成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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困難を砕く

 

 ガリアを拠点に、広範囲に展開される連合軍。

 それに対抗し、叶うのならばガリアそのものを奪還することを目標としていながら、何者かの見事な采配によって完璧に統率されている軍を切り崩せるだけの決定打が無く、戦線は長い間硬直状態を保ってしまっている。

 そんな現状を動かすかもしれない情報が、皇帝ネロ自らが大規模な遠征部隊を率いて合流するという先触れがローマ軍の陣地へと伝えられ、そこから更に数日が経ち。

 途中で幾度か連合軍からの奇襲を受けながらも、頼れる仲間と忠実な兵士達の活躍によって大きな損傷を免れたネロと遠征部隊は、戦力の大部分を保ったままガリア近郊の野営地へと無事に到着した。

 

 

「皇帝ネロ・クラウディウスである、これより謹聴を許す!

 ガリア遠征軍に参加した兵士の皆、余と余の民、そして余のローマの為に尽力ご苦労!

 是よりは余も遠征軍の力となろう、一騎当千の将もここに在る!」

 

 

 数日をかけた長旅の、実際には相当溜まっているであろう疲れを伺わせることなく堂々と演説を行なってみせたネロに、元々この地に滞在していた者達と、今回共にやってきた者達が混じりあいながら歓声を上げている。

 今は自分達が前に出ていい時ではないと判断したカルデア一同は、そんな状況を少し離れたところから、未だ皇帝モードを解けないネロに悪いとは思いながらも、先んじて一息つきながら見守っていた。

 

 

「あいたたた、体中が普段使わないようなところまで痛い……馬に乗るのって見るだけなら優雅だけど、実際やるとメチャクチャきついんだな」

 

「あまり慣れてない身で、いきなり数日乗りっぱなしだったんだから無理もない。

 しばらくは部隊を丸ごと休ませることになるだろうし、お前もその間に調子を戻しとけ」

 

「エポナには悪いけど、当分馬は勘弁だよ。

 こんなことなら、潔く歩いた方がマシだったかも……」

 

《随分な言い草だなあ、稀代の名馬エポナに乗せてもらっておいて。

 歴史上、どれだけ多くの英雄や権力者が、今の立香君の状況を夢見たと思っているんだい》

 

「仕方ないじゃん、辛いものは辛いんだから」

 

「立香の言う通りだな。

 確かにエポナは俺にとっては最高の馬だけど、人間の言うことを良く聞くとか、誰でも乗りやすいとかいう意味での名馬ではなかったし。

 俺以外の誰かが乗るのを許して、その人があまり馬に慣れていないのをちゃんと承知した上で、なるべく静かに歩くように気にかけていただけでも大したものだったよ」

 

「…………あ、あの、リンクさん」

 

「ん……どうしたマシュ、やっぱり疲れた?」

 

「あ、いえ、大丈夫です。

 長旅で少し消耗しているのは確かですが、特に大きな問題はありません。

 ただ、気になることが……」

 

 

 語尾を濁したマシュの不安げな様子、その理由に立香達はすぐに気がついた。

 皇帝ネロと、彼女に直々に率いられた部隊の合流を喜んで歓迎した兵士達の態度と表情が、なぜか自分達に対しては不審そう、かつ不満げな、歓迎されているとは到底言い難いようなものに思えてしまうのだ。

 今のところは何となくそんな感じがするというだけのことで、初対面の兵士達にいきなり悪感情を抱かれる理由や原因もさっぱり思いつかないので、事が大きくなるのを覚悟でネロに相談することも憚られてしまう。

 どう判断し、どう行動するべきかを迷っている間に、演説を無事に終えたネロが戻ってきた。

 豊満で魅力的な肢体と炎のような赤い髪を持った、見知らぬ美女を伴いながら。

 穏やかで優しい、母や姉を思わせるようなその笑顔に、なぜか冷たい含みを感じたリンクの眼差しが若干鋭くなったことに、気づいた者はいなかった。

 

 

《あれ、この反応は……》

 

「立香、リンク、マシュ、待たせたな。

 紹介しよう、将軍としてガリア遠征軍の指揮を任せていたブーディカだ」

 

「遠路はるばるようこそ。

 初めまして、あんた達が噂の客将だね」

 

「……ブーディカ、さん?」

 

「そうブーディカ、ブリタニアの元女王ってヤツ。

 もっと詳しい話をしたいのは山々なんだけど、遠征軍を指揮する身として、皇帝陛下と話したいことがあってさ。

 少しの間だけでいいから、待っていてもらっても構わないかい?」

 

「むっ、そうなのか?

 皆の者、済まぬが……」

 

「いいですよ、仕事なら仕方ないですし」

 

「悪いね、じゃあまた後で」

 

 

 一旦和らいだ皇帝モードを再び取り戻し、真剣な表情を浮かべながら『ブーディカ』と名乗った女性と共に去っていくネロの背中を見送った立香達は、彼女達の姿が完全に見えなくなったところで顔を見合わせ、各々が抱いた印象に対する答え合わせを始めた。

 

 

「あの気配……今の人は、サーヴァントですよね」

 

《マシュの勘は正解だよ、こちらでもサーヴァント反応を測定した。

 クラスはライダー、真名はネロ陛下の紹介と本人の自己申告からして、ブリタニアの勝利の女王『ブーディカ』で間違いないだろう。

 今まで接触する機会が無かっただけで、味方となり得る逸れサーヴァントがこの特異点にもきちんと召喚されていたわけだ。

 それが、既に味方についてくれていたというのは朗報だね》

 

「し、しかしドクター……女王ブーディカとネロさんは、確か」

 

《……そうだね。

 後継者となれるのは男児のみというローマの法を押しつけ、夫亡き後のブリタニアをブーディカとその娘達が女王として治めることを認めず、彼女に反乱軍を率いらせてしまったきっかけは、ネロ陛下の統治下にあったローマだ。

 後世の研究では、それはあくまでブリタニアに派遣された者が独断で行なったことであり、ネロ陛下の意志ではなかったという説もあるんだけれど。

 酷い目に遭わされた当人からすれば、そんなフォローは知ったこっちゃないだろうし。

 ………ほんと、何で協力してくれているんだろう》

 

(さっきの変な感じは、その辺りの葛藤や、未だ割り切れていない気持ちなんかが現れたってことか?

 でもだとしたら、それを陛下ではなく俺達の方に向けていた理由が分からない)

 

 

 理由は微妙に違うものの、解釈と対応を間違えれば状況を悪化させるかもしれない気がかりを解消すべく、それぞれが思考を巡らせる一同。

 その背後にゆっくりと歩み寄る、幾つもの不穏な影が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブーディカの私室と執務室を兼ねているらしい、兵士達のものよりも少しだけ大きく上等なテントに案内されたネロは、促されるままに腰を下ろすと同時に口を開いた。

 

 

「さて、と……話とは何だ、ブーディカよ。

 わざわざ場を整えたくらいだ、さぞかし重要な件なのだろう」

 

「うん、まあね。

 大事な話なんだけど、その前に」

 

「……?」

 

「久しぶりに顔を見て驚いたよ。

 表情も顔色も随分とスッキリしている、どうやら調子が戻ったみたいだね」

 

 

 ブーディカの言葉を受けたネロは、そんなことを言われるなど思ってもみなかったと言わんばかりに目を瞬かせ、しかしその次の瞬間、彼女に対して色々と複雑な感情と事情を抱いているブーディカでさえ認めざるを得ないほどの、美しい笑みをその顔に浮かべた。

 

 

「そうだな……思いがけず大層な気分転換が出来たし、余の手腕を今一度見つめ直すきっかけもあった。

 そして何より、今の余には『希望』がある。

 不安を押し殺し、無理に自分を奮い立てずとも、また心から笑うことが出来るようになった。

 それは間違いなく、あやつらのおかげであろうな」

 

「……ふ~ん、そっか」

 

「どうしたのだブーディカ、先程からいちいち歯切れが悪いぞ。

 言いたいことを遠まわしに匂わせるだけなんて、お前らしくもない。

 皇帝として余が許す、ずばり直球で物申さぬか」

 

「……うん、じゃあ言わせてもらう。

 今の台詞と表情からして、あの子達があんたにとって、本当に大事な存在なのが分かった。

 それでも、あんたほどの立場で公私混同は問題だし……ほんの僅かなきっかけで戦線の拮抗が崩れかねない現状で、皇帝自ら兵士達の士気と風紀を乱すような真似はちょっと慎んでくれないかなあ」

 

「…………は?」

 

「新しい愛じ……お気に入りなんでしょ、専らの噂だよ」

 

「はああああああああっ!!?

 なっ……ななななな、何を言うか戯けもnあ痛たっ!?」

 

「ちょっ、大丈夫!?」

 

 

 林檎の如く真っ赤に染め上げた顔で奇声を上げ、椅子を蹴倒しながら立ち上がった挙句に足を取られ、盛大な音を立てながら頭からすっ転んでしまったネロを、まさかそこまで驚かれるとは思っていなかったブーディカが慌てて助け起こす。

 改めて椅子に座らせ、水を飲ませて一息つかせても、ネロの上気した頬と息が落ち着く気配は伺えなかった。

 ため息交じりにその背をさするブーディカの口が、この数日、遠征軍の兵士達の心を乱しまくった『噂』の詳細を語りだす。

 

 

「あんた達が来るってことを伝えに来た先触れが、その際についでに話してくれたのさ。

 三人の新しい客将がローマに加わって、皇帝ネロは王宮内に私室を与え、個人的な時間を共に過ごし、私的な場では名を呼ぶことを許す程にその者達を気に入っていて……そしてそれは、見目麗しい少年少女達だってね」

 

「…………間違っていない、間違ってはいないのだが」

 

 

 その言い方では、そう思われるのも無理はない……と、自身の手で顔を覆いながらガックリと肩を落とすネロ。

 含みや悪気は全く無く、完全に無自覚だったのだということをそんな態度から察したブーディカは、一挙一動に責任が伴う皇帝としてはそれはそれで問題だと、この何日かでもはや数え切れなくなってしまったため息を再び吐き出した。

 

 

「本来の自分を取り戻させてくれたあの子達に、大変な時こそ傍にいてもらいたかったってのは分かるけど。

 その程度の気持ちで連れてきていいほど、戦場は甘い場所じゃないからね。

 悪いことは言わない……あの子達のことが本当に大切なら、今からでもいいからローマに帰らせな」

 

「…………ん?

 待て、ちょっと待て、ブーディカ。

 そなた、何かとんでもない勘違いをしてはおらぬか?

 先触れによこした者は、あやつらのことをどのように話しておったのだ」

 

「我が身を城壁と化して、数多の兵を守り抜いた盾の娘。

 元老院の老獪どもを相手に一歩も引かず、ローマの在るべき姿を堂々と語ってみせた異境の少年。

 仕舞いには、かの伝説の勇者の再来とまで……箔付けしたかったとしてもちょっとやりすぎ、これじゃ逆効果だよ」

 

「……成る程なあ。

 あっ……まずい、何か久しぶりに頭が痛くなってきたぞ」

 

 

 頭を抱えながら思わず天を仰いだネロと、彼女が見せる予想外の反応に首を傾げるブーディカに、テントの外から突如声がかけられた。

 切羽詰まったその様子に、色々な意味で困惑していた二人の意識が一気に引き締められる。

 

 

「こっ…皇帝陛下、ブーディカ様!!

 お話し中のところ申し訳ありません、ご報告させていただきたいことがあります!!」

 

「許す、申すがいい」

 

「じ、実は……たまたま皇帝陛下の寵を得られたというだけの、名ばかりの将に従うのは御免だと口にしていた一部の兵士達が、とうとう」

 

「行動に出てしまったのか!?

 しまった、恐れていたことが……だとしても、何でこんな早々に」

 

 

 疑問を口にしたブーディカは、ほぼ同時にその答えに辿り着いてしまった。

 実を言うと、ブーディカを含めた多くの者達が、噂に対しては半信半疑だった……現物を目の当たりにするまでは。

 無骨さと女性らしさを兼ね備えた甲冑を纏う少女と、多民族国家である筈のローマでさえお目にかかれないような、遥か遠い異国の民と思われる少年。

 それだけでも十分に目を引き、皇帝陛下に気に入られるだけのことはあると思えたであろう存在が、三人目に気づいた瞬間に全て吹っ飛んだ。

 

 『勇者リンクの再来』、そんな前情報を素直に受け止められた者はいなかった。

 いくら何でもそれは言い過ぎだろうと、呆れながら斜に構えていた者達は、自信に溢れた笑みを浮かべたネロ皇帝の隣に、当たり前のように立っていたその姿を目にした瞬間に、ストンと嵌まり込んだような感覚と共に納得してしまった。

 『成る程、これはそう称するしかなかったな』と。

 『多少の職権乱用をしてでも、あの少年を傍に置いておきたかったネロ陛下の気持ちもわかるな』と。

 

 恐らくはくだんの者達も同じように感じ、それまで抱いていた不満や苛立ちを覆すような思いを抱かされたことに対して怒り、苛立ち、ついには背中を押されてしまったのだろう。

 その可能性にもっと早く気付かなかった、自分までもが冷静さを失ってしまっていたことにようやく思い至ったブーディカが、舌打ちと共に立ち上がる。

 兵士達の気持ちも分からないでもないが、自分が指揮している部隊で不祥事を起こされるのは御免だし、何よりもあの子達のことが心配だった。

 逸る気持ちを抑えながら、自分よりもよほど彼らの身を案じているであろうネロと共に、急いでその場に向かおうとした……のだが。

 

 

「構わぬ、放っておけ」

 

「…………は?」

 

「いちいち言葉で説明するのは面倒だし、それで納得してもらえるとも限らんからな。

 むしろ良い機会だ……疑いようの無い程に、噂の真偽とやらを体で思い知ってもらうとしよう」

 

 

 遠征部隊との合流を済ませたばかりだというのに、いきなり疲れ果ててしまったと言わんばかりの表情で大きなため息をつき、椅子の背もたれに体重を預けるネロ。

 戸惑い、立ち尽くすブーディカ達にフォローを入れられるだけの心の余裕は、残念ながら今の彼女の中には存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその頃。

 遠征軍の兵士達から、存在の珍しさと顔の良さで得た皇帝の寵を笠に着ただけのお飾り将軍と思われて。

 お前達なんか認めないという意思を示すのは最初が肝心だと、恐れをなしてどこへなりとも逃げてしまえばいいという思惑で、多少どころでなく痛い目に遭わせることも辞さない気概と害意を隠そうともしない兵士達から、凄まれてしまったカルデア一同はと言えば。

 

 

「どうした、もう終わりか!!

 来ないのならば、俺達の下につくことを受け入れたと見なすぞ!!

 それが嫌ならばどんどん来い、気が済んで納得いくまで付き合ってやる!!」

 

「いいぞリンク、目指せステゴロ100人抜きだ!!」

 

「リンクさん、頑張って下さい!!」

 

 

 人の群れによって急遽作られた円状の舞台で、立香やマシュといった仲間達、更にはローマからの同行組で彼らのことを正しく知っていた兵士達からの歓声と、目の前で繰り広げられている光景を未だ認められない遠征組の者達からの罵声を浴びながら。

 武器を失ってしまった、もしくは使えない際の戦闘スタイルにも幅を持たせておきたいからと教わっていた拳を、通信越しに見守る凄女が輝かんばかりの笑顔で頷く程の威力と技で、自分達がこれからも進んでいく為に揮うリンクの姿はさながら、枷に繋がれながらも誇り高く戦った剣闘士の如くであった。

 






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