成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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紅のアン王女

 

 作戦を決め、サークルの設置も無事に終わらせたカルデア一同が、ローマへと帰還して数日後。

 首都周辺を封鎖していた部隊が撤退し、新たな戦力も加わったことで発足した大規模な遠征計画の準備に、上層部や兵士達が揃って追われている状況で。

 それら全ての最終的な意思と決断を担っている、休む間もなく忙しい状況にある筈の皇帝ネロの姿が、華やかかつ賑やかなローマ市街の一角にあった。

 民と直に接することが多く、その顔や装いを広く知られているネロがそんなところに居ようものなら、いつもならばたちまち気付かれて人混みができるような事態になっていたのだろうけれど。

 自分は今確かにここに居るというのに、人々の目線や意識を集められないことに一番驚き、新鮮な気持ちを味わわされていたのは当の本人だった。

 

 

「……凄いな、本当に誰も余に気付けぬのか」

 

「メディアさ……カルデアの中でも、そういうものの製作が特に上手い人の自信作ですからね」

 

「うむうむ、単なる装飾品と見ても十分に美しく繊細な造りが気に入った。

 『カルデア』からの心を尽くした献上の品、確かに頂戴したぞ。

 ……それではこれからどこに行こうか、少しでも効率的に動かねば。

 何しろ休みは今日だけだからな、明日からはまたガリア遠征に向けて計画を詰めていかねばならぬ」

 

 

 相当気に入ったのか、胸元を彩るブローチ型の、メディアが得意の道具作成スキルで作成した隠蔽効果付きの魔術礼装を指先でなぞりながらそう言ったネロは、彼女自身がこの日を本当に楽しみにしていたことを伺わせるような笑みを浮かべている。

 目尻から頬にかけてをほんのりと赤く染め、いつもの華やかなものとは違うはにかむような笑い方をする彼女に、自身の頬や頭までもが赤く熱くなってくるのを、立香は見えないながらも自覚していた。

 

 

「どうしたその顔は、今更照れておるのか?

 余の命を救った報奨として、宝や地位や名誉ではなく、余と過ごす個人的な一日が欲しいと言ったのはそなたであろうに」

 

「あああああああっ!!

 やめて下さい、追い打ちかけないで!!」

 

 

 自身の発言が、事情を知らないどころか知っている者が聞いてもデートのお誘いでしかなかったことに口にしてから気付いてしまい、今の今まで必死に堪えていた恥ずかしさと居た堪れなさをつつかれてしまった立香が絶叫と共に蹲る。

 その反応もそうだけれど、今のネロは何よりも、突然の奇声に驚いて振り返った人達の目には今の自分達がお忍びの皇帝と従者ではなく、何の変哲もない少年と少女がじゃれ合っているようにしか見えないという事実が堪らなく愉快だった。

 

 

「いつまでそうしているのだ、時間が無いと言っておろうが。

 ほら行くぞ、余のおススメの店を回る感じで良いな」

 

「ああ、それは勿論陛下にお任せしまs」

 

「いかんいかん、何をやっておるのだ貴様は」

 

「えっ、何がです?」

 

「余らは今お忍びなのだぞ、言葉遣いを直さねば気付かれてしまうかもしれないではないか。

 マシュやリンクを相手にしているように話すといい、余が赦す」

 

「………そう、だね

 こんな感じでいいかな、ネロ」

 

「うむ、完璧だな。

 では行くぞリッカ、まずは腹ごしらえで英気を養うのだ!」

 

「ちょっ、分かったからいきなり引っ張らないで!」

 

 

 急にバランスを崩されて一瞬足がもつれながらも何とか体勢を整えて、自身の手を引く歩みの速さに苦笑しながら追いつく立香と、皇帝陛下であると気づいていない筈なのにも関わらず、すれ違う人が思わず振り返ってしまうような、彼女自身の素の魅力に溢れた華の笑顔を振り撒くネロ。

 そんな微笑ましい二人の、片方は知らなかったし、片方はすっかり忘れていた。

 自分達の発言や行動は、少し離れた所の物陰や、時間と空間を隔てた先のカルデアのオペレーションルームから、余さず見守られていたことを。

 

 

「……ドクター、ダ・ヴィンチちゃん、ここからは俺の現場判断で動く。

 最終的には例の流れに持っていくようにするけど、それまでは少しでも、ネロ陛下に休日を楽しんでもらいたいからな」

 

《こっちは構わないよ。

 どんな想定外の事態が起こっても、リンク君なら咄嗟に対応出来るだろうしね》

 

「女性のエスコートまで出来るなんて、流石はセンパイですね!」

 

《う~ん……私としてはそこで、マシュには感心するのではなく、焼きもちを焼いてもらいたかったところなんだけど。

 気持ちが無いわけではなさそうだけど、この間のサイドカーでの件といい、まだまだ前途多難かなあ》

 

《…………あっ!!》

 

《うわっ、びっくりした!!

 どうしたの、いきなり声を上げて!!》

 

《さっきから、何か既視感がすると思ったら。

 シチュエーションや展開は微妙に違うけれど、これぞ正しく『ローマの休日』!!》

 

 オペレーターの一人が思わずといった様子で叫んだ内容に、居合わせた者達が思わず共有してしまった数秒の沈黙の後、驚嘆の声と手のひらに拳を軽く打った音が人数分重なった。

 




少し短かったのですが、更新の間が開いてしまっていたので早めにあげました。
ポケモンをプレイする合間で、また少し時間がかかりそうですが、こちらも楽しいので頑張って続けます。


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