成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

99 / 143




蛮勇にあらず

 

 ネロとブーディカの部隊が、ガリア遠征の野営地にて合流を果たしてから数日が経った。 

 情報の食い違いと勘違いによって燻ぶってしまっていた火種と、それが引き起こしてしまった盛大な爆発の後始末が少々長引いてしまったものの、部隊全体の意欲と気力はかつてない程の高まりを見せている。

 長く続いてしまった戦いも次で最後だと、勝利とガリアの地の奪還は成ると。

 そう心から信じる者達が、明日か明後日かと迫っている決戦の最終準備に追われる中に、彼らにそう思わせる原動力となった当人の姿が見受けられない。

 そしてそれは、今この時に限ったことではなかった。

 

 

「リンクったら、また一人で飛び出してっちゃったわけ!?」

 

「すいません、一応声はかけたのですが……」

 

「あいつに本気を出されたら、俺達じゃ止められないからなあ……」

 

《一人の方が色々と動きやすいっていう彼の言い分も、悔しいけど事実だからね》

 

「ああもうっ、ほんと仕方のない子なんだから!!」

 

 

 腰に手を添え、只でさえ豊満な胸をより一層張りながら怒りと不満を露わにするのは、実力はともかく内面的には紛れもなく普通の、至極善良な少年少女だったカルデア組に、当初抱いていた不審を他所にあっという間に絆されてしまったブーディカだった。

 実際に娘がいたからか、それとも彼女自身の元々の性質がそうだったのか。

 過酷な状況で懸命に頑張る子供達を放っておけず、余計なお世話かもしれないと少しだけ危惧しながら、それでも我慢できずに『母』や『姉』などの年上の女性としての愛を示すブーディカが、リンクの単独行動に対して不満を抱きつつも本気で止めない……止められないのには理由がある。

 立香が言ったように、実力的な意味で不可能もしくは困難であることと、それが彼自身が今後戦っていく為に必要なこと。

 そして、そんな彼の行動が、部隊全体に大変な利をもたらしているからだ。

 

 

「リンクの宝具、シーカーストーンの機能のひとつ……マスターや自分自身の魔力のみに頼らず、様々な素材をリソースに変換して武器や道具を生成出来るって聞いた時は、何そのチートって思ったんだけど」

 

《美味いだけの話っていうのは、そうそう無いんだよね。

 道具どころか、相応に頑丈である筈の武具までをも盛大に使い潰す彼の戦闘スタイルを最大限に生かすためには、大量の素材及びリソースと、それを用意する為の事前準備がどうしても必要になる。

 その手間を考えると、普通に魔力を消費して戦った方がよほど楽な気がするよ。

 リンク君が、戦闘だけでなく狩りや採集の達人でもあって本当に良かった》

 

「…………本当に、凄かったですね」

 

 

 マシュが少し遠い目をしながら思い出しているのは、ここ数日の間に目の当たりにした光景の数々。

 自分達を率いるに値する将だと認められ、諸手を挙げて部隊に受け入れられたというのに、早々に勝手な単独行動に出たリンクをビシッと叱ってやらねばと、意気込みつつその帰りを待ち構えていたブーディカは、彼女の怒りを想定していたらしいリンクの『手土産』を前に開いた口が塞がらなくなってしまった。

 その日の彼の獲物は、立派な角を持った鹿や、それらを共に狙っていたらしく、鉢合わせてしまった上に襲いかかってきたところを返り討ちにしたという狼。

 更には、丸々と太った鳥や兎、毛皮が見るからに上等な狐などが、山となって積み上げられて。

 それらは全て、毛皮などの食用以外で役立てられる部位を傷つけない為に目を射抜くことで仕留められていて、量だけでなく質で考えても大変な成果だった。

 (辺り一帯狩り尽くしてしまったのではという危惧は、出来ないことは無かったけど流石に自重したという発言によって色々な意味で上書きされた。)

 

 その後もリンクは、野営地を一人で飛び出す度に、大変な成果を伴いながら帰ってきた。

 部隊に随行している医者から、周辺で採取可能な薬草の種類と見分け方を教えてもらい、少し前から無くなりかけているのに、周辺の状況が危険すぎて探しに行けなくて困っているとついでに愚痴られた数時間後には、袋どころか籠をいっぱいにしてきたとか。

 薪の量が心もとないと何処からか聞きつければ、巨大な斧を担ぎながら向かった森で大木が倒れる轟音を何度も響かせ、大量の薪束と、何故かついでに仕留めたという熊を担いで戻ってきて出迎えたマシュに悲鳴を上げさせたとか。

 『勇者』って、『狩人』や『木こり』の別称だったの?

 そんな疑問とツッコミを、この数日で立香はいくつ呑み込んだことか。

 リンクが一人で出かけたがる理由が、戦う為の準備をしたいからだということを知っていた立香達は、あまり無理をしないでと、自分の都合を優先していいと、きちんと言ったのだけれど。

 

 

『大丈夫、俺が使う分はちゃんと取ってあるから。

 アレはあくまでそのついで、俺が必要だと思ったことをやってるだけだから気にしないで』

 

 

 笑いながら言い切られてしまえば、それ以上突っ込んだ話を続けることは、今の立香達には出来なかった。

 あくまで状況の問題であって、彼が自分達を信頼していない訳ではないということを信じてはいるけれど……それでも、頼ってもらえないことが悲しくて、頼りに思える程の力が今の自分達には無いという事実が悔しくて。

 そんな子供達の複雑そうな表情を前に、肩を落としながら大きなため息をつくブーディカ。

 立香やマシュが今はまだ気づいていない、リンクが単独行動を取る理由のもうひとつに、彼女は何となく心当たりがあった。

 

 ブーディカは、まだ体が成長しきってすらいないような少年に無理を強いることを個人としては嫌がっていても、それを上回る程に彼の力が有用だと、必要だと判断したのならば、きちんと割り切れるだけの覚悟を持ってここに立っている。

 正式な任務としての体裁を整えて後を押し、いざという時にこちらで責任を負えるようにしておいた方が、結果的に彼を手助け出来るのだということも分かっている。

 しかしリンクは、きちんと話しさえすればブーディカは許してくれるだろうことを認識した上で、敢えてそれを良しとはしない。

 単独行動はあくまでリンクの独断に過ぎず、全ては自己責任だというスタンスを崩そうとしない。

 責任者として大規模な部隊を束ね、決戦を前にして色々と立て込んでいる彼女やネロに、これ以上の負担を負わせることを忌避している。

 

 その判断が自身の実力を見誤った自惚れから来るもので、部隊の安全や今後の勝利を脅かしかねないような愚行ならば、叱ってやめさせるのは簡単だったのだけれど。

 彼が自身の能力を最大限に生かすには本当にそれが最善なのだと、自分に出来ることをごく自然かつ客観的に見極めた上での判断であり行動なのだと、今後のことを本気で考えるのならば彼を止めてはいけないのだということを、ブーディカは、『勝利の女王』としての冷静かつ合理的な思考で見抜いてしまっていた。

 何かを得て、余裕があるのならば躊躇うことなく皆と分け合い、時には最初から誰かの為に奔走しながら、何かしらの不都合が起こってしまった時の損と後始末は自分一人で負う。

 そんな無茶と不平等を『何てことない』と許容し、周囲の心配と反対をそれ自体は本当にありがたく思いつつもはね付け、勝手な我が儘であることを承知の上で押し通すことが出来る程の、それを示したのがリンクでなければ傲慢だと思う程の自信と実力が、彼には疑いようも無く備わっている。

 

 

「……間違いなく助けられている上に、彼を窘められる言葉や方法が全く浮かばない身で、こんなことを言うのは何だけど。

 ほんっとあの子どうにか出来ないかなあ、心を置き去りにして力や責任感だけ早々に大人になっちゃった子なんて見ている方が辛いよ」

 

「我が反逆の同胞よ、その悩みを自身の不徳と恥じることはない。

 何しろかの者は、恐ろしく忌まわしき魔王の圧政を幾度となく打倒した、偉大なる反逆の勇士である。

 常識や定石に逆らうことなどは、もはや呼吸に等しいのであろうよ」

 

「……あははっ、何それ。

 スパルタクスってばもしかして、あたしを励ましてくれてるの?

 その気持ちは嬉しいんだけど……あんたやっぱり、リンクのことを伝説の勇者様本人だと思い込んでるね?

 まあ仕方ないか、あの見た目と強さだし」

 

「……やっぱりスパルタクスさんには、リンクさんの隠蔽が効いていないみたいですね」

 

「アマデウスも見破ってたし、その人なりの理由と基準を軸に確信を抱けば無効化出来るみたいだってリンク自身も考察してたし、それ自体は別におかしくはないんだけど」

 

《彼が普段から支離滅裂な発言を繰り返しているバーサーカーで良かったね、おかげで欠片も疑われていないみたいだ。

 何が何でも隠し通すつもりは無いけれど、別に今わざわざ言うようなことでもないし、ここはとぼけさせてもらおう》

 

「よし決めた、うじうじ悩んでいるなんてあたしらしくもない。

 どんなに実力があって、どんな凄い成果を出したとしても、仲間に心配をかけるのを当たり前にしていい訳がないでしょ!

 これからはちゃんと叱るからね、手始めに今日の夕飯のお代わりは二杯までにしよう」

 

「ブーディカさん、それあいつにとっては何気にきついやつ!」

 

「美味しい美味しいって、ブーディカさんのご飯はいつも五杯はお代わりしてましたからね」

 

 

 『酷いなあ』と口では言いながらも、楽しげに笑う二人の様子からは、それを止めさせようとする意図は見受けられない。

 心から感謝している、間違いなく頼りにしている、それでも。

 自分達は怒っているのだと、許していないのだと……彼一人に頑張らせてしまうことを、彼は強いのだから大丈夫と開き直って、仕方ないと諦めるつもりは毛頭無いのだと。

 伝え続けることだけは決してやめないと、そう心に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその頃、仲間達の間でそんなやり取りが繰り広げられていたとは露知らず、今日も元気に素材回収ツアーに勤しんでいた勇者様はと言えば。

 

 

「食料や薬草、鉱石なんかの自然の恵みに頼るだけじゃ、やっぱり効率が悪いし……と言うより、日帰り出来るような範囲でこれ以上狩りを続けたら、今後の再生に影響を及ぼしそうだし。

 武具の類いは生成するとリソースの消費がでかいから、出来ることなら現物を回収したいところだし。

 ……となるとやっぱり、あそこに行くしかないよなあ」

 

 

 『うーんっ』と背を伸ばし、軽く音を立てながら首を回し、手のひらに拳を打ち付けて気合いを入れる彼の目には、かつては人の喧騒で満ちた立派な都市だったのであろうに、今は武具を纏った兵士達の前線基地と化している建造物の群れが映っている。

 それは、ネロ達が『ガリア』と呼んでいた都市の名残……此度の遠征の最終目標であり、『連合』を統べる皇帝の何れかが、サーヴァントの存在が想定されている場所であった。

 ちょっと忍び込んで、ばれない程度にあれこれと頂戴して、あと時間に余裕があれば今後の為にも色々と仕込んでこよう。

 無理をしないし、何かあったらすぐに逃げるから大丈夫だと……本当にその程度の軽い気持ちで、これから敵の本拠地に乗りこむつもりでいる彼には、今はまだ分からない。

 大変なことだとは本気で思っていなかったが故に、ふとしたタイミングであっさりと口を滑らせてしまったその事実が皆を本気で怒らせ、お代わりどころか夕食そのものを取り上げられる羽目になることを。

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。