成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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勇者の名演

 

 登場する場所や出番のタイミングの問題から、リンクやネロだけでなくマシュとも別れ、一人で舞台の様子を見守っていた立香の耳に、舞台の端に立つ語り手の、マイクを使用していないとは思えないほどに朗々とした声が聞こえてくる。

 劇場全体に響き渡るそれに紛れながら、マナー違反であることは重々承知した上で、目には見えない隣人へと立香は密かに問いかけた。

 

 

「ねえドクター、『神々のトライフォース』ってどんな話なの?」

 

《今からやるんだから見ていればいいじゃないか、何でこのタイミングでわざわざ聞くんだい》

 

「客席から観客として普通に見るんならそうするけど、リンクにぶっ飛ばされるだけの脇役とはいえ、これから俺も出るんだから。

 多分俺だけだよ、劇場の関係者側で全体のストーリーを把握出来ていないの」

 

《……まあ確かに、立香君の言い分も尤もだね。

 分かった、劇の内容に補完する形で話していこう。

 これは『時のオカリナの章』で、過去と未来を行き来する冒険を経たことで、その時間軸における3つの分岐点がハイラルの地に生まれ、それぞれが独自の歴史として流れるようになった後。

 『神々のトライフォース』はその内のひとつ……強大な力で『時の勇者』を打ち破りながらも、その後を引き継いだ7人の賢者によって封印された魔王ガノンドロフと、魔王復活の脅威に晒される時代に再び生まれた勇者リンクとの戦いの因縁が、幾度も繰り返されていく中での話だ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か古の地に存在したハイラル王国には、触れた者の願いを叶える黄金の秘宝『トライフォース』と、それが眠る聖地が存在していた。

 しかしある時、聖地は『ガノンドロフ』という盗賊の王によって攻め入られ、トライフォースを手に入れた彼は『魔王ガノン』と化し、悪しき力によってハイラル全土の支配を目論んだ。

 そんな彼の野望を食い止めたのは、かつての聖地ごと魔王ガノンを封じるべく行動に出た7人の賢者達であり、彼らが封印を完成させることが出来たのは、『ナイトの一族』の身を賭した奮闘の賜物であった。

 

 激戦の果てに滅亡寸前にまで至ってしまった『ナイトの一族』を始め、多くの犠牲を強いられた『封印戦争』が遥か昔の物語となり、『魔王』への恐怖よりも『黄金の秘宝』を求める欲望の方が人々の間で高まり、封印された聖地を探し求めて旅に出たまま帰らない者達の存在が、王国で問題になっていた頃のこと。

 『アグニム』を名乗る謎の司祭が、突如ハイラル城を訪れた。

 

 強大な魔術を操る彼の手によって、ハイラル王は謀殺され、兵士達は彼の忠実な手足となり、ハイラルの城と国は瞬く間に魔の者の手に落ちてしまった。

 王家の権限と兵士達を使ってアグニムが行なったのは、かつて魔王を聖地に封じた7人の賢者達の血筋を探すこと。

 そうして見つけ出され、城へと連れて来られた娘達は、一人ずつ魔王復活の儀式の生贄として捧げられていった。

 ……今も、また一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の地下牢と想定され、演出によって実際にそんな雰囲気が満ちている舞台上に、力なく座り込んでいる少女が二人。

 同じ舞台衣装でも明らかに布から違うと分かるドレスの娘と、丈夫さや利便性の方を重視したと思われる素朴なワンピースの娘。

 舞台袖から現れた鎧姿の兵士達が歩み寄ったのは、ワンピースの娘ことマシュの方だった。

 座り込んだまま微動だにしなかった……というより出来なかったマシュの肩が、牢の鍵が外される金属音と共に盛大に跳ね上がり、必死で落ち着こうとしているかのような荒い息遣いと共に振り返った彼女の顔色は真っ青で、目尻には涙すら滲んでいた。

 

 

「『出ろ娘、アグニム様がお待ちである』」

 

「『あ、あな、あなたたち……王家につかえる兵士が、こんな真似、を、して、許されるとでも思っているのですか』」

 

 

 賢者の末裔たる娘として、凛と背を伸ばしながら言い放ってやるのがマシュの理想だったのだろうが。

 全身をガクガクと震わせ、途切れ途切れのセリフを紡ぐのが精一杯なその姿を前に、立香は劇団の者達がマシュを推した理由を察して感嘆の声を漏らしていた。

 

 

「あっ、成る程。

 緊張のあまりにガチガチになっているところが上手い具合に、生贄にされかけている女の子が恐怖で恐れ戦いているところに見える」

 

《マシュ自身は何とかまともに演じようとしているのが、一生懸命に虚勢を張っているところにも見えて尚更だね。

 これは見事な采配だ、マシュは可哀想だったけれど》

 

 

 儀式の生贄として捧げられるために、立香とは反対側の舞台袖へと連れていかれたマシュが、そちら側にいた劇団員達から暖かく迎えられ、強引に連れていった当人である兵士達によって俯く頭を撫でられている光景が見える。

 後で自分も声をかけよう、頑張った後輩を褒めてあげようと思いながらも、今の立香の主な意識と目線は、舞台上に残ったもう一人の少女にあった。

 『賢者の末裔の娘』を演じた少女の、まるでこの後本当に生贄に捧げられるかのような名演によって、開演直後の浮かれ気分を霧散させられた観客達の注目が、未だ俯いて表情が窺えない彼女へと一身に向けられている。

 

 素人目にも分かるほどに、とても難しい場面だった。

 父を殺され、信じていた兵士達が敵となり、国と城を奪われて王家の誇りを踏み躙られた。

 城の地下深くの牢に閉じ込められ、自身と同じく賢者の末裔である娘達が、生贄とされる為に連れていかれる光景をすぐ傍で目の当たりにさせられ、自分も間もなくそれに加わることとなる。

 しかも彼女は知っているのだ、儀式の成就は太古の魔王の復活を意味していることを。

 これを、『絶望』以外の何と呼ぶべきか。

 果たしてあの少女は、そんな状況にある者をどう表現してみせるのか。

 

 固唾を呑みながら見守る観客達の前で少女が、『ゼルダ姫』が、俯いていた顔をゆっくりと上げる。

 観客席へと向けられたその表情は、瞳は、まだ諦めていなかった。

 辛い現状に打ちのめされてはいても、その心と魂は、まだ折れてはいなかった。

 

 

(……今の余には分かるぞ、ゼルダ姫。

 どんなに絶望的な状況であろうとも、最期の瞬間まで諦めることは許されぬ。

 それが国を統べる者の務めであり、責任であり、誇りであるとな)

 

 

 追い詰められた状況で、ただ一心に祈りを捧げるという行為は、大抵の場合はただの現実逃避にしかなり得ないだろう。

 しかし、賢者の末裔であり、『知恵』のトライフォースの適合者であり、女神ハイリアの転生体であるゼルダ姫の場合は違った。

 彼女の、それが届くことを心から信じた祈りには、確かな力があった。

 

 

「『助けて、助けて下さい。

  私は、城の地下牢に捕らえられています。

  私の名前はゼルダ……6人の生贄が捧げられ、私が最後の一人。

  城にやってきた司祭アグニムは、生贄を使い、7賢者の封印を再び開こうとしています。

  私は、お城の地下牢の中……助けて………………』」

 

 

 独りきりの地下牢で、誰に聞かれることもなく紡がれた祈りの言葉は、自身の力と運命を未だ知らないまま、自宅のベッドで眠りについていた少年の下へと届くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面と状況の転換の為に一旦消され、再び灯された明かりの中に『彼』の姿が浮かび上がった瞬間に、客席全体がどよめいたのを立香は確かに認識した。

 あれだけ嫌がっていたのに、今だってもの凄く嫌な筈なのに、色々と諦めた上でスイッチを切り替えた彼は見事に、舞台上でかつての『自分』に成り切っている。

 不思議な夢によって眠りを妨げられ、寝ぼけ眼で身を起こした彼は、自分と同じく変な時間に目を覚ましていた者の存在に気付いて、半端だった意識を一気に覚醒させた。

 

 

「『リンク、起きてしまったのか』」

 

「『……叔父さん、どうしたの?

  こんな夜中に剣なんか持って……外も、凄い雨なのに』」

 

「『……お前が心配することは無い。

  わしはちょっと出かけてくる、朝までには戻るからな。

  ……絶対に、家の外に出てはいかんぞ』」

 

「『あっ、叔父さん!?』」

 

 

 リンクが『叔父』と呼んだ男性は、強い口調とは裏腹の優しい手つきで彼の頭を撫でると、何事かを尋ねたがっているリンクの手と眼差しを振り切るように出かけてしまった。

 リンクにとってただ一人の肉親であり、家族である叔父が、剣の達人だということは知っている。

 頭の中の冷静な部分と叔父への信頼が、彼の言う通りにすべきだと、大人しく帰りを待っているべきだと告げている……のだけれど。

 先ほど見たばかりの不思議な夢が、助けを求める少女の声が、それに応えなければという自分自身の魂から込み上げる衝動が、早く早くと急き立ててくる。

 気づけばリンクは、種火が無くても自身の魔力の消費によって火を灯せるという不思議なカンテラのみを引っ掴み、叔父の後を追って、降り頻る雨の中へと駆け出していた。

 騒めく木々の枝葉と大粒の雨によって霞みながらも、夜の闇の中にその雄大な影をしっかりと浮かび上がらせている、彼方のハイラル城へと向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《立香君、もうすぐ出番だよ》

 

「さ、流石に緊張してきた……」

 

 

 ゴクリと喉を鳴らせる立香の視界、袖口から見守る舞台上では、『神々のトライフォース』冒頭における名シーンのひとつが繰り広げられている。

 ハイラル城に辿り着いたはいいものの、閉ざされた門と厳重な警戒に行く手を阻まれてしまったリンクは、ゼルダ姫の導きによって隠された地下通路を発見し、そこから城内への侵入を試みた。

 ……その途中で、見つけてしまったのだ。

 自分と同じく姫の救出を試みたものの力が及ばず、深手を負って倒れてしまった叔父の姿を。

 

 最後の力を振り絞った叔父から、『巻き込みたくなかった』という家族としての思いやりと、『ゼルダ姫をお救いするのだ』という遺言を、形見の品となってしまった武具と共に受け取ったリンクは、家族の死を悼むどころか別れを惜しむことすら出来ない状況から、振り切るように走り出した。

 ただ漠然と、『謎の声の少女を助けなければ』という衝動に突き動かされていた、今この瞬間までは何の特別も変哲も無かった少年が、大切な家族を奪われたことによって王国と人々の平和を蝕むものの存在を知り、こんな辛く悲しいことはこれ以上は御免だと、守るために立ち向かわなければと、『勇気ある者』としての最初の輝きを発揮した瞬間であった。

 

 先程ロマニにも話していたように、自分が只の観客だったならば、席に座って見ている者達に交じりながら、目の前で繰り広げられていく伝説の物語にこのまま見入っていたのだろうけれど。

 そうはいかないことをきちんと理解していた立香は、小道具である槍を握り締め、自分と同じく兵士の舞台衣装を纏った者達が近づいてくるのを認識しながら、最後の覚悟を決めた。

 地下牢、リンクの家、地下通路と移り変わり、今はハイラル城内を想定している舞台に立つリンクの前に、侵入者の存在に気付いた兵士達が現れる。

 その最前列、勇者リンクの真ん前に、ど素人である筈の立香が堂々と陣取っているという謎の状況を作り出したのは、上演前に色々と調整していた中でのとある出来事がきっかけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ゼルダの伝説』を公演するにあたって決して外すことが出来ない場面や描写というものが、暗黙のお約束として幾つか存在しているという。

 その内のひとつが『勇者リンクの戦闘シーン』であり、現代で言うところのアクション的な演技や演出の実績があまり無かったこの劇団が、『ゼルダの伝説』の公演になかなか踏み切れずにいた一番の理由だったそうだ。

 兵士としての実戦経験があった団員に教えを請いながら、皆で練習を行なったというそれはあくまで、お約束をこなしたと何とか認められるだろうという程度のものであって。

 舞台と演技に関しては門外漢だとしても、戦闘や武具の扱いは世界どころか史上最高レベルであり、その日初めてちゃんとした武器を手にしたような新兵達の相手も仕事の一環だったリンクとしては、口を出さずにはいられなかったようだった。

 魔物を倒したり、実際の戦場で戦えるまではいかなくても、舞台上で観客達を驚かせられる程度には形になるように指導しようとしたリンクは、ここが自分が戦術顧問として働いていたハイラルではないこと、相手の人達が自分の正体を知らないことによる不自由と弊害を、次の瞬間には思い知ることとなった。

 

 

『理論を詰めるよりは、実践の中で体で覚えた方が早くて確実そうなので。

 ちょっと殺す気……まではいかなくても、本気でぶっ飛ばすつもりで、思いっきりかかってきてもらえませんか?

 時間も無いし、全員一斉にでお願いします』

 

『なっ……馬鹿なことを言うんじゃない、怪我をしたらどうするんだ!!』

 

『ちゃんと捌くから大丈夫ですよ』

 

『……君が強いことと、うちの連中を助けてくれたことは確かに聞いているが。

 だとしても、大勢を一人で、一度に纏めて相手にするなんて無茶だろう』

 

『……ああ、怪我をするのは俺の方だって思われてるんですね。

 う~ん、参ったなあ……』

 

 

 冗談や出まかせ、大言壮語などではなく本気で問題ないのだけれど、自分の正体を秘めたまま、その辺りをどう説明すれば納得してもらえるのかが分からない。

 これは変に言葉を尽くすよりも一度見てもらった方が早いと、この事態を打開するための答えを経験則から導き出したリンクは、今この場にいる中で自分の正体と実力を唯一正確に把握している者へと声をかけた。

 

 

『なあ立香、本当に大丈夫だってことをお前なら分かってるだろ?

 ちょっと見本としてかかってきてくれ、動きは派手でも怪我はしないように上手くやるから』

 

『…………この機に乗じてさっきの仕返しとかは』

 

『しないから早く』

 

『笑顔が怖いんですけど!?』

 

 

 そうして、促されるままに適当な小道具の武器で襲いかかった結果、団員達の固定観念を我が身と共に宙高く盛大に吹っ飛ばした立香は、あの見事な飛びっぷりを舞台で見せないのは勿体ないという団員達の推しによって、『勇者リンクに真っ先に挑んで盛大に返り討ちにされる兵士』という、ある意味での大役を担う羽目になったのであった。

 

 

『いや、何でだよ!!

 敵役のやられっぷりが主人公の格好良さを際立たせるのは分かるけど、それ別にど素人の俺がわざわざやらなくてもよくないか!?』

 

『……いや、それが、お前じゃないと駄目なんだよ』

 

『だから何で!!』

 

『…………あれだけ見事に吹っ飛びながら、怪我も痛みもなく無事で済んだのは、お前が俺のことを心から信じてくれて、下手に逃げたり構えたりしなかったおかげで、動きや力の流れが全部完璧に俺の想定通りになったからだから』

 

『…………』

 

『他の人だと、絶対にこうはいかない』

 

『………………あ、そう。

 そういう理由なら、仕方ない、かな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな流れで舞台に立った立香は、舞台袖にそのまま飛び込むほどの見事な吹っ飛び様をもって最大の見せ場から退場までを一気にこなし、勇者リンクの初陣の相手という重要な役柄を立派に成し遂げて。

 それを機に、目の前の少年を全力で排除すべき難敵と認識した兵士達と、勇者の魂に加えてとある血筋を受け継ぐ者としての力の片鱗を開花させたリンクとの、本格的な戦闘シーンが始まった。

 非常に短い間、しかもそのことを知らないとは言え、勇者リンク直々の指導を受けた彼らの動きは格段に良くなっており、このまま教えを忘れることなく修練を積めば、新たな強みのひとつとなって劇団を一層盛り立てていくことだろう。

 劇団の仲間達にそんな希望を、観客達には思わず歓声を上げるような高揚を与え、立ち塞がる兵士達を退かせながら城の大広間を突破したリンクは、玉座の間へと続く絢爛な大扉ではなく、ぽっかりと空ろな口を開けているかのような地下への階段へと飛び込んだ。

 

 遥か昔、実際には孤独なものだったであろう戦いと道のりを、今は手に汗を握り、固唾を呑む多くの者達に見守られながら進んだ先、遥か地下深くの暗く冷たい地下牢にて、ようやく対面を果たしたリンクとゼルダ。

 初めて会った筈なのになぜか懐かしく、祈りの声が彼に届いたのは、顔も名前も知らない少女を助けなければと思ったのは運命だったのだと、そう感じたのは当然のこと。

 なぜならこれは二人にとって、幾度目かの出会いであり、そして再会なのだから。

 

 

《…………うん、うん。

 どの章、どんな媒体であっても、勇者リンクとゼルダ姫の出会いのシーンはやっぱり格別だねえ》

 

「ねえドクター、この後はどうなるの?

 俺の出番とはもう関係なかったし、皆忙しそうだったしで、聞きそびれちゃったんだよね」

 

《劇団独自の演出が無ければ、地下水路を利用した非常用の抜け道の存在をゼルダ姫から教えてもらい、そこを利用して城を脱出することになる。

 そして、信頼のおける人にゼルダ姫を匿ってもらった勇者リンクは、神官アグニムの魔王復活の野望を阻止して王国の平和を取り戻す為に、ハイラル中を冒険することになるのさ》

 

「……俺は、演劇のノウハウやお約束に関しては本当に素人だから、何とも判断し辛いんだけど。

 勇者様とお姫様が最初の語らいをしている、見るからに大事なシーンで、世界観ぶち壊しの連中がいきなり乱入してくるっていうのは、演出としてアリだと思う?」

 

《僕だって専門ではないけれど、そんなのは言語道断だってことくらいは分かるよ!?》

 

「だ、だよね。

 それじゃあ、目の前のこれは一体……」

 

「センパイ、ドクター、大変です!!

 人手と意識が上演に集中して、セキュリティが甘くなった隙をつかれました!!

 あの人達、先だって私とリンクさんが撃退した筈の、劇団に対して嫌がらせと妨害工作を行なっていた人達です!!」

 

「なっ……ええええっ!!?」

 

「考えが甘かったわ、まさか本番の舞台まで壊そうとしてくるだなんて……。

 どうしましょう、リンク君達とお客さんが危ない!!」

 

 

 先程の兵士達が手にしていたものとは刃の輝きが明らかに違う武器を携え、劇の展開と空気をぶち壊しながら、舞台上へと乱入してきた破落戸達。

 それと同じような連中によって劇場の出入り口を塞がれ、武器を直接突きつけられながら脅されたことで、当初こそ立香のように半ば現実逃避をしながら演出を疑っていた観客達は、本物の非常事態に巻き込まれたのだということをようやく認識した。

 太古の伝説の世界から現実へと、受け入れがたい類いの非日常へと一気に引き戻されて、恐怖と緊張のあまりに声も出せないまま震えることしか出来ない観客達。

 舞台からは余さず一望出来るその光景を、破落戸の纏め役らしき男は満足そうに見渡すと、いよいよお楽しみの本番だと言わんばかりの笑みを浮かべながら振り返った。

 

 破落戸達の嫌らしい目線を一身に向けられていたのは、勇者様とお姫様の、立派な舞台衣装を纏った少年と少女。

 『ゼルダの伝説』という特別な演目の舞台を壊され、例え役者だとしても、勇者リンクとゼルダ姫の情けない姿を多くの人に目撃されてしまえば、しぶとく抵抗を続けてきた劇団とはいえ流石に再起は不可能であろう。

 勇者役の少年がほんの数時間前の因縁の相手だと気づき、あの時返り討ちに遭ったのは少年が強かったからではなく、自分達が油断していたからだと疑わないまま、個人的な恨みもついでに晴らしてやろうと意気込む彼らでは、気付くことが出来なかった。

 少年と少女の強張った表情と、力が込められて震える拳の源は、恐怖や絶望などではなかったことに。

 




『神々のトライフォース』は、ニンテンドースイッチOnlineのスーファミ版でプレイ可能です。
ゼルダシリーズ、及びスーファミソフトの中でも初期の作品だとは思えないくらいにクオリティが高く、今プレイしても本当に面白かったので、スイッチを持っている方で機会があれば是非ともプレイしてみて下さい。


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