成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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VS カリギュラ

 

 思いがけない援軍によって敵軍が退けられ、危機を脱したことに歓声を上げる兵士達と、そんな彼らを時折窘めながらも、実は最も浮かれている真紅の少女。

 戦いは終わったと誰もが肩の力を抜いて、新たに加わった心強い仲間達も共に、首都への帰路についていた。

 

 

「身を呈してまで余の玉体を守った気概、華奢な少女が身の丈ほどの得物を振り回すという倒錯的な美、そしてかの勇者を彷彿とさせるような一騎当千の少年剣士。

 うむ、うむ……良い、実に良いぞ、余は貴様達を気に入った。

 余と轡を並べて戦うことを特別に許そう、至上の光栄に浴するが良い!!」

 

「って、何で引っ張るんですか!!」

 

「共に戦うことを許すと言ったであろう、ならばそのような無粋な外套は余の前ではいらぬ!!

 その下に大層な美を隠していることくらい、余の審美眼はバッチリ見抜いておるぞ!!

 良いではないか良いではないか、ばさーっと豪快に取っ払ってしまえ!!」

 

「離して下さい~~っ!!」

 

 

 リンクの顔を隠している外套を、満面の笑みを浮かべながら強引に引っ張る真紅の少女と、悪意や悪気など欠片も無い女の子を相手に実力行使に出る訳にはいかず、フードの部分を押さえる両手と踏ん張った両足のみで抵抗を続けるリンク。

 自分が無体なことをしている相手が、一体誰なのか。

 知る由もないのだから仕方がないのだけれど、全て承知の上で見守っている側からすれば、自分に非が無いことは分かり切っている筈なのに何故か謝りたくなってくる。

 オペレーションルームの一同がそんな心臓に悪い思いをしながら、立香やマシュは割って入ることが出来ずに苦笑いを浮かべながら。

 それでも微笑ましげに見守っていた光景が一変したのは、本当に突然のことだった。

 纏う空気をいきなり張り詰めさせて、来た方向を振り返りながら再び剣を抜いたリンクと、一拍遅れながらもそれに続いて警戒態勢を取ることが出来た立香とマシュの反応に、ついていけた者は周りにはいなかった。

 

 

《リンク君どうしt…ってサーヴァント反応だ、凄い速さで近づいてきている!!

 機械が測定するより早く気付くなんて、感心するべきか呆れるべきか……》

 

「驚いている時間があるなら、その間に何か情報を!!」

 

《クラスがバーサーカーなのは確かだけど……ダメだ、それ以外の解析結果を出すには時間が無い!!

 もう、すぐそこまで……来たっ!!》

 

 

 ロマニが半ば裏返った声を上げるのとほぼ同時に、強襲に備えて固まっていた一同から少しだけ離れた所の地面が、ミサイルが着弾したかのような轟音と衝撃を伴いながら弾けた。

 兵士の殆どが耐えきれずに倒れてしまった程の揺れを、盾を支えにしながら踏ん張ったマシュの助けを借りながら、立香は真紅の少女へと手を伸ばした。

 そんな仲間達を視界の端に捉えながら、揺れなど起こっていないかのように一人平然と立ち、今は土煙に覆われて何も窺えない爆心地を一切の油断なく見据え続けたリンク。

 ゆっくりと晴れていくその視界に最初に映ったのは、鮮やかな『真紅』と『黄金』の意匠だった。

 それはロマニが先程口にしていたように、古代ローマで特に好まれた色彩であり……交戦し、撃退した敵の部隊もまた、同じものを掲げていたのを覚えている。

 黄金の鎧に真紅のマントを纏った身を、クレーター状に凹んだ大地の真ん中からゆっくりと起こした男性は、『バーサーカー』だという唯一の前情報を裏付けるものを、狂気に染まった瞳をこちらへと向けてきた。

 

 雲ひとつない真っ暗な夜空にただひとつ、煌々と輝いている月のようなそれを目の当たりにしてしまった立香は、同じものを見てしまったマシュや兵士達と同じように、魂までもが竦み上がるかのような心地を味わっていた。

 しかしそれと同時に、心と意識の一部に保たれていた至極冷静な部分が、狂気を覗いてしまったというのに、その影響がこの程度なのは何故かということを考える。

 その答えはすぐに出た、『直接』には見ていないからだ。

 自分達が目の当たりにしたのはあくまで、狂気の光の余波に過ぎない。

 バーサーカーの男は、理性とまともな思考力が失せた瞳と口元に微かな、怖気の走るような笑みを浮かべながら……自身がその狂気の眼差しを向ける唯一の相手へと、垣間見てしまった深淵に目を見開いて立ち竦んでしまっている真紅の少女へと、徐に手を伸ばした。

 

 

「リンク!!」

 

 

 硬直し、軋みを上げていた体を強引に動かし、呼吸が浅くなってしまっていた少女の紅い袖を引いて自身の陰に庇いながら、その目元を覆いながら。

 唾も飲めない程に乾いてしまっていた、一言発しただけで血を吐きそうな痛みが走った喉で、それでも構わず自身の名を叫んだ立香の気概に、リンクは行動で応えた。

 此度の特異点において初めてとなるサーヴァントとの接触で、少しでも情報を得られればと考えていたのだけれど、それはもう諦めた。

 どう見てもまともな意思疎通は不可能なタイプのバーサーカーな上に、宝具なのかスキルなのかは分からないけれど、自身の狂気を周囲にまで振り撒かれては堪ったものではないからだ。

 弓を構え、矢を番い、弦を引く。

 そんな一連の流れを一瞬で行ない、まともに食らえば眉間に刺さるどころか首から上が吹き飛ぶような一射を放とうとしたリンクは、正確無比の筈だったその指先を、思いがけず滑らせることとなった。

 

 

「伯父上…っ!」

 

「えっ?」

 

 

 自身の頬を掠めながら飛んでいき、背後の地面に深々と突き刺さった矢に、自身がたった今死にかけたという事実に、男は一切の関心を抱かない。

 先程も、今も、男の瞳と意識はただ一人、自身を『伯父』と呼んだ真紅の少女にだけ向けられていた。

 

 

「あ、あのサー……じゃない、あの人が君の伯父さん!?」

 

「…………いや。

 いいや違う、伯父上は確かに亡くなられた。

 あれは断じて伯父上などではない、如何なる理由かさ迷い出でて連合に与する愚か者だ!!」

 

 

 気丈に振る舞ってはいるものの、僅かに震える声と体、そして発言は、立香の問いが的を射ていることを示している。

 ロマニを始めとするオペレーションルームの一同は、驚きながらも納得していた。

 サーヴァントとはかつて偉業を為した英雄の影法師であり、そしてここは、特異点と化して人理焼却の要となる程に、広大な人類史の中でも特に重要とされる場所と時代。

 英霊の縁者がまだこの地に生きていること、これ以上ない程に強い繋がりを辿ったサーヴァントが召喚されることは、決して在り得ないことではなかった。

 その可能性を受け入れた一同の脳裏に新たな、こちらは出来れば外れてほしい類いの、嫌な可能性が過ぎる。

 その旨を立香達に伝えるよりも先に、狂気をまき散らしつつも自身は異様な静けさを保っていたバーサーカーが遂に動き出した。

 

 

「我が、愛しき、妹の子、よ。

 余の、振る舞い、は、運命、で、ある」

 

「……伯父上」

 

「捧げよ、その、命。

 捧げよ、その、体」

 

「伯父上、あなたは何処まで…っ!!」

 

「汝、の、美しき、全てを」

 

 

「捧 げ よ!!」

 

 

 咆哮を上げながら、自身の唯一の標的たる真紅の少女へと、彼女を守ろうとしている立香や兵士達を諸共に巻き込む勢いで飛び掛かったバーサーカー。

 咄嗟に構えたマシュの大盾がそれを阻むよりも、彼を真横から襲った衝撃がその軌道に強引に変化を与え、あらぬ方向へと吹っ飛ばす方が早かった。

 

 

「……ヤバいな、少し痺れた」

 

「リンクさん!!」

 

「あいつの相手は俺がする、俺が殿を務める!!

 だからマシュは、立香達を守りながら首都へ急げ!!」

 

「そんなっ!?」

 

「お前、またそんなことを!!」

 

 

 たった一度の使用で盛大に凹んで使い物にならなくなってしまった、あの一瞬でそれ程の衝撃を与えつつ何とか耐えた盾を取り換えながら、何事もなかったかのように立ち上がって再び襲いかかってきたバーサーカーを迎え撃ちながら、いつもの無茶な発言を口にしたリンク。

 立香達はそれに表情を顰めたのだけれど、続いた言葉に対しては、何も言い返すことが出来なかった。

 

 

「守らなければならない対象が大勢いる状況で、周りを巻き込むことを躊躇わないバーサーカーを相手にするのはきついんだ!!

 十分足止めが出来れば俺もすぐに後を追う、無理はしないって約束するから!!」

 

《立香君、マシュ、気持ちは分かるけど今はリンク君の言う通りに!!

 恐らく……いや、間違いなくそのバーサーカーは、強力な『知名度補正』を得ている筈!!

 リンク君には万全の状態になってもらった方がいい、一対一で心おきなく戦えるようにしてあげて!!》

 

 

 『知名度補正』とは『英霊召喚』という儀式における仕様のひとつであり、英霊が召喚された地にその者の存在や活躍を知る人が多ければ多いほど、基本的な能力が上昇するというものである。

 英霊は人の信仰と認識によってその存在を成り立たせているのだから、それ自体は当然と言えるものなのだけれど。

 あんなにも若い少女が『伯父』と呼んでいるからには、過去の偉人ではなく同じ世を生きた者の一人として、彼の存在と生前の功績を知る者は彼女以外にも大勢いる筈。

 それはそっくりそのまま『知名度補正』となり、只でさえなるべく相手にしたくないバーサーカーが、更なる強化を得てより一層の怪物と化しているという厄介な事実を物語っていた。

 リンクとロマニの言葉を受け、頭では理解しながら、それでも本心ではまだ躊躇いながら。

 無理はしないでと、待っているからと、声を上げ続けた仲間達の姿が十分小さくなった頃合いで、リンクはようやく、目の前の男に対して全神経を集中することが出来るようになった。

 

 

「アアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 真紅の少女の姿が見えなくなった途端に、標的を失って戦意を喪失するどころか、より一層獣じみた咆哮を上げながら猛攻を仕掛けてきたバーサーカーの様子に。

 自身が密かに抱いた印象が正しかったことを、リンクは確信していた。

 

 

「やっぱりあなたは……狂気と、サーヴァントと化した身の不自由さの中で、それでも必死に抗っているのか」

 

「捧げよ、捧げよ、捧げよ!!

 その身、その命、その魂を全て、我がローマに捧げよおおおおっ!!!」

 

「ぐっ…!!」

 

 

 一瞬で肉薄し、振りかぶられた拳を前に、咄嗟に盾を構えて防御体勢を取り、聖剣を添えて支えにした上に、これでも守り切れないという咄嗟の判断に従って、与えられる衝撃に合わせて飛び退きもしたのだけれど。

 それでも完全には耐えることが出来なかった。二枚目の盾を砕いた上に聖剣にまでヒビを入れた程の剛腕を前に、碌な準備が出来ていない状況でこのまま彼を相手にし続けることは悪手だと、これ以上の消耗は後に響くと判断したリンクは、戦闘の継続ではなく撤退を視野に入れて動き始めた。

 シーカーストーンの壁面から取り出したのは、三枚目の盾でも、鞘に収めてしばらく休ませることにした聖剣の代わりとなる武器でもなく、握った拳ほどの大きさをした黄色いゼリー状の物体と、薄い青色の鏃を備えた矢だった。

 リンクが何かしらを企み、その為の準備をしていることになど構わず、それまでと変わらずにただひたすら力ずくで飛びかかってきたバーサーカーの拳が、今の今までリンクが立っていた地面を盛大に割る。

 その衝撃は、リンクがその場から飛び退く間際に落としていった黄色い物体にまで伝わり、膨張したそれは一瞬の間を置いて、溜め込んでいた属性付きの魔力を、聞く者の魂に爪を立てるような轟音と共に迸らせた。

 

 

「――――ア゛ァッ!!!」

 

 

 絶叫は声とはならなかった、多少は上げていたのかもしれないけれど掻き消された。

 強烈な電撃は、サーヴァントとなったことで普通の人間とは比較出来ないほどに丈夫になった筈の体であろうとも構わず、その端から端までを一瞬で貫き、その狂った意識と思考による制御を、一時的にとはいえ確かに奪った。

 余韻を全身に走らせながら、小刻みに震えながら立ち尽くすバーサーカーを、魔力が昂るキィンと甲高い音を立てながら番えられた鏃が狙う。

 今度は過たず、真っ直ぐに目標を捉えた鏃は、肉を貫くのではなくその全身を一瞬で凍り付かせた。

 普通の人間ならば致命傷だろうが、かつて自分や先輩達が戦った魔物や、魔力や属性を持った攻撃に対して耐性があるサーヴァントが相手では、余程相性が良くない限りは、氷の戒めが解けるまでの時間稼ぎが精々となる。

 これで倒せるとは思わないけれど、それでも出来る限りの痛手を与えられればと、失った魔力の回復に費やす時間を少しでも伸ばせればと。

 凍り付いた体を砕くのに適した大槌を取り出し、振りかぶったリンクの目の前で、立香が他のサーヴァントを呼ぶ時と同じような、全身が光と化すという過程を経ながら、バーサーカーの姿が消えていった。

 

 

「………退いたか。

 凍っていたせいで自分ではそういう判断は出来なかっただろうし、例え意識があってもあまり複雑なことは考えられないバーサーカーだし。

 オルレアンの時のオルタのような、敵陣営の『マスター』にあたる誰かが、呼び戻したと考えていいだろうな」

 

 

 思いがけず得られた幾つかの情報を共有するため、今も心配しているであろう仲間達の下に約束通り追いつくため。

 懐かしく好ましい旋律に呼ばれて駆けつけてくれた、頼りになる美しい相棒に跨りながら駆ける緑の丘に、いつも通りの穏やかな風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ、無事だったか!!

 あの伯父上を相手に、余を含めた兵達を逃がすための殿を務め、自身も生きて戻るとは……よくやった、実に見事な働きであった。

 そなたを信じて後を任せ、余の警護を担い切った二名も合わせて、改めて褒めてつかわす!!」

 

「……そういえば、そなた達の氏素性を、まだ尋ねていなかったな。

 一刻も早く名乗りを上げ、それを余の玉音にて賜りたいと思うのは無理もないが、生憎と物事には正しい順番というものがある。

 まずは余の名乗りを聞くがよい……そうとも、余こそ」

 

「真のローマを守護する者、正しくローマそのものである者。

 必ずや帝国を再建してみせる……そう、神々、神祖、自身、そして民に誓った者!!」

 

「余こそ、ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスである!!」

 

 

 小柄な筈なのに、やけに大きくも見える体の背を伸ばしながら、凛と胸を張りながら。

 満面の笑みと、溢れんばかりの自信と誇りを以って口にしたその名は、史上稀にみる暴君としてローマ帝国を翻弄し、その末に孤独で無残な最期を迎えたとされている皇帝の……後の世には、『男性』として伝わっている筈の人のものだった。

 




 何日か前の『活動報告』に書いたのですが、ご覧になられていない方も多いと思いますので、改めてこちらでも書かせて頂きます。

 ツイッターを始めました、プレイしているゲームや執筆の進捗、好きなものを勧めたり浮かんだ小ネタをメモ代わりに書いていくつもりです。
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