういった激情の類いを、本当に、欠片も見つけだすことが出来ない私は、やはり歪な存在なのではないかと。

 怒り、憎むことが、人としての正常な在り様だと言うのならば……あの時彼女が言っていたように、死の間際に全てを呪った彼女こそが本物の『ジャンヌ』で、今ここにいる私こそが、在り得ないことはないほんの僅かな可能性の方だったのではないかと。

 ……そんなことを、考えずにはいられないのです」

 

 

 一度出し始めた言葉は、もはや止まらなかった。

 聞いていたリンクとマリーも、懺悔のようにも思えてしまうその言葉を、やめさせようとは思わなかった。

 

 

「あの時の……もうお会いできないというご家族やご友人を想い、嘆かれるリンクさんの姿を前にした時に、私は気付いてしまったのです。

 お転婆な私を愛してくれた両親や窘めてくれた兄達、懐かしい友人達、素朴ながらも幸せだった愛しい故郷で過ごす日々。

 それらを全て置いてきてしまった、もう二度と取り戻すことは叶わないというのに。

 裏切られ、火刑に処されたことへの憎しみだけでなく……その事を惜しみ、嘆く気持ちまでもが、私の中には存在しない。

 …………どうか教えて、答えてください。

 嘆き、後悔することが、愛していたことの証ならば……それすら出来ない、持ち得て当たり前だと皆が口にする想いを持たない私は、一体何なのですか?」

 

 

 胸の奥から込み上げるものに震え、上擦りながら、懸命に吐き出されたその声は。

 堪え切れずに零れ落ち、頬を伝って落ちた涙は。

 救国の聖処女などではなく、暗闇の中で不安に怯えながら立ち尽くす少女の、ただのジャンヌ・ダルクとしての、今の今まで必死になって堪えてきた想いの発露だった。

 『そんなことを気にするな』と、『お前が本物のジャンヌ・ダルクに決まっている』だなどと。

 そんな口先だけ、耳に心地よいだけのその場しのぎの言葉などはもはや通用しないことを、リンクとマリーは何を示されずとも察していた。

 

 何を言うべきなのか、何と言ってあげればいいのか。

 『それは違う』という紛れもない本心を、彼女の心に過たず届かせるためにはどんな言葉を用いれば良いのか。

 いくら考えても答えが見つからず、困り果ててしまった様子のマリーをよそに、リンクは一歩を踏み出した。

 小刻みに震えて、あまりにも弱々しいジャンヌの手をそっと取る。

 他でもない彼女自身が、あの時自分にそうしてくれたように。

 

 

「ジャンヌ……話をする前に、お前の考えをひとつだけ訂正しておく。

 俺は確かに、もうあの場所に帰れないこと、もう皆に会えないことを嘆いたし……皆ともっと話しておけば良かった、もっと向き合っておけば良かったと、後悔だってしたけれど。

 そんな結果に繋がってしまった道を選ばなければ良かった、行動をしなければ良かったとは、少しも思っていないんだ」

 

「………リンクさん?」

 

「落ち着いて、ゆっくりと考えてみてくれ。

 ただの村娘だったというジャンヌがフランスのために立ち上がったのは、多くの兵を導きながら戦ったのは、一体どうしてだったのか」

 

「それは、主の啓示を受けたから……」

 

「確かに、きっかけはそうだったかもしれない。

 よく思い出してほしい……きっかけを得て立ち上がった、お前の背を押したものは何だった?」

 

「………私は、主の、フランスのために。

 だけど、本当は……私が本当に守りたかったもの、旗を掲げた理由は…………」

 

 

 自身の手をそっと、優しく取るリンクの手を握り返す力を、自身の思考が進むごとに、少しずつ強くしていくジャンヌ。

 辛抱強くそれに向き合い、彼女が答えを得る瞬間をリンクは待っていたのだけれど。

 そんな大切な時間は不意に、不躾に破られることとなってしまった。

 

 

「リンクさん、ジャンヌ、気付いていますか?」

 

「……はい、すぐそこまで来ています」

 

 

 三者三様に揺らいでいた心がスッと凪ぎ、眼差しが、思考が研ぎ澄まされた、その時だった。

 野営地周辺の見回りに赴いていたマシュとフォウが、敵襲の報せと共に駆け戻ってきたのは。

 

 

「ああもう、何て間の悪い…っ!」

 

「ともあれ、今は切り換えないと」

 

「ジャンヌ!」

 

「はい…?」

 

「後でもう一度、ちゃんと話すからな!」

 

「………ええ、よろしくお願いします」

 

 

 答えはまだ出せていないし、状況は何も変わっていないのだけれど。

 あんなにも真剣に、真摯に向かい合ってくれる人が、自分の傍にはちゃんといてくれている。

 その事を実感して少しだけ安心した、幾分か気持ちを楽にすることが出来たジャンヌの顔には、本当に僅かながらも、確かな笑顔が取り戻されていた。

 






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