柄頭にマイクが備え付けられた独特な槍と、鎖を付随させた武骨な杖が、重厚な金属音を立てながら何度も何度もぶつかり合う。
音だけならば、屈強な戦士達のぶつかり合いを連想させるであろうそれは、実際には華奢な体躯の少女と妙齢の女性によって繰り広げられているもの。
ただでさえ普通ならばあり得ないその戦いが、更なるあり得ない奇跡によって成り立ったものであることを、立香達は知っていた。
望まない成長と末路を迎えてしまった未来を嫌悪する過去と、ありもしない希望と可能性を願う過去の甘さに虫唾を走らせる未来との、『自分自身』を否定する戦い。
最悪でも相討ちに持ち込む、責任をもって片を付けるからと真剣に頼み込み、誰にも邪魔されない一騎打ちを実現させたエリザベートは、手は出さなくとも見守ることは譲らなかった立香とマシュの無言の声援を受けながら、懸命に槍を振るい続けていた。
「このっ、この、この、このぉっ!!」
「鬱陶しい…ですわね、この、私!!」
「それはこっちの台詞よ、どうしてアンタなんかがサーヴァントに!!」
「……何を言うかと思えば。
私からすれば、未熟な小娘だった頃の私が、単独でサーヴァントとして成り立っていることの方がよほどあり得ないわ。
だってそうでしょう、サーヴァントとはその者の全盛期の姿と精神が反映されるもの。
『血の伯爵夫人』、誰もが怖れ敬ったその名と逸話を人理に刻み、恐怖を食らい、反英霊となったのはこの私。
エリザベート・バートリーの少女時代がどんなお花畑の小娘だったかなんて、一体誰が気にかけるというの。
何の偶然、何の因果で零れ出た存在なのかは知らないけれど……もういい加減に消えなさい、見ているだけで腹立たしいのよ!!」
折角の少女だというのに血を浴びる気にも飲む気にもなれない、故に加減する意味も理由もない渾身の攻撃が、その痩身を叩き潰さんと放たれる。
それを必死に、やっとの思いで捌いたエリザベートが、肩を激しく上下させる荒い息を吐きながら負けじと上げた顔を前にしたカーミラは、それまでの嫌悪や苛立ちを押し殺してしまうほどの、得体の知れない困惑を覚えずにはいられなかった。
『認めてたまるか』『諦めてたまるか』という声が聞こえてきそうなその顔、その瞳には、困難や絶望に立ち向かう『英雄』のような力強い輝きが満ちていたのだから。
「……全盛期の姿と精神ですって?
馬鹿馬鹿しい、下らなすぎて笑う気にもなれないわ。
確かに、『エリザベート・バートリー』を構成する逸話の大部分、アンタの言うところの『全盛期』って奴が大人になってからのもので、それを体現しているのがアンタの方だってことは事実だけど。
生前の『私』は、それが自分の完成系だなんて認められなかった……どこかで何かを間違えずにいられれば、もっと別の可能性、もっと別の人生があった筈だって、希望を抱かずにはいられなかった。
そんな想い、願いの形が、きっとアタシなのよ」
「何を馬鹿なことを!!」
「いい加減に観念しなさい、癪だけどアタシはアンタなのよ!?
『エリザベート・バートリー』には、自分が悪いことをしている自覚や悪気が無かったってことくらい、ちゃんとわかってるんだから!!」
カルデアのマスターと盾のサーヴァント、そして声だけの優男が上げた驚愕の声を意識の端で辛うじて聞きながら、カーミラは言葉なく立ち尽くしていた。
怒ったのでも、呆れたのでもなく……必死に見ないふり、気づかないふりをしていた本心を、他でもない自分自身に暴かれてしまった衝撃によって。
「貴族は居るだけで特別だって、領民は貴族のために在るんだって、子供の頃から当たり前に教えられたわ。
だからアタシは、領主にとって領民は所有物であって好きなようにしていいんだと、それは世界の常識なんだと。
領地の顔たる夫人の美しさのためにそれらを消費することは正義、と言うよりは義務なのだと普通に思った。
だから驚いたわ……事が公になった途端に、アタシと一緒に楽しんでいた筈の、アタシを褒めて肯定する言葉以外を吐いた覚えのない家臣達が、本当はずっと怖ろしかったって、言うことを聞かなければ殺されていたって、それはもう見事に手のひらを返してきて。
アタシは怒った、そして絶望した、『悪いことをしていると思っていたならどうしてそれを教えてくれなかったの』って!!
確かに血は好きだし、悲鳴は心地よかったし、娘達を痛めつけることを楽しんではいたけれど……それが悪いことなら、やってはいけないことなら、我慢して諦める程度の分別はちゃんとあったのに!!」
「黙れ……もういい、黙れ!!
そんな感傷は今更だわ、もはや私は身も心も怪物に成り果てた!!」
「そんなものはアタシも同じよ、『エリザベート・バートリー』である以上この宿業からは逃れられない!!
だけどアタシは分かった上で諦められない、夢見がちでお花畑な小娘だから!!
散々だった人生が終わって、本当に怪物と化してしまった今からでも夢は叶うと、新しい自分になれる筈だと信じてる!!
だってアタシは、『エリザベート・バートリー』の希望なんだから!!」
動揺のあまりに体が震え、もはやまともな攻撃を放てなくなっていたカーミラに、エリザベートはここぞとばかりの猛攻に出た。
変に拘っていられる状況ではないと思ったカーミラは、今まで敢えて使わずにいた宝具『
自身の代名詞とも言える程に有名な拷問具は、その腕に抱かせた存在から強制的に血と魔力を搾り取ってカーミラの糧へと変える。
それが『お花畑な自分』だろうと、後で精神的にも肉体的にも凭れることになろうがもはや構うものかと、巨大な鉄の塊を放った。
あの質量は槍では防げない、故に避けようとするだろうと考えたカーミラは、それを見越して先手を打つべく身構える。
その判断は一瞬後、避けるどころか守ろうとする素振りすら見せないエリザベートの姿によって覆された。
槍の上下をくるりとひっくり返したエリザベートは、備え付けられていたマイクへと向けて深く深く息を吸い、その肺に渦巻く魔力の奔流を竜の咆哮へと変えて解き放つ。
間近まで迫っていた鉄の処女を呆気なく吹っ飛ばしたほどの音の衝撃は、少し離れたところにいたカーミラをも容赦なく襲い……避けようも守りようもない『音』による攻撃によって盛大に体勢を崩したその胸へと、槍の穂先が深々とめり込んだ。
「……何て出鱈目な奴なのかしら。
未来が過去を否定するのではなく、過去が未来を否定するなんて」
「それは違うわよ。
『人間』としてのアタシは確かにアンタの過去だけど、『英霊』としてのアタシはアンタの未来。
アンタという行く末を、自分自身のどうしようもない性癖を知って、諦めて、受け入れて。
それでもまだ変えられる筈だと、変われる筈だと、そんな希望を捨てきれなかったのがアタシなんだから」
「…………呆れて、怒ることも出来ないくらいのお花畑っぷりね。
でも、だからこそ……鬱陶しいくらいに眩しい。
希望なんて、可能性なんて、私のような末路にはもう………」
自身を最盛期だと、完成系だと謳っていたカーミラが、今わの際に思わず零してしまった本心が、エリザベートの胸に無視できない痛みを走らせた。
「……さようなら、アタシの未来。
今更なのはわかってる、本当の意味で叶うことなんて決して無いんだってことも……だけどアタシは何度でも誓うし、何度でも唄うわ。
アタシはアンタには絶対にならない、今からでも色んなアタシになれるんだって希望を絶対に無くさないって」
『だから安心しなさい』と……そんな声が続けて聞こえてきそうな自信に満ちた笑顔で、胸を張りながら堂々と立つエリザベートの姿は、紛れもない英雄の輝きを放っていた。
そして後々、宣言通りに様々な可能性を体現して無駄に増殖するようになるエリちゃんに、安心どころかストレス性の吐血癖を患うことになるカーミラさんなのでした。