成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

66 / 143




狩人と獲物

 

 戦力と心の準備が整い、満を持してオルレアン進攻を開始した立香達が選んだ作戦は、戦力を集中させた上での真正面からの中央突破だった。

 最終決戦に備えて、フランス中に散らせていたワイバーンの全てを呼び寄せた黒いジャンヌの思惑は、その決断によって勢いを削がれることとなる。

 倒した傍から、次から次へと新手が補充されるという状況は確かに厳しいものの、竜殺しの英雄たるジークフリート迄もが加わったサーヴァントの集団を相手に、ワイバーンの群れなどはもはや敵ではない。

 敵を倒すのではなく障害物を排除すると表現した方が正しい勢いで、竜の屍の山を築きながら先を急いでいた一行の前に突如現れた森が、ワイバーンの群れよりも余程効果的にその歩みを止めさせた。

 

 

「この森には見覚えがあります、ここを越えさえすればオルレアンはもうすぐそこです」

 

「ジャンヌ、この森がどれくらい広かったのかはわかる?」

 

「決して小さいとは言えない森だったと思います、迂回しようとすればそれなりに時間がかかってしまうでしょう」

 

《ならばいっそのこと突っ切ろう、ワイバーンが集まりきってしまう前に一気にケリをつけた方がいいからね。

 木の枝が邪魔をしてワイバーン達の襲撃が少しは落ち着くかもしれないし、これは結構いい案かもしれな》

 

「ちょっと待って、それはダメだ。

 多少時間がかかったとしても迂回した方がいい、待ち伏せされている」

 

 

 自身の発言を遮りながらの、明らかな確信が込められていたアマデウスの強い声に、一瞬呆けたロマニは慌てて測定器の数値を確認し始めた。

 素っ頓狂な声が上がったのは、そのすぐ後のこと。

 

 

《うわほんとだ、森の奥にサーヴァント反応を確認!!

 辛うじてそうだと判断できる程度に微弱なものだけど、これは相手が弱いからではなく、単に距離が離れているからだろう!!

 アマデウス、どうしてわかったんだい!?》

 

「僕の耳がいいのはもうわかっていることだろう?」

 

《限度ってものがあるよ、一体何が聞こえたってのさ!!》

 

「今はそんなことを追及している場合じゃないだろ、聞こえたものは聞こえたんだ。

 どうするマスター、ワイバーンに襲われつつ時間をかけながら森を迂回するか、サーヴァント戦を覚悟して森を突っ切るか。

 決めるのは君だよ」

 

「……迂回しよう、この面子ならばワイバーンはもはや脅威じゃない。

 下手にサーヴァントを相手にして、それが想定外の強敵だったらそっちの方がよほど大変だ」

 

「堅実かつ賢明だね、悪くない。

 そのサーヴァントが竜の魔女によって召喚されたものならば、彼女を倒すことで自然と消滅するだろうし。

 ここは放置して問題なし、先を急ぐとしよう」

 

 

 決戦前の余計な戦闘を回避するという見事な戦果を挙げたアマデウスは、仲間達の驚嘆の眼差しを受けながら、内心でこっそり誰とも知れぬ敵サーヴァントに対して同情していた。

 魔力反応の測定器でギリギリ測れるかどうかの距離を置いた生体音を聞き取れる、そんな正しく化け物じみた耳は流石に持っていない。

 彼が聞き取ったのは、『音』ではなく『音楽』だった。

 木々の枝葉の向こうから微かに聞こえてきた旋律を、音楽家としても、個人としても、聞き逃すことは出来なかった。

 『彼』が曲を奏でているということの意味を考え、咄嗟に口にした可能性がたまたま的を射ていた。

 真実は、ただそれだけのこと。

 

 陰ながら露払いに務めているらしい彼を邪魔するまいと、さりげなく迂回を推奨したアマデウスの気遣いは、選択肢への影響という点ではあまり意味が無かったものの、実は時間の短縮という面で多大な貢献を果たしていた。

 サーヴァント戦を覚悟して森を突っ切る選択をしていたとしても、途中で謎の霧に巻かれて方向感覚を失い、元の場所に戻ってきてしまうということを繰り返し、時間だけを無駄にした末に、結局は迂回することを選ばされていた筈だから。

 微弱なサーヴァント反応の発生地、森の深部では、獣の耳と尾を携え、俊足を誇る狩人の女性が憔悴していた。

 

 

「一体何なんだ……何が起こっているというんだ、この森は!?」

 

 

 召喚主である魔女の命で待ち伏せと奇襲の為に身を潜めるまでは、ここは確かに普通の森だった。

 気温に寒暖差があった訳でもないのに急激に発生し、異様な濃度で立ち込め始めた霧に嫌な予感を感じて、完全に巻かれる前に振り切ってしまおうと、自慢の俊足で駆け出した頃には既に手遅れ。

 霧の結界は純粋な視界どころか、方向感覚やあらゆる認識そのものまで狂わせていたらしい。

 言いようのない恐怖と不安を必死に押しとどめながら、この場から脱することが叶いさえすれば壊れても構わないかのような勢いで両足を酷使しながら、ただひたすらに直進していた筈の眼前に見覚えのある枝ぶりの木が現れる。

 薄々予想してはいたことを事実として突きつけられ、消耗していた心身に止めの追い打ちをかけられた彼女は、思わずその場で膝を折ってしまった。

 まるで、この森そのものに『迷い』という概念が施されてしまったかのよう。

 何処からか聞こえてきて、霧の中で響き合っているかのように思える謎の音色が、人や状況によっては思わず踊り出したくもなりそうな陽気で軽快な旋律が、今の彼女にとってはひたすらに忌々しく、そして恐ろしかった。

 

 

「くそっ……何者だ、霧の結界を築くとはさてはキャスター枠のサーヴァントだな!?

 臆病で卑怯な魔術師め、隠れていないで出てこい!!」

 

 

 この現象を作り出した敵は必ず近くにいる、成すすべもなく膝をついたこの身を嗤いながら見ている、魔術師とは大概がそういう連中だ。

 そう考えた彼女は、頭に血が上った勢いのままに弓を取りながら立ち上がり……どこからともなく放たれた強弓が、無防備に晒された一瞬を逃すことなくその霊核を貫いた。

 自らの胸に深々と突き刺さった矢に、命中するその瞬間まで気づけなかった見事な一射に。

 徐々に薄れゆく意識の中で、女狩人が自嘲の笑みを浮かべる。

 

 

「………ああそうか、そういうことか。

 狂化とは恐ろしいものだな……他でもないこの私が、狩人の技と魔術師の卑怯な罠を見誤るなんて。

 狩人として討たれるのではなく、獲物として狩られる無様な最期も、今の私にはお似合いだ」

 

 

 獲物を心身共に追い込み、消耗した末に隙を晒す決定的な瞬間を待ち構える。

 極限状態でも気を抜かず、隙を作らず、逃げ切るもしくは反撃に転じる好機を辛抱強く伺い続ける。

 それが狩る者と狩られる者の命をかけた鬩ぎ合いであることを、神話に名高き名狩人であるアタランテは、よく知っていた筈なのに。

 追い詰められた状況で我慢できず、冷静になれず、後先考えない行動に移ってしまった自分は、さぞかし楽な獲物だったことだろう。

 あんな素晴らしい矢を放てる者、恐らくは狩りの心得を持っているであろう者に、あの醜態が狩人アタランテの姿だと認識されてしまうことが、堪らなく無念で恥ずかしい。

 あり得ない奇跡かもしれないけれど、いつかどこかの地で、再び相まみえることがあるのならば。

 

 

「この無様、この屈辱……必ずや返上して見せようぞ」

 

 

 最後の力を振り絞って射線の先へと振り返ったアタランテの目に、その身が粒子と化して消え去る前のほんの一瞬ではあったけれど、それでも確かに焼き付いた。

 霧と枝葉に紛れながら弓を構える、緑衣をまとった少年の姿が。

 




 後の世の認識と信仰補正が加わったことで、例の森のテーマ曲的な彼女の歌に『迷い』の概念を付与する効果が発生しました。
 『森』というフィールド条件が必須ですが、結構汎用性があるのではと思います。



 ニコ動で動画巡りをしていたら、リンクと立香の今後の関係性のイメージにピッタリな曲を見つけました。
 初音ミクの『ピエロ』です、再生数100万越えの人気動画で探しやすいと思うのでぜひ聞いてみて下さい。
 視点が二つありますが、二人の立ち位置はどちらでもアリです。
 お互いに気づき、理解し、支え合える関係だということで。

 あと、失った大切な人を悼むというシンプルかつ普遍的なテーマから色々な人や関係性に該当しそうではありますが、米津玄師さんの名曲『Lemon』が、リンクを失った直後のゼルダのイメージにドはまりしてます。
 Youtubeで聴けますので、時間があればそちらも是非。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。