成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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VS マルタ&タラスク

 

『妃殿下……貴方の馬には、タラスクを倒す攻撃力は無くても、タラスクの攻撃を避け切る身軽さと素早さがあります。

 硝子製の、否応もなく目を引く美しさというのも更にいい。気を引くのに最適ですからね。

 避けるだけ、逃げるだけで構いません、思いっきり飛んで跳ねて意識の隙を作って下さい。

 あと、その際にはジャンヌも連れて行って下さい。

 マルタを相手にするには、得物の相性の問題でジャンヌが最適でしょうから』

 

『賜りましたわ、責任重大ですね。

 ……その大役を無事にこなす為に、私、どうしても解消しておきたい気がかりがありますの』

 

『何なりと』

 

『妃殿下なんて仰々しい呼び方は嫌だわ、口調ももっと砕けた感じになさって』

 

『今言うことですか!?』

 

『今でないと言えないわ、これが最後になるかもしれないのですもの!』

 

『……あーもーわかりました、後でいくらでも名前で呼ぶし口調も砕けさせますからとにかく今は行って下さい!!』

 

『約束しましたからね。

 さあジャンヌ、二人で華麗に踊りましょう!!』

 

 

 

 

 

 金属が凄まじい力と勢いでぶつかり合う轟音を辺りに響かせながら、二本の鈍器が幾度となくぶつかり合う。

 片方は兵士を鼓舞する旗、もう片方は神に祈りを捧げるための杖であり、鈍器などでは断じて無いと、人によっては断固として主張するのだろうが。

 刃は無く、硬さと重さに任せて、相手を倒すために全力で振り回されているそれらは、少なくとも今この場においては鈍器以外の何ものでも無かった。

 

 

「…っ、リンクさんが、私が適任だと仰られていた理由が分かりました。

 確かにこの威力と重さでは、鋭い代わりに脆い刃では、すぐに押し負けてしまう。

 でも、私の旗ならば…っ!!」

 

 杖よりも長い上に、大きく重い立派な布が予測しきれないタイミングではためき、ジャンヌ自身ですら把握出来ない不確定要素として攻めと守りをサポートする。

 タラスクから離されたことで騎兵としての強みを失った上に、白兵戦で競り負けようとしている現状に、マルタの顔が悔しげに顰められる。

 手の中の杖を殊更に、必要以上に強く握りしめるその様子は、断固として手放すまいとしているかのようなものだった。

 

 

 

 

 

『本当に、対象はあの亀竜だけでいいのかい?

 狙うなら主人であるマルタの方が、もしくは同時に効くようにすればいいんじゃないかと、僕は思うんだけどね』

 

『狂化されている人に精神攻撃が効くとは思えない、狙うとしたら狂化した主人に付き合っているだけと思われるタラスクの方だ。

 それと……不特定多数に聞かせることを意識して普通に作った曲と、ただ一人の為だけに作られた特別な曲。

 特定の誰かにより効く曲はどちらだと思う?』

 

『考えるまでもないな。

 成る程、これが音楽家と戦士の思考と感覚の違いか。

 わかったよ、状況に余裕は無いけれど……その分、気合いを込めて音を紡ぐとしよう』

 

 

 

 

 

 タラスクの精神をかき回す。

 ただその為だけに作られた、天才モーツァルト渾身の一曲は、恐ろしい鉄甲竜を悶え苦しませるだけの威力を以って奏でられていた。

 

 

「いくら気合いを入れて作ったとはいえ、まさかここまで効くとはねえ!!

 ヤバいぞ僕、天才すぎる!!」

 

 

 上擦った声は、思わず零れる笑みは、自身の作品と才能に酔っているためではない。

 声に出して自分自身を励まさないと、笑いでもしないと、無理にでも奮い立たないとやっていられないのだ。

 自身を狂い殺さんばかりの不快感で苛む者の正体に気付き、敵意と殺意を一身に向けてくるタラスクが怖くて堪らなくて。

 だからと言って逃げることは出来ない、その為に曲を止めでもすれば瞬く間に飛びかかって来るだろうから。

 

 

「ああもうっ、とんだ貧乏くじを引かせやがって!!」

 

 

 悪態をつき、大分自棄になりながらも、自身が果たす役割の重要性を理解していたアマデウスは、懸命に指揮棒を振り続ける。

 その崖っぷちの献身に、ついに限界が訪れた。

 苦しいほどの不快感を堪えながら、適当な見当のみで放ったタラスクの炎が、タラスクにとっては運よく、アマデウスにとっては運悪く、ドンピシャの位置を捉えたのだ。

 

 

「うわあっ!?」

 

 

 真正面から炎を食らってまで演奏を続けることは流石に出来なくて、咄嗟に炎を避けたアマデウスだったけれど。

 それは演奏が途切れてしまうことと、アマデウスへの怒りとヘイトを溜めに溜めたタラスクが解放されてしまうことを意味していた。

 亀どころか怒り狂ったサイのように息を荒げるタラスクが、炎で焼いてしまうなど生ぬるい、この身で轢き潰してやると言わんばかりの勢いで、ただ一人の怒りの対象を目がけて回転しながら突撃する。

 長時間の精神攻撃を食らった上に、怒り狂って正常な判断力と思考力を失ってしまっていたタラスクは、気付けなかった。

 彼とアマデウスの間に割って入った者がいたことに、全力で激突をかましてしまうその瞬間まで。

 

 

 

 

 

『巨大なハンマーとか鈍器の類いがあれば、俺もタラスクとやり合えたんだけど……残念ながら手持ちの武器は剣だけだ、矢も通じそうにない。

 だからマシュ、今回の主戦力はお前に任せた。

 俺は、いざという時のサポートに回るよ。

 だからって前に行こうとしたら駄目だ、盾兵はあくまでドンと待ち構えるものだからな』

 

『し、しかし……前に出ないまま攻撃だなんて、一体どうすれば』

 

『……なあ、マシュ。

 強い力と弱い力でぶつかり合ったら、競り負けるのはどっちだ?』

 

『………それは、弱い方、ですよね』

 

『当然の話だな。

 それじゃあ、人間が頑丈な壁に全力で体当たりをかましたとして、痛手を負うのはどっちだ?』

 

『それは、ぶつかった人の方が……………あっ!』

 

『イメージできたな。

 そう、積極的に向かっていく方が常に強い方だとは限らない』

 

『感謝しますリンクさん、マシュ・キリエライト行ってきます!!』

 

 

 

 

 

「やりましたマスター、リンクさん!!」

 

 ようやく、自分でも納得できるほどの戦果を出せた。

 皆のために貢献できたと思えた、盾兵としての本領を掴むことができた。

 歓喜と興奮のあまりに上ずった声を上げながらも、盾を構える手と地を踏みしめる足に込められた力は欠片も揺るがず、敵を見据えるその目が逸らされることもない。

 そんなマシュの目線の先で、正常な判断力を失ったまま、怒りに身を任せてしまったまま、壁に突っこんだ人間ならぬ城壁に突っこんだ大型トラックと化してしまったタラスクは、自爆して負った全身至る所の傷から血を噴きながら、あまりの激痛に悶え苦しんでいた。

 

 重傷を負わせた上に、隙だらけの今ならば止めを刺せる。

 そう判断して動き出そうとしたマシュだったけれど、それは一歩歩み出た途端に全身に走った痛みによって阻まれた。

 信念と覚悟によって最終的に競り勝ちはしたけれど、地にめり込んだ足が更に深く押し込まれた跡を残しながらも堪え切ったけれど。

 タラスク竜の突撃を真正面から受け止めたその威力は、衝撃は、マシュの体に決して少なくはないダメージを負わせるものだった。

 

 

「そ、そんな…あと少しなのに………」

 

「いやいやマシュ殿、そう嘆かれることはない。

 貴殿は立派に役目を果たされた、あとは拙者に任されよ」

 

 

 堪えられず膝をつき、悔しさと情けなさに拳を握ったマシュの俯いた視界に着物の裾が翻り、聞き覚えのある男性の心強い声がその耳に届いた。

 ハッと顔を上げたマシュの目に飛び込んだのは、召喚されてからこの特異点の修復が始まるまでの間に、本を読むことでしか知る手段の無かった日本の風情や雅を教えてくれた、一人の侍の凛と立つ背中。

 

「小次郎さん!!」

 

 

 

 

 

『さっき、マシュが用意して設置したサークルのおかげで、本部から助けを呼べるんだろ?』

 

『そうだけど、今の俺のスペックだと一度に一人だけ……しかも、あまり長い時間呼び続けることはまだ出来なくて。

 この状況の場合、誰を呼ぶのが正解なのか……』

 

『……足りないのは広範囲に渡って殲滅できる火力ではなく、ひとつの強大な敵を打ち破れる一点集中の突貫力。

 僅かな弱点、急所を狙って必殺の一撃を叩き込める、そんな人に心当たりは?』

 

『……ああ、いる』

 

『じゃあその人だ、集中して戦況を見守っていろ。

 呼んだ後保ち続けられないのなら、その力が必要になるその瞬間を逃さずに呼ぶしかないからな。

 ……何を気にしてるんだよ、今この場でそれが出来なかったのは仕方がないだろ?

 今後の課題って奴だ、少しずつ覚えて身につけていけばいいさ』

 

 

 

 

 

「小次郎、宝具展開!!」

 

「了解した、主殿。

 秘剣……『燕返し』」

 

 

 『物干し竿』の異名を持つ長剣を以って、宙を飛ぶ燕を切る為だけに多重世界にまで及ぶ魔剣と化した秘技を放つ。

 鎧をも断つという達人の一閃を同時に三つ、砕けた甲羅の隙間を寸分違わぬ的確な狙いで以って放たれたタラスクは、あんな状態の主を一人遺してしまうことへの悔しさか、遣る瀬無さか、何とも悲しげな咆哮を上げながら崩れ落ちた。

 

 

「ふむ、あれが西洋の竜……どらごん、その一種とやらか。

 中々に斬り応えのある相手であった。

 窮地の援軍に拙者を選んでいただけたこと、感謝するぞ主殿……っと、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない、キツい……」

 

《今の立香君に、特異点でサーヴァントを継続して保たせることはまだ重労働なんだ!!

 佐々木君、終わったんなら早く帰って来てあげて!!》

 

「承知した。

 それでは主殿、マシュ殿、この剣が必要とあらばまたいつでも呼んでくれ。

 主殿達がれいしふとに赴かれている間は、基本ずっと待機室に詰めておるつもりなのでな」

 

「………うん。

 ありがとう、またね小次郎」

 

 

 真っ青な顔色で、苦しそうな荒い息で。

 それでも懸命に笑顔を作り、自身を見送ろうとする立香の姿に、小次郎は満足げな笑みを浮かべながら金の粒子と化していった。

 




『活動報告』にて重要なお知らせがあります、ご一読下さい。


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