成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

84 / 143




永続狂気帝国
薔薇との邂逅


 

 二つ目の特異点として観測されたのは、現代から約2000年前のヨーロッパ。

 その当時において、世界でも屈指の広大な国土と華々しい繁栄を築いた、人類史にその名と存在を燦然と刻む『古代ローマ帝国』だった。

 カルデア内の全回線を使用したロマニの放送をきっかけに、カルデア全体が非常態勢に移行してから、丸一日の準備時間が過ぎた先で。

 立香とマシュにとっては何度目かの、リンクにとっては初めての……光の渦の中を高速で抜けていく光景と感覚を経た先で彼らが降り立ったのは、鮮やかな緑がどこまでも広がり、心地よい風がどこまでも吹いているかのような、美しい丘陵地帯だった。

 

 この景色を、ピクニックやハイキングに最適と思われるなだらかな起伏を堪能するのもそこそこに、緑の大地に土色の足跡を刻むような勢いで駆ける三人。

 その進行方向からは、美しい景色を楽しむ余裕もない彼らの様子以上に、この場とこの光景に相応しくない、敵意を抱き合った多くの人の手によって生み出される金属製の多重音が聞こえてきていた。

 この時代の首都ローマ付近で、本格的な戦闘があったなんて話や記録は一切残っていない。

 先程ロマニが教えてくれた、決して揺るがぬ筈の歴史的事実が、彼らの脳内に何度も響いている。

 

 これが今回の特異点における歴史の異常だとしても、フランスでワイバーンなんてものが湧いた前例から、何が起こるか、何が起こっているのかが全く読めない。

 だとしても、この地に訪れたばかりで本当に何も分からない現状では、直接現場に赴き、何が起こっているのかをこの目で確かめることでしか、先に進むことは出来ない。

 一瞬込み上げかけた恐怖と不安を、それ以上の覚悟と決意で制しながら駆ける少年達。

 その足が、小高い丘を越えたと同時に大きく広がった視界に、誰もが予想した……僅かな者からすれば、その予想がほんの少しだけ悪い方向へと外れてしまった光景が、『戦争』と称してもおかしくはない程の大規模戦闘が繰り広げられていた。

 

 

「……まずいなあ、これがこの特異点の異常だとしたら少し厄介だぞ」

 

《え゛っ……リ、リンク君、まずいって何が!?》

 

 

 リンクが思わず、舌打ち交じりで零した呟きに、最もマイクに近かったロマニの困惑だけでなく、その向こう側のオペレーションルーム全体のざわつきまでもが伝わってきた。

 サーヴァントとしての能力を扱い切れていなかった上に、武器の確保と扱いに苦心していた状況でさえ、どのような強敵が相手でも決して臆することなく相対していたリンクがいきなり弱音を吐くほどに、この特異点は過酷なものなのか。

 そんな驚愕と衝撃を通信の向こうから、更には隣から向けられているのを感じたリンクは、今はただ、静かに首を横に振る仕草のみで答えた。

 

 

「それに関しては後で、落ち着いてからちゃんと説明する。

 今はとりあえず、正しい歴史ではあり得ない筈の戦いを、何とかして収めないと」

 

「そ、そうですね……今為すべきことを考えましょう」

 

 

 リンクに促されて何とか気を持ち直し、情報収集のために改めて、眼下の戦場へと目と意識を向ける。

 今この場で考えるべき、決めるべきなのは、『戦い合っている二つの勢力のどちらにつくか』だ。

 構わず乱入して、どちらにもつかない第三勢力となる道もあるけれど、味方となってくれるかもしれない者まで敵に回しかねないそれは、特異点の情報が全く得られていない現状では悪手でしかない。

 どちらが正しい歴史に沿う存在なのか、どんな信条で戦っているのか。

 それを見極めようと、少しでも判断材料を得ようと、戦場全体に目と意識を巡らせるロマニとマシュを他所に、即決の声を上げたのは立香だった。

 

 

「あっちだ、数が少ない方。

 女の人が殆ど一人で頑張っている、あっちの方を助けよう!」

 

「……立香は、どうしてそう思ったんだ?

 マシュもドクターも、それを判断するための根拠を、まだ見つけられていないらしいのに」

 

「あの人達が背中を向けている方向に、さっきドクターが教えてくれた首都がある。

 町に攻め込もうとしている人達よりも、守ろうとしている人達の力にならなきゃって、俺は思う」

 

 

 若い女の人が危険な目に遭っているからとか、少ない人数で頑張っているからとか。

 戦場を知らない一般庶民ならではの、そんな感情論100%の意見を少しだけ心配したリンクは、ロマニが出してくれた情報をきちんと加味した上で、上から目線の憐れみではなく、自分達の国を守ろうとしている人達の想いと行いを尊重した、感情論だとしてもきちんと芯の通ったものを真っ直ぐに口にした立香に、一瞬呆気に取られた後で吹き出した。

 青臭いことを恥ずかしげもなく口にした自覚と認識があったらしく、頬と目尻を赤くしながら睨みつけてきた立香の背を軽く叩いて誤魔化しながら、リンクは話の続きを促した。

 

 

「女の人達は町を不当に占拠した側で、向こうはそれを奪還しようとしているのかもしれないけれど、だとしたらどうする?」

 

「…………今の俺、いや俺達には、それを判断する方法がない。

 だからリンク、お前の強さを見込んでちょっと無茶ぶりさせてくれ」

 

 

 その『無茶ぶり』は、戦場を知らない素人だとしてもそれがとんでもないことだと一発で察することが出来るような、思いついたとしても実際に口にすることは躊躇ってしまうような、本当に出鱈目なものだったのだけれど。

 ほんの一瞬たりとも躊躇うことなく頷いたリンクの笑顔に、彼が抱いた懸念の影は見受けられなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間『彼女』は、自身がまるで、幼い頃に夢中になった『伝説』の登場人物になったかのような心地を味わった。

 

 

 

 

 

 首都が封鎖されているせいで、圧倒的な数の差を前に援軍を望めず……かと言って、突破されてしまえば首都を襲われることが分かり切っている状況で、図らずも最後の砦となってしまっている自分達に、退くなどという選択肢は在り得ず。

 『異変』が起こって以来何故か扱えるようになった異様な力を、既に精魂が尽きかけてしまっている兵士達を背に、深紅を纏った艶やかな少女は懸命に揮い続けた。

 守らなければならない筈の存在に守られてしまっている現状への怒りと悔しさに、兵士達が歯を食い縛り、握った拳を震わせているのは分かっている。

 本来あるべき形をぶち壊してまで、何よりも貴きこの身を危険に晒してまで保っている拮抗が、そう長くは持たないであろうことも分かっている。

 しかし諦めるわけにはいかなかった、力及ばなかったと認めることだけは絶対に出来なかった。

 何故ならそれは……『皇帝』たる自身の敗北は、そっくりそのまま『ローマ』という偉大なる帝国の敗北なのだということを、彼女はまるで本能であるかのように、正しく認識していたのだから。

 

 しかし、誇り高き魂は未だ凛と立っていようとも、体に蓄積した消耗は現実であり、いつまでも誤魔化すことは出来ない。

 頭の芯に突如響いた痛みに思考が一瞬妨げられ、ほんの僅か足がもつれた瞬間を見逃さず、今の今まで大剣を勇ましく振るい続けていたとは到底思えないような少女の華奢な体躯へと、幾つもの槍や剣が容赦なく放たれる。

 兵士達の悲鳴のような声が聞こえた、込み上げた怒りと悔しさが持病の頭痛以上にこの身を苛む。

 せめて最後まで帝位というものを示してやろうと、握り潰される薔薇の如く華やかかつ艶やかに散ってやろうと、大剣の柄を握り締めた……その腕が、その身が、乱暴と称しても構わないような強引さで引っ張られた。

 

 見開かれた瞳に最初に映ったのは、自身に向けて放たれた幾つもの鋭い刃を一度に受け止め、それでいながら微動だにすることの無かった巨大な盾と、それを振るえるとは到底思えない細腕の、『鎧』と呼ぶにはあまりにも頼りなさすぎる武装を纏った華奢な少女の後ろ姿。

 横目でほんの一瞬捉えたのは、自身を後方へと半ば投げ飛ばした腕の持ち主の、頭から深く被った外套の下から僅かに覗いた、無粋な覆いの下にはとんでもない美が隠されていることをそれだけで確信させるような、金の髪と青い瞳。

 刃からは逃がされたとはいえ、急に崩された体勢を咄嗟に立て直せるような余裕は、今の彼女には無く。

 そのまま地面を滑ることを覚悟した彼女を、腕だけでなく全身を用いて、躊躇うことなく下敷きになってまで受け止めてくれた者がいた。

 

 

「ぐっ…!」

 

「き、貴様達は……」

 

「突然現れて怪しいのは分かっています、危ないところだったとはいえいきなり乱暴な真似をしてほんっとごめんなさい!!

 俺達のことに関しては、あとでちゃんと説明しますから……行けリンク、マシュは誰も何も通すな!!」

 

「「了解(です)!!」」

 

 

 黒い髪と青い瞳の、遠い異国の民と思われる少年の声に応えて、外套の少年は突然の乱入に戸惑う敵陣へと一人駆け出し、盾の少女は自身の巨大な得物を、黒髪の少年と真紅の少女を背に守る位置に突き立てた。

 

 

「待てっ!!」

 

 

 外套がはためく後ろ姿に向けて思わず声を上げたのは、彼らを怪しんでいたからではなく、その身を案じたからだった。

 例えあの少年が外見にそぐわない実力者だったとしても、圧倒的な数の差を前に戦い続けることがどれだけ過酷なのか、今の今までその身で以って味わっていた彼女にはよく分かっていたから。

 しかし彼は止まらない、自身へと向けて一斉に突き出される櫛の歯のような刃へと怯むことなく立ち向かい……地が震えたと錯覚するような勢いと力強さで踏み込み、溜め込んだ全身の力を一気に解き放った片手剣の一閃で以って、それら全てを粉々に砕いてしまった。

 ほんの一瞬、小柄な少年が放ったたった一撃で柄だけと化してしまった自身の得物に、目の前の現実を受け止められずに、唖然と立ち尽くす兵士達。

 その内の一人の頭を足場に宙高く跳び上がり、敵陣と一人相対するどころかその真っ只中へと降り立った少年は、こう考えていた。

 周りを全て囲まれてしまっているのではなく、周りを全てぶっ飛ばせばいいのだと。

 

 愉しげな口元を外套の影から覗かせながら、少年が放った弧の一閃によって、複数の兵士達が一斉に宙を舞う。

 圧倒的な戦いを前に言葉を失ってしまっていた真紅の少女は、目の前で行われている、先程までとは違う意味で一方的な戦闘の違和感に程なく気がついた。

 新たな血が流れていないし、倒れている者もいないのだ。

 残骸と化した得物を手に呆然としてしまっている者や、即死の威力を持った攻撃が眼前を掠めていったことを一足遅れて認識して、腰が引けてしまっている者など。

 それらの光景が意味しているものは、あの外套の少年は相手の武器を破壊することで、これ以上戦いを続けられなくさせるという戦法を敢えて取っていること……兵士達を未だ一人も殺していないし、これからも殺さずに済ませるつもりでいること。

 圧倒的な数の有利をたやすく覆し、その上で生殺与奪の権利までをもその手に握るほどの、考えるのも馬鹿らしくなるほどの圧倒的な力を、あの小柄な少年が身につけているという信じがたい事実だった。

 

 

 

 

 

『犠牲を出さないまま、何とか戦えなくさせる、もしくは戦う気を失くさせてほしい。

 ……例えば、武器だけ全部使い物にならなくさせるとかさ』

 

 

 

 

 

 庶民ならではの無知と偽善故にではなく、自身が求める理想の意味と難しさを十分理解した上で、負わなければならない責任の重さに握った拳を震わせながら。

 それでもマスターとして、きちんと言い切った立香の覚悟に応えるべく、理不尽な自然災害の如く暴れまわるリンク。

 そんな彼をまともに相手取るのは無謀だと察した、暴風域から比較的遠いところに居たために冷静な思考力を保っていた一部の兵士達は、最も重要な相手のみを狙うという賢明な判断を下した。

 ついさっきまで、大多数を相手に単独で渡り合っていた彼女も並外れて強いことは知っているけれど、足元が不安定になるほどに消耗していたし、何よりもあれと戦うよりは遥かにマシだったから。

 

 真紅の少女、大帝国ローマの大黒柱は黒い髪をした異国の少年の背に庇われ、更にその二人を、冗談のように巨大な盾を構えた少女が守っている。

 あの細腕で、持っていられるだけで充分凄い大盾を構えていては、敵の動向に素早く対応することなどは到底出来まい。

 そう判断した兵士達は盾の少女を敢えて無視して、その先の目標を狙うべく駆け出し、少女の脇を駆け抜けようとしたその瞬間に、大質量の直撃を食らって吹っ飛んだ。

 不動のものだと思われていた大盾が軽々と振るわれ、それを行なったのが少女の細腕だという事実が信じられない、たった今間違いなくこの目にしたというのに。

 

 たった一度の偶然、火事場の馬鹿力に違いないと、二度三度と続くことはあり得まいと気を取り直し、先程よりもずっと距離を置きながら抜けようとした兵士達に、少女の盾はまたしても追いついた。

 振り抜いた盾の鏡面によって、武装してそれなりに重さが増していた筈の人間が盛大に宙へと舞った光景が、居合わせた兵士達の背筋に氷を入れられたかのような寒気を感じさせる。

 得物を振るうどころか引きずられそうな少女と、その細腕が携える、大きいとは言っても個人単位を守ることが精々である筈の盾が、兵士達には目の前に聳える巨大な城塞のように見えていた。

 

 

「ちょっ……マシュ、あれ大丈夫!? 

 ちゃんと生きてる!?」

 

「ご安心下さい、ちゃんと峰打ちです!!

 マルタさんから、重量系の武器を使用する際の手加減の仕方を、念には念を入れてご指導いただきました!!」

 

「よりによってあの人か、一生懸命隠してるだけで本性はめっちゃ脳筋かつ武闘派の!!」

 

 

 思わず口走ってしまった言葉が当の本人に聞かれていて、『マスターとは一度話し合いの必要がありそうね』と呟きながら、拳を鳴らした聖女の薄ら寒い笑顔に運悪く居合わせてしまった者達から、幸運と冥福を祈られたことも知らないまま。

 黒髪の少年が見守り続けた戦況が、ある瞬間から一気に崩れ始めた。

 嵐と城塞に挟まれ、戦うための手段も奪われて為す術もない状況で、いつまでも気概を持たせられる者はそうはいない。

 状況を正確に判断することや、諦めることが早かった者から順に、戦線から離脱していく者の数が時間の経過によって少しずつ増えていき、最初は恥じるようだったそれも徐々に露骨なものになってきて。

 逃げる者がいること、逃げてもいいのだということに、未だ懸命に戦い続けていた者達が気付き、その気概を一斉にへし折られたと同時に、彼らの意思と思考は撤退へと向けて一気に反転した。

 

 鬨の声ではなく悲鳴を上げながら逃げていく兵士達に、ほんの一瞬とはいえ確かに抱かされた死の恐怖と覚悟があっという間に覆されてしまったことに、深紅の少女はしばし呆然としてしまっていたのだけれど。

 同じ年頃の、普通の少女ならばこのままへたり込み、誰かから声を掛けられるまで延々と呆け続けてしまいそうな衝撃から、彼女はほんの数秒で立ち直った。

 短い間だったとはいえ、気が抜けてしまったこと自体を恥ずかしく思いながら、それでも懸命に持ち直して。

 誰よりも美しく、誰よりも我が侭で、誰よりも愛されるべき自身の、『薔薇とは斯くあるべし』という自意識のままに、胸と声を張った。

 

 

「剣を収めよ、勝負あった!!

 貴公達、もしや首都からの援軍か?」

 

「すっかり首都は封鎖されていると思ったが……まあ良い、褒めてつかわすぞ。

 例え元は敵方の者であっても構わぬ、余は寛大ゆえに過去の過ちぐらい水に流す。

 そして、それ以上に今の戦いぶり、評価するぞ」

 

「この勝利は余とお前達のもの、たっぷりと報奨を与えよう。

 あっ……いや、すまぬ、つい勢いで約束してしまった。

 報奨はしばし待つがよい、今はこの通り剣しか持っておらぬ故な」

 

「全ては首都ローマへ戻ってからのこと、では遠慮なくついてくるが良い!!」

 

 

 同行を許可してもらうべくきちんと交渉をしようとしていた一同は、交渉どころか自己紹介すらしていない状況で、トントン拍子どころではなく進んでしまった展開に半ば呆気に取られながら、殆ど押し切られるままに頷いてしまった。

 つい先程までたった一人で奮戦し、一時は命の危機にも晒されていたというのに。

 こちらに口を挟ませない程の堂々とした喋りっぷりと、自信に満ち溢れた明るい笑顔は、傲慢で自分勝手と称しても間違ってはいなさそうな少女の内面を物語ると同時に、決して憎めない、どころか惹かれることをやめられないような。

 その自信と勢いに負けてしまったことを『まあいいか』と思ってしまうような、咲き誇る薔薇のような魅力に満ち溢れていた。

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。