成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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『伝説』の再臨

 

「これこそがアスカロンの真実!! 汝は竜、罪ありき!!

 『力屠る祝福の剣(アスカロン)』!!」

 

 

 狂戦士の少女が辺り構わず放った炎が視界を覆い、思わず足を止めてしまったほんの一瞬の隙を逃さず。

 もう一人の竜殺しである、ゲオルギウスの渾身の宝具がヴラド三世へと叩き込まれた。

 

 

「ぐっ、おのれ……っ!」

 

「仕留めきれなんだか」

 

「逃しません!!」

 

 

 自身が負った痛手と、戦いながらも小まめに把握するよう努めていた戦況の大きな変化が、護国の英雄に退避を選択させた……その、少し前のことだった。

 竜殺しジークフリートと聖女ジャンヌ・ダルクの二人が、邪竜ファヴニールとその繰り手たる魔女との間に存在していた均衡を、僅かながらに揺り動かしたのは。

 まともに食らえば骨すら残らないファヴニールの炎を耐え抜いたジャンヌと、彼女が耐えてくれることを信じて攻撃のみに専念したジークフリートの剣が、ファヴニールの体に僅かな、しかし確実な一撃を食らわせた。

 

 

「やりました!!」

 

「浮かれてるんじゃないわよ、こんなものは掠り傷だわ!!」

 

「だが、例え掠り傷だとしても、この剣は確かに届いた。

 ファヴニールとは力及ばない絶望などでは断じてない、それを証明できたことは十分な成果だ」

 

「攻撃が通じただけで満足するなんて……名高き英雄ジークフリートが、まさかそんなみみっちい奴だったなんてね。

 どうしてこんな男が邪竜討伐を成し遂げられたのでしょう、よほど運が良かったのかしら?」

 

「……運が良かったのは当時ではなく、今この時の方だ。

 ファヴニールを倒したあの時のことは、正直言ってよく覚えていないし、よく勝てたものだと心から思っている。

 戦える者が俺しかいなかったから、誰にも後を任せられなかったから、命をかけて我武者羅に剣を振るったまでのことだった。

 だが、今回はそうではない……俺は俺一人だけで、何が何でもファヴニールを倒し切らなければいけない訳ではない」

 

 

 手傷を負ったヴラド三世が、追撃するゲオルギウスと清姫を伴いながら竜の魔女陣営に撤退してきたのは、ジークフリートが笑いながらそう言い切った直後のことだった。

 

 

「ヴラド三世、あんた馬鹿じゃないの!?

 敵を引き連れてきてどうするの、倒してもいないのに戻ってくるんじゃないわよ!!」

 

「黙れ、仔細も把握しないまま感情のままに叫ぶな。

 状況をよく見ろ、個々の戦いはもはや決した」

 

 

 ヴラド三世に促されて辺りを見回した、ジークフリートとジャンヌを相手にすることに集中していたせいで視界と認識を無意識に狭めてしまっていた黒いジャンヌは、それによってようやく気付けた。

 拮抗していた戦況は自分達のものだけで、展開させたバーサーク・サーヴァント達は既に各個撃破されてしまっていたことに。

 自身の敵を倒した者達が集結し始めていて、最後の戦線が均衡を崩すのも間もないであろうということに。

 

 

「そ、そんな……」

 

「わかったか。

 勝ち筋が未だ存在するならば、ファヴニールを軸に残った戦力を集中させる以外には無い」

 

 

 串刺し死体の丘を築き、血に飢えた怪物として歴史に語られようとも国を守り抜いた英雄から、もはや後が無いという現状を断言された黒いジャンヌの噛み締めた奥歯が、そのまま砕けかねないような音を立てる。

 既に一杯一杯だった黒いジャンヌの精神に、更なる一手が加えられたのはこの直後のことだった。

 凄まじい爆発音の連続が空気と地を揺らしたその直後に、眼下の獲物へと襲いかかる隙を伺っていたワイバーン達が地へ落ちる。

 思わず振り返った一同の、ジャンヌの目に飛び込んだのは、彼女の在りし日を思い起こさせるような光景だった。

 

 

「撃て、ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ!!

 全砲弾を撃って撃って撃ちまくれ!!

 恐れるな、嘆くな、退くな!!

 人間であるならば、ここでその命を捨てろ!!

 もう一度言う、恐れることは決してない!!

 何故なら、我らには聖女がついている!!」

 

「ジル…っ!!」

 

「兵士の皆さん、フランスとジャンヌさんの為に来てくれたんですね!!」

 

「……そうだよな。

 追い詰められて冷静じゃなかっただけで、落ち着いてちゃんと考えられさえすれば、こうなるのが当然なんだ。

 一緒に戦った兵士達こそが、ジャンヌが心からフランスの国と人々を想っていたことを、邪悪な魔女なんかじゃないってことを、誰よりも知っていた筈なんだから」

 

 

 今一度聖女の旗の下に集い、祖国を守るべくひとつになったフランス軍の雄姿が、それに感動した立香達が思わず零してしまった呟きが、黒いジャンヌの頭の中で辛うじて繋がっていた『緒』を盛大にぶっ千切らせた。

 

 

「兵士どもを殺せファヴニール、一人残らず焼き尽くしなさい!!」

 

「なっ…!?」

 

「しまった!!」

 

ジャンヌ・ダルク(わたし)を見捨てた奴らが、魔女だの何だのと罵りながら憂さを晴らしていたような連中が、今更助太刀ですって……反吐が出るわ!!

 あんた達みたいなのが一番腹立たしいのよ、偽善者どもが!!」

 

「ジル、皆、逃げて!!」

 

 

 戦略においては素人だった上に、状況的にも精神的にも追い詰められて自棄になっていた黒いジャンヌが取った行動は、彼女自身の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすためだけのもの。

 この後の展開をどう動かすのか、どう生かすのかといった、現状で最も優先すべきであることを全く考慮していなかったそれは、だからこそ一同の裏をかいた。

 広く展開されていたフランス兵達をまとめて呑み込まんと全力で放たれた邪竜の炎が、兵士達の視界を真っ赤に染め上げる。

 『これは駄目だ』と察するために、彼らが要した時間はほんの一瞬だった。

 恐怖も絶望も突き抜けて、ただ目を見開き、立ち尽くしたまま『その時』を待つことしか出来なかった兵士達と、そんな彼らを次の瞬間には消滅させていたであろう劫火。

 その間に、高らかな蹄音と共に飛び込んできた者がいた。

 

 立香達がそれを知ったのは、ファヴニールの炎がフランス兵達を焼く『筈』だった瞬間が過ぎ去った後のこと。

 彼らの目に映ったのは、炎と兵士達の間を遮りながら突如現れた謎の光。

 彼らの耳が聞いたのは、測定器の針を一瞬で振り切らせるほどの膨大な魔力と、未知のサーヴァント反応の観測を伝える裏返ったロマニの声。

 魔力によって作られた光ではなく、魔力そのものの放出だった輝きによって防がれ、誰一人として焼くことが出来ないまま掻き消えた炎の先に、彼らはようやくその姿を見ることが出来た。

 

 光を放っているかのような白い尾とたてがみが明るい栗色の体躯に映える、美しく立派な馬の背に跨って。

 剣をかざすでも、盾を構えるでもなく、ただ左手を高々と掲げるその身が纏っているのは、深い森の瑞々しい木々を思わせるような緑衣。

 金の髪、青い瞳、美しい相貌、尖った大きな耳。

 古くからの伝説に語られ、芸術の題材にされることも多いその姿を前に、『まさか』と、『そんな馬鹿な』と思いながらも堪え切れず、最初に口に出してしまった者が一体誰だったのか。

 そんなものは、大した問題ではなかった。

 一石が投じられた次の瞬間には、高揚は既に広まりきってしまっていたのだから。

 

 

「まさか、そんな訳が……だけど、あの姿は」

 

「……勇者様?」

 

「間違いない、勇者様だ!!」

 

「勇者リンク様だ!!」

 

「封印から目覚めて、フランスを助けに来てくださったんだ!!」

 

「竜も魔女も恐れることはない、俺達には聖女様と勇者様がついているぞ!!」

 

 

 竜の咆哮にも負けない歓声と雄叫びが迸る、未だかつてない程の希望が兵士達の胸に満ちていた。

 遥か太古の先史時代に於いて、多くの冒険を成し遂げ、多くの怪物を倒し、崩壊の危機に瀕した世界を幾度も救った、あらゆる英雄や冒険譚の祖と言うべき伝説の勇者。

 そんな大それた存在の登場は、絶体絶命の危機に彼ほどの人が駆けつけてくれたのだという夢物語のような現状は、人理修復という難題に挑み始めたばかりの自分達の方がよほど、堪えきれない感動と迸るままの喝采によって、盛大に歓迎すべきことの筈なのではないかと思うのに。

 夢物語どころかこれは正しく夢なのではないかと、酷く回りの遅い思考でそんなことを考えていた、目の前の光景を認識して受け入れることがなかなか出来ずにいた立香達の耳に。

 彼らとは逆に混乱が動の方向へと働いたらしいロマニの、予想外の急展開に振り回され過ぎて、もはや一杯一杯で、通信の向こうで泣きじゃくっているのではと思えてしまう程の声が飛び込んできた。

 

 

《伝説の勇者リンクの登場、おかしくない、ああそうさ何もおかしいことはない!!

 『人理焼却』という崖っぷちに追い込まれた世界が彼に助けを求めたとして、幾度となく世界を、人々を救ってきた彼がそれに応えてくれたとして、何の疑問や不審があるって言うんだ!!

 新規のサーヴァント反応の発生源は彼で間違いない、一瞬で魔力測定の計器をぶっ千切ったこれは観測済みのサーヴァントデータと比較するまでもなく断トツでトップランク、七つのクラスのどれにも当てはまらないパターンはもしやジャンヌと同じエクストラクラスって奴なのかな!?

 目視で得られる情報から考えても、状況証拠でも、計測データでも、導き出される全ての結果が、彼が紛れもないその人であることを示しているのに……あれは、あそこにいるのは、彼はやっぱり、もしかして、いやもしかしなくても!?》

 

「…………リンク」

 

 

 喉まで込み上げてきたものがついに零れてしまった、疑問ではなく確信が込められていた立香の呟きこそが、一同が抱く困惑と混乱の答え。

 旅の始まりからずっと一緒に歩んできた、つい先日まで共に戦い共に笑い合っていた、優れた戦士であると同時に何の変哲もない少年でもあった、力及ばず失われてしまったとばかり思っていた大切な仲間が。

 その全身で、存在そのもので、『伝説』を体現しながらそこに居た。

 






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