成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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VS スパルタクス

 

「あ、あれは……」

 

「スパルタクス将軍!!」

 

 

 突然の事態に何事かと騒いでいた兵士達が、徐々に晴れる土煙の中から現れた、筋肉の塊のような巨漢の存在に気付くと同時に思わず上げた声に、ロマニが追随する。

 

 

《なっ……スパルタクス、しかも『将軍』だって!?

 奴隷を率いてローマの支配に抵抗した反逆の英雄じゃないか、それがどうしてローマの側についているんだ!!》

 

 

 ロマニの疑問に対して反応したり、答えたりする余裕は、今のリンクには無かった。 

 よく誤解されがちな上に、彼のことをよく知っている筈の者達ですらたまに忘れてしまうのだが、リンクは自分は『勇者』ではあっても『英雄』ではないと思っている。

 人によっては、何が違うのかと首を傾げてしまいそうな程に微妙なことではあるのだが、当人にとっては重要なことだった。

 『勇者』とは『勇気ある者』のことであり、立ち塞がる困難に恐れ慄きながら、それでも譲れない大切なものを守る為に、手足の震えを堪えて歩み出せる者のことである。

 意味も無く痛い思いをするのは嫌だし、友人や家族を蔑ろにしてまで富や栄光を得たいとは思わないし、戦う機会の無い平和な世に生き辛さを感じるどころかむしろ全力で謳歌したい方だし。

 どうしても必要とあらば、それら全てを耐え、全てを投げ打ってでも戦ってみせるけれど、それでも。

 身につけた力や技が強すぎて、出来ることが多すぎて、『自分の手が届く範囲』が広すぎて……結果として『英雄』的な活躍や振る舞いを見せてしまっているだけで、彼自身の性根は本当に、どこにでも居るようなありふれた少年のものなのだ。

 ……要するに、兵士達が『スパルタクス』と呼んだ大男が、目の前の相手を殺すことも辞さない闘志と共に浮かべている朗らかな満面の笑みに、異様極まりないアンバランスさに、人としての普通の感性を持っていたリンクは内心で思いっきり、今すぐにでも背を向けて逃げ出してしまいたいくらいにドン引いていた。

 

 

(俺個人としては、意味の無い戦いを避ける為に身を隠したり、一旦逃げて仕切り直したりするのも立派な戦術だと思ってるんだけど……これから指揮下に入れる予定の、まだ信頼関係を築けていない人達の前でそれをやるのは、流石にまずいよなあ)

 

 

 少々後ろ向きで戸惑い気味な彼の内心は、腰を深く落としながら地に両足を強く咬ませ、鋭い眼差しで相手を見据え、感覚を広げ、どんな動きをされても即座に対応出来るように最大限の警戒態勢を取っている、正しく『勇者』と呼ぶに相応しいような勇ましい姿からは、到底窺い知ることが出来ないだろう。

 頭の中のスイッチを切り替えると同時に、戦闘の妨げとなってしまいそうな雑念と、その源である素の自分を切り離して、心の片隅に一旦隔離してしまう技術と覚悟を、リンクは歴戦の中で身につけていた。

 それはもはや癖や条件反射のレベルで、わざわざ意識するまでもない程に自然な流れの中で行なわれるもので、傍目から気付けるようなことではない。

 ……筈、だったのだけれど。

 

 

「リンク、落ち着いて!!

 俺が個人的に思ってることだけど、バーサーカーな人を相手に『おかしい』『ヤバイ』なんていちいち思ってたらキリが無いから!!

 この人の場合はそれで普通なんだって、ぶっちゃけ『そういう生態なんだ』くらいに思っておいた方が、気も対処するのも楽だから!!」

 

「……センパイ、まさか、清姫さんともそういうスタンスでお付き合いを?」

 

「……家族だから、仲間だから、差別なんてしないで一緒に暮らそうなんて言って、恒温動物にとっては気持ちいい感じに冷房が効いている部屋に放しっぱなしにするのと。

 温度管理がきちんと出来るヒーター付きのケージに入れて、様子だけは小まめに窺いながら、お互いにストレスを抱くことのない程よい距離感で付き合うのと。

 爬虫類にとって本当に良い環境、誠意のある対応ってのは、どっちだと思う?」

 

「………それは、確かに、そうなのですが」

 

《そこで躊躇なく爬虫類で例える辺り、立香君も大概だよね》

 

《ああ、ますたぁ……そんなにも私のことを考えて、気を配って下さっているだなんて!!》

 

《しかもその対応で正解っぽいし……》

 

「…………ぷっ、ククッ」

 

《って、こんなコントやってていいような場合じゃなかった!!

 変なこと言って横やり入れてゴメンねリンク君、集中切れちゃった!?》

 

「ああいや、大丈夫、あまり気にしないで。

 ……立香、ありがとうな」

 

 

 恐らく彼は、リンクが密かに抱いていた動揺そのものに気がついた訳ではない。

 『勇者』だけれど『英雄』ではない……その言葉の意味を、頭ではなく感覚で正しく理解して。

 見かけは完璧に取り繕っているけど、実際は相当に、彼だって自分達と同じように、驚いて戸惑っている筈だからと。

 ごく自然に、何の躊躇いもなく、こちらを気遣って励ますための言葉をかけてくれたことが、当たり前のように『勇者』ではなく『リンク』として見てくれたことが、本当に嬉しかった。

 その顔にはいつの間にか、素の彼自身の、スパルタクスにも負けないような笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いに隠す気のない闘志を、笑いながらぶつけ合う二人。

 いつ破裂してもおかしくない程に張りつめていた、異様な硬直状態を先に打破したのは、いつにも増して気持ち悪い程の上機嫌で笑い続けるスパルタクス……ではなく、何の奇も衒いもなく、真正面から飛びかかったリンクだった。

 彼は、最高の効率と最低の消耗で勝利を得る為の道筋を考える策士であり、それを大勢の仲間達に浸透させた上で指揮することにも長けた軍師であると同時に、彼と魂を同じくする代々の『リンク』達の大概がそうであったように、『初見でまだ何もわからない敵に対しては、様子見の為にもとにかく一旦斬ってみる』という脳筋思考の持ち主でもある。

 この一撃に対してスパルタクスがどう反応するのかを見極める為、一応味方らしい彼をいきなり倒してしまわない為に、サーヴァントならば十分反応が可能な程度の速さと威力で、兵士達からすればどこから出したのかわからないであろう剣を振り下ろした。

 ぶ厚い筋肉が切り裂かれ、鮮血が舞った次の瞬間……リンクの小柄な体は、刀身を砕きながら振るわれた剛腕によって、宙高く吹っ飛ばされていた。

 

 

「リンク!?」

 

「リンクさん!!」

 

「大丈夫だ!!」

 

 

 一瞬で顔色を真っ青にした立香とマシュの危惧は、彼らの声に咄嗟に返事が出来る程の余裕を保ちながら虚空で体勢を整えたリンクが、猫のような見事な着地を決めてみせたことで杞憂となった。

 ほっと胸を撫で下ろしたマシュは、しかし次の瞬間、リンクの右腕で殆ど砕け散っていた、自分のそれとは比べようもない程に小さく薄い盾の存在に気づいて目を剥いた。

 スパルタクスが、食らった刃のカウンターとして繰り出したあの一撃と同じものを、盾兵として防ぎ切る自信はある。

 しかしそれはあくまで、準備万端で待ち構えていた場合でのこと。

 殆ど反射的に繰り出された攻撃に対して咄嗟に対応してみせた上に、ただ単に衝撃を受け止めるだけでなく、我が身にまで届かないように盾の部分のみで散らしてみせた熟練の技は、デミ・サーヴァントとしての能力の一部しか扱いきれず、未だ振り回されることも多い今のマシュには程遠い領域である。

 

 『勇者リンク』は、剣や弓や魔術だけでなく、盾の扱いにおいても達人だった。

 それは、『ゼルダの伝説』の本を読んでいるだけでは分からなかった、本人の活躍を目の当たりにするようになってようやく知ることが出来た事実。

 それに対してマシュは、喜びや感動だけでなく、今までに感じたことのないような奇妙で得体の知れない、辛うじて『不快』に属するものとだけは判断出来る感情が生じていることに気づいた。

 立香や当のリンクに相談すれば、『マシュは悔しいんだね』と、『一番の得意分野で負けたくないんだな』と、彼女の情緒が順調に育っていることを喜びながら笑って教えてくれるであろうことに、今のマシュは自力では辿り着けない。

 仮に辿り着けたとしても、今の彼女ではまだ、『多くの戦いの中で研鑽を積んできたであろうリンクさんと、サーヴァントとしての真名を知らずに宝具の真名開帳すら未だ出来ない自分を比べて、あまつさえ悔しいとまで思ってしまうなんてどんだけ……』と恥ずかしさのあまり塞ぎ込んでしまいそうなので、逆にこれで良かったかもしれないのだが。

 密かに悩むマシュをよそにリンクは、右腕に辛うじて残っていた盾の残骸を外し、あれだけの血を噴いておきながら既に傷が塞がっているスパルタクスの体を見て、切りかかった時の感触と反応を思い出し、ひとつ頷きながら呟いた。

 

 

「成る程、わかった」

 

《何が!?

 今の一瞬のやり取りで、一体何が分かったと言うの!!》

 

「それを今から確かめる」

 

《少しでいいから説明して、何も分からないまま見てるこっちは心臓に悪いんだってば!!》

 

「……それじゃあドクター、あと立香とマシュにも課題だ。

 『スパルタクス』がどんなサーヴァントなのか、どんな風に戦ってどうやって倒せばいいのか、少し考えてみてくれ」

 

「ええっ!?」

 

「上手い具合に思いついたら、それで正解かどうか実践してやるから」

 

「待てこら、いきなり無茶ぶり過ぎるだろ!!」

 

「気張れよ、マスター」

 

 

 そう言って、少し悪戯な表情と横目で笑いながら、新たな剣を抜いて駆け出していったリンクを再び呼び止めることは、立香には出来なかった。

 リンクが、戦士としてだけではなく策士としても優れている伝説の勇者が、自分を『マスター』と呼び、意思と決定を委ねてくれた事実が、彼の中で突如重たく伸しかかってくる。

 

 

「……そうだ、俺は『マスター』なんだ。

 最前線で戦うリンクに、指揮官の務めまでいつまでも負わせっぱなしにするんじゃなくて、俺も少しは考えて判断出来るようにならないと」

 

 

 それは、『そう在るべき』という義務感によって課せられた責任ではなく、彼自身が『そう在りたい』『そう成りたい』と願っていたことだった。

 願うだけでなかなか実践出来ていなかった自分に、リンクがようやく、多少の負担を覚悟してまでその機会を作ってくれたのだと、気付いた以上は投げられない。

 彼があそこまで言ったということは、勉強も経験もまだまだ不足している自分でも、何かに気付き、何かが出来る余地が、現状にはあるということなのだろうから。

 

 

(リンクがスパルタクスと接触したのはたった一回、ほんの一瞬……思い出せ、あの瞬間に一体何が起こっていた。

 リンクは何をおかしいと思った、何に対して違和感を覚えたんだ?)

 

 

 頭から煙が噴くのではと錯覚しそうな勢いで必死に思考を巡らせる立香の前では、リンクとスパルタクスの激闘が、恐々としながら見守る兵士達が思わず目を覆いたくなる程の、とんでもない迫力で以って繰り広げられている。

 しかしそれは、途切れることのない剣戟が響き、血や肉片が飛び交うといった類いのものではなかった。

 リンクがスパルタクスに対して武器を振るい、彼に傷を負わせたのは最初の一撃のみ。

 今の彼は、スパルタクスの攻撃対象から外れないように適度に挑発して引きつけながら、一撃でも当たれば致命傷となりかねない猛攻を避け、捌き、即席の闘技場という限られた空間の中で、ただひたすらに逃げ続けている。

 それを情けないだの、臆病だのと言って嗤えるような者は、誰一人として存在しなかった。

 彼がどれだけ無茶なことを成しているのかを、もしあそこにいたのが自分だったら、とっくの昔に肉塊となって血飛沫を撒き散らしているであろうことを、誰もがたやすく想像出来たから。

 

 リンクならばまだいける、まだ大丈夫だと心から信じながらも、立香の焦燥は募るばかりだった。

 『答えを思いついたら実践して確かめてやる』と、リンクは言っていた。

 ならば早いところ答えを出してリンクに指示を出さないと、彼はいつまでもあのまま、闘牛の赤い布状態から抜け出せない。

 いくら考えても答えが見つからない、状況を打破出来る気がしない……そんな崖っぷちギリギリな心境だった立香の脳裏を、同じように追い詰められた崖っぷちから幾度となく生還を果たしてみせた者達の、お馴染みのフレーズが横切った。

 

 

「…………発想を、逆転させる。

 スパルタクスは、リンクの攻撃を避けられなかったんじゃなくて、避けなかった?

 敢えて、わざわざ食らった?

 だとすればもしかしたら、リンクが自分から攻撃しないで避けまくってるだけなのも、別に俺の答えと指示を待っているだけが理由じゃなくて………………」

 

「……セ、センパイ?」

 

「リンク!!

 そいつを傷つけたり、痛めつけたりはしないまま、動きだけ封じてくれ!!」

 

「お見事、正解だ!!」

 

 

 立香の答えに満足げな笑みを浮かべたリンクは、何度目か、自身へと向けて筋肉の弾頭の如く突撃してくるスパルタクスへと向けて、どこからか取り出した弓を構え、青い鏃の矢を番えて引き絞った。

 冬の朝のように冷たく張りつめた空気が、耳鳴りのように甲高く鳴った音が、轟音と静寂の境目となった。

 突撃の真っ只中だった勢いはすぐには治まらず、顔面から地に突っ伏すという少々間抜けな姿となってしまった氷像は、地面に数メートルの跡を残し、リンクの足元近くにまで達したところでようやく止まった。

 スパルタクスが、連合軍の兵士達を圧倒し続けた将軍が、その強さを頼りにすると同時に恐れてきた男が倒された……それも、仲間の言葉をきっかけに攻勢に転じてからの、たった一度の攻撃で。

 声どころか、うかつに音を立てることすら躊躇われてしまうような驚愕と緊張感を、『青スーツトンガリ頭のイチャモン弁護士さんありがとおーーーーっ!!』という、訳が分からない上に間の抜けた絶叫が程よく緩和している中で。

 リンクの実力を、『伝説の勇者の再来』とまで謳われているという事実を疑うような者は、もはや誰一人としていなくなっていた。

 





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