成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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ダ・ヴィンチの勇者論

 

 その日、名目として設定されていたのは、『シミュレーターの更なる機能向上に向けての問題点並びに改善点を調査及び把握することを目的とした稼働テスト』だった。

 弾き出される結果と、その経過を記したデータさえきちんと形にされて、後で確認することさえ出来れば問題ない筈……更に言えば、そういった技術的なものに関わっていない面子に至っては、その旨を把握する以前に気にかける必要すらも無かったものなのに。

 その日特に予定が無かった者、予定を急いで終わらせたもしくは切り上げてきた者達が、人間のスタッフだけでなくサーヴァント達まで含めて、一人、また一人とオペレーションルームの大画面の前に集まってくる。

 そのことに対して、ロマニもダ・ヴィンチも苦笑するばかりで特に驚くことはなかったし、それどころかこの状況を殆ど確信していた。

 そうして、結局はカルデア所属の全員が集まってしまった中で、シミュレーションは予定通りに始められた。

 

 

「全工程、準備完了だ」

 

「よし、それじゃあ……行くよリンク君、頑張って!」

 

 

 大画面の中で一人頷いた勇者の姿を、多くの眼差しが一心に、色々な意味で固唾を呑みながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その旨を最初に切り出し、希望したのは、他でもないリンク自身だった。

 自分が、現状でどの程度のことが出来るのかを確かめておきたい、とのことで。

 何の裏も含みもなく、『どこまで』ではなく『どの程度』とあっさり言い切った少年に密かな戦慄を覚えながら、ロマニはその提案に対して迷うことなく頷いた。

 間違いなく、何の疑いもなく、現時点におけるカルデアの最高戦力と称していいであろう彼の力量を正確に把握しておくことは、カルデア側としても非常に重要かつ必要なことだったからだ。

 その話は瞬く間にカルデア中に知れ渡り、稼働テストというよりは一大イベント的なノリで、期待と興奮の中で始められたそれは……数千年に及んできた人類史の中で、ただひたすらに募り続けて、もはや天高く聳えてしまっていた筈の期待と憧れのハードルを、それでも容易く飛び越えて余りあるほどのものだった。

 

 

「ああ悔しい、歯痒い、どうして今の私が手にしているのが絵筆ではないのだろう!!

 シミュレーションの最中だからだね、データを余すことなく記録するためには機材から離れるわけにはいかないからだね、分かっているよ!!

 だけど気持ちばかりはどうしようもないのさ、多少愚痴る程度は許してくれたまえ!!」

 

 

 心からの無念を口にしながらも、ダ・ヴィンチの目は、まるで初めて憧れというものを知った子供かのように光り輝いていた。

 この後に待っている全ての作業と工程が無事に終わり次第、自身の工房(アトリエ)へと飛んで帰り、長い歴史の中で数えきれないほど取り扱われてきて、多くの傑作を生みだしてきた『勇者リンクの戦闘シーン』という題材に、更なる傑作を連ねさせるに違いない。

 皆の期待に応えてやろう、むしろ超えてやろう、驚かせてやろう。

 そんな気概やプレッシャーなど、彼は欠片も感じていなかっただろうに。

 『特別』なことなど何もなく……ほんの少しスイッチを切り替えた、ただそれだけで、少年は歴戦を経た戦士となった。

 

 戦闘用シミュレーターに元から用意されていたものに加えて、炎上する冬木の街で立香達が散々に囲まれたスケルトンや竜牙兵に、フランスの空を飛び交いながら人を襲い続けたワイバーンなど、新たに設定されたエネミー達が大量に、瞬く間に現れ、たった一人を取り囲む。

 真っ先に飛びかかったその第一陣が、溜めた力を一気に解放した刃の回転によって一掃されたのを皮切りに始まった戦闘において、数の差などもはや問題にはならなかった。

 華奢で小柄な、一見しただけならば到底強そうだとは思えないような美しい少年が、圧倒的な数の暴力にも怯まず、それどころか物ともせずに戦う……それだけで十分すぎる程に痛快で勇ましい、正しく英雄的な大活躍なのに。

 スタッフどころか、サーヴァント達をも驚かせた勇者の真価は、そこから更に一歩踏み込んだところにあった。

 

 これで何度目か、リンクの振るっていた剣がとあるエネミーの首を断ったのと同時に砕け散り、破片が地に落ちるよりも先に跡形もなく消滅する。

 その光景に誰一人として、リンクだけでなくモニターの向こうで見守っていた者達も驚くことはない、これは今回のシミュレートにおける『仕様』であった。

 武器を失った瞬間を隙と判断したのか、設定された攻撃パターンのままに上空から食らいついてきたワイバーンの横っ面を固い鱗に守られていることにも構わず粉砕し、牙を散らせるに留まらず本体まで吹っ飛ばしたほどの衝撃が襲った。

 ワイバーンの頭を採掘される鉱脈の如くぶっ潰した大槌は、直前まで使用していた剣とは間合いも重さも扱い方も、何もかもが全く異なっているというのに。

 このシミュレーションの中で既に何度も繰り返されてきた展開に、一瞬の躊躇いや反応の遅れが全て致命的となる状況に、リンクは悉く対応してみせた。

 

 戦闘の真っ只中で、全くの前振りなしに武器の急な持ち替えを強制されるという、並の勇士や英雄ならば対応しきれずに死因となりかねない無茶ぶりをされているにも拘らず、そのことに対する不満も不自由さも、リンクの様子や表情からは全く感じられない。

 それもその筈……変更のタイミングをランダムではなく『エネミーを一定数倒したごと』に設定しようとか、次にどんな武器が来るのかくらいは事前に告知しようとか、せめて変更予定の武器種を登録されている全種対応にするのはやめてもう少し絞ろうとかいうロマニの提案を全て却下し、戸惑う職員達に『無茶ぶり』を押し通したのは、他でもないリンク本人だったのだから。

 何かが起こるタイミングや、それが具体的にどんなものなのかが事前に判明することなど、『実戦』ではまず在り得ないのだからと言い切って。

 

 

「……彼に現代のキッチンの使い方を教えた際にも、似たようなことがあったのを思い出したよ。

 間違いなく初見である筈のもの、故に戸惑ったとしても無理のないようなものでも、彼には一回教えただけ、もしくはただ見せただけで十分なのだ」

 

 

 『これ便利だなー』と感心しながら、まだ一度も使ったことが無い筈、使い方どころか用途すらまだ具体的には教えられていない筈、エミヤが使うところをただ一度見ていただけの筈のオーブンを迷うことなく、正しい方法と認識で扱い出したリンクに、エミヤは思わず自身の手を止めてそちらを凝視してしまう程に驚いた。

 その眼差しと、彼が何に対して驚いたのかにまで気付いたらしいリンクは、笑いながら、本当に何気ないといった様子で、固まりかけていたエミヤの思考に止めをさすひと言を口にした。

 

 

「こういうことが出来ないとあっという間に終わっていたのが、『俺達』の旅路だったからなあ」

 

 

 教わっていない、練習していない、やったことがない……そんな言い訳は、死んでしまった後では口にすることさえ出来ない。

 手に入れた道具、身につけたもしくは与えられた能力を、とりあえず『これはこういうものなのだ』とだけ受け止めて、理論や理屈などは二の次で使いこなすしかなかった。

 生きるために、勝つために、その場でその瞬間に、とにかく出来るようにするしかなかった。

 真っ当な師は己の弟子に、あんな無理、無茶、非効率の塊と称するべき戦い方を決して教えないだろうし、勝手に憧れた弟子が自主的に練習でもしようものなら、どんな方面でも中途半端でしかない器用貧乏の量産を食い止めるために、ぶん殴ってでもやめさせることだろう。

 

 未来の理想像を、確かな目標を定めながら目指したのではなく、ただひたすらに今現在の困難を乗り越えるために、実戦の中で必要に駆られたことによって、磨かれていった技と戦法。

 それを一度の人生で終わらせず、世界を救う旅と戦いを何度も何度も繰り返しながら、代々の勇者達が自身の『魂』に意図せず累積させてきたものが、歴代の中でただ一人、全てを知りながら受け継いだ末代の彼の下で結実した。

 何もかもを受け入れ、その上で何ものにも変じてみせる……時代と世代を越えて、聳える程に積み重ねた経験と勘が実現させた、臨機応変の究極系。

 ある種の『武芸の極致』が、ひとつの到達点が、目の前に確かに存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、リンクの実力を疑いようもなく知らしめながら、一切の問題も滞りもなく、素晴らしい結果を叩き出しながら終了したシミュレーション結果には、居合わせていた誰もがこの上ない程に満足していたのだが。

 

 

「全っ然ダメだ、こんなんじゃ先が思いやられる!」

 

 

 だからこそ、シミュレーターから帰還するなり、皆が用意していた労いや賞賛の言葉を受けるよりも先に、苦々しげな様子でそう言い切ったリンクに、誰もが驚いて目を剥いた。

 シミュレーション終了後の聞き取りを行うべく予め用意されていた席に、彼と向かい合って座ったダ・ヴィンチの瞳が、興味と疑惑が入り混じった怪しい光を放ち始める。

 

 

「何を以って『ダメ』だと思ったのか、それを聞かせてはくれないかい?」

 

「……いくつかあるけれど。

 まずは何よりも、俺自身の力不足」

 

「あれで足りないって言うのかい!?」

 

「全然だよ……本当なら俺は、もっともっと色々なことが出来る筈なのに」

 

 

 悔しそうに呟きながら、徐にリンクが手のひらを返したその瞬間、何もない虚空に突如炎が発生した。

 小さいながらも力強く渦巻きながら、リンクが広げた手のひらから少し上に収まっていた火球が、彼がその手を一振りしただけであっさりと消えてしまった光景は、凄まじい神秘を宿していたそれが完全に彼の制御下にあったことを物語っていて。

 咄嗟に身を隠した物陰から恐る恐る顔を出したロマニが、まさかという表情で呟いた。

 

「リ、リンク君……それはもしかして、『ディンの炎』?」

 

「その通り。ハイラルにおける創世の三神が一柱、『力』の女神ディンの炎で、ある時代の大妖精様から授かった力だ。

 本当なら、さっきのシミュレーションみたいな大勢の敵に囲まれた状況で、それを全部まとめて一掃する程度のことは出来る筈なのに……やろうとしたのに無理だった。

 この程度の火球を出すのが精々なら、単純に武器を振るった方が、よほど早いし確実だから」

 

「…………まさか、君という奴は。

 あの状況でただ戦うだけでなく、色々と試していたのかい?」

 

「……??

 今更何を驚いてるのさ、それをやる為のシミュレーションじゃなかったっけ」

 

 

 首を傾げながら、心底疑問に思いながら、あっさりとそう言ってのけたリンクに、柄にもなく背筋に冷たいものが走るのを感じたダ・ヴィンチだったけれど、辛うじて笑顔だけは保ちきった。

 それと同時に、シミュレーション終了後の彼が、自身の戦果にこれっぽっちも満足していなかった理由を察して納得する。

 彼自身は色々と試みていたというのに、それを傍から見ていた自分達が何ひとつ気付かなかった、疑問に思わなかったということは、その目論見は悉く失敗していたということなのだから。

 

 

「そっか、そういえば……武器を振るう姿ばかりを見ていたせいで半ば忘れかけていたけれど、君の逸話や能力には、キャスター枠の適性に相応しいものも多く存在していたね」

 

「しかしリンクさん、それは仕方がないことなのではないでしょうか?

 キャスター枠での現界を果たした為に、代名詞的な武器である筈のゲイ・ボルクを所持できなかったクー・フーリンさんのように、クラスの制限に阻まれて英雄としての真価を発揮しきれない例はありますし」

 

「マシュの言うことは尤もなんだけど、彼の場合は少し状況が違うみたいなんだよね。

 マシュ、それに立香君……君達は、リンク君のクラスが何なのかを把握しているかい?」

 

「リンクのクラスって、そういえばまだちゃんと聞いてなかった気がする。

 何かすっごい剣を持ってたし、セイバーじゃないの?」

 

「いいえセンパイ、確か以前ドクターが……リンクさんは7つのクラスのどれにも当て嵌まらない、未確認のエクストラクラスだと言っていたのを覚えています」

 

「流石は最古の大英雄、勇者リンクだと称するべき事実だね。

 人も集まっているし丁度いい、推測でしかない部分はまだ多いけれど、その旨についての見解を多少明らかにしておこうか」

 

 

 得意顔でメガネをかけながら、目線のやり取りでロマニの許可を得たダ・ヴィンチは、自ら万能と自負する叡智が導いた推測や、辿り着いた答えの数々をゆっくりと口にし始めた。

 

 

「リンク君、改めて確認をさせてもらうけれど……使える筈の能力が使えない、使えたとしても酷く弱体化しているという事実に対して、君は悩み、焦っていたね。

 しかしそれは、本来ならばおかしいことなんだ。

 クラスの枠組とはただ単に能力を制限するだけのものではなく、属性や精神性を含めて、英雄のひとつの側面のみを限定的に抽出するものだからね。

 一旦枠に収まった以上は、外側に置いてきてしまったものには余程のことがない限り手は届かないし、サーヴァント達は本能で以ってそれを理解している。

 クー・フーリンも、自身の真価である槍が使えないことを惜しんではいるけれど、別に執着はしていないだろう?」

 

「セイバーならば剣だけ、アーチャーならば弓だけ、キャスターならば魔ほ……魔術だけ。

 ……もどかしいなあ、どれを制限されても上手く立ち回りが出来なくなる自信がある」

 

「君の物語を知る誰もがそう思うだろうね。

 勇者リンクという存在の真価は、彼がその能力を余すことなく扱えてこそのものだと。

 故に私は、人々のそんな信仰じみた認識こそが、勇者たる君を当て嵌める為だけの、特別なエクストラクラスを作り出したと考えている。

 その特性はズバリ、『勇者としての能力をその気になれば全て使える』ことだ。

 かつて扱えていた筈の力ではなく、自分の中に今現在確かに存在している筈の力を上手く揮えないことに、君は正しく焦っていたのだろう」

 

「……………………はっ。

 あまりに突拍子もないことを言われたせいで、一瞬思考が止まってしまった。

 待って待ってダ・ヴィンチ、君の言い分はおかしい!

 『全ての能力を使える』ことがリンク君のクラスの特性だと君は言うけれど、だとしたら、それが出来ていない現状は一体何だと言うんだ!」

 

「『使えない』の意味が違うんだよ、それは恐らくただ単に出力の限界の問題さ。

 リンク君が備えている元々の力が1000だとして、サーヴァントの身で揮える力の限界が100だとしたら、いくらクラス特性が『全てを扱える』ことだとしても、物理的に制限されざるを得ないだろう?

 クラスの枠組に囚われることなく全ての能力を扱えるけれど、代わりに、その真価を発揮することが出来ない。

 それが君のクラス……仮称してエクストラクラス『勇者(ブレイヴ)』と、一先ずながら定義づけよう。

 接尾辞の『er』(~する者)をつけずに、真の意味での体現者こそ彼だろうという事実への敬意を込めて、敢えての原形にさせてもらったよ」

 

 

 キラリとメガネを光らせながら、自信満々に言い切ったダ・ヴィンチの言葉が、内容の突拍子のなさにも関わらず、居合わせた者達の心と思考に自然と染み込んでいく。

 その理由が、彼(彼女)が口にした推測が実際に正しいものであったからだということは、誰もが自然と察していた。

 目と口を開けながら数秒呆けた後に、大きな大きなため息をつきながら椅子の背凭れに体重を預けたリンクへと、得意げな笑みを深くしたダ・ヴィンチが声をかける。

 

 

「納得したかい?」

 

「まあね、おかげで無暗やたらと足掻く気は失せた。

 要はどうにかして出力を増やすか、100の容量を有効活用するしかないわけだ。

 ちゃんと理由があって、その解決法もハッキリしているなら、あとは何とかしてみせるさ」

 

「切り替えが早い上に前向きだねえ……うんうん、それはとても大切なことだよ。

 その旨は私も協力させて貰いたい、その為に、是非とも聞かせてもらいたいことがある。

 君は自分という存在に関する何らかの推測を、幾つか君の内だけで留めているね。

 例えば……君が一体、『どの』リンクなのかという辺りとかさ」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉の意味に気付けたのは、それを受けて彼(彼女)を見る表情を軽く顰めさせた、リンク本人だけだった。

 理解出来ていない周りの者達への解説も込めて、ダ・ヴィンチは語り出す。

 

 

「『勇者リンク』は伝説の最後にて自らを封印し、永き眠りについた……その事実によって彼は、ハイラルの時代から幾万の時を経た現代において、未だ生きているとも解釈できる。

 そんな彼が、新たな世界の危機に駆けつけてくれたとなれば、既に自身の冒険と戦いを終わらせた伝説の只中の誰かではなく、今この時まで眠り続けていた最後のリンクだと考えるのが通常の流れだろう。

 皆も、私もそう思った、そしてそれは恐らく正しい……しかし、だとすれば不自然なことが幾つかある。

 例えば先程の『ディンの炎』、あれを扱えたリンクは『君』ではなかっただろう?」

 

「オルレアンの時に姿を見せていた、愛馬エポナだってそうだ。

 エポナは勇者の頼れる相棒として有名だけれど、全てのリンクが彼女と旅路を共にしていた訳ではない。

 彼女を知らないリンクの中には、マスターバイクを主な旅の供としていた『君』も含まれている。

 それらの疑問に対する答えとして、独自の見解が既にあるというのならば、聞かせてはもらえないかな」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉に少しだけ息を呑んだリンクは、乱れてしまった呼吸を整え、自身の胸元にそっと手を置きながら、話を続けた。

 

 

「……今の俺は、本当の意味で、『リンク』という存在そのものになっているんだと思う。

 意識や自覚は、伝説を終わらせた『俺』自身のもので間違いないけれど……代々のリンク達が使用していた、俺としては知識として知っていただけな筈の能力を普通に使えるし、体だってちゃんと覚えているし。

 リンク達の記憶や思い出が、感情移入を通り越して懐かしくて堪らないし……それを『俺のもの』だと思うことに、違和感も罪悪感も無い。

 表に出てきていないだけ、全部預けた上で任せてくれているだけで、多分『全員』がここにいる」

 

「……成る程、ある種の複合体として成り立っている訳か。

 当人の望む望まざるに関わらず色々と混ざり合ったり、付け加えられたりした結果、生前の有り様とはかけ離れた姿や能力でサーヴァントが現界する例は、決して珍しいものではない。

 他でもない私自身が、その括りに入れられるであろう一人だしね。

 使えない筈の能力を使えたことへの疑問の答えは、それで間違いないだろう。

 ありがとうリンク君、大いに参考になったよ」

 

 

 生涯最高傑作の美貌に渾身の笑みを浮かべながら、その気になればどこまでも掘り下げることが出来たであろう話をあっさりと終わらせてしまったダ・ヴィンチに、リンクは驚いて目を瞬かせた。

 そんなリンクへとダ・ヴィンチは、彼ならばそれだけで察してくれるという信頼と確信を以って、パチリと音が鳴りそうなウインクを送る。

 多感な幼少期に、神の横やりによって自己の認識というものをぐちゃぐちゃにされ、そのトラウマを今も確かに引きずりながら、今度は本当に、自分のようで自分ではない者達が混ぜ合わさった存在になってしまったという現状に、ショックを受けていない筈がない。

 その事実を確認出来ただけで十分なのだと、不躾な好奇心から根掘り葉掘り引っ繰り返すような真似をする気はないという意図を、ダ・ヴィンチの思惑通り察してくれたらしいリンクの表情が、分かりやすい安堵の気持ちを表した。

 後は、立香やマシュ、ロマニ達と普通に日々を過ごしていく中で、その不安や恐れを少しずつ昇華していってくれることだろう。

 ダ・ヴィンチは、カルデアの仲間達のことを信じていた。

 そうして、リンク個人に対する聞き取りを終えたと判断し、続いてシミュレーションそのものの話に移ろうとしたダ・ヴィンチの思惑は、リンクが思いがけず話を続けたことによって遮られた。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん……俺自身のことについて、もうひとつ、誰にも言っていなかったことがある」

 

「……無理しないでいいよ。

 君のことを信じている私達からすれば、君が力を揮うにあたって支障や懸念が無いのだということを確認出来さえすれば、それでいいんだから」

 

「無理なんかじゃない、むしろ聞いておいてほしいんだ」

 

「………わかった、聞かせておくれ」

 

 

 その言葉を受けて、笑って頷いたリンクが語り出したのは、彼にとって極めて個人的な、カルデアのサーヴァントとして今後活躍していくにあたって、黙っていても何の問題もなかった筈のことだった。

 だけどそれは、彼をただの戦力ではなく、大事な仲間の一人なのだと認識している者達からすれば、とても大きく重要な意味があって。

 彼がそれをわざわざ明らかにしてくれた、その事実を噛みしめていた一同の重々しい様子に、自分で振っておきながら居た堪れなくなってしまったらしいリンクは、慌てて話題を切り替えようとした。

 それが、今の今まで思いもよらなかった、更なる驚愕の事実を明らかにしてしまうということにも気づかずに。

 

 

「あ……あのさあダ・ヴィンチちゃん、もうひとついいかな」

 

「構わないよ、何だい?」

 

「前から気になってて、機会があったら聞いてみようと思ってたことなんだけど。

 ……何で皆、ハイラルのことや『俺達』のことに、そんなに詳しいわけ?」

 

「………………はい?」

 

「何でそこで、『この子は一体何を聞いているのかな?』みたいな感じに心底首を傾げるのさ!!

 だってそうじゃないか、リンクの活躍は歴代のどれもこれも表向きにはなってなかったものばかりで、俺がいた頃のハイラルにさえ広まってなんかいなかったのに!!

 それが何万年も経った後の次の時代でこんなにも大々的に周知されていたら、一体何があったんだって思うだろ!!」

 

「…………リンク君、君ってばもしかして忘れてるのかい?」

 

「何を?」

 

「勇者リンク達の活躍を描いた『ゼルダの伝説』を、人生のほぼ全てを費やして書いていたのは君だろう?

 封印後に発見されたその一式がハイラル全土に広まり、君達の活躍は誰もが知ることとなった。

 かの勇者の功績を無に帰してはいけないと、ゼルダ姫を始めとした人々が、姫自らが執筆した最後の勇者の物語を加えて完結した『ゼルダの伝説』を後の世に向けて遺し、それが無事に今現在にまで伝わったという経緯がある…ん、だけど…………」

 

 

 他の特別な意図など何もなく、ただ単純に誰もが周知の事実だけを口にしただけだということを自覚していたダ・ヴィンチはその上で、『何か間違えたのか』と自分自身を疑った上に狼狽えてしまった。

 凍りついたかのように動きを止め、十数秒の沈黙の果てに赤だったり青だったりと見るからにヤバイ顔色の変化を見せ始めたリンクに、異様な空気の中で同じく固まってしまっていたロマニが慌てて声をかけたのだけれど。

 

 

「リ、リンクくn」

 

「アレかーーーーーーっっ!!!!」

 

 

 残念ながら、今の彼からは既に、誰かの言葉を落ち着いて聞き入れられる心の余裕なんてものは消え失せていた。

 

 

「ヤバい片づけてなかった完っ全に忘れてたえっ何アレ見つかったの誰がって婆ちゃんしかいないし結構凄い量と重さになってたけど腰大丈夫だった婆ちゃんいやいや違うそうじゃない今は婆ちゃんの腰関係ない凄く大事だけど関係ないヤバいヤバい俺何書いたアレに一体何書いたまずい細かいところ覚えてないつーか色々なところですっごい感情移入してた覚えがあるいや待ていや待ておかしいいくら何でもここまで恥ずかしいのはおかしいいくら感情移入してたってあれは俺じゃない他のリンク達のああああああそうだった今は皆いるんだった待って待ってごめんなさいお願いだから落ち着いて悪気はなかったんです自分自身の気持ちに区切りとけじめをつけたかっただけで誰に見せる気もなかったんですつーか何してんのゼルダいや分かるよ気持ちは分かるよ俺のことを伝えようとしてくれたんだよねうんそれは分かるよありがとう凄い嬉しいだけど第三者視点で書かれた自分の物語が広められるってのはやられた方からすればすっごい恥ずかしいってことにまず気付いてほしかったし他の話にしたって見せられるほどの気持ちの整理まだついてなかったからついたとしても知り合いが精々だからなのにハイラル中どころか何万年後の世界にまでってええええええええっ!!!!!」

 

 

 血の気が完全に失せた顔で、凄まじい肺活量で以ってノンブレスでそこまで叫び抜いたリンク。

 『勇気ある者』の代名詞であり、強靭な意思と心の持ち主であるはずの彼の、何か芯的なものがボッキリと折れた音が、居合わせていた全員の耳に確かに聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………それで、リンク君の様子は?

 何か進展はあった?」

 

「少しだけ……言葉でのやり取りはまだ叶いませんでしたが、ドアを僅かに開けて、エミヤさんからの差し入れを受け取ってもらうことは出来ました。

 その際に、フォウさんに潜入してもらうことにも成功しましたので、今のところは甘いものとモフモフのセラピー効果に期待しましょう。

 それにしても……リンクさんはなぜ、ご自身の活躍が後の世に伝えられていることに対して、あんなにもショックを受けられたのでしょうか。

 嘘をついている訳でもなく、評価だって正当なものなのですから、自信を持って誇りに思っていい筈なのに」

 

「……あ~、そうだなあ。

 ちょっと想像してみて……いいか、マシュは日記をつけている」

 

「日記、ですか?

 現実の私とは相違している習慣ではありますが……センパイがそう仰るのならば、頑張ってシミュレートしてみせます!」

 

「うんうん、その調子。

 その日記にマシュは、日々起こったこと、考えたこと、感じたことを素直に、正直に、何の嘘もつくことなく書いているんだ。

 そこにあるのはもはや日記というよりは、マシュという女の子の心そのものと言っていい。

 何も悪いものじゃないし、悪いことじゃない……むしろ人が見れば、マシュっていう女の子は何て綺麗な心の持ち主なんだと思うだろう」

 

「…………は、はい。

 少し、どころかとてつもなく恥ずかしくて照れ臭いのですが、頑張って想像を続けます」

 

「…………それをね、たまたま、何の悪気もなく部屋に入ったドクターが見つけちゃってね。

 『これは素晴らしい、マシュがこんなにも素敵な女の子だってことを皆にも教えてあげよう!』って、スタッフの皆に片っ端から見せて回ったりしたら」

 

「死んで下さいドクター!!」

 

「僕何もしてないよ!!

 酷いなあ立香君、変な例え話に巻き込まないでくれ!!」

 

「ごめん、後で饅頭奢るから。

 でもまあ、マシュもわかっただろ?

 何も悪いことはない、むしろ良いものだろうと、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」

 

「…………はい、本当によくわかりました。

 これはもう、下手に外から働きかけるよりは、リンクさん自身が自然に落ち着くのを待った方が良さそうですね」

 

「どれだけ時間がかかるかだけが心配だな」

 

「紛れもない勇者であり、優れた戦士であると証明してみせたかと思えば、一転してただの少年のような振る舞いや打たれ弱さを見せてくるこのアンバランスさ。

 立香君やマシュもそうだけど……『うちの子達』は本当に、色々な意味で目が離せないねえ」

 

 

 しみじみと、感慨深げにそう呟いたダ・ヴィンチは、リンクの動転によって状況が引っくり返る前に、彼が口にしたことを思い出していた。

 同じ言葉、同じ事実を噛みしめている大人達は、自分以外にも大勢いることだろう。

 彼が恐る恐る、意を決して明かした事実とは、彼自身に未だ以って、サーヴァントとしての自覚や意識が無いことだった。

 ダ・ヴィンチ自身が推測として口にしていたように、焼却された世界のどこかで未だ封印の眠りについている彼は、実際には生きている。

 人理焼却の余波を受けてほんの僅か封印が綻び、浮上した意識に届いた、人々の助けを求める声に応えて懸命に手を伸ばした彼に、世界の抑止力はそれを成し遂げる為の手段として、抜け道的に彼をサーヴァントの枠組に当て嵌めた。

 彼は自分自身を、『封印の眠りの中から抜け出した意識が、それだけで動き出した夢のようなもの』と表していた。

 座から降りてきたコピーではなく、紛れもない自分自身なのだと。

 

 他のサーヴァント達が、死後に奇跡的に叶ったオマケの時間のようなものなのだと称している今この時が、死んでサーヴァントとなった自覚が無い自分には、大切な仲間達と別れて封印の眠りについたあの時の、終わってしまった筈の人生の続きを歩んでいるようにしか思えないのだと。

 そのつもりでいていいか、と……いつまで続くかわからないけれど、その時が来るまで、この場所でまた生きてもいいか、と。

 不安そうに瞳を揺らしながら、何の変哲もないただの少年のような弱々しさで尋ねられた一同が、返す答えなど決まり切っていた。

 

 

「あのまま誰にも言うことなく……危ないところで『サーヴァントなのだから』と言い切って、『生きたい』という本心を押し殺して、特攻自爆なんてさせる羽目にならなくて本当に良かった。

 勇者として、その命と人生を世界に捧げてしまった彼が、自分の望みと幸せを尊重して口に出来るようになったことは、大きな進歩と考えていいだろう。

 リンク君、立香君にマシュも……自分達が子供であること、頼ってほしいと願う大人が周りにちゃんといることを、どうか忘れないでくれたまえ。

 君達に頼るしかないのだという現実が、既に堪らない程に悔しいんだからさ……」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、何か仰いましたか?」

 

「いーや、何にも?

 リンク君のあの可愛らしい慌てっぷりを思い出していたから、もしかしたらそれが漏れてたかなあ」

 

「忘れてやってよ!!

 ほんっとしょうがないなあ、ダ・ヴィンチちゃんは!!」

 

 

 立香に突っ込まれながら、マシュに呆れられながら笑うダ・ヴィンチは、既に何の変哲もないいつもの彼(彼女)だった。

 何とか気持ちに区切りをつけたらしいリンクが、ずっと慰めてくれたフォウと共に、皆の下に恐る恐る顔を出してきたのは、この翌日の朝食の席のこと。

 自身の物語に関する話題を振られるたびに、恥ずかしさと居た堪れなさのあまりに過剰反応を起こすリンクの姿に一同が慣れ、騒動どころかカルデアにおける様式美の一環と化していくのは、結構早い段階でのこととなる。

 






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