首都東門の防衛戦と、その後思いがけなく遭遇した危機を何とか乗り越え、ようやく王宮に落ち着いたカルデア一同は、息をつくのもそこそこに次の行動へと移った。
ネロに一時首都を離れる許可を得た上で彼らが向かったのは、彼女に仕えていた前任の魔術師もよく足を運んでいたという、首都近郊で最も良質な霊脈の存在が観測されたエトナ火山。
ローマの町並みと人の気配が十分遠ざかるまで歩いた一同は、周辺の観測結果を確認したロマニから許可が出たと同時に、人目が無くなるまではと自重していたものを解禁した。
そして今、エトナ火山へと向かうための最短の道のりである荒野には、この時代にそぐわない爆音が轟いていた。
リンクの小柄な体で乗りこなせるほどの大きさで、現代の同じような乗り物に外見こそ似通っていながら、古代の謎の超技術によって造られたという事実を窺わせるパワーと頑丈さを発揮してみせているのは、先輩方から受け継いだものではなく、ハイラルにいた頃からの歴としたリンクの愛車であるマスターバイク。
それに横付けで牽引されているのは、二人乗りを想定して大きめに設計されながら、その上で少しでも軽く小さくしようとした作成者の拘りとほんの僅かな悪戯心によって、乗る際にはどうしても体が密着してしまうような形になったサイドカーだった。
その仕様を現物と共に目の当たりにした当初こそ、首まで真っ赤にして言葉を失うという初心な反応を楽しませてくれた上に、『効率を突き詰めた結果こうなっただけなんだから、忙しい中で一生懸命造ってくれたんだから恥ずかしいなんて言っていられない』と健気な発言をして、なけなしの罪悪感が揺り動かされるような気持ちにまでさせてくれた二人は今、少年が少女を膝の上に座らせた上で背中から抱き込んでいると言っても過言ではない密着具合で、風とスピードを全身で感じながら幼い子供のような歓声を上げている。
あの可愛らしい初々しさが長続きしなかったことに対する無念と、二人の感性が未だお子ちゃま寄りであることに対する呆れ、そしてそれ以上の微笑ましさを感じながら、ダ・ヴィンチは技術顧問としての役割をこなすことに努めた。
《立香君、マシュ、調子はどうだい?
変な音とか、軋みとか、何か気になる異常とかは無いかな》
「問題なし、乗り心地も最高!!」
「流石はダ・ヴィンチちゃんですね!!」
《ふふっ、この天才に出来ないことは無いのさ……と、言いたかったんだけどね。
全く……そのサイズでモンスター級の出力を可能としているエンジンとか、現代に存在する合金のどれをも上回る強度と水に浮く軽さを両立させている素材とか。
いくら私とはいえ、この短時間でそれらの超技術の解明及び再現に至るのは流石に不可能だったよ。
という訳でリンク君、サイドカーの装着時にはくれぐれも安全運転を心がけてくれたまえ。
この間のような無茶な曲芸じみた操縦を、実行まではいかずとも試みでもしようものなら、強度の違いがあからさまな接続部分から盛大にぶっ壊れることは請け合いだからね》
「そんなに何度も念を押さなくても大丈夫、やらないって!!
……あー、でも、急な敵が現れた時に、マスターバイクの機動力を咄嗟に生かせないのは少し厄介だなあ」
「だったらさあ、非常時にボタンひとつでサイドカーを切り離せるようにしとくってのはどう?」
《ああ、それいいねえ、面白いよ。
その上でサイドカー単独で簡単な操縦ができるようにしておいて、その場から離れられる程度の機動力を持たせておけば、十分に実用の余地はありそうだ》
「やった、凄いワクワクする!!
非常時に使うための隠しギミックとか、やっぱり浪漫だよなあ!!」
賑やかで、特に戦闘もなく順調だった行程は、目的地である霊脈に光に寄ってくる虫の如く群がっていた無数の亡霊型エネミーの存在によって、最後の最後で尻すぼみとなってしまったのだけれど。
それらを排除して霊脈を確保すること自体は特に苦もなく終わり、カルデアのスタッフ達がマシュの大盾を媒介に、サークルを設置・起動させる工程を終わらせるのを待つ間の時間を使って、今後の方針を決めるための作戦会議が始まった。
時代と空間の隔たりを越え、一見して分かるものよりも遥かに多くの顔触れが、それぞれの生きた時代で名と存在を知らしめた英雄達までもが加わっている中で。
それら全員から認められた上で自然とその中心に、会議の進行と纏め役を務める位置に収まったリンクの姿があった。
「まず初めに、ひとつ明確にしておく。
俺達が定めるべき今後の方針、その大まかな括りは『ネロ陛下の評判を上げること』と、逆に『評判を下げないこと』の二つになる。
連合のサーヴァントを倒し、戦いを終わらせ、敵側のマスターから聖杯を回収することに関しては、言うまでもない当たり前のこととして今のところは置いておこう」
《どちらも難しいことだけど、『下げない』というのは『上げる』よりは分かりやすいね。
上層部がネロ陛下を軽んじ始めてしまっていたのは残念だけど、幸いにも兵や民からの評判と人気は未だ絶大だった。
これを保ち続けることができれば、方針のもう片方も多少は楽になるだろう》
「分かりやすいのは確かだけど、これもまた難しそうだなあ。
前にヴラドも言っていたけれど、平和な時なら愛され要素になるだろうネロ陛下の無邪気さも、余裕が無い状況だと逆に腹が立つってのも分かるし」
「でも、だからと言って……あの笑顔と華やかさを、ローマの人々が確かに愛したネロ陛下の魅力を捨てさせてしまうのは、そうまでして戦争に向き合わせてしまうのは絶対に違うし、やってはいけないことだと思います。
その先にはもう、私達が守るべき『ネロ陛下のローマ』は無くなってしまっている筈ですから」
《あくまで、ネロ陛下は陛下のままでっていうのが重要なんだよね》
「だけどそれをいくら頑張ったとしても、できるのはあくまで現状維持。
何かしらの失敗を挽回しきれなかったとか、連合側が想定外の策を打ってきたとかのちょっとしたことで、取り返しがつかなくなる程に事態が悪化する可能性は十分にある。
やっぱりここは後々のことを考えて、ネロ陛下の地盤を強化しておく、もとい陛下の支持と人気を上げておく為の作戦を練っておいた方がいいだろうな」
その作戦の具体例を考え始めた辺りでやり取りは中断し、誰もが揃って黙り込んでしまった。
言葉を発することをやめた分、上乗せされた思考力が各々の頭の中で巡っているのはわかるけれど、浮かんだ妙案を口にできる者が現れる気配は一向に窺えない。
それは不甲斐ないことだったけれど、それと同時に、どうしようもなく仕方がないことでもあった。
頼れるスタッフ達は皆、初のレイシフトという記念すべき瞬間に、重要な位置や施設からは遠く離れたところに配属されるような下っ端の魔術師や、科学技術を導入するために仕方なく迎えられ、厚遇とはとても言えないような扱いを受けていた技術者など、生粋の魔術師特有のどす黒い精神性や駆け引きに関わらなかったおかげで、人間としての善性を失わずに済んだような人達だし。
サーヴァント達だって、平穏とは程遠い激動の時代や人生を送った、治めるのではなく逆に引っ掻き回すような生き方を貫いたからこそ、後の世に名と功績を刻んだような人ばかりなのだ。
自身の思うがままに生きた結果、誰かからは身を捧げても構わない程に愛されたり、誰かからは殺したい程に憎まれたりした彼らには、考え方や好みがそれぞれ違う大勢の、出来ることならば全ての人々から支持を受け、愛されるためにはどうすればいいかなんてそう簡単には思いつかないだろう。
《『愛され』といえばマリアだけど……君の場合はむしろ、混乱を収めきれずに槍玉に挙げられた方だからねえ》
《ええそうね、今回に関してはちょっと発言を自重いたしますわ。
あの大輪の薔薇のように麗しい陛下が、私のように処刑台に散ってしまっては申し訳がありませんもの。
……ああでも、万が一の場合を考えて。
最後まで麗しく微笑むための気構えを、同じく国の華であった者として、経験者としてお教えしておいた方がいいのかしら?》
《自重するならそういった、ギリギリどころか完全にアウトな発言自体を自重しなさいよ!!
サンソンどころか、全く関係ない筈のスタッフ達にまで被弾しているじゃないの!!》
《お~い竜の魔女さん、それともオルタと呼んだほうがいいかい?
君ねえ、周りから微笑ましく見られるのが嫌なら、マリアの天然100%な言動に条件反射でツッコミを入れるのを何とかした方がいいよ。
悪ぶっている君の性根がこの上なく素直で真面目なんだってことを、スピーカーで叫んで回っているようなものだからね》
《やかましいわ、余計なお世話よ!!》
《こらオルタ、あなたが困っていることに関して、わざわざアドバイスをしてくれたアマデウスさんに向かって何という言い草ですか》
《あんたもいい加減に姉面をやめなさい、このバーサーカー聖女!!
私がカルデアに来たのはリンクやマスターの力になるためで、天然どものツッコミ役になるためじゃないのよ!!》
《……っ!!
オルタ、あなたという子は本当にっ!!》
《ちょっ、抱き着くな馬鹿!!》
《ちょっとちょっとそこの二人、会議が脱線してるから姉妹喧嘩は向こうでやっておくれ。
とは言うものの……そもそも話が横に逸れたのは、いくら考えても名案が浮かんでこなかったからなんだよねえ》
「…………ダメだー、やっぱり何も浮かばない!!
ねえ王様、簡単なのでも分かり辛いのでもいいから何かヒントくれないかな!!」
個人名を示したものではなかったその単語が、誰を示しているものなのかに関しては、彼らが普段交わしているやり取りを知っている一同の中に惑う者はいなかった。
彼らが抱いた躊躇いと疑問は、それとは別のところから生じたもの。
立香が言う『王様』も……ギルガメッシュ自身も同じことを考えたらしく、自身のマスターからの問いかけに対するものとは到底思えないような笑みを浮かべながら返した。
《リッカよ、我はその問いに関しては既に明確な答えを返した筈だが?
よもやそれを忘れ、王の中の王である我を無暗に煩わせたというのならば、その無礼はもはや刎頸に値しようぞ》
底冷えするようなその声は、それを直接向けられた訳ではない、運悪く居合わせてしまっただけの者達にも怖気を味わわせた。
強くて恐ろしくて残酷な人なのはわかっていても、それと同時に、普段はそれをつい忘れさせるくらいに残念で愉快な人なのに……時折こうやって、彼が『英雄王ギルガメッシュ』であることの意味と事実を、前触れなく突き付けてくるのが本当に性質が悪い。
カルデアのオペレーションルームを一瞬で凍り付かせた怒気を、余波ではなくまともにぶつけられてしまった立香は、反射的に竦み上がってしまった体と思考で、それでも懸命に自身の発言の意図を、前のやり取りを忘れてギルガメッシュに二度手間を負わせた訳ではないのだということを語り出した。
「いっ……いやいやいや違います、忘れてないしちゃんと別の意味がありました!!
あの時王様は、『民のご機嫌とりなんてやったことも考えたこともない』って感じのことを言ってましたよね!!
それはつまり、別の取り方をすると敢えてやったり考えたりしなかっただけで、『どんなことが民のご機嫌取りになるのか』ということ自体はちゃんと分かってるんじゃないですか!?
ドンピシャで答えを教えてくれとまでは言いませんから、話を先に進めるためのきっかけとして、ほんの少しヒントを貰えればと思います!!」
カルデアのオペレーションルームと、殺風景なエトナ火山の一角に再びの、ギルガメッシュの怒気に当てられた際のものとは全く違う類の沈黙が満ちる。
決して痛々しい、もしくは寒々しいものではなかったけれど、誰かが何かをしなければこのまま延々と続いてしまいそうだったそれを遮ったのは、心なしか若干震えているように思えるギルガメッシュの声だった。
《…………仮に、貴様の想定通りであったとして。
我がそれを、わざわざ我個人の手間と時間を費やしてまで教えてやる必要がどこにある?》
「リンク自らが、『ゼルダの伝説』の本には書かれていなかった裏話を語ってくれる機会でどうですか?」
《よかろう、乗った!!》
「ちょっ、おいこら立香!!
その類いの話をされるのを俺が嫌がっていることを、分かっていながら何を勝手に!!」
「ごめんリンク、俺には王様を納得させられるような手札が他に無い!!」
「………あーもう仕方ない、貸しひとつだからな!!」
まるでグーとチョキとパー、もしくは蛇と蛙と蛞蝓のような関係性とやり取りを、立香とリンクを交えながら繰り広げたギルガメッシュは、周囲を全て凍り付かせそうな怒気から一転した気持ち悪い程の上機嫌を窺わせながら、彼自身が統治において生かすことは全く無かったという『王』としての知識と見解の一端を語り始めた。
《王として、ひとつ断言しておこう。
物事の裏や真実をあまり深く考えず、すぐ目の前の分かりやすい利やあからさまな上手い話にあっさりと飛びつく……浅はかで短慮、あまりにも愚かしい、それが『一般市民』というものだとな》
「あ~、何かそれ分かる……」
《立香君!?》
王にとって庇護しなければいけない存在である筈の民を容赦なくこき下ろす、ギルガメッシュの言い分と考えに不快感と反抗を抱き、彼の言う『一般市民』の括りに入るであろう立香がどんな気持ちでそれを聞いていることかと心配した者達は、その当の立香がギルガメッシュの言い分に賛同する素振りを見せたことに目を剥いた。
彼らが上げた驚愕の声と、ギルガメッシュが流石の肺活量で響かせる大爆笑の中で、少しだけ戸惑いながらも立香は、自身がそう思った理由を口にした。
「ずっと先のことや現実を考えて、地味だったりお金がかかったとしても確かな仕事をこなす真面目で有能な人よりも、結果がすぐに出るとか派手だとか目に見えて分かりやすい活躍をしたり、人付き合いが上手かったりするだけの人の方が好かれたり評価されるなんて話は、現代の日本でもよく聞いたよ。
……そっか、王様が『民のご機嫌取りはしない』って言ったのはそういう意味だったんだ。
一般市民だって、子供の進学とか老後のこととか考えて貯金とか資産運用とかしてるのに、もっと大きなお金や人を動かさなきゃいけない王様や政治家が、今この時だけ国民に喜ばれればいい、支持されればいいなんて政治をしてたら、100年どころか10年後には国が無くなってそう。
それだったらもういっそのこと、『難しいことを考えられないし理解もできないなら黙って王の言うことを聞いておけ』ってなるのは分かる気がする」
《その口を閉じよリッカ、民が王の真意を知ることに意味はない。
誰に理解されようと誤解されようと、王の行く道と為すことは変わらぬのだからな》
「……はい。
出過ぎた真似をしました、すみません」
《赦す、我は寛大故にな。
……もう十分であろう、随分と口が滑ってしまった》
「はい王様、ご教授ありがとうございました」
《ちょっと待って、まだ話し始めたばかりだった気がするんだけど!?》
戸惑い交じりで上擦ったロマニの声に対して立香が返したのは、自らが導き出した答えに対する自信に満ちた笑顔だった。
「大丈夫だよドクター、王様の言う通り今ので十分。
要するに今までの俺達は、平和を少しでも長続きさせなきゃとか、その為にどんな政策をすればいいのかとか、深く、そして難しく考えすぎていたんだ。
一般市民の人達を楽しませ、喜んでもらうには、もっと簡単で単純で分かりやすい話で良かったんだよ」
「それで、その具体案は浮かんでるのか?」
「もちろん!
俺達のサポートは必須になるけれど、ネロ陛下は間違いなく大活躍、ローマ市民達はそれに夢中になること請け合いだ。
名付けて……『水戸のご老公もしくは縮緬問屋のご隠居さま大作戦』!!」
握った拳を振り上げながら、青い瞳をきらきらと輝かせながら自信満々に宣言した作戦名が示すものを、即座に理解できた者は数えられる程度で。
尋ねたリンクも含めて、殆どの者が頭の斜め上に『?』を浮かべている状況で、それでも僅かに存在していたその数人の中に、何故かギルガメッシュも含まれていたらしく。
今にも玉座から落ちて、腹を抱えながら転げまわりそうな笑い声が、高々といつまでも響いていた。