「こんにちは、皆様。
寂しい夜ね」
先行部隊として襲いかかってきた骸骨兵とワイバーン達を、もはや雑魚と言わんばかりに速攻で片づけた、その直後。
骨の残骸と鱗付きの亡骸を踏み分けるように、清らかな祭事服を死の名残で汚すことも厭わずに現れたのは、竜の魔女の傍らに立つ姿を覚えている女性サーヴァントだった。
穏やかな声、優しい笑顔、しかし瞳には隠せぬ狂気。
咄嗟に、一同をその背に守れる位置に立って剣を構えたリンクの姿に、その歪な笑みはますます深く、満足げなものとなった。
「嬉しい誤算だったわ。
あなたのような、色々な意味で強い人が、そちら側に付いてくれていたなんて」
「……どうやらあんたにとって、魔女の配下として人々を脅かしている現状は、好ましいものではないらしいな」
「当たり前です、私は聖女ですよ。
そうあらんと懸命に己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走り。
一国を滅ぼすためなんかに召喚した挙句に、狂化なんてふざけたものまで付属させてくるなんて。
おかげで理性が消し飛んで狂暴化しているわ、今も衝動を抑えるのに割と必死です」
「つまり、暴れまわるのを我慢している今のうちに、さっさと止めを刺してくれと?」
「リンクさん、その言い様は…っ!?」
魔女の配下と化している現状は、フランスの国土と国民の蹂躙は本意では無いという彼女の言い分に、味方が増えることを密かに期待していたマシュは、その穏便かつ前向きな選択肢を端っから考えていない様子のリンクに、思わず声を上げてしまった。
その驚愕には、助けられるかもしれないものをその方法を探さないまま、探そうなどと考えもしないままに、あっさりと切り捨てられてしまった彼女を、思いやる気持ちもあったのだけれど。
そんなマシュの気遣いは、無意味なものとなってしまった。
満足げに、安心したように、狂化の及んでいない真の笑みを浮かべた、当の本人によって。
「ガチで覚悟決まってるわね、話が早くて助かるわ」
「あ、あなたは……本当に、それでいいんですか?」
「ありがとう盾のお嬢さん、あなたは優しい子ね。
でもいいのよ、それが一番妥当で確実な選択。
気を張ってなきゃ、あなた達を後ろから攻撃するサーヴァントが、味方になれる筈もないでしょう?
私自身も、そんなことはしたくないわ。
……優しい良い子だからこそ、これだけは覚えておきなさい。
明らかな不安要素を、獅子身中の虫を、何の対策も無いまま一時の甘さと希望的観測だけで引き入れるのは、断じて優しさなんかじゃない。
何かを切り捨てることで傷ついてしまう、自分自身の心を守りたいがために、自分も仲間も危険に晒す……愚かで甘っちょろい行いだってことをね」
優しくも厳しい言葉をマシュへとぶつけた聖女は、それによって昂った心のままに、空気を裂く強烈な唸り音を上げながら十字の杖を振りかぶった。
「先ほどの発言に、少しだけ訂正を加えます。
生憎ながら、このまま黙って、無抵抗でただ倒されるつもりはありません。
あなた達の前に立ちはだかるのは竜の魔女、究極の竜種に騎乗する災厄の結晶。
私如きを乗り越えられなければ、彼女を打ち倒せる筈が無い」
最初から心を決めているリンクに、哀しげに眉を顰めながらもしっかりと前を向くマリーと、面倒臭げにため息を付きながら指揮棒を手にしたアマデウス。
そして、若干引けた腰と青白い顔色で、それでも気丈に少女達を励ます立香と、彼の献身によって何とか腹を括ることが出来たマシュとジャンヌ。
一同の、体と心の準備が整ったことを見定めた聖女は、狂った殺意ではなく断固とした決意で以って声を張り上げた。
「私を倒しなさい!!
躊躇なく、この胸に刃を突き立てなさい!!
これは試練と心得よ、我が屍を乗り越えられるか見極めます!!
我が真名はマルタ!!
さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!!」
自身の真名を明かし、宝具たる騎獣を呼んで掲げた彼女の杖が、膨大な魔力の放出によって輝きだす。
『マルタ』とは何者で、『タラスク』とは何なのか。
リンクと立香が、胸中で同時に抱いたその疑問は、わざわざ口に出して問うまでもなく答えられた。
《マルタ……聖女マルタか!?
気をつけろ皆、彼女はかつて竜種を祈りだけで屈服させた聖女だ!!
その彼女がサーヴァントと言うことは、つまり……》
光の中から現れたのは主を遥かに上回る巨体、美しい聖女が従えるにはあまりにも武骨な怪物だった。
獅子の顔と、鉄の鎧よりもよほど頑強そうな甲羅を身につけた、凶悪な亀の化け物を思わせるそれは、しかし決して亀などではない。
《彼女は、ドラゴン・ライダーだ!!》
人々を苦しめる数多の怪物の中でも、最も高名で、最も強く恐ろしいとされているもの。
竜の一種を従えて現れた彼女は、乗り越えるべき試練は、あまりにも強大な姿で立ちはだかっていた。