成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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カルデアの日常 1
天文台の食堂物語


 

「ただの一時凌ぎになるかもしれないけれど、食材に関してはどうにか出来ると思う」

 

 リンクがそんなことを言いだしたのは、彼が本当の意味でカルデアの一員となった後。

 人間もサーヴァントも関係なくカルデアに所属する全員が、容易く数え切ることが出来る程度の人数が集まって、食堂の主たるエミヤが保存食に懸命なアレンジを加えた細やかなご馳走を皆で囲んで、グランドオーダーの達成祝いにリンクの歓迎式という意味合いも加わったひと時を、楽しく過ごした翌朝のことだった。

 エミヤの持て成しとカルデア一同の歓迎こそ、素直に受け止めて喜んではいたものの、察してしまった食事事情に関しては流石に思うところがあったのだろう。

 明らかな問題点、改善点を見出した上で放っておける性質ではなかった彼は、責任者や首脳陣に声をかけて、臆することなく自身の考えを口にした。

 思いもよらないことを告げられて呆気にとられたロマニをよそに、興味津々に目を輝かせたのは、リンクが自信を持って言い切ったその『手段』に対して興味を抱いたダ・ヴィンチだった。

 

 

「で、具体的にどうするつもりなんだい?

 協力が必要なら出来る限りのことはするよ、美味しいものの誘惑にはサーヴァントになったとしても抗い難いものさ」

 

「これを使う」

 

「そ、それはまさか…っ!?」

 

 

 あからさまに声を上げたロマニほどではなかったとしても、ダ・ヴィンチも確かに驚いて軽く目を剥いた。

 リンクが手に取ったものは、彼が腰元に下げていた手のひらサイズよりも少々大きな、一見しただけならばただの石板にしか見えないであろう代物。

 しかし、フランスの特異点にて使用される光景を直接目の当たりにした上に、『伝説』を隅から隅まで既読の彼らからすれば、それが何であるのかを予想することは容易かった。

 

 

「シーカーストーン……超技術を以って古代文明を発展させたシーカー族が、その叡智を結集させたという代物だね。

 強力な魔術を即時発動させる媒介となったり、道具や武器を情報化した上で収納したりといった様々な機能で、勇者の旅路を手助けしたとされているよ」

 

「その通りなんだけど……ほんと皆、何でそんなに詳しく知ってるわけ?

 ……それに関しては今はいいか、話を戻そう。

 問題なく使えるかどうか、色々と仕様確認をしていて気がついたんだけど、宝具になったことで機能が更に増えていたみたいなんだ。

 前は収納したものをそのまま取り出すだけだったのが、それに加えて、一度入れたものの情報を記録して、魔力リソースと引き換えではあるけれどそれを生成することが出来るようになっている」

 

「凄いなそれ!!」

 

「そ、その魔力リソースって、何か専用の特別なものじゃないと駄目だったりするのかい!?」

 

「ものによって効率の良し悪しはあるけれど、それでも基本は何でもいいみたい。

 中に取り込んだものを必要に応じて魔力に変換して、蓄積したリソースを別のものの生成に消費する。

 ……商品の売り買いでイメージしてもらうのがわかりやすいかな、売値が安いものでもたくさん売れば高価なものを買えるってこと」

 

「それで、今現在で作れるものは何!?」

 

「俺がハイラルにいた頃に手に入れて、この中にしまったことがあるものは大体行けそうだ。

 食材関係も結構な種類が揃ってる、リソース用の魔力さえ融通してもらえれば昼食には間に合わせられるよ」

 

「ダ・ヴィンチ、そっちに回してもいいと思えるものを片っ端から持って来て!!」

 

 

 立香やマシュ達の食事シーンを前にしても、果たすべき役目への責任感や育ち盛りの少年達がきちんと食事を取れていることへの安堵の方が上回ったことで我慢出来ていたものが、確かな打開策を目の前に出されたことで一気に崩壊した。

 指示されるや否や自身の工房へとすっ飛んでいったダ・ヴィンチに、道中鉢合わせて事情を聞いた者達がそれを更に拡散させて、最終的にはカルデア中の者達が話を聞きつけ、待っている時間も惜しいと言わんばかりに時間外れの食堂へと集まってきた。

 揃いも揃って目を爛々と輝かせながら、異様な迫力を醸し出してくる一同に若干気圧されて引きながらも、皆それだけ限界なのだと、そんな状況で頑張っていたのだということを改めて認識し、その気持ちを壁面を滑る指の速さへと反映させる。

 

 そうして、当初の思惑通りに魔力リソースから目的の素材を生成することに成功したリンクだったが、ここで想定外の問題が発覚した。

 食堂に並べられている長机のひとつを占領して、野菜や果物、魚などといった新鮮な食材が広げられている。

 リンクにとってそれは、常日頃から当たり前に食卓に並んでいたものであり、何の変哲もない日常の光景以外の何ものでもなかったのだが、自分以外の全員が揃って顔を引きつらせているという現実が、その認識が甘いものだったという事実を突きつけてくる。

 

 

「………………うん、まあ、思い出してみれば確かに、『ハイラルで手に入れたことがあるもの』って言っていたよ。

 こういうことになるのは、最初から分かり切っていた筈なんだよね」

 

「凄いです……長い歴史の中で、多くの人々が探し求めたハイラルのものがこんなにも」

 

「今の果物とか野菜に似てるっぽいのもあるけれど、でもやっぱりよく見れば全然違うし。

 DNA鑑定とかしたら凄いことになりそう…………え、マジで、これ食うの?

 素人の一般人からしても、それってヤバくない?って思うんだけど?」

 

「いやいやいやそんな気にするなって、普通に店で買って普通に食べてたやつだから!」

 

「それは十分わかるんだけど、ハイラルの時代のものってだけで僕達にとっては特別なんだよ……」

 

「ン万年前の人達が食べてたもの、その時代に生息してたものってことになるからな……」

 

「一般人にとっても魔術師にとっても垂涎の品だね、この山の中のたったひとつを手に入れるために金や宝石を積む奴が果たしてどれだけいることか」

 

 

 リンクが必死にフォローを入れようとも、立香達の顔色が戻る気配は伺えない。

 このままでは埒が明かないと判断した彼は、苛立ち交じりで少し強めの口調となってしまっている声を上げた。

 

 

「あーもう面倒くさい、さっきまであれだけ必死になってた癖に何を躊躇っているんだか!!

 とにかく一度食べてみろ、そうすればそんな気にすることないってのがわかるから!!

 エミヤ、何でもいいから作ってみて!!」

 

「えっ…………あ、いや、私としてもそうしたいのは山々なのだが。

 如何せん見るのも初めての食材ばかりでは、いくら私とてどう扱ってやれば良いものか」

 

「……あーそっか、その問題は無視できないな。

 じゃあ今日のところは俺が主に作るから、エミヤは手伝ってほしい。

 食材の種類とか特徴とか、下処理の仕方とか教えながらやるからさ」

 

「「「「「「「「「「え゛っ!!?」」」」」」」」」」

 

「………何だよ、揃いも揃ってその反応は。

 これでも料理は結構得意なんだぞ、旅先では概ね自炊だったし、食べたい時はよく自分で作ってたし」

 

 

 勇者リンクが小柄な体に見合わない健啖家で、よく周囲に手料理を振舞っていたという話は、逸話として確かに伝わっている。

 一同が思わず声を上げてしまった理由はそこではない。

 その旨を正確に指摘される前に、反応が悪かったことで逆にやる気を刺激されたらしいリンクは、狼狽えるエミヤの袖を引いて、山積みの食材を一旦回収したシーカーストーンと共に、さっさとキッチンへと向かってしまった。

 

 

「…………すっごい字面だねえ、ハイラルの食材を使用して作った勇者リンクの手料理だよ?

 全部終わった後で魔術協会とかに知られようものなら、お偉いさん方白目剥いて引っくり返るんじゃないかなあ」

 

「やめてくれ、リアルに想像出来過ぎて今からお腹が痛くなりそう」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉に思わず胃の辺りを押さえてしまったのは、ロマニだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表向きはどうあれ、内心では対面する度に未だ密かに緊張していた勇者リンクに前触れなく腕を引かれてしまったエミヤは、例え相手が勇者であろうと、料理という特殊な分野においては遜色なく接することが出来る筈だと、内心で懸命に己を奮い立たせた。

 しかしそれも、現代の感覚や認識では到底計り知れないハイラルの常識を突きつけられることで、敢え無く揺るがされてしまう。

 

 

「……リンク、一体何をしているのかね」

 

「使いやすいように、まず食材を分けてるんだけど」

 

「脈絡なくごちゃ混ぜになっているようにしか見えないのだが」

 

 

 使いやすく分けると聞いてエミヤが思い浮かべるのは、果物は果物、野菜は野菜、魚は魚といった括りで纏めるというものだった。

 しかし、リンクが彼の基準で分けたらしい目の前のそれからは、その纏まりを築くための基準というものが一切読み取れない。

 リンクはその指摘をある程度予想していたらしく、特に気を悪くすることも無いまま、エミヤの疑問に答え始めた。

 

 

「こっちがツルギダケ、ツルギソウ、ツルギバナナとかの『ツルギ』系の食材で、料理に一時的な筋力増強効果を持たせることが出来る。

 隣がヨロイダイ、ヨロイカボチャ、ヨロイダケといった『ヨロイ』系で、こちらも一時的だけど打たれ強くなれる。

 こっちのマックストリュフやマックスラディッシュとかの『マックス』系は、怪我や体力の急速回復効果があるから多めに用意したかったんだけど、生成に必要な魔力量が相応に多くてあまり作れなかったんだよな。

 『ゴーゴー』や『シノビ』の効果は便利だけど、カルデアにいる間はあまり使いそうにないから今回はちょっと少なめで」

 

「待て待て待て待てちょっと待て頼む後生だから待ってくれ!!」

 

 

 取り繕える余裕などありはしなかった。

 美しい顔と宝石の瞳に、ドン引かれるのにも構わず詰め寄った。

 『魔術使い』としての自分が、全力で奇声を上げていた。

 

 

「これらの食材には、其の物に魔術的な効果があるのか!?」

 

「………ごめんエミヤ、ちょっと聞かせてもらっていい?

 俺の頃は、目当ての効果をつけた料理を事前に食べることで能力に補正をかけるってのは普通にやっていたことなんだけど、今この時代においてはどうなってるの?」

 

「……ごく一般的な料理に対して求められるのは、単純にエネルギーや栄養の補給、更には味を楽しむことのみだ。

 魔術師ならば、食事を通して何かしらの魔術効果を発揮させる研究をしている者も、中にはいるかもしれないが……幾つもの行程が必要で手間がかかる上に、効果を得られるのがそれを食べた者だけというのは、普通に考えて非効率極まりないからな。

 まともな成果を出している者は、恐らくいないだろう」

 

「…………そっかー。

 事前に気づいて良かった、効果付きの奴を普通に出してたら後で大騒ぎになってただろうな」

 

「私としても、念のため聞かせてもらいたいのだが……これらの食材は、特殊な工程を経て栽培された、生産法や入手経路が極限られている特別なものというわけではないのだな?」

 

「野菜は普通の農家で普通に作ってたものだし、キノコや野草の類も、採れる場所で探せば普通に見つかる山菜だよ」

 

「ハイラルは魔境か…っ!?」

 

「魔境って、俺の故郷なんだけど……」

 

 

 思考を一瞬で埋めた紛れもない本音を、殆どその場の勢いで吐き出してしまったエミヤは、それに続いた苦笑交じりの呟きに顔から血の気が一気に引く思いを味わわされ、皮肉屋を取り繕う余裕も無いまま慌てて頭を下げ、笑いながらあっさりと許された。

 

 

「気にしないでいいよ。

 実際にここまで大きな違いが出ているようなら、そう思うのは無理もないし。

 …………ああ、でもなあ」

 

 

 本当に、遠いところまで来ちゃったんだなあ。

 ……そんな、何気ないものでありながら酷く寂しげな呟きが、先程のものよりも鋭く、そして鮮明に、エミヤの心に突き刺さった。

 尊敬と畏怖から来る緊張こそ未だに抜け切れてはいないものの、あの旅路の多くを見守っていたエミヤは既に、勇者リンクが立香やマシュよりも年下の少年であるという事実を正しい意味で受け止めている。

 そんな子が、慣れ親しんだ故郷、時代、世界から独り置いていかれ、その事実を改めて突きつけられたことに、ショックを受けないわけがない。

 気づかず止まってしまっていた息を大きく吸い、また吐き出したエミヤは、彼は子供で自分は大人なのだと、自分自身に努めて言い聞かせながらゆっくりと口を開いた。

 

 

「リンク……私に、君の故郷の味を教えてはくれないかね。

 君が望んだ時、意識せずとも欲した時に、当たり前に応えられるようになりたいのだよ」

 

 

 その言葉を受けて一瞬呆気にとられたリンクは、次の瞬間、本当に嬉しそうな、エミヤが思わず見蕩れてしまう程に綺麗な笑みを浮かべながら頷いた。

 そこから先の流れは、始まりで多少もたついたことが嘘だったかのように、順調かつ和やかな雰囲気で進められた。

 煮込み料理の鍋をかき混ぜながら、気分が乗ってきたのか微かに鼻唄を奏でだしたリンクに、彼が優れた音楽の才を持っていることを知っていたエミヤは、密かな役得と思いながらもそれ以上無暗に声をかけたりはせず、そっと自身の作業に戻ったのだけれど。

 この場にもしアマデウスがいたならば、皆に先駆けて目を剥いていたであろう事実に、生憎と彼は気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々な意味で気後れをしていた一同がその気概を保っていられたのは、温かい湯気と美味しそうな匂いを立ち昇らせる現物が、目の前にズラリと並べられるまでのことだった。

 一人一人の注文を受けるのではなく、色々な料理をとにかく作って、好きなものを各自選んで食べてもらうという簡易的なバイキング形式の食事会は、先日の祝勝会及び歓迎会よりもずっと豪華で、賑やかで、笑顔が溢れるものとなっていた。

 その状況を不満に思える者がいるとすれば、限られた食料物資を必死にやり繰りして、何とか祝いの席と言えるものを整えた苦労を、一瞬で上書きされてしまったエミヤくらいだっただろう。

 しかしそのエミヤこそが、皆が自身の作った料理を、妥協を積み重ねた間に合わせではなく本当の自信作だと言えるものを食べながら笑っている光景を、誰よりも満足そうに見つめていた。

 

 

「美味しいです、これがエミヤさんの本気の料理なんですね!!」

 

「流石だねえ、初見のものばかりの食材をよくぞここまで使いこなしたものだ」

 

「恥ずかしながら、下処理はほぼリンクに丸投げしてしまったよ。

 それでも、流れの中できちんと教わったし、実際扱ってみれば現代の食材とあまり違いはなかったから、次からは私だけで問題なく調理出来るだろう。

 今後の食事には、是非とも期待してくれたまえ」

 

「結局、ハイラルの食材を今後とも扱っていくのは決定事項なんだね……」

 

「割り切ろうドクター、美味しいものを毎日食べられるってことが一番大事なんだから」

 

「紛れもなく同感だね、お代わりをもらうよ!」

 

 

 遠慮も戸惑いも既に口だけで、ハイラル100%の料理に誰もが全力で舌鼓を打つ光景を前に、ハイラル産食材の秘密を明らかにする日は近そうだと、エミヤは内心で密かに呟いた。

 食材の効果は別種のものを混ぜて調理することで相殺されるらしく、通常ならば失敗扱いらしいそれを、今回に限っては敢えて狙った。

 その合間を縫ってリンクは、驚愕を通り越した先でそれ以上の興味が湧いたらしいエミヤの為に、効果がきちんと発揮される組み合わせで簡単な料理を作り、賄い扱いで振る舞ってくれた。

 防御力が増すというヨロイソウとヨロイダケの組み合わせで作られた炒め物は、山菜とキノコの風味を余すことなく生かした絶品だった上に、食べた時点で実感出来る程の効果が即座に現れた。

 これを日々の仕事や任務の中に、当たり前の要素として組み込むことが出来たならば、誰もが大いに助けられることだろうという確信が既にある。

 その時が一刻も早く訪れることを願いながらも、今この時のカルデアでその認識を共有しているのが自分とリンクだけなのだという密かな優越感が、皆に悪いと思いながらも心地よかった。

 このまま最後まで、穏やかかつ和やかに終わると誰もが思っていた状況に、誰もが全く予想しえなかった爆弾が急遽投げ込まれることとなるのは、このすぐ後のこととなる。

 

 

「シチューが凄い美味いよ、マシュも食べてみて!」

 

「はいセンパイ、いただきます。

 ……本当に美味しい、野菜にしっかり味が沁みています」

 

「それは、確かリンクが…………ちょっと待て。

 マスター、ひと口頂いても?」

 

 

 急に様子が変わったことに、首を傾げながらも頷いた立香の厚意に甘えて、エミヤは彼が持っていた器に匙を入れた。

 具材の芯まで染みている熱さに少しだけ妨げられながらも、ゆっくりと味わいながら咀嚼を続けたその表情が、ますます訝しげなものとなる。

 

 

「おかしい、これは美味すぎる……圧力鍋を使った訳でもないのに、芯までしっかりと解れている。

 これだけの味をただ煮込むだけで出すためには、少なくとも数時間は要する筈なのだが……」

 

 

 そんなに長い時間を調理に費やしてはいなかったことは、共に作業していた自分が一番良く知っている。

 僅かな、それでいて深刻な疑問に答えたのは、すぐ近くで健啖家の逸話に相応しい食べっぷりを見せていた当の本人だった。

 

 

「ああ、そのシチューね。

 美味しく仕上げられるのに時間がかかりそうだったから、少しズルして『時の重ね歌』で鍋だけ時間経過を早めてみたんだけど」

 

 

 上手くいってた?

 ……という発言の終わり部分は、居合わせていた全員が口の中のものを一斉に吹き出した轟音によって、敢え無く掻き消されてしまったのだった。

 

 

「…………えっ、ちょ、なになに、皆どうしたの!?」

 

「あ、あのねリンク君……時間操作なんて超々高レベルの魔術の行使を、文字通り鼻唄感覚であっさりと、それもシチューの煮込み時間短縮なんてものに気軽に使われたらね、全世界津々浦々古今東西の魔術師達の立場ってものがね…………」

 

 

 本人に悪気や落ち度は全く無いとはいえ、この調子で無自覚なままハイラルのノリで動かれては周りの心臓が幾つあっても足りないと、現代の常識や魔術の基本認識に関する講座が開かれることとなるのは……思いがけない大ダメージを食らって沈んだ一同が再起動を果たすために必要な、多少の時間を経た後のこと。

 今のリンクは、一瞬で死屍累々となってしまった食堂で唖然と目を点にしながら、一人立ち尽くすのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撃墜された者達が何とか復活を果たし、世間に疎いマシュや新米魔術師の立香も加わった一般常識及び魔術に対する基本的な講座が行われ、カルデアに平穏が戻ってきた頃。

 ようやっと本格的な稼働が始まった食堂の一角に、軽率な振る舞いを反省するリンクの姿があった。

 

 

「皆を驚かせたことに対しては、確かに反省したけれど……折角の能力を生かせないのは勿体ないし、やっぱり違うと思うなあ」

 

「お前、実は全っ然懲りてないだろ」

 

「でも確かに、あれだけ凄い力なのですから、何かに役立ててみたいですね」

 

 

 反省しつつも不満を露わにふて腐れるリンクと、それを苦笑いで慰める立香とマシュ。

 そんな彼らの前に、フルーツをふんだんに使用した小ぶりなホールケーキが、三人分の取り皿とティーセットと共に突如差し入れられた。

 驚いて振り向いた先にいたのは、執事然とした笑みと振る舞いが異様に板についている食堂の主だった。

 

 

「エミヤ、これってもしかしてハイラルのフルーツを使ってる!?」

 

「試作品だよ、今後の参考として感想を頂きたいのだが如何かね」

 

「はい、いただきます!」

 

「凄いな、エミヤってケーキまで作れるんだ!」

 

 

 甘味を前に目を輝かせる三人の姿に微笑ましそうに笑いながら、エミヤは慣れた様子でケーキを三等分に分ける。

 絶妙な抽出具合を見計らったお茶と共に、それらを遠慮なく堪能し始めた彼らに……と言うよりリンクに、エミヤは意を決して話を切り出した。

 

 

「実は、リンク……そのケーキと引き換えにという訳ではないのだが、君に是非とも頼みたいことがある」

 

 

 フォークを咥えながら軽く目を瞬いたリンクと、必然的に共に聞くことになった立香達が耳にしたのは、つい先日の騒動を丸ごと引っ繰り返すような突拍子もない『頼みごと』だった。

 唖然と目と口を丸くさせたままのリンクとマシュをよそに、一足先に己を取り戻した立香が思わずといった様子で声を張り上げる。

 

 

「ちょっ……待って待って、エミヤってば何言ってんの!

 その発想がとんでもないってことくらい、素人魔術師の俺にだってわかるんだけど!?」

 

「当然だ、十分すぎる程に自覚しているとも……こんな発想を実行どころか、抱いてしまった時点で、まともな魔術師ならば私の正気を疑うことだろう。

 だが私は考えてしまった、そんな『もしも』を想像してしまった、その先で得られるであろうものを明確に思い描いてしまったのだ!!

 マスター、君も日本人ならばわかるだろう!?」

 

「……ああ分かるよ、ぶっちゃけ凄く分かる、だけどやっぱりそれは流石に」

 

「もう一度、今度はハッキリと言うぞ!!

 マスター、君は、味噌汁を飲みたくはないか!!?」

 

「飲みだいっ!!!」

 

 

 血を吐き、血の涙を流していないのが不思議に思えるほどの迫力と痛々しさでその言葉を吐き出し、同じ焦燥を纏うエミヤと固く固く手を取り合う、自分達のマスターの異様な姿を前に、リンクとマシュはただひたすらに呆然としていた。

 こうしてカルデアには、立香とエミヤの今にも燃え上りそうな程に熱のこもった主張と、勢いに負けて全面的な協力を約束したリンク、同じくごり押しされて半ば強引に許可をもぎ取られたロマニという経緯を経て、ごく一般的な魔術師が知れば間違いなく白目を剥いて泡を吹いた挙句に引っ繰り返るであろう代物が、文字通りの『魔法の熟成室』が誕生した。

 

 

「これがっ、マスターとエミヤさんがあれ程にまで熱望されたお味噌汁…っ!」

 

「成る程な、確かに美味いし癖になりそう」

 

「うおおおおおお日本人で良かったあああああっ!!」

 

「自家製チーズにハム、拘りの漬け物……ふ、ふ、ふふふふふ。

 人理が焼き尽くされようとしている瀬戸際で、よもやこんなにも心が躍ることになろうとは!!」

 

「…………いや、流石にこれはやりすぎだろ。

 美味いもんを食いてえってのはわかるけどな、そこまでなりふり構わず拘るような代物でもねえだろうが」

 

「……慣れてきた頃合いを見計らって、酒の醸造にも挑んでみようと思っていたのだが。

 成功したとしても君は要らないのだな、ケルトの大英雄がまさかそこまで己を律するとは思わなんだ」

 

「全面的に俺が間違ってたわ、メシの美味さは大事!!」

 

 

 このような流れを経て、カルデアという組織の運用を続けるにあたって最も重要かつ深刻な問題のひとつだった食事事情は、ひとまずの改善を迎えたのであった。

 






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