カルデア一行の、一晩の休息と友好の場となった朽ちかけの砦。
彼らが既に発ち、再び人気が絶えた筈のその地に、密かに戻ってきた人影があった。
出発間際に、マシュが念入りに消火確認をしていた焚き火を再び起こして、その傍に腰を下ろす。
一息ついた口から、天才音楽家の地獄耳に聞かれることを考慮して、今まで出せなかった言葉が零れた。
「……皆ごめんな、勝手なことをして。
でも俺は、これが必要なことだと思うから」
届かない謝罪の言葉を、自己満足であることをわかっていながらも堪えられなかったリンクの脳裏には、今朝からの皆とのやり取りが蘇っていた。
秘密のやり取りを交わした翌朝、聖人探しを始める前の最後のひと時の中で、アマデウスは早速リンクとの約束を実行に移してくれた。
お喋り好きで、気紛れで、好奇心が旺盛で、いい意味でも悪い意味でもデリカシーが無くて。
そんなアマデウスが、『前から興味があった』という理由で突拍子もない話題を振ったとしても、驚きはしても疑問に思った者はいなかった。
幸いにもそれは当人にとって、語ることを躊躇うような話では無かったのだけれど。
アマデウスの表情を引き攣らせたのは、聞き出すこと自体はあっさりとうまく行った、その話題の中身の方だった。
「…………魔物を敢えておびき寄せて、精魂が尽きるまで戦ったって?」
「はい……ご指導下さった、クー・フーリンさん曰く。
宝具とは英霊そのものなのだから、サーヴァントとして戦えている時点で、宝具は普通に使える筈だと。
そして、こうも仰っていました。
宝具とは英霊の本能であり、下手に理性や理屈で考えてしまうと発動しにくいと」
「それで、本能が剥き出しにならざるを得ない状況を作ったと。
何だいそれは、指導した奴はどれだけ脳筋だったんだよ。
でも……まあ確かに、英霊としての能力が『本能』だというのならば、そういう力押しが正解ってのは事実なんだろうな」
息を吸うように、心臓が鼓動を打つように。
それそのものが『生きる』ということであるかのように、当たり前に音楽を紡いできたアマデウスには、そういう説明のし辛い感覚というものに多少の理解と覚えがあった。
しかし、本人が日々公言しているようにアマデウスは本来荒事には向いていない、と言うより縁遠い存在である。
理解できないと、辟易した気持ちを遠慮なく溜め息として吐き出しながら、視線だけでさり気なく振り返ったその先に。
『成る程』と思っていることを表情だけで十分察せられる程に、人目が無ければポンと手でも打っていたであろうことが容易に想像できる程に。
全力で納得している勇者の姿を見つけてしまい、大きな大きな二度目の溜め息がその口から零れ出た。
「思いついたわ、私!
今こそくじ引きをしましょう!」
聖人探しの本格的な道行きは、愛され王妃様のそんな可愛らしい我がままから始まった。
「……はい?」
「こういう時はくじ引きよね!
アマデウス、作ってちょうだい!」
「くじを引きたいだけだろ、君は。
……まあいいか。
わかったよ、それでグループ分けしよう。
マスター、マシュ、何か材料になりそうなものはあるかい?」
「メモ帳と鉛筆で宜しければ、持参しています」
《立香君、マシュ、そんなことで決めちゃって本当にいいの?
マリー様のお願いを断り辛いのはわかるけど、本当に大切なことはビシッと言った方がいいよ》
「ありがとうドクター、心配してくれて。
……でもさ、正直言って。
この面子を振り分けるのに頭を捻っても、そうそう変わりはしないと思うんだ」
《……まあ確かに、守り重視とサポート型に偏っているのは否めない》
「だったらいっそのこと、運を天に任せてしまってもいいんじゃないかな。
思い切った願掛けが、いい流れを招いてくれるかもしれないし」
そう言って笑う立香の言葉を背中越しに聞きながら、くじの作成を手伝っていたリンクは、心の中でそっと呟いた。
運命とは委ね、待つものでは無い……掴み、変えるものだと。
しるしを書く前の白紙のメモ帳を一枚、そっと手のひらに忍ばせながら。
密かな企てが実行に移されたのは、そのすぐ後のこと。
○×で二つに分ける筈だった、実際に彼以外はきちんと分かれた中でリンクは一人、どちらとも異なる白紙のくじを手に苦笑いを浮かべていた。
「このパターンは考えていなかった」
「も、申し訳ありません……全てのくじに、きちんとしるしを書いたと思ったのですが」
《マシュのミスとは限らないよ、くじは皆で作ってたんだし。
それよりどうするんだい、このくじ引きは願掛けも兼ねていたんだろ?
結果が思わしく無かったからってやり直すのは、逆に縁起が悪そうな気がする》
「でも、これだと要するに、リンクを一人で行動させるってことに……」
「心配いらないよ立香、俺なら大丈夫」
「お前の強さなら、確かにそうかもしれないけれど……」
友人を普通に、当たり前に心配したいだけなのにそれが儘ならず、唸りながら苦悩する立香。
そんな彼を横目に、リンクは密かに、きちんとしるしが書かれた本物のくじを小さく丸めて、口の中へと放り込んで喉を鳴らせた。
そして笑いながら、何食わぬ顔で、未だ唸り声を上げている立香を説き伏せにかかる。
今まで積み重ねて来た確かな実績が功を奏し、一時の単独行動を認めさせることに成功した。
あまり無理をするなと、何かあったらすぐにどちらかの組に合流しろと。
周りがついリンクの側に立って宥めにかかってしまう程に、何度も何度も念を押していた。
言い表しようのない嫌な予感に苛まれていた、立香の勘を軽視してしまったことを。
一同が心底後悔するのは、暫し先のこととなる。
「じゃあねアマデウス、行ってくるわ。
帰ったら久しぶりに、貴方のピアノを聞かせてちょうだい」
変わらない花の微笑みとささやかな約束に、別れの覚悟を潜ませていたマリー。
「美しいものしか愛せないんじゃないよ。
人間は、美しいものだって愛せるって話だよ」
クズだの、人でなしだのと悪びれなく自称するその口で、確かな美と愛の形を語ったアマデウス。
「聖人が見つかって、ジークフリートの呪いが解けたら……改めて、きちんと話したいことがあるんだ」
苦しそうな、痛ましそうな表情で、何かしらの強い決意が込められた言葉を口にした立香。
「それではリンクさん、また後ほど」
また会えると、これで最後などにはならないと、心から信じて笑っていたマシュ。
別れ際に交わしたやり取りのひとつひとつを思い返しながら、リンクは一人、その時を待っていた。