成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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伝説が蘇る時

 

 色々と忙しい中で辛うじて確保した束の間の休日は、ネロが店先の商品をいつもの癖で会計前に手に取った上に、財布を忘れていたせいで泥棒と疑われかけ、涙目の彼女を背に庇う立香が慌てて支払いを済ませるというちょっとしたトラブルから始まってしまった。

 しかし、そうやって醜態を晒した上にまたもや助けられてしまったということが、かえって吹っ切れるきっかけになったらしい。

 折角の外出なのに、これでは食事も買い物も出来ないと落ち込んでしまっていたネロは、『自分の方から誘ったんだから、全部払うから気にしないで』と笑いながら言った立香に素直に甘えて、曇ってしまっていた瞳と笑顔を再び輝かせ、苦笑する立香の手を引きながら改めて露店巡りを楽しんでいた。

 立香の異様な気前の良さをおかしいと思えないまま、そうやって休日を満喫していた二人の耳に、人込みと喧騒の向こう側から思いがけず聞き知った声が飛んできた。

 

 

「おい、やめろ!」

 

「何をしているのですか!」

 

「……あの声は、リンクとマシュ?」

 

「行くぞリッカ、どうやら只事ではなさそうだ」

 

 

 言うや否や殆ど条件反射のように駆け出したネロに続き、共に掻き分けた人込みの最前列で目の当たりにしたのは、肌のあちこちを擦りむいた見るからに痛々しい様子で石畳に倒れた女性と、その傍らに膝をつく男性。

 そして、唖然として口が開きっぱなしになっている彼らを背に庇うマシュと、彼女達を含めた周囲にいる全ての者の視線と注目を一身に集めている、自分より遥かに優れた体格の男の丸太のような腕を、片手で軽々と締め上げるリンクの姿だった。

 更に言えば彼の足元には、自分達が声を聞いて駆けつけてくるまでのほんの僅かな時間で伸されてしまったらしい、明らかに柄が悪そうな数人の男達が呻き声を上げながら転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香とは別行動で買い出しを行なっていたというリンク達が、思いがけない合流に気を取られたほんの一瞬の隙に悪漢達を逃がしてしまった後。

 助けた男女からの、是非ともお礼がしたいと、宜しければお友達もご一緒にという誘いを快く受けた一同は、そこから程近いところにあった劇場へと案内され、彼らが所属する劇団の名を知ったネロは思わずといった様子で声を上げた。

 何でも、劇団としての規模こそ小さいながらも、だからこそ団員達の信頼と結束は固く、少数精鋭の強みでもって数々の名演をこなしてきた実績があるそうだ。

 拘りの劇場を自ら設計し、出演すらも果たす程に歌や演劇を好んでいるというネロは、皇帝相手ということで無暗に畏まっていない、素のままの劇団員達と話せるというこの上ない機会に高揚していたのだけれど。

 その喜びは、皇帝の耳にまで届くほどの評判を得ていたとは思えないほどに寂れている劇場、纏う雰囲気や表情からすっかり覇気が失せてしまっている団員達などの、あまりにも不穏な要素の数々によって敢え無く萎れてしまった。

 

 

「……一体何があったというのだ。

 構うことはない、胸の淀みを吐き出すつもりで余に話してみよ」

 

 

 魔術礼装の効果はあくまで『皇帝ネロの正体に気付けなくする』というだけのもので、相対するだけで自然と心を許してしまうような彼女自身の魅力は欠片も損なわれていない。

 仲間を助けてもらった、演劇が好きで自分達のことも知っていたなどの好意的な印象もあって早々に警戒を解いた団員達は、彼らを苛む理不尽な仕打ちについて話してくれた。

 

 

「実は少し前に、資金と立場のあるとある方から、色々と支援をするから自分の専属の劇団にならないかと誘われまして……公演に感銘を受けたとか、応援をしたいとかいうことでしたら、私達も考えたとは思うのですが。

 感銘どころか公演を観たことは一度も無く、ただ単に評判がいいものを所有したくなっただけの話で、『金を出してやるのだからありがたく思え』『こんなありがたい話をまさか断るまい』と言わんばかりの態度で、明らかにこちらを見下げていて。

 その上、自分の所有物を好きにして何が悪いという考えが見え透いていて、公演内容や演出にまで口出しされるのが目に見えていたので、団の総意で断ったんです」

 

「そうしたらそのすぐ後から、公演を告知する掲示を剥がされたり、劇場を汚されたり、悪意ある噂を流されたりといった、あからさまな嫌がらせが始まったのです。

 実力でここまでやってきたのだという矜持と、馴染みの方々の応援を支えに何とか頑張ってきましたが。

 まさか、団員の身が直接危険に晒されるなんて……いくら何でも、そこまでしてくるだなんて」

 

「……実は私達は、嫌がらせなどには屈しないと、これからも良い公演を続けていくという意思を示すために企画された特別公演で、共に主役を務めることになっていました」

 

「その特別公演とは、いつ行われるものなのだ?」

 

「……今日です」

 

「今日ぉ!?」

 

「出来るのですか、怪我をされているのに!?」

 

「出演自体は、無理をすれば……しかしお客さんが、自分自身が満足出来るような演技はとても無理です。

 劇団の意思と決意を示すための特別な公演だからって、演目も敢えて難しく特別なものにして、皆で一生懸命に頑張って、何とか上演可能なまでに仕上げたのに……」

 

「一生懸命に奮い立っていた皆も、流石に堪えてしまったようです」

 

「……あの、まさか、公演を中止されるおつもりなのですか?」

 

「主役級の二人が共にこの有り様では、仕方がありません」

 

「そんな、どうして!

 理想通りとは、完璧とはいかないとしてもいいじゃないですか!

 お客さん達も、皆さんの公演を楽しみにされていますよ!」

 

「だからこそです、自分達ですら満足出来ないようなものをお見せするわけにはいきません。

 ……何より私達自身が、そんな適当な真似であの演目を半端なものにしたくはない。

 いつかはやってみたかったけれど、皆の理想があまりに高かったために簡単には手が出せず……こんな事態になってようやく、皆で奮い立とうと、あの方の『勇気』を公演を通じてお借りしようと、そんな思いで上演を決めたというのに」

 

「…………あの~、すみません。

 その、『予定されていた演目』というのは、一体何なのですか?」

 

「『ゼルダの伝説』ですけれど」

 

「逃がすなマシュ!!」

 

「はいセンパイ!!」

 

「ぐえ…っ!!」

 

「ちょっ、何をやっているんですか!?」

 

「首、首が締まってますよ!!」

 

 

 話の途中で何故か急に踵を返した外套の少年は、彼がそんな行動に出ることを見透かしていたかのような反応を見せた少年と少女によって翻った外套の端を掴まれ、紐が結ばれた首元に走り出しかけていた勢いも含めた全体重がかかってしまっていた。

 人としては当たり前な咄嗟の判断で、締まる首元へと伸ばされた劇団の女性の手が結び目を解き、それと同時に弾かれたように舞い上がった外套の下から転がり出た光の髪が、居合わせていた全員の目に眩く焼き付いた。

 ここにいる全員が、幼い頃から、とある太古の伝説を諳んじられる程に読み込んできた。

 目の前にいる彼が、その物語の中から抜け出した存在という訳ではないという、確かである筈の事実が信じられない。

 それ程までに彼は完璧だった、心の中で思い描いていた理想像の具現化だった。

 首が締まった苦しみが未だ尾を引いているらしく、へたり込んだまま咳き込む外套の……改め、伝説の勇者その人と言われても納得してしまいそうな程に美しい、金の髪と碧い瞳の少年。

 彼の仲間である黒い髪と青い瞳の少年が、自分達以外の誰もが言葉を失って立ち尽くしてしまっている微妙な空気に負けず、今にも声を上げて、腹を抱えて笑い出したいのを懸命に堪えているような奇妙な表情で、努めて押さえているような声を出した。

 

 

「『勇者リンク』役の代わり……出来るよな、リンク」

 

「ゲホッ……ちょ、待て、お前それ本気で言って」

 

「『リンク』だって!?

 まさかその少年は、見た目だけではなく名前まで、あの勇者様と同じなのか!!」

 

「リンクさんは凄いんですよ!

 見た目がお綺麗なだけでなく、剣や弓などの戦闘の達人でもあって、正しく伝説の『勇者リンク』その人と称しても構わない程なのです!」

 

「待ってマシュ、お前までその流れに乗るのやめて……」

 

「そ、そういえば……あまりにも衝撃的過ぎて言うのを忘れていたけれど、絡まれていた私達を助けてくれた時に、自分よりもずっと体格のいい大人達をあっという間に倒してしまっていたわ。

 今思えばあれは、大人どころか怖ろしい魔物を相手に、たった一人で立ち向かった勇者様のようだった」

 

「『ゼルダの伝説』のどの章、その場面を演じることになったとしても大丈夫!!

 何たってこいつは、『自分が書いた』くらいの勢いで『伝説』の内容を知ってますからね!!

 だよな、リンク!!」

 

「ですよね、リンクさん!!」

 

「お願いですほんと待ってほんっと勘弁して下さい!!」

 

「大人しく諦めるのだリンクよ、もはやそれ以外に手は無いことをそなたも分かっていよう。

 余も力を貸すぞ、公演というものの力を……劇場とは不可侵の聖域なのだということを、無粋な連中に知らしめてやらねばな!!」

 

 

 行く道に差し込んだ光明に、再び灯った希望の光に照らされながら、思いがけず加わった新しい仲間達を交えた一同が、立ち塞がる困難を乗り越えるべく握った拳を掲げながら歓声を上げる。

 その中心の、特別公演の主役となる筈の少年だけがただ一人、両手と両膝をつきながら打ちひしがれていた事実からは、誰もが努めて意識と目線を逸らしていた。

 




 リンクがやったのは、困っている人達とネロが違和感なく接触できるように場と時間を軽く調整しただけで、ネロが積極的に彼らの話を聞こうとしたことまで含めて、後の展開は全て想定外です。



 以下、オマケです。
 どこかで入れようとしたけれど上手いタイミングがありませんでした。



「……どうした立香、何か顔がこわいだだだだ!?」

「この勇者様が、またやりやがったな!?」

「またって何のことだよ!!」

「これ、今朝ネロと出かける前にお前から渡されたこの財布!!
 支払いの段階になって初めてこの中身を見た時、俺がどんな気持ちになったと思ってんだ!!」

「……え、もしかして足りなかった?」

「なわけないだろ、逆だ逆!!
 こっちはお小遣いの一万円を新札で渡されるだけでちょっとテンション上がるような小市民なんだぞ、袋いっぱいに詰まった金貨なんて『わーお金持ちだー』なんて喜ぶ前にショックで心臓が止まるわ!!
 こんだけの大金を用意しておいて何で『足りない』なんて発想になる、何を買うことを想定してたんだ!?」

「…………家?」

「買うか馬鹿、どんなシチュエーションでそんなことになるんだよ!!」

「成り行きで」

「もしかしてこれも常識なのか、だとしたらほんとどんだけだハイラル!!」


 魔物を倒したり獣を狩ったり、溶岩の大河のすぐ傍で採掘に勤しんだり、競技やゲームに参加して賞金を得たりと、旅の道中では様々な形で収入を得ていた上に、思いがけないところで盛大に出費する機会も多かったために、大金を持ち歩いて平然としている感性を総じて身につけてしまっていた『リンク達』なのでした。
 立香の叫びは、ハイラルの一般の人々が聞けば『断じてそんなことはない』と必死に首を横に振るのでしょうが、残念ながら今の彼がそれを知ることは出来ません。

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