成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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竜殺しの英雄

 

 聖女マルタによって竜殺しのサーヴァントを探す道行きを示された一行は、かつてのリヨンを守っていた剣士の情報を比較的近隣の町で得た上で、今や怪物の巣と化してしまっていた廃墟を探索した。

 黒いジャンヌが従えるサーヴァント達の襲撃が予想されていたものの、幸いにもそれはただの懸念で済んで。

 既に見慣れてしまった骸骨兵や飛竜の襲撃や、ジャンヌの生前の知己を含めたフランス兵達との決して友好的とはいかなかった接触など。

 何事もなく万事順調にとは、流石にいかなかったけれど。

 瓦礫の中で動けずにいたところを発見した、もう一人の新たな……呪いに蝕まれ、生きているのがやっとの状態なので、現状では半人分かもしれないが。

 それでも確かに増えた味方、竜殺しの英雄の代名詞とも名高いジークフリートと共に、戦線の後退と共に打ち捨てられた砦を一晩の安息の地として身を落ち着かせていた。

 

 

「ジークフリートさんにかけられた呪いを解くために、明日からは手分けして聖人探しですね」

 

「それにしてもなあ……折角見つけた頼りの『竜殺し』が、まさか呪いでろくに動けないだなんて」

 

「……すまない、戦力どころか足手まといになってしまって」

 

 

 ただでさえ力の入らない体で、更に俯きながら弱々しい声を発したのは、倒した竜の加護によって守られた強靭な体躯と成し遂げた偉業に反して、卑屈とも言えてしまう程に謙虚で自虐的な人柄だった英雄ジークフリート。

 本気で落ち込んでしまっている様子の彼に、立香は慌ててフォローを入れた。

 

 

「いやいや、別に責めてる訳じゃないって!!

 ……ただやっぱり、 戦闘向きの人が増えてくれることには期待してたからさ」

 

《そっか、リンク君がようやく楽になれると思ってたんだね》

 

「リンク……ああ、あの少年か。

 あの若さで、末恐ろしくなる程に素晴らしい戦士だった。

 かの勇者と同じ名を頂いて全く見劣りがしない、それどころか相応しいとすら思ってしまう程に」

 

《ほえ~、英雄ジークフリートから見てもそう思うんだ……》

 

「故に惜しい……俺が彼の戦闘を目の当たりにしたのはまだほんの幾度かではあるが、それでも彼の内心の不満や苛立ちを察するには十分だった。

 武器の扱いにその都度気を使い、いつ使い物にならなくなるやもしれない懸念を常に抱えたままでは、十全の力を発揮するにはほど遠いだろう」

 

「……確かにリンクさんの場合は、彼の腕前に耐えきれる武器が無いというのが、唯一かつ最大の問題事項のように思われます」

 

《それなりの逸品を手に入れられる機会が、どこかであるといいんだけどね》

 

「つーか、今までのアレでまだ本気を出せていなかったっていう事実が、俺にとっては一番の衝撃なんだけど……」

 

 

 一同の脳裏には、呪いで動けないジークフリートという荷物を抱えながらの撤退戦を要となって支え抜いた、小柄で細身な少年のあまりにも大きな後ろ姿が鮮明に思い浮かんでいた。

 話題になっている当人の姿は、今この場には無かった。

 火事場泥棒のようで気が引けるけれど、それでも必要なことだからと割り切って、砦内を探索しに向かったためだ。

 

 彼が求めているのは、この地で殉死した者が遺した所持品や、撤退する際に持ち出せなかった値打ちものといった類いの金品ではない。

 刃が大きく欠けた剣を、柄が今にもへし折れそうな槍を。

かつての持ち主が国を、人々を守る為に懸命に戦った証が刻まれた武器を、リヨンの跡地でジークフリートを探す際にも、彼は小まめに見つけては回収していた。

 その全てを撤退戦で使い果たしてしまったため、大したものが残されているとはとても思えないこの砦跡地でも、剣のひとつ、矢の一本でも見つかれば上々な、普通に考えれば非効率極まりない探索を余儀なくされてしまっている。

 ジャンヌやマリーはその手伝いに。

 アマデウスは夜の散歩にでも行ったのか、気付けば姿を消していた。

 

 

「……何か、凄く静かだね」

 

「リンクさんは、少しでも時間があれば色々なことを教えてくれましたし。

 無邪気に笑うマリーさんと、楽しそうに話すアマデウスさんが加わってからは、もうずっと賑やかでしたからね」

 

「…………気の利いたことも言えない、無口で無粋な男で済まない」

 

「何でだよ、だから誰も責めてないって!」

 

「むしろそれ以前の問題です、体が辛いジークフリートさんに無理に喋らせるつもりはありません」

 

 人(魔術師)によっては、使い魔以前に使い潰せる兵器扱いすることも辞さないサーヴァントを。

 半死半生の身を限界まで酷使されることすら考慮して覚悟していたジークフリートを、目の前の少年と少女は、替えの利かない仲間の一人として心から案じている。

 数秒呆けた後に優しい笑みを浮かべたジークフリートは、無粋な男を自称しているとは思えないほどに気の利いた言葉を口にした。

 

 

「ならば、俺が喋れない分も聞かせてはくれないか?

 お前達が今まで、何を見て、何を聞いて、どんな冒険をしてきたのか」

 

 

 自身の言葉に笑いながら頷き、目を輝かせた二人が語るこれまでの旅路。

 最初に出会って以来ずっと力になってくれた少年のことに比重を置いたその内容に、呪いに苛まれる苦痛が僅かに和らぐかのような心地を感じながら、ジークフリートは静かに耳を傾けた。

 

 

(そうか……俺がこの地に呼ばれ、今日この時まで耐え抜いた理由は、この子達の力となるためだったのだな。

 竜を繰る聖女よ、導きを感謝する)

 

 

 彼らが望むのならば、彼らの力となるためならば。

 例え聖人が見つからず、この身を蝕む呪いが解かれずとも、耐えがたい苦痛と我が身の消滅を課せられたとしても、全力で剣を振るうことを心に決める。

 竜殺しの英雄ジークフリートの我が身を賭した誓いは、誰に聞かれるでもなく、彼自身の胸の内のみで紡がれた。

 






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