「あの、イリーナ……先生?英語の授業、お願いできますか?」
磯貝がクラスを代表してイリーナに声をかける。しかし素が出ているイリーナはキレたようにこう言い放つ。
「気安くファーストネームで呼ばないでもらえる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし。私の事は『イェラヴィッチお姉様』と呼びなさい」
本性を曝け出したイリーナの前に、それまでのほのぼのした空気は消し飛び、途端に脈絡なくシリアスが始まる……かに思われたのだが、カルマの一言で崩壊する。
「で、どーすんの?ビッチ姐さん」
「略すな!」
(あ、ちょろい)
全員が直感でそう思った。
「アンタ殺し屋なんでしょ?俺ら全員がかりで倒せないあの怪物、ビッチ姐さん1人で倒せんの?」
「ねぇ悠斗」
そんなシリアスの中、悠斗に小声語りかけてくるのは恵美だった。
「ん?どうした?」
「普通、自分の名前を略されたくらいじゃキレないよね?凄い殺し屋みたいだし」
「あぁ、恵美は英語苦手だったか……えっと、カルマの発音思い出してみ?」
一つ一つ説明していく悠斗。恵美とは20cmの身長差があるので、必然的に悠斗は少し屈み、恵美は少し背伸びした格好になる。
「えぇと、"ヴィッチ"が"ビッチ"……"ビッチ"……あっ」
「そう。vicは普通の意味なんだろうけど、bitchは違う。例外として雌犬とかもあるけれど、あばずれ女・売女とか、訳し方はいろいろあるけど、殆どが変態を意味するマイナスの言葉になる」
「カルマ君……そこまで考えて……」
「日本語でVとBの発音に区別が付けづらい所まで織り込み済みでやってるな、アイツの場合」
「すごい……」
「相手の発言から揚げ足を取り、そうでなくとも一瞬で煽りに変える……頭の回転が速いよ」
そんな会話が続く中、全員は室内へ移動している。廊下で別れ、着替えを済ませると、再び教室でイリーナと対する。
授業内容は磯貝に言っていたのと同じく、自習。
「なぁビッチ姐さん……授業してくれよ~」
「そ~だよビッチ姐さん~」
容赦なく突き刺さる言葉がイリーナを段々イライラさせていく。
「アーもう!ビッチビッチ五月蝿いわねぇ!私が今から正しい
(なんなんだよこの授業は……!)
全員が全員同じ事を考えて敵対心を剥き出しにする。驚く事に、普段お淑やかな神崎さんまでキレている。悠斗はだいぶ後ろの席だが、肩が沸々と震えているのが傍目で分かる。
そんな最中、衝撃波が教室の窓を震わす。
「おっ、殺せんせーだ」
声を上げた瞬間、イリーナが動き始め、誰よりも速く殺せんせーを拉致っていく。
「倉庫に来ていただけませんか?私、お話したいことが」
「えぇ構いませんよ」
やはりピンク色の顔をしてデレデレ答える殺せんせー。あっさりと
「大丈夫かよ……」
校庭に出て様子を見守っていた悠斗が呟く。
向こうでは磯貝と烏丸先生が話している。
暫く経つが、何も起きず、戻ろうとして倉庫から目を離したその瞬間。
爆発的な音が断続的に倉庫から溢れ出す。
「うわっ、何だ!?」
「たぶん全部アメリカ製の機関銃」
『どうした!?悠斗!?』
音だけでいきなり機関銃が複数であること(まぁ出てきた男が複数だったので当たり前だが)、すべてアメリカ製であることを推察する悠斗。
「M-61と、……M-249か?…………あとはたぶんM-134」
(コイツもコイツで何なんだ……)
型まで言い放つ悠斗にクラス中がドン引きする。
「あ、終わった」
そんな中、射撃音が止む。全員の注目と視線が倉庫に釘付けにされるが、その直後に聞こえてきたのは、
『イヤぁぁぁぁぁぁ~~~』
イリーナの悲鳴だった。
それとヌルヌル音も。
『ヌルフフフ……』
微妙に殺せんせーの声も聞こえてくる。
「銃声が止んだと思ったら悲鳴とヌルヌル音が!」
「大丈夫かよ殺せんせー……」
「これを映しちゃうとレーティング的にアウトだからねぇ」
『不破どうした!?』
真顔で染み染みと語る不破にクラス全員がツッコミを入れる。
そんな事はお構いなしと、好奇心満々で岡島が声を上げる。
「行って、見てみようぜ!」
いい加減殺せんせーのことも気になっていただけに、下心丸出しの岡島の発言が割とまともに聞こえてしまう。
「あぁっ!ビッチ姐さんが健康的でレトロな服にされてる!」
消炎の香りと一緒に、倉庫からフラフラとした足取りで現れたイリーナ。その服装は入っていった時とは大きく異なり、体操服にブルマーである。極めつけにその姿を見たE組生徒の第一声がこれである。
「オイルでリンパのマッサージされて……早着替えさせられて…………その上触手とヌルヌルで
やや上気して赤く染まった頬を揺らして声を発するイリーナ。
『どんなことだっ!?』
男子の一部(特に岡島と前原)が鎌首をもたげて首を突っ込む。しかし放心状態のイリーナに完全スルーされ、殺せんせーに質問の矛先が向けられる(主に一部の女子から辛辣な言葉で、冷たい視線と一緒に)。
『殺せんせー、何したの?』
(・_・)
こんな顔で返される。
「知らない方がいい事もあるんです」
「悪い大人の顔だ!」
渚のツッコミが冴え渡り、何故かキルト状になっているボロボロ教師服の殺せんせーは逃げる。
「どんな皮膚してんだよ……」
悠斗の呟きは虚空に消えてゆく。
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