成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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竜の奮闘

 

『ますたぁ、このまま真っ直ぐで宜しいのですか?』

 

「うん、大丈夫!!

 ありがとう清姫、君がいてくれて本当に助かったよ!!

 無理させてごめんね、俺が出来ることなら後で何でもお礼をするから!!」

 

『お礼なんていりませんわ……私はますたぁのお役に立って、ますたぁに喜んで頂けるだけで十分に幸せですもの。

 で、でも、その上で敢えてご褒美を頂けるのならば……あの、添い寝などをお願いできれば、もう思い残すことはないのですけれど』

 

「そ、添い寝って…女の子相手にそれは流石に……………今の姿ででも良ければ、それなら何とか」

 

《良くないよ、むしろ大問題だよ、傍から見れば捕食寸前シーン以外の何ものでもないからね!?

 僕嫌だからね、立香君がいつ絞め殺されるかそれとも頭から丸呑みにされるか分からない不安に苛まれながら眠れない夜を過ごすのは!!》

 

『失礼な、私が大切なますたぁを食い殺すような躾のなってない龍に見えるのですか?』

 

《愛する人を、裏切られた怒りと憎しみのままに焼き殺したのが君の逸話じゃないか!!》

 

「落ち着いてよドクター、それは相手の男が清姫の真剣な気持ちを適当にあしらったからだろ?

 清姫が怒るのは当然だと思うんだ……まあ、その末に殺しちゃったってのは確かに怖いけど。

 素の清姫は間違いなく良い子だし、良い人だけど怖いってのは他のサーヴァント達にもよくあることだし。

 嘘をつかないで誠実にってのが清姫がマスターに求めるもので、それに応える限り力を貸してくれると言うのならば、俺はそれを信じようと思う」

 

『ああ、ますたぁ……嬉しいです、私嬉しい。

 この姿を目の当たりにして逃げるどころか、頼りにして下さって、信じるとまで言って下さるだなんて。

 清はどこまでも、いつまでもお供をいたしますわ……っ!』

 

「ちょっ…清姫、嬉しいのはわかったからそう無暗にくねらないで!!」

 

「蛇の体の上でバランスを取るのは結構難しいんです!!」

 

『あらごめんなさい、私ってばつい気が昂って。

 掴みどころが無くて申し訳ありませんが、頑張ってしがみついて下さいな』

 

 

 かつて愛する人を焼き殺した忌々しい大蛇の姿で、それでも清姫の心はかつてない程に満ち足りていた。

 回避できなかった戦闘の中で昂り、火を吐く大蛇へと転身して敵を一掃した清姫に、一瞬唖然と立ち尽くした立香は、誰一人として予想しなかった言葉を開口一番で吐き出した。

 

 

 

 

 

『ごめん清姫、乗せて!!

 女の子相手に失礼だとは思うんだけど、緊急事態なんだ!!』

 

 

 

 

 

 敵を一瞬で消し炭にした大蛇をそれでも『女の子』と言い切って、『竜』を相手に条件反射で警戒したジークフリートを『味方だから!』と落ち着かせて。

 本でしか見たことがなかった蛇の現物、それも超特大サイズをいきなり前にしたことで硬直してしまったマシュを、ペットショップの触れ合いコーナーで触ったことがある、ひんやりスベスベして気持ちよかった、顔だって結構可愛いと、実体験を用いながら一生懸命に宥めて。

 成り行きでしかなかった同行で、冷たい表情と態度を取っていた清姫の瞳と表情が一転して愛と喜びの炎で滾り出すさまは、普通に見ているだけで気づけるほどに解りやすいものだった。

 

 そうして、切羽詰まっているが故に何の嘘も飾りもない、誠実な本心を真正面からぶつけることで信頼を……通り越した熱く重すぎる熱情を得ることに成功した立香は、新たな仲間の献身的な協力によって、大柄な負傷者を抱えている状況にもかかわらず、スタートダッシュの遅れを十分挽回できるほどの速さで行程を縮めることに成功していた。

 この調子ならば、マリーから宝具を借りて先行したジャンヌに追いつけるかもしれない。

 半々の期待と焦燥に駆られつつも、清姫が精一杯に急いでくれていることを理解して、叫びたい気持ちを呑み込みながら。

 懸命に急いだ立香達の目に飛び込んだのは、自分達が間に合わなかったことを突きつけられる絶望的な光景だった。

 

 長い首と尾を振り回し、鋭い牙が並んだ口から魂ごと竦ませるような咆哮を上げているのは、名高き邪竜ファヴニール。

 忘れようにも忘れられない怨敵の姿を目にしたジークフリートが、思わず身を起こしながらその名を叫んだ。

 たった一晩ではあったけれど、仲間達と過ごす心穏やかな時間を守ってくれた砦が、土煙を漂わせながら無残な残骸と化している。

 竜の巨大な四肢が踏み締めているそこに、その瓦礫の下に仲間達が今もいるのではないかという不吉な想像を、立香達はその脳裏に過ぎらせてしまった。

 

 

「リンク、ジャンヌ!!」

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る」

 

 

 四肢が割かれるような苦痛に構わず、剣を抜いたジークフリートの口から宝具発動の詠唱が紡がれ始める。

 呪いに苛まれる体を圧した彼の気概を察した清姫は、それに応え、十分急いでいた体に更なる鞭を打った。

 少しでも距離を詰め、少しでも多くの痛手を敵に与えられるようにという献身に気付いたジークフリートは、彼女を一時でも竜種と恐れて疑ってしまったことを悔いて詫びながら、今の体で出せるだけの力を込めて竜殺しの剣を振り下ろした。

 

 

「撃ち落とす、『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 

 振り抜いた剣から放たれた閃光の軌道は確かにファヴニールを捉えていたのだが、放つ地点がやはり遠すぎたのか、迫る危険を察知して飛び立ったファヴニールの尾の先を掠めるに留まってしまった。

 

 

「ジークフリート!?」

 

「俺に構うな、行け!!」

 

 

 今の一発で力を使い果たし、体勢を崩したジークフリートへと咄嗟に手を伸ばそうとした立香だったけれど、道連れを増やしかねない危険な気遣いは当の本人によって拒まれた。

 高速で走っている乗り物から生身で放り出されるという、本来ならば立派な大事故である筈の事態を看過してしまいながら、彼は強い護りの力を持っているのだから大丈夫だと自分自身に言い聞かせながら、立香は必死に前のみを見据える。

 ジークフリートの攻撃を受けて空へと逃れたファヴニールが降りてきて、再びの戦闘となる可能性も考えた立香達の危惧は、ファヴニールが予想に反してあっさりと飛び去って行ってしまったことで杞憂に終わった。

 その背に数人分の人影が見えた気もしたけれど、今はそれを気にかけている場合ではない。

 ようやく辿り着いた砦跡、今や本当にその言葉通りの場所となってしまった瓦礫の山へと、ほんの僅かな希望の光を懸命に握りしめながら踏み入った。

 

 

「リンクさん、ジャンヌさん!!」

 

「いるんなら返事をしてくれ!!」

 

 

 声が返ってくることを、見つかることを望みながら、それと同じくらい、見つからなければいいとも思っていた。

 あんな恐ろしくて巨大な竜に襲われた場所になんて居ないでほしいと、どこか安全なところに避難してくれていればと。

 全くの相反する想いを、どちらも同じくらいに強く抱くという奇妙で不可解な感覚を味わいながら、必死に声を張り上げる。

 その真剣な気持ちに応えるかのように、研ぎ澄ませていた立香達の意識と耳に、少し離れたところの瓦礫が不自然に崩れる音が聞こえてきた。

 急いで駆け寄ったその場所に、立香達は希望と絶望の光景を見た。

 

 

「………立香さん、マシュさんも?」

 

「ジャンヌさん、良かった……っ!!」

 

「あなたがジャンヌですか。

 運の良い方ですね、大きな瓦礫が支えとなって出来た空間にすっぽりと入り込んでいたおかげで、大した怪我も無さそうで。

 それはそうと、確かお仲間はもうお一方いらっしゃったのでは?」

 

「そっ……そうです、リンクさんはどこですか!?

 黒い甲冑のサーヴァントが、ファヴニールが突然襲いかかってきたんです!!

 リンクさんは、私を守ろうとして…………………」

 

 

 ぼやけていた意識がハッキリすると同時に声を上げたジャンヌは、気づいてしまった。

 立香達が沈痛な表情を浮かべている理由に、自分の手が無意識に握りしめていたものの正体に。

 リンクが初対面の時から身に着けていた外套……特に何の変哲もなく、時にフードの役割も果たしていたそれが、半分ほどの大きさになってそこにあった。

 歪な切れ目が、鋭く巨大な牙に噛み千切られたもののように見えてしまったのは気のせいなどではないと。

 悲しみも絶望も突き抜けたことでかえって落ち着いてしまった思考が、残酷なほどの冷静さで告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ジャンヌ。

 首尾は如何ほど……その様子では、わざわざ尋ねるまでもありませんでしたな」

 

「ええそうよ、私の復讐を愚弄した愚か者をファヴニールの餌にしてやりました。

 終わってみれば何とも呆気なかったわ、私ってばどうしてあんな奴を気にかけたりしたのかしら。

 …………ええそうよ、あんなものはただの気の迷い。

 竜の魔女が、この私が、たった一人の子供に怯えさせられるだなんてあり得ないんだから」

 

「ジャンヌよ、如何なされました?」

 

「いいえ、何でもありません……そうよ何でもないの、あいつはもういないんだから気にすることなんてないの。

 早々に忘れなさい、気持ちを切り替えるのよジャンヌ・ダルク。

 …………フランス中のワイバーンを集めます、あの目障りな聖女一行をさっさと片付けて殲滅の遅れを取り戻すわ。

 それとジル、あなたの海魔を100匹くらい召喚して寄こしてくれません?」

 

「構いませんが、何に使われるのですか?」

 

「ファヴニールが一向に落ち着かないの、もうこの際だから適当なところで暴れさせてやろうと思いまして。

 ……一人食べただけであそこまで興奮するなんて、よほど血に飢えていたのね。

 少し温存させすぎたかしら」

 

 

 とある理由から、人生経験と認識の蓄積が極端に少ない黒いジャンヌは、分からなかったし思いもよらなかった。

 生物を最も凶暴にさせる、形振り構わなく暴れさせるのは、破壊欲でも加虐心でもなく、自らの生存を脅かすものを間近にしてしまった恐怖だということを。

 瞳に、脳裏に焼き付いて離れない青い刀身の幻影を振り払うかのように暴れるファヴニールの牙は、未だ誰の血にも濡れていなかった。

 




 立香の蛇に関する所感は私自身のものです、爬虫類可愛い。

「やべえ、何か食われたと思われてる……体内ダンジョン期待されてる、どうしよう」
 ……と少し悩みましたが、コメントを参考にはしてもそれで作品をブレさせてはいけないと思いまして、元々のプロットで行きました。
 今後とも、期待の全てを掬い、応えていくことは多分出来ないと思いますので、読者の皆様はどうかご了承ください。
 コメントそのものに関しては、いつも楽しみにさせていただいています。


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