成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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決戦前夜の語らい

 

 その後立香達は、遅れて合流してきたマリー達とも力を合わせて、ギリギリまで周辺の捜索を続けたのだけれど。

 それも、日暮れを見計らって切り上げさせられた。

 まだ全部を探し切った訳ではないと、必死になって追い縋ろうとする立香とマシュを、ロマニは有無を言わさず一蹴した。

 いつも優しく穏やかな彼が、あり得ないような厳しさを発揮することができたのは、それが立香達の為だったから。

 見つからないままならば希望が持てる……実は自分達が辿り着く前に逃げていて、どこかで無事でいるのではないかと思うことだってできるから。

 事態を楽観することができなかったロマニは、希望の可能性を消さないことを、立香達の心を少しでも慰められる余地を残すことを選択した。

 

 

《…………ごめんね、リンク君》

 

 

 君を想っていた立香達の気持ちは本物だと、それを諦めさせたのは自分だと、恨むのならばどうか自分だけにして欲しいと。

 許してもらうためではなかった謝罪の言葉は、あまりにも虚しく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジークフリートの解呪が無事に行われ、仲間が増えたことで戦力が整い、オルレアンこと竜の魔女の本拠地への進撃を決めた夜。

 昨日共にいた人が、今日も当たり前にいる筈だった人の姿が無いという現実が、古参組の者達を落ち込ませている。

 その一人だったマシュが、少しでも気持ちを落ち着かせようと、人気の多い野営地を離れて少し歩いた先。

 森から抜けた開けた場所にて、彼女は思わぬ人の姿を見つけた。

 

 

「アマデウスさん?」

 

「マシュじゃないか、君も夜の散歩かい?」

 

「はい……少し、一人になろうと思いまして」

 

「相当参っているみたいだなあ、マリアもだよ。

 結局一度も名前で呼んでもらえなかったって、もう自分は誰かと約束なんてしないほうがいいんじゃないかって。

 ……馬鹿じゃないかって言ってやったよ、最初から叶える気もない約束なんて誰がするもんか。

 大切な約束だからこそ守ろうと頑張って、だからこそ、それが叶えられなかった時に辛くなるんだってのに。

 それをまるで、呪いでもかけているかのように言うなんて……約束を守ろうと努力した人や、その想いに対してあまりにも失礼すぎる」

 

 

 一見厳しく、突き放しているかのようなその物言いは、アマデウス自身の想いも込められた、分かり辛い思いやりに満ちたもので。

 それを感じ取ったマシュが、気落ちしていたことをほんの一瞬だとしても忘れて笑みを浮かべてくれたことに、アマデウスは密かに安堵した。

 

 

(この調子なら、明日は問題ないかな)

 

 

 立香やジャンヌ達は、恐らく大丈夫。

 今夜一晩は落ち込むとしても、決戦の朝を迎える頃には、避けることも目を逸らすことも出来ない現状へと立ち向かう為に、自分達をここまで導いてくれた人の行いを決して無駄にしない為に、前を見据えて立ち上がれるようになっていることだろう。

 やかましくて、少しずれていて、それでも元気付けたいという気持ちは紛れもない本物だったエリザベートと清姫の、ゲオルギウスのさりげないフォローを受けながら一生懸命に皆を励まそうとしていた姿と心意気が、アイドル活動というよりは漫才のようだった陽気で笑えるやり取りが、野営地を抜け出してきた時点で既にある程度の効果を発揮していたようだし。

 塞ぎ込むあまりに、周りでそんな賑やかなやり取りが繰り広げられていたことにも気づいていなさそうな、例え一時だとしても切り替えることが下手そうなマシュだけが心配だったのだけれど。

 それも大丈夫そうだということを確認できたアマデウスは、不安要素の最後のひとつが解消したことにほっと胸を撫で下ろす。

 

 そう、『最後のひとつ』……皆の落ち込みが杞憂であることを、アマデウスは確かな証拠もないままに、それでも一点の疑いもなく確信していた。

 だからこそ抱いていた、後悔や自責の念に代わる不満や苛立ちを、少しの間だったけれど偽りない問答を語り合ったマシュが野営地の方へと戻っていった頃を見計らって、昨日の夜の意趣返しも込めて、少し離れたところの物陰へと遠慮なくぶつけてやった。

 

 

「さてと……そこに隠れてる奴、何か言いたいことはあるかい?

 許す気も納得する気も無いけれど、とりあえず聞くだけはしてやるよ」

 

「……何も言わずに勝手な行動をしたのは確かに悪かったよ、ちゃんと合流して謝るつもりだった。

 囮の方はともかく、身を隠すことになったのは俺だって不可抗力だったんだからな?」

 

「不可抗力って、どんな想定外があれば君ほどの実力者がそんなことに…………………」

 

「……アマデウス、どうかした?」

 

「あ、いや…………どうやら無事に能力を開放できたみたいだね、何よりだよ」

 

「まだまだ万全には程遠いけどな。

 それでも、竜の魔女やその配下達を相手に、問題なく戦うことくらいは出来ると思う」

 

「だとしたら、皆を悲しませるのを承知の上で、敢えて身を隠さなければならなかった理由ってのは一体何なんだい」

 

「いくら俺でも、目の前に居ない敵は倒せないってことだよ」

 

「…………あ~、つまり?

 君の正体と、君が健在だということが相手方にバレると、尻尾を巻いて逃げられると?」

 

「魔女は気合いとプライドで踏ん張るかもしれないけれど、竜の方は間違いないだろうな。

 ああいった邪気の塊から生じたような存在に対して、俺の剣は天敵もいいところだ。

 それをいきなり目の前に突きつけられて、初めてかもしれない本当の命の危機を感じたことで恐慌状態に陥って……そこで対象を排除する方向に動いたのは、それまでのあいつが圧倒的な強者の側で、そういう時にどうすることが最善なのかを知らなかったから。

 

 だけど、今のあいつは既に学んでいる。

 敵わないと思う時には逃げればいいんだという、命あるものにとっての当たり前の生存戦略を。

 機動力に関しては、向こうの方が圧倒的に上なんだ。

 そんなことになったら戦況は一気に泥沼化して、収められるまでに時間がかかり、それまで余計な犠牲者が出続けることになる。

 それをさせない為には、俺はもういないと思わせて油断を誘った上で、一気に攻め切るしかない」

 

「………何か、君を助ける為に急いで駆けつけようとした行いが、色々と裏目に出たような感じがする。

 もしかして僕達は、余計なことをしてしまったのかな」

 

「まさか、そんなことは絶対に無い!

 俺の力を開放するには、自分自身を追い込むだけでは無理だった。

 俺の為に駆け付けてくれたジャンヌを守らなければと、本当の本気で必死になった気持ちが、最後の決定的な一押しになったんだから。

 砦の倒壊に巻き込まれながら、気を失って逃げることも自衛することも出来ないジャンヌを庇いながらの戦いは、いくら俺でも無茶だったよ。

 立香達が間に合って、ジークフリートが蝕まれた体を押して剣を揮って、竜を追い払ってくれたおかげで本当に助かったんだ。

 あれが無かったら、俺かジャンヌか、少なくともどちらかは無傷では済まなかった。

 決戦の日を、例え別行動だとしても、誰一人として欠けることなく万全の状態で迎えることが出来たのは、全員が全力で頑張ったおかげだと俺は思う」

 

「………ありがとう、他でもない君にそう言ってもらえるとホッとする。

 さっきの発言を少し訂正しよう、許す気は相変わらず無いけれど納得はできた。

 後で全員から盛大に怒られること、味方がいなかったとしても甘んじて受け入れること。

 この二つの条件と引き換えに、君の単独行動には目を瞑ってやるよ」

 

「その辺りは大丈夫、既に覚悟はしてあるから。

 ……そろそろ行くよ、アマデウスもいい加減に戻らなきゃいけない頃合いだろうし」

 

「ああ、ちょっと待って!

 ……ほらこれ、持っていきな」

 

「…………オカリナ?」

 

「音楽魔術が使えたのは確認済みなんだろう?

 ささやかな餞別って奴だよ、僕の私物ということで何かしらの補正が期待できるかもしれないし」

 

「ささやかなって……細工は上品で繊細だし、手入れも丁寧にされているみたいだし。

 もしかしなくてもこれは、アマデウスにとって大切なものなんじゃないのか?」

 

「まあね、ぶっちゃけ僕の音楽の原点」

 

「そんな大事なものをポンと渡すな、これから戦いに行くってのに困る!!」

 

「だからだよ。

 皆と一緒にいる僕のところにちゃんと戻ってきて、ちゃんとそれを返すこと。

 いいね、約束だ」

 

「…………ああ、約束する」

 

「行ってらっしゃい、武運を祈っているよ」

 

「お互いにね」

 

 

 そう言って笑った次の瞬間には、迷いも未練も躊躇いもなく、あっさりと踵を返して去っていく。

 その姿は既によく知っている彼のものの筈なのに、感じ入るのを、心を揺さぶられるのをとめられない。

 そんな緑衣の後ろ姿を、アマデウスは言葉も無いまま、見えなくなるまで送り続けた。

 






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