語り合うのには遠すぎる、不自然な距離を保ったまま向き合っていた二人の少年。
躊躇っていた一歩を先に踏み出したのは、立香の方だった。
ゆっくりと、しかし確実に歩み寄っていくその様を、誰もが黙って見守ることしか出来ない。
フランスの特異点修復が始まってからという短い間で、多くの者が見守る中で、二人はまるで昔からの関係があったかのように仲良くなっていった。
立香にとってのリンクは、人理焼却という崖っぷちの異常事態で、思いがけず知り合えた気の置けない同年代で。
サーヴァントが増えた後も、先頭に立って活躍を続けていた彼を心から頼りにして。
尚且つ、彼一人に頼ってばかりではいけないと自身と現状を戒める程に、彼という個人を思いやってもいた。
そういった想いを形作っていた大前提が、一気に覆された。
リンクは英雄の素養を持った一般人どころか、当人がいることを知りもしないまま、何度も話題に出てきた伝説の勇者その人だった。
ずっと助けてくれた彼を、慣れない自分達を導き続けてくれた彼を信じている。
何かしらの理由や思惑があったのだろうと、何の疑いもなく思えるほどの関係を重ねてきた自信がある。
だけどそれは、リンクを『勇者』として、『サーヴァント』として認識し、その考えや行動を受けとめた場合でのこと。
どんな力を発揮しようと、どんな一面を見せようと、リンクのことを一人の『友人』として尊び続けてきた立香がこの状況で何を思い、考えているのか。
今になって思えばリンクにとっても、自分をただの少年として何の身構えもなく接してくれる立香との関係は、得難く尊いものだったのだろう。
無言で伸ばしてくる立香の手を、避けることも対することもせずに受け入れようとしている様は、もう今更かもしれないけれど、それでも出来る限り彼に対して誠実でありたいと願うリンクの思惑を感じさせるものだった。
…………の、だけれど。
「いででででででででっ!!?」
「あっ、本物だった」
《ちょっ、立香君!?》
「何をやってるんですかセンパイ!!」
黙って見守っていた一同が目の当たりにする羽目になったのは、古代ハイリア人の最も分かりやすい身体的特徴を、女神ハイリアの庇護下にある者の証とされているそれを、古代の神秘の顕れとして特別視している者は決して少なくない尖った耳を、引き千切らんばかりの勢いで盛大に引っ張った立香の暴挙だった。
「何すんだ馬鹿!!」
「だって、前までは普通に短かったし」
「隠蔽かけてたんだよ、つかそこから疑ってたのか!?」
「お前のことだから、仮装して演出くらいはやりそうだと思って……」
「だからってこの確かめ方はあんまりだろ!!」
赤くなってしまった耳を取り返して押さえつつ、一歩下がって涙目になりながら抗議の声を張り上げるリンクと、淡々と惚けた反応をするばかりの立香。
一同が先程とは違う意味で何も言えなくなっていた、そんな状況を変化させたのは、またしても立香だった。
前触れなく異様な勢いと迫力で伸ばされた手が、それまでも惚け具合からの差異と、リンク自身の精神状態の乱れもあって、伝説の勇者の側頭部を掴まえるという快挙を為す。
もはや慣れてしまった、切られたり焼かれたりするものとは違う種の痛みを、たった今味わったばかりのそれを連想させる体勢に思わず身を竦ませたリンクは、自身を正面から見据える立香のひたすらに真っ直ぐな眼差しに毒気を抜かれ、ただ静かにそれを受け入れることしか出来なくなっていた。
「リンク、なんだよな。
俺達がフランスに来てから、ずっと一緒だった」
「……そうだよ」
「実はサーヴァントで、名前が一緒どころか本当に伝説の勇者様で……」
「……黙っていたのは悪かった。
俺なりの理由や事情はあったけれど、それでもお前が怒るのは無理もないと」
「そんなことはどうでもいい」
「…………えっ?」
微妙にずれた対応をしていたのは、どことなく呆けていたように感じられたのは、現状を未だ本当の意味で受け入れ切れていなかったからなのだろう。
目に映る光景に、耳に聞こえる声に、手から伝わる感触に、彼が確かにそこに居るのだという事実を、実感を伴いながら受け入れ始めた立香。
それに伴う昂りを、胸の内に収めきれなくなった想いを表すことを、彼は決して躊躇わなかった。
「リンク、無事で良かった」
その言葉、その笑顔、その涙を見た者達は、自分達が抱いた懸念が全くの的外れであったことを、今までの旅路の中で『平凡な一般人』から随分と格上げした認識があった『藤丸立香』の更なる真価を突きつけられた。
当人が言っていたように、伝説の勇者だったことも、サーヴァントだったことも、立香にとってはどうでも良かった。
彼は本当に、ただ純粋に、心から……実は勇者でありサーヴァントであった『だけ』の友人が、失われてしまったと思われていた彼が生きていたことに、帰って来てくれたことに安堵し、そして喜んでいた。
その事実が胸に沁み、思わず目頭を熱くしてしまう程の温かさが込み上げるのと同時に、リンクは、自身の胸の内がその温もりを圧し潰す程の罪悪感で重くなっていくのを感じていた。
勝手な行動をして心配をかけた自覚はあった、怒られる覚悟は既に出来ていたけれど、それでも彼は後悔はしていなかった。
また同じようなことが起これば、行動しなければならなくなったら、自分はまた懲りずに一人で飛び出すのだろうと今でも思っている。
ずっとずっと昔から、どんな時代やどんな場所においても変わることなく、『自分達』の戦いはそういうものだったからだ。
一人なのは当たり前で、どうにかするのも当たり前で、生きて帰るのも当たり前で。
そんな孤独な戦いを強いられているのが他の誰かだったら、とんでもないと激昂してすぐさま助けに入るだろうと思えるのに。
自分が誰かを案じるように、誰かも自分を案じてくれるのだと、誰かが傷つき苦しむ姿を見て悲しむように、自分のそんな姿を見て悲しむ人もいるのだと。
自分でも知らないうちに、いつの間にかどこかに置いてきてしまっていた、本当に当たり前のことを。
リンクは今この時になって、頭ではなく心で以って、ようやく思い出すことが出来た。
「……………立香。
勝手なことをして、心配かけて、本当にごめんな」
「二度とすんなよ」
「ちゃんと相談してからにする」
「お゛いこら、すんなっつってんだよ」
「状況によってはそういう訳にはいかな、ぃいだだだだっ!」
「努力しようとする姿勢くらいは見せろ馬鹿勇者」
「ゆーひゃの前に馬鹿をつけるな、一応誇りはあるんだからな!?」
「返事は?」
「…………頑張ります」
「うん、頑張れ。
……お帰り、リンク」
「……ただいま、立香。
ありがとう」
涙が伝った跡を共に頬に残した少年達が、その背に負った『世界』の重みを知る二人が、満面の笑みを交わし合う。
伝説の新たな一幕かのようにも思えるようなその姿は、見守っていた者達に不思議な感動と安堵の気持ちを抱かせた。
何故か泣きたくなるような、この二人が出会えて良かったと心から思えるような、そんな光景だった。