成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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立香の試練 前日譚

 

 リンクが懸命に推し進めた就労及び生活環境の改善策が馴染んできたことで、心身共に多少の余裕が出てきたカルデアに幾つか、新たな日常の一部として加わったものがあった。

 最近になって復旧が叶った魔術訓練用の施設にて、ケルトの大英雄クー・フーリンと、神代ギリシャの大魔女メディアという豪華すぎる顔ぶれの教えを受けながら必死に魔術の特訓を続ける立香へと、呆れ半分の冷たい眼差しを送る『彼女』もそのひとつ。

 

 

「あんた、本当に魔術師としてはへっぽこなのね。

 サーヴァントの霊基を、カルデアからのサポート無しではまともに保つことすら出来ない身で、よくもまあ私の竜達を退けたものだわ。

 マジな話、勇者サマがいなければどうするつもりだったの?」

 

「そこ突っ込まないでくれる?

 俺もカルデアも、色々と見通しが甘かったのは自覚してるからさ……」

 

 

 『プライベートでの制服着用は禁止』という決まりごとに加えて、サーヴァントの通常の衣装も戦闘装束という意味で仕事着だと判断されたのだけれど、彼女の場合はまだ私服と言えるものが一着も無いので、とりあえず武器と黒い甲冑だけは外した姿で。

 自身のマスターである筈の少年に、言いたい放題の不遜な態度を貫いているのは、先日の召喚においてカルデアに新たに加わったサーヴァント。

 かつて『竜の魔女』と名乗り、区別のために『黒いジャンヌ』とも称されていた……先だって召喚されていたアルトリア・オルタの例にちなんで、正式に『ジャンヌ・ダルク・オルタ』と名称された少女がそこにいた。

 

 召喚されたのは彼女だけでなく、フランスの特異点で縁を結んだサーヴァント達が、敵味方を問わずに応えてくれた。

 ジャンヌを始めとする、あの時仲間として共に戦ってくれた者達は、記憶と想いを明確に連続させながら来てくれたし。

 敵だった者達も、別れ際の不安を他所に、記憶も想いも人格もきちんと『彼女』のまま応えてくれたジャンヌ・オルタを筆頭に、当人にとって相当に強烈だったらしい体験や想いに関しては『何となく』という程度ではあるけれど確かに認識していて、彼らもまた、あの時の続きとしてここにいるのだということを一同に確信させた。

 本来ならばあり得ない筈の、『サーヴァントの記憶と想いが次回の召喚にまで引き継がれる』という奇跡的な現象の連続に、人理が不安定なことで起こっている影響もしくは現象の一環等々と、真剣に考察する者もいたのだけれど。

 大切な仲間にまた会えたこと、これからはずっと共に頑張っていけるのだということに対する立香達の喜びようを前に、『悪いことではないしまあいいか』ということで一旦落ち着いた。

 

 歴史に名を刻んだ偉人・英雄である彼らを、戦力としてよりもむしろ、日々の労働に対する純粋な人手として期待していることに気後れするスタッフ一同を他所に、サーヴァント達の大部分は快くそれに応えてくれた。

 疲れている者、根を詰めすぎな者を強引にでも休ませるという大切な役目を、立香とマシュから引き継いだマリーは、断る気そのものを失せさせる微笑みを躊躇うことなく披露しながら、侍従として付き従うデオンとその時々で招いたゲストと共に、王妃のお茶会を日々開催しているし。

 『戦わなくていいのならばむしろありがたい』『音楽を奏でることならばいくらでも』と笑って胸を張ったアマデウスは、どうしても急いで詰めなければならない現場では集中力が向上する曲を、休みたいのに気持ちが高ぶってしまう人の側ではリラックス効果のある曲をといった感じで、その時に最も求められる曲、最も気持ちよく聞いてもらえる曲を、気分屋な彼の気が向くままにカルデア中で奏でて回っている。

 

 他にも、戦闘特化のサーヴァントとしての膂力を活かして、荷物運びや瓦礫の排除等の力仕事でフォークリフト並みに活躍してくれているジークフリートとか。

 家族や弟分達の面倒をよく見ていたからと笑いながら、大人数分の洗濯や掃除などの地味に大変かつ大切な役目を任されてくれたマルタとか。

 生前の職務経験を生かして、医務室のシフトに加わってロマニの負担を一気に減らしてくれたサンソンとか。

 その辺りまでは普通に予想が出来たのだけれど、サーヴァントの中には、全く思いもよらない方面で力を発揮した者もいた。

 

 ありとあらゆるものが不足しているこのカルデアでは、どんな能力、どんな技術だろうと尊重する。

 どうやって生かすか、そもそも生かせるのかどうかは聞いてから判断する。

 出来ることや得意なこと、今は出来なくても興味があること、やってみたいことを遠慮なく、片っ端から教えて欲しいというリンクの言葉は、何の裏も含みもなく、真剣に発せられたものだったのだけど。

 それを受けて徐に手を上げながら、編み物や刺繍といった裁縫全般を個人的に趣味としていると、服や小物が必要ならば要望を貰えれば作れると言い切ったヴラド三世に、思わずアヒルが鳴くような間抜けな声を上げてしまった勇者を、誰も笑える者はいなかった……と言うより、その場に居合わせた全員が同じ反応をしていた。

 そうして、国を守りながらも怪物と恐れられた王は、需要の山を受けて早急に立ち上げた自身の工房にて、瓦礫の山の中から発掘に成功した服や布の辛うじて使える部分のみを巧みに生かし、スタッフやサーヴァント達の新たな普段使いとして再利用する工程に取り掛かっている。

 物作りを行なう際に最も重要な素材の確保がままならない、酷く不自由な筈の状況で、それでも何故かもの凄く充実している様子のヴラドを、『あれは多分縛りプレイを楽しんでるな』と評したのは誰だったか。

 

 兎にも角にも、ヴラドのような反英霊枠のサーヴァント……戦闘やその付随的な行為以外に役立つことは出来ないのではと、下手に日常を強要しようものなら反乱でも起こすのではないかと危惧されていた存在でさえ、人間じみた生活を積極的に楽しむ余地や素養があったのだという事実は、とっくの昔にサーヴァントを使い魔やら兵器やらとは見なせなくなっていたスタッフ一同に、新たな驚きを与えていた。

 そんな一連の流れを思い出していたジャンヌ・オルタが、肩を大きく上下させながら荒い息を吐く立香の耳に届くような、これ見よがしのため息をつく。

 

 

「半壊状態の施設と、生き残った僅かなスタッフが最後の砦となっている現状では、戦力ではなく純粋な人手としてサーヴァントを呼ぶっていう、まともな魔術師が聞いたら憤死しそうな選択も、まあ無理もないとは思うけれど。

 ……かつてマスターでもあった身として言わせてもらえば、サーヴァント達が日常生活やそれに伴う雑務を楽しんでいるのと、あんた個人の力不足で折角のサーヴァント達を死蔵しているのとでは、同じようで全く違うからね」

 

「わかってるよ……俺だって、人理を守るために折角来てくれた皆の力を、肝心の特異点で生かすことが出来ないのがすっごい悔しい。

 ……リンクやマシュに、負担をかけっぱなしにする訳にだっていかないんだ」

 

 

 今この時に生きている人間を素にした、デミ・サーヴァントであるマシュは、エーテル体によって体を構成している他のサーヴァント達と違って自身の確かな体を持っているので、その身を特異点で維持するために立香の魔力に依存する必要がない。

 更に言えばリンクも……彼は本体こそ世界のどこかにあるものの、そこから抜け出した精神を内包する仮初めの肉体はエーテル由来のもので、他のサーヴァント達と同様に、現界及びその維持に関しては相応の魔力を必要としている。

 しかし彼の場合は、自身の利き手の甲に原初の願望器たる『黄金の聖三角(トライフォース)』を備えている。

 オルレアンでの彼が、サーヴァントとしての自覚も無いまま立香達と合流するまでの数日を普通に過ごし、戦闘や単独行動を繰り返しても特に不都合を感じなかったのは、無限の魔力供給源と表現しても構わないような聖三角の存在によって結果的に発動していた、『単独行動EX』という超規格外スキルの賜物だった。

 

 魔力供給の必要がないマシュと、魔力切れの心配がないリンクの二人が、今後の特異点修復において必須メンバーとして同行していくことは、当人達を含めた話し合いの上で既に決定している。

 あの二人ならば何も言わずとも、何があろうとも、人理やカルデアの、そして自分のために、その時々で出来る最高や最善を突き詰めながら、一生懸命に頑張ってくれるだろうという信頼が既にある。

 だからこそ立香は、そんな彼らの献身に、魔力の供給源として大人しく守られていればいいという、マスターとしての最低限の務めすら碌に果たせていない現状に、いつまでも甘え続けてはいられなかった。

 疲れを覚えている体に反して、彼の心は未だやる気に満ちている……のだが。

 マスター兼弟子の気概だけでなく、現実も見据える冷静さと聡明さを持ち得ていた師匠達は、折角の彼の気持ちに水を差すことを承知の上で、敢えての言葉をかけた。

 

 

「やる気があるのは結構だがな、生憎と今日はここまでだ。

 食堂へ行って、アーチャーに何か適当に出してもらえ」

 

「えっ……ちょっと待ってクー・フーリン、メディアさんも!

 もう少し頑張らせてよ、俺ならまだ大丈夫だって!

 最初予定していたところまでが無理だったとしても、せめて何かしらの成果くらい出しt」

 

「その疲れ切った体で、あともう少し頑張った程度で、その『何かしらの成果』が出せると思っているのかしら?」

 

 

 メディアの冷たく容赦ない正論が、立香の胸にグサッと突き刺さる。

 今日予定されていたのは、へっぽこど素人魔術師でありながらサーヴァント達の助けになりたいと願う彼のために、ダ・ヴィンチを始めとする技術班が作成及び調整した魔術礼装の起動訓練だった。

 これがあれば、例えカルデアから救援を呼べずとも、現地で協力関係を築いたサーヴァント達を支援出来る……と思って、喜んで、気合いを入れて訓練に臨んだ立香だったのだけれど、結果は案の定。

 魔術師、もしくはそちら側の感性を持つ者が考える『簡単』と、そういう世界を一切知らないまま生きてきた一般人にとっての『簡単』には、口で説明し辛い感覚的な齟齬があったらしく。

 それが要するに何であるのかもわからないまま、すり合わせることすらも出来ないままに、予定されていた訓練時間は、ひたすら心身を消耗させるのみで過ぎ去ってしまった。

 気概だけでは覆せない現実を突きつけられて撃沈した立香と、そんな彼にどう声をかければいいのかわからずに途方に暮れる師匠達、そしてたまに野次を飛ばしながら何故かずっとこの場に居続けていたジャンヌ・オルタの下に、終了時間を見計らっていたらしいリンクが顔を出してきた。

 

 

「立香、そろそろ訓練終わった頃だと……ってオルタ、こんなところに居たのか。

 ジャンヌがさっきから探してたよ」

 

「放っておきなさい」

 

「あなた、特に用も無いのにこんなところで何をしているのかと思えば、姉妹喧嘩だったわけ?」

 

「誰が妹よ、元になったってだけで姉でも何でもないわ!」

 

「だとしても、白い方の嬢ちゃんは完全にそのつもりらしいけどな」

 

「五月蠅いわね、その話題はもうやめなさい!!

 それよりリンク、あんた一応、剣や弓だけでなく魔術だって得意な勇者サマでしょう?

 予定時間目一杯に頑張って、それでも何の進歩もなかったへっぽこ魔術師こと我らがマスターに、何かアドバイスとかしてあげたら?」

 

「……俺個人としては、それくらい別に構わないんだけど。

 誰かが既に指導しているところに、横から口出しするのは不味いんじゃないかなあ」

 

「俺達なら別に構わねえよ。

 むしろ指導する側としても、どうしたもんかと行き詰っていたくらいだしな」

 

「それ以前の問題として、神秘の塊どころか、世界そのものが神秘だったかのような世界で、優れた魔術師としても活躍していたあなたの直々の指導に、口を挟める術師なんていないわよ」

 

 

 自分のためにも周りのためにも、その辺りをちゃんと自覚しなさい……と、口調と表情で分かり辛く助言してくれたメディアに、苦笑いで軽く頭を掻いたリンクは、どんな指導を受けてどんな特訓をしたのかを立香に問いかけ、立香も一生懸命に思い出しながらそれに応えた。

 ダ・ヴィンチを筆頭としたカルデア技術班の、渾身の自信作である服型魔術礼装は、『既定かつ単純なものに限り、かつ連発が効かないという不便さこそあるものの、魔術が簡単に行使出来るようになる』という、『魔術は秘匿するもの』『神秘の安売りや拡散など以ての外』という界隈の大前提に真っ向から逆らった代物だった。

 目当ての魔術効果を意識し、一小節(ワンカウント)の呪文を鍵とするだけで即座に発動出来るというそれ自体は、製作者達に最大の禁忌に挑んだ甲斐を感じさせる程に見事なものだったのだけど。

 その成果を誰よりも期待していた肝心の立香が、初っ端から躓いてしまった上にその理由が未だ判明出来ていないという現状に、誰よりも打ちのめされていた。

 それを打破出来る可能性の中でも、特に大きなもののひとつとして期待されたリンクは、立香やクー・フーリン達から特訓内容についての詳細な説明をされた後に、何やら首を捻りながら唸り声を上げ始めた。

 何かに気付いた上で、それを口にすることを躊躇っているのが丸わかりすぎるその様子に、気にすることは無いから続けろと周りが促した結果、彼の口からは予想外の一言が零れ出た。

 

 

「メディアさん達の認識と教え方って……何か遠回りと言うか、分かり辛いと言うか、もっと簡潔なやり方があるんじゃないかって思えるんだよな」

 

「わっ、私の指導が分かり辛いですって!?」

 

「待って待って、まだ話の途中だからそんなショックを受けないで!!

 俺が言いたいのは、魔術を研鑽すべき学問、もしくは突き詰めていくべき技術として認識しているメディアさん達と、理論や理屈は今のところ置いといてとにかく魔術を使いたい立香、更にはそんな立香の意図を酌んで作られた魔術礼装とでは、認識や扱い方の差異があまりにも大きいんじゃないかってこと!!

 そうだなあ、例え話をするならば……なあ立香、お前って支給品のタブレットを普段からよく使ってるよな」

 

「えっ……まあ、うん。

 メモしたり連絡取ったりとか、色々と便利だし」

 

 

 そういう類のものの、一度覚えれば手放せなくなる便利さと楽しさを既に知り、由緒正しい魔術師は触るどころか存在すらも忌避していると知って慄いた覚えがある立香は、技術関係以外のスタッフや新顔のサーヴァント達に教えてあげることが出来る程には、現代の一般的な若者らしく電子機器というものに慣れ親しんでいた。

 そして実のところ、リンクは神秘が溢れる遥か古代の民でありながら、現代における最新の科学やその更に先にある代物を彷彿とさせる、シーカー族の超技術に慣れ親しんでいた者でもあった。

 魔術と科学……相容れない対極である筈のそれらを共に尊び、共に深く理解しているという、何とも稀有な存在であって。

 

 

「そういった機能を使う際に、立香はただ、画面上にある目当てのボタンを押すだけだろ?

 起動を促すための信号がどんなものなのかとか、どういう回路が組まれていてそれがどんな動き方をしているのかとか、その結果を画面に反映させるためにどんな処理が働いているのかとか、その都度でいちいち気にしているか?」

 

「メディアさん達が普段使っている魔術ってのは、そういうのを全部しっかりと意識して、隅から隅まで理解して……電子機器ならば機械や回路が代用してくれる筈の工程を全て、自分自身の体と思考力で賄った上で、行使及び発動させているものだから。

 魔術を発動させるための理論やら工程やらを、今回に関しては全部省いて結果だけを求めて良かった筈のそれを、いつものようにきちんと理解させようとしたのが裏目に出て、頭の中とか全体の流れとかが、色々とごちゃごちゃになったのが悪かったんだと思う」

 

「要するに、難しく考えすぎていたんだよ。

 理論と理屈とかは一旦忘れて、この服を着れば魔術が使えるようになるという『事実』だけを受け止めて、目当ての効果を意識した上で……タブレットのアプリボタンを押すように、呪文を唱えるというスイッチを入れさえすれば、この場合はそれでいいんだ」

 

 

 そんな彼が、魔術と科学の概念と認識を敢えてごっちゃにした上で口にした解釈と解説は、立体パズルのピースが綺麗に噛み合ったかのように、謎の心地良ささえも感じさせながら、魔術というものを今の今までどうも理解しきれずにいた立香の認識の中に、綺麗にガッチリと嵌まり込んだ。

 立香の握った拳が、手のひらに打ち付けられた間抜けな音が響くのは、この後随分と長く続いた沈黙の中でのこと。

 更にその後、リンクの言葉を、頭ではなく心と感覚で確かに理解した上で発動させた『ガンド』が、立香にとって生まれて初めての魔術が、用意されていた的に見事命中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔術師には昔も今も、ハイラルという地と時代を、尽きない魔力に満ち溢れた魔術の楽園だと考える連中は多いけれど……それは幻想ね、現実はむしろ全くの逆だわ。

 勇者リンクが魔術と科学をごっちゃにして考えている、便利で役立ちさえすれば成り立ちや動力がどちらであろうと構わないと本気で思っている時点で、神秘も秘匿もへったくれもないわよ。

 魔術師であるだけ、魔術を使えるだけで自分を特別だと思っている連中が仮にハイラルへと行こうものなら、ただそれだけで、何の変哲もない平凡な一般人と化してしまった自分とその現実に、一時たりとも耐えられないでしょうね」

 

「………メディアさん、もしかして機嫌悪い?」

 

「当たり前でしょう、魔術師としての矜持と常識を盛大に揺るがされたばかりなのよこっちは!!

 草を刈ったり壺の中を探ったりするだけで出てくる妖精って何なのよ、そんな虫獲り感覚で幻想種を探すな見つけるな!!

 しかも瓶詰めって、ああもう頭が痛いわ………」

 

「………………あの、何かごめんなさい」

 

「謝らないでいいわよ、むしろ謝らないで、自分勝手な八つ当たりだってことは自覚してるから」

 

「お茶のお代わりは如何かね、茶菓子も良ければ追加するが?」

 

「ありがとう、いただくわ。

 ……まあ何にしても、マスターが魔術師として一歩を踏み出せたことは、素直に喜ぶべきことね」

 

「ここまで長かったよ……だけどまだ、出来ることがひとつ増えただけで、根本的な問題は何も解決してないんだよな」

 

「そう急く必要はない。

 今はただ、確かな成果を挙げられたことを喜んでいればいいさ」

 

「……ありがとう、エミヤ。

 お茶とお菓子のお代わり、俺にもちょうだい」

 

「承知した。

 君の方はどうするかね、夕食に差し支えない程度ならば軽食も用意するが?」

 

「おう頼むわ、中身に関しては任せる」

 

 

 骨折り損のくたびれ儲けだけはどうにか回避出来て一息ついた師弟組に、殆ど勢いで引っ張り込まれたリンクを加えた一服の時間が、食堂の片隅でゆっくりと過ぎていく。

 しかしそれは、またしてもリンクが無意識かつ無自覚かつ悪気無しで爆弾を投下するまでの、今やカルデアのお約束と化してきてしまったそれが行なわれるまでの、ほんの僅かな間だけのことだった。

 

 

「それにしても、当人のやる気がしっかりとある上で、これだけ頑張ってもなかなか上達しないなんて。

 もっと根本的な部分に、対処すべき問題点がある気がするんだけど」

 

「それに関しては仕方がないのよ。

 一般家庭出身で、何の研鑽も施していないマスターの魔術回路は、最低限の魔力を辛うじて通せる程度の量と質しか備えていないのだもの。

 電力を魔力に変換し、マスターを補助するカルデアの仕組みが無かったならば、サーヴァントのマスターになんて到底なれないわ。

 レイシフト適性100%なんて、別方面において冗談のような素質を備えていなければ、それをたまたまカルデアに見出されなければ。

 マスター候補の一人としてここに招かれるどころか、その身に眠っていた魔術の素質に気付くことすらも、生涯無かったでしょうね」

 

「……ごめんメディアさん、魔術回路って何?」

 

「そこから説明が必要だったの!?」

 

 

 目を剥き、飲みかけのお茶を若干吹き出しかけ、呆れながらもメディアは、魔術師にとって本当に最低限の一般常識であり、わざわざ話すまでも無かった筈のことについての説明を始めてくれた。

 曰く、『魔術回路』とは、魔術師の身に備わっている特別な内蔵器官であり、これの有無こそが一般人と魔術師を区別する境であること。

 文字通り魔力を循環させるための回路であり、これをより多く、より高品質で備えているかどうかに、その者が扱う魔術の効果や威力も比例すること。

 後天的に鍛えることが出来ず、生まれた時点で備えていた素質の優劣で、その後の魔術師人生の全てが決まると言っても過言ではないこと。

 数と質の増減に親の素質や遺伝が大きく関係するため、より優れた成果、より優れた血を次代へと繋げていくことに、多くの魔術師達が執心していること。

 

 

「優れた力や素質を持ち、相性のいい血筋を結びながら代を重ねるごとに、子の魔術回路はより洗練されたものとなっていくわ。

 魔術師にとって、老害の思い上がりなどではなく本当の意味で、古さとはイコールで強さなのよ。

 代々受け継がれてきたものが何も無く、本人がいきなり魔術師になってしまったマスターの、当人のやる気や努力ではどうしようもない領域の話なの」

 

「……成る程なあ、そもそもに肝心の容量が不足しているっていう問題があったのか」

 

 

 疑問に思っていた点、そこを何とかすれば色々と上手くいくのではないかと思っていた点に、そんな期待を裏切る形できちんと答えを返されてしまって、心底残念そうに項垂れるリンク。

 大前提をきちんと知っていた筈の自分達ですら、いくら頑張っても本当の意味では報われないマスターの現状には、随分と思うところがあったのに。

 それを今の今まで知らずに、きっかけさえあればどうにか出来る筈と信じ続けていたであろうリンクが、受けてしまったショックはどれ程のものか。

 少年の内心を想い、年長者として少しだけ感傷的になってしまったクー・フーリンとメディアは、しかし次の瞬間、思考力を吹っ飛ばす威力を備えていた呟きを耳にした。

 

 

「後から鍛えられない、初期の仕様のみでずっとっていうのはきついなあ。

 今の時代にも、『器』みたいなのがあれば良かったのに」

 

「………ん?」

 

「えっ?」

 

「ちょっ……待て待て待ちなさい勇者リンク!!

 今のセリフは一体どういうこと!!」

 

「い、今のって何が?」

 

「魔術回路の、魔力の容量不足を何とか出来る方法があったとでも、言っているように聞こえたのよ!!」

 

「…………ああそうだ、そういえば。

 リンク達の旅路を描写することを重視していたあの『本』では、基本的な能力の向上に関係したアレについては、敢えて書く機会が無かったんだっけ」

 

 

 明確に描写されていなかっただけで、まだ色々ととんでもない要素があの『伝説』には秘められているのかもしれないという新たな事実に、居合わせた誰もが大変な衝撃を受けたのだけれど。

 それが新たな、それ以上の衝撃によって塗り替えられたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

「強大な魔物を倒した後とか、遺跡や神殿を探索していた時とか、女神ハイリアの加護のひとつの形としてとか……色々な流れや機会の中で、命の容量を増やせる『器』を手に入れることが出来たんだ。

 『俺達』の旅路は基本一人で、同行者がいたとしても戦闘には向かなかったりしたから、普通だったら死んでいたような痛手を耐えて回復に繋げられるようになったのは、本当に大きかったんだよな」

 

「命の容量を増やせる器ですって!?」

 

「ふ、普通なら死んでたような痛手って………」

 

「最終的にはどのリンクも、多少の崖から落ちたくらいじゃ死ななくなってたな。

 それを見越して、敢えて飛び降りることもあったけど……死なないだけで痛くない訳じゃないから、それは普通に嫌だったから、あくまで最後の手段だった」

 

「最後の手段にするなよ、痛いのが嫌ならやめろよ!!

 お前のソレ、辛い思いをするのが自分だけだったら別に構わないところ、普通に悪い癖だからな!?」

 

「落ち着けマスター。

 お前の言うことは正しいが、今はそこを問い質す時じゃねえよ。

 どうだメディア、やれそうか?」

 

「私を誰だと思っているの、コルキスの王女にしてヘカテーの巫女メディアよ。

 遥かいにしえの時代に、とうに失われてしまった奇跡であろうとも……その存在を知り、その恩恵を身を以って得た者が目の前にいるからには、どうとでもして見せるわ。

 問題は魔力リソースね……ものを作るにしても、儀式の基盤を整えるにしても、莫大なものが必要になるのは目に見えているし。

 何もかも予想がつかなくて、最低限の目算すらも立てられない現状では、カルデアに融通してもらうわけにもいかないし」

 

「なあ~に、それこそ気にする必要はねえよ。

 ついこの間来たじゃねえか……勇者リンクのため、かの『伝説』の一端を蘇らせるためならば、あの大層な宝物庫を躊躇うことなく引っ繰り返しそうな奴が」

 

「……ああ、そういえばそうだった。

 ねえ、リンク……人理のため、カルデアのため、大切な友人でもあるマスターのために、喜んで全面協力してくれるわよね?」

 

 

 ねっとりと絡みついてくるかのような、異様な恐怖と迫力を感じさせるようなメディアの声と纏う空気に、リンクはただ、黙って首を縦に振るのみであった。

 




 末代の彼は歴代のリンク達を内包し、その想いを同調させているため、過去のリンクの記憶や経験を、自分自身のものであるかのように語ることがあります。
 たまに意識してしまってゾッとなりますが、そう思うことが完全に自然な流れと化しているので最中に気付くことは稀で、一応は割り切って受け入れているので、あまり深刻に引きずることはありません。


 当作品において英雄王は、最高峰の英雄であり、人類史の残酷な裁定者でありといった肝心なところは、勿論変わらないのですが。
 必要に応じてそういうモードにスイッチを切り替える時以外は、カニファンやたいコロといったギャグ時空の彼を思わせるような、かなり愉快で凄く残念な、しかしその実力は確かでやる時は本当にちゃんとやるので、『またあの王様か』と呆れられつつも何気に一目置かれているという感じの人として、扱っていってみたいと思っています。


 執筆を続けるために、Fate原典の細かい世界設定なども、改めて調べて回っているのですが。
 その中の、『魔法の種類と魔法使い』という項目で、ひとつもの凄く気になるものを見つけてしまいました。

 内容も使い手も伝わっていないのに、『確かにそれはある』とだけ語られている、幻の『第四魔法』。
 曰く、『繋ぐ四つは姿を隠した』とのことで。
 繋ぐ、姿を隠した……キーワード二つが、見事に彼に合致する。
 更に言えば、時間を進めたり遅らせたりするのに関しては魔術なのですが、戻すことに関しては魔法なんだそうです。
 ………彼戻せますよね、むしろ代表的な能力ですよね。
 扱い切れそうにないので、今のところは『そういうこと』にするつもりはありませんが、妄想自体はすごく楽しかったです。


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