Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior   作:はんふんふ

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姦しい

「まさか、お前がお姫様だったなんてな。世界は解らないねぇ~!」

「どういうことだよ、それッ!」

 和真とマリアは軽口を叩き合いながらも、旧友との再会を素直に喜んでいた。

「で、どうして家でなんてしたんだよ。俺が見つけたから良かったようなものの下手をしたら国際問題だぞ?」

「いやぁ~、悪い悪い。子供達と遊んでいたら夢中になってしまってさ」

 マリアはそう言うと芝生の上で遊ぶ子供達を指差した。

 その事に気が付いた子供達は、皆笑顔で手を振る。

 マリアはそれに微笑みながら手を振り返した。

「はぁ……、お前って奴は自由人過ぎるやろ」

「子供達の笑顔を見てると、嫌なことを全部忘れることが出来るからな……」

 儚げなマリアの表情は、先程までの悪ガキのような表情とは違い温もりを感じさせた。

「どうしたんだよ、人の顔を見つめてさ?」

「べ、べつに何でもねぇよ」

 首をコテンとこかし尋ねるマリアの顔を見ずに和真はぶっきらぼうに返事を返す。

「それより、早く帰るぞ。皆お前を探してる」

「あぁ、ジジィも今回の視察に付き合ってくれるんだって?」

「任務だから仕方なしにだ。それより、もうジジィは止めてくれ、本当にジジィになっちまう」

「ふふふ……」

 マリアはそう静かに笑うと、和真から数歩離れた。

 風が泥に汚れたスカートをなびかせ、砂金のような髪をふわりと浮かせる。

 振り返ったガキは姫へと変わっていた。

「イギリスによくぞお越しくださいました。この国を代表し私、マリア・ヴィクトリア・メアリーが感謝の意をお伝えいたします。我が欧州連合にあなたのお力を御貸し下さい」

 その姿を見た和真も、軍人の姿へと変貌していた。

「はっ、微力ながらこの任務、全力で務めさせて頂きますッ!」

 完璧な敬礼をする和真にマリアは花が咲くように笑い、和真の手を取る。

「それでは、帰りましょうか。私の騎士様?」

 

「と、言うわけだ。姫様は今、着替えている最中でもうじき出発できるのだそうだ」

 和真はバッキンガム宮殿の入り口で皆に説明する。

「なにがどういう訳なのか、今一ピンとこないけど解ったわ」

 リヴィエール少尉が腰に手を当てながら、なんとか納得したと伝えてくる。

「それにしても、お姫様がそこまで自由人だなんて驚きねぇ~」

 フォイルナー少尉が髪で遊びながら相槌を打つ。

「でも、見つかってよかったね!」

「そう言えば、ストー達はどのへんを探してたんだ?」

 和真は何気なく聞く。

 すると三人はそれぞれ別々の方向を指差しながら答えた。

「あっち」

「そっち」

「こっち!」

「どっちだよ……」

 そうこうしていると、宮殿内部から華やかなドレスを着たマリアが姿を表した。

「うわぁ……」

「綺麗……」

 フォイルナー少尉とストーがその華やかさに感嘆する。

 リヴィエール少尉は和真を一度見てから、馬鹿にするように言った。

「なに、鼻の下伸ばしてんのよ」

「別に伸ばしてねぇよ!」

「和君ッ、鼻の下伸ばしてたの!?」

「だから、伸ばしてねぇってッ!」

「まぁ、中尉も男の人だから仕方ないわよ」

「お前等なぁ――――ッ!」

 そんな和真達を見ながらマリアは口元に手を当てクスクス笑った。

 

「では、今日と明日のスケジュールを伝える」

 オルソン大尉が姫様の後から姿を表した。

「まず、門の前に止まっている車に乗り込みプライズ・ノートン基地に向かい基地を視察。明日にバーミンガム、アストン・ホールに向かう。そこで、イギリス近衛軍、イギリス軍将校との会合をする。いいかね?」

「「「「了解ッ!」」」」

 

 プライズ・ノートンに向かう車内の窓からイギリスの街並みを眺める。

 窓の外には、市場や公園など様々な憩いの場が流れては消えていく。

 本来ならば緊張感を持って任務を遂行しなければいけないのだが、和真は気が乗っていなかった。

 確かに流れる景色に注意を払い、危機察知能力などを使用し何時いかなる時でも要人を守る準備は出来ている。

 だが、和真は自分が馬鹿な事をしているのではないだろうかと考え始め、遂には窓に出来た霜を指でなぞり絵を描き始めた。

 そんな和真を咎める存在も車内には存在していない。

 そもそも和真をこんな気分にさせてしまったのも彼女達なのだから―――。

 

「ホント参っちまうよ、こんな堅苦しいドレスなんて着てさ基地視察だぜ?それなのに、なんで着飾らなくちゃいけないんだよ!そう思わないか、ストー?」

 マリアはお姫様とは思えない口調に態度で話を振る。

「確かに胸周りがキツそう」

 ストーが無礼にも、マリアの胸を触り衣服と肌の密着度を確かめる。

「あっ、私にも触らせて!」

「オイオイ、イルフィ、俺の胸は安くないぞ?」

「えっ!?えっと、なにが望み?」

「その胸を触らせろぉ~!」

「キャア~~~ッ!」

 車内でドタバタするマリアとフォイルナー少尉にリヴィエール少尉がキレる。

「いい加減にしなさいよ!」

「なんだよベルナ~、別に良いじゃなぇかよ~。……ははぁ~ん、さては胸にコンプレックスでもあるのかな?」

「ちょ、人の胸を指差さないで!」

「ベルナ、可愛い~~ッ!」

「ストー、抱き着くなッ!」

「……」

 オルソン大尉は、後ろを走る車に乗っている。

 それを良い事に、いつの間にか彼女達は打ち解けあっていた。

 身分や階級なんてどこかに捨て去り、女友達として楽しんでいた。

 このような空気を作り出すことが出来るのは、マリアの才能だろう。

 だが、他の女達の環境適応能力の高さも窺える。

 単に、どこか抜けているだけかもしれないが……。

「まぁ胸の悩みなんて男には解らないだろうけどな~?」

 突然マリアが嫌らしい笑みを浮かべ話を振ってきた。

「なに当たり前の事を言ってるんだよ」

「なんだよつれないな……。なぁ、俺の胸どうよ?男の意見を知りたいんだ」

 マリアにそう言われた和真は、マリアの胸元を見る。

 大きくはないが、小さくもない、それでいて形は整っている。

 美乳と言われる部類だな。

 そう結論付けた和真は、ダルそうに答えた。

「まぁ、綺麗なんじゃないか」

 するとマリアはなにが不愉快なのか唇を尖らせた。

「そうじゃなくてさ、和真は好きかこう言う胸は?」

 胸を張りながらそう言うマリアに和真は視線を合わせずに鼻を鳴らしながら言った。

「ふんっ、俺は大きいのが好みでね」

 すると突然フォイルナー少尉が和真に突っかかる。

「和真さんッ!女の魅力は胸で決まるものではありませんよ!」

「イルフィ、悪いけどこればっかりは譲れないんだ。痛ってッ!」

 和真は何かから守るようい弁慶の泣き所を抑える。

 涙目になりながら蹴り付けた本人を睨みつけるが、相手は当然の報いだと鼻を鳴らした。

「ベルナ、テメェなにしやがるッ!」

「ふんっ、最低―っ」

 和真はフォイルナー少尉、リヴィエール少尉に対して愛称で呼んでいた。

 いつどのタイミングでか解らない。

 けれど、自然とこうなっていた。

 2人も自然と和真の事を名前で呼ぶようになっていた。

 和真は知らず知らずの内に女の会話に巻き込まれ、精神的疲労を蓄積していくのを感じる。

 だが、その疲労は別に辛いものでは無くすぐに忘れ去ってしまうような疲労だった。

 その証拠に和真は年相応の喜怒哀楽を見せている。

「フフ……」

 そんな和真を見ながら、マリアは心底幸せそうに静かに、そして花が咲くように笑った。

 

 プライズ・ノートン基地に辿り着いた和真達は、基地責任者に基地内部を説明されていく。

 先程までの人物達とは思わせない女たちの様変わりように、和真は心底驚いていた。

 

「これが、欧州奪還の要であり我らが剣、EF-2000タイフーンですッ!」

 プライズ・ノートン基地の長い長い滑走路には、騎士が居並んでいた。

 緑がかった英国色をしたタイフーンの騎士団は、滑走路の両脇に立ち並びBWS-3、通称要塞級殺し(フォートスレイヤー)と呼ばれる巨大な西洋剣の刃先を空に向け構え視線は遥か彼方を睨めつけている。

 

 美しい―――。

 

 戦術機と言うモノを知らない者達から見てもそう言葉を零すだろう兵器は、仕える主人を出迎える。

 滑走路の中央を、タイフーンに守られるようにして歩く和真達に向け基地所属の全兵士から敬礼が送られる。

 嫌、彼らの瞳にはマリア以外に移り込んでいなかった。

 和真達は彼らからすれば、いてもいなくても構わない存在なのだ。

 護衛の和真達を必要としない。

 それほどの自信が、主を守ると言う想いがヒシヒシと伝わってくる。

 若干の居心地の悪さを覚えながらも、一輪の薔薇のように真っ直ぐ歩くマリアを見た和真は、彼女の人気の高さを理解していた。

 

 粗方の基地視察を終えた俺達は、マリアを除き用意された部屋に押し込まれていた。

「もぅ~、クタクタぁ~……」

 イルフィはそう言うと、イスに深く腰掛け机手に突っ伏す。

「あの程度で根を上げてるようじゃツェルベルスの名が泣くわね」

 ベルナにそう言われたイルフィは即座に背を真っ直ぐ伸ばす。

 そして、不敵な笑みを浮かべ言い返した。

「そう言うベルナも疲れてるんでしょ?用意されたお弁当2箱も食べて、エネルギー補給してるの見え見えよ!」

「ふん、体調管理も衛士の義務。私は、当たり前の事をしてるだけよ」

 和真は1人飲み物を飲むストーに話掛ける。

「疲れてないか?」

 ストーはコップの淵から口を離し、笑顔で言った。

「プはぁ、楽しかったし全然疲れてないよ!」

「そっか、なら良いんだ。それより、何を飲んでいたんだ?随分美味しそうに飲んでいたけど」

「オレンジジュースだよ!和君も飲む?」

 和真はストーの隣に置いてあったオレンジジュースを見る。

 ラベルには、無着色、無香料と記入されていた。

 

 今のご時世に、こんな高価な飲み物を提供するとはさすがイギリス人、太っ腹だな。

 

「丁度喉が渇いていたからな、貰うよ」

 さらのコップを用意し、オレンジュースをコップに注ぐ。

 そして口をつけようとした所で、イルフィとベルナに止められた。

「か、和真さんッ!なにしてるんですか!?」

「なにって、ジュースを飲もうとしていただけなんだが……」

「食べ物は他の国の文化が混ざり込んだから食えるようになったイギリス料理だけど、飲み物は別!しかもこれ、イギリス生産って書いてあるじゃないッ!悪い事は言わないわ、止めておきなさい……」

 和真は、必死に説得する二人を逆に心配する。

「たかだか飲み物になにむきになってんだよ。ストーだって美味しいっていってたぞ?」

 そして和真は、オレンジ色の液体を胃に流し込んだ。

「だ、ダメ~ッ!」

「……死んだわね」

 次の瞬間、和真は視界が歪むのを感じた。

「な、なんだ、これは……」

 

 ありえない……。

 

 その一言しか出てこない。

 まるで歯磨き粉を混ぜたかのような喉通り。

 腐ったオレンジから搾り取られたかのような味。

 鼻をツンと苦しませる薬品の香り。

 おまけに、喉がヒリヒリと痛みだした。

「き、気を付けろ……。こいつには、毒が盛り込まれている」

 腹を押さえてうずくまる和真は震える指をオレンジジュースに向ける。

「そんな訳ないでしょ。毒が入っているなら、なんでストーにはなんの変化もないのよ」

「べ、ベルナ……」

「だから言ったでしょ。イギリスのジュースには手を出すなって……、この国で飲んで良いのは、紅茶とコーヒーと酒だけよ」

「だ、騙された―――」

「自業自得でしょ?」

「ちょちょっと、ストー、それ飲んでて何とも無いの?」

「うん美味しいよ!イルフィも飲んでみる?」

「い、嫌々私は喉乾いてないからいらないなぁ~……」

 

 30分が過ぎた頃、死にかけていた味覚と胃をなんとか延命させた和真はぐったりとイスにしなだれかかっていた。

「そう言えば、和真さんとストーはどの戦術機に搭乗してるのですか?国連太平洋方面第9軍なら、セイカーファルコン、それともスーパーホーネットですか?」

「うん?あぁ、俺達は所属は第9軍だけれど、今はネフレに仮配属されているんだ」

「ネフレ、あのゲテモノ兵器を作り続けてるところね」

 ベルナが腕を組みながら言ってくる。

「まぁ、そこは否定しないけどな」

「否定できないね……」

 和真とストーは息を合わせて答えた。

 すると、イルフィが放置するなと頬を膨らませる。

「私の質問に答えて下さいよ!」

「ごめんごめん、俺達の戦術機はすぐに解るさ!」

「どういうことですか?」

「今日ここに来た本来の目的にも関係しているのだけれど、多目的飛行補助ユニット・ファンデーションを姫様は視察しにきた訳だ。そんで、俺達がそのデモンストレーションをする。まぁ、そう言う訳だ!」

「へぇ~」

 和真はそう言いながら時間を確認する。

「そろそろだな、ストー強化装備服に着替えるぞ?」

「は~い!」

 俺達はベルナとイルフィを部屋に残し、更衣室に向かった。

 

 部屋に戻ってくると、マリアが室内にいた。

「まったくよ~、疲れちまうぜ!司令官殿ももう少し簡潔に話を進めて欲しいもんだ!」

「仕方ないだろ?それも司令官の仕事の内さ」

 扉を開けそう声を掛けた和真を見たマリアは、固まる。

「どうした?」

「和真って、意外に筋肉あるんだな……」

「ほっとけッ!」

 和真とマリアの会話を見ていたストーは、軽い危機感を覚えていた。

 それは、マリアの和真を見る目が女のそれへと変わったからだ。

 少し熱を帯びた頬、潤んだ瞳、それらは良く見なければ気付かない程の僅かな変化であったが、ストーはそれに気づいた。

「むぅ……」

 だが、どうすることも出来ないストーはただ不満を表す以外に方法を知らなかった。

 すると、ベルナが無言でストーに近づく。

「?」

 どうしたのかと、ストーが思ったその時、ベルナは自らの小さな掌でストーの豊満な胸を鷲掴みした。

「ひゃんッ!」

 今まで出したことの無いような、ストー自身すら驚く声が口から漏れ出す。

 だが、ベルナの手は止まることを知らず粘土をこねるように揉みしだく。

「あっ、んっ、きゃんッ!」

「この胸はなんだ……、この胸はなんなんだ……?あれか、木星か?太陽になりそこねたのか?」

 その言葉は呪い、自分には無い物を他者が持つことによる嫉妬、余りにも自分との格差があり過ぎてベルナは我を忘れていた。

「ちょ、ベルナぁッ、ひゃんっ……やめ、止めて……」

「所詮私は火星さ、火星舐めるなよ。運河だってあったのよ?アンタみたいなガスしか取柄の無い星とは違うのよ……」

 なんだか見ちゃいけませんな現場になってしまった室内は、どうしようも無い空気で溢れていた。

 イルフィは顔を赤く染め上げ胸元を抱いている。

 マリアは、羨ましそうにストーを見ている。

 そして和真は、覚悟を決めていた。

「……ベルナ」

「なに?今私忙しいの……、このガスだらけの球体から不純物を取り除かなくちゃいけないの……」

 だが和真は諦めない、ベルナの肩にそっと手を乗せる。

「お前は火星なんて中途半端なんかじゃない……、お前は水星だ。固い岩盤で覆われた大地だ。でもな、そんな水星にこそ確かな需要だってきっとあ――――」

 和真の言葉は途中で遮られた。

 ベルナの空中回し蹴りが和真の頭を強打したからだ。

 吹き飛ぶ和真は笑っていた。

 これで、良かったのだと。

 自分1人が傷つくことで、だれも傷つかない。

 まさに、世界平和を望む和真の確かな一歩だった。

 そのために、和真は充実感に満たされていた。

 

 吹き飛び和真がゴミ箱に突き刺さったその時、基地内をサイレンの音が練り響く。

「デフコン2発令、繰り返す、デフコン2発令!各員は―――」

 その音、アナウンスを聞いた瞬間、今までのおちゃらけた空気は消えてなくなる。

 和真達は、マリアを守るように陣取った。

 その時、扉が開かれる。

 現れたのは、イギリス近衛軍とオルソン大尉だった。

 和真達は敬礼で迎え入れる。

 すると、オルソン大尉が説明を始めた。

「先程、フランス領メオティに旅団規模のBETAが出現したとの知らせを受けた。当基地までは、距離にして約280km、間にはイギリス海峡が存在しているが、BETAの進行目標がイギリスであることが判明している。これにより、各基地より部隊を派遣することに決まったが、それでは時間が掛かり過ぎるとこちらで判断した。奴らが海に入ってしまえばどこに上陸するか見当もつかない。そのため、陸地にいる今の内に叩く」

「それを俺達に言ったと言う事は、その任務俺達が任されたと言うことですね?」

「あぁ、国連太平洋方面第9軍、ネフレには話を通してある。むしろあちら側から要請が入った。この基地に存在する二機のファンデーションを使い上陸、その後君達の判断で時間を稼いでくれ、との命令だ」

「「了解!」」

 和真とストーが敬礼した時、イルフィが声を上げた。

「ツェルベルス、ツェルベルスの皆は今どこにいますか!?こう言った任務は本来ツェルベルスが行うべきものです!」

「ツェルベルスは別任務でデンマーク領リンケビングにいる。現在は作戦を終えて向かっている最中だ」

「な、なら私もッ!」

「君の戦術機は今現在、ここには無い。言っている意味は解るかね?」

「……はい」

 イルフィは、どうすることも出来ない空しさに口をつぐむ。

「あんた達の腕、見させて貰うわ!」

 ベルナが俺達にそう激励してきた。

「まぁ、見させて貰えるか知らんけどな?あんま、期待すんなよ?」

「わかってるわよ!」

「それじゃ、行くぞストー!」

「うん!」

 そして和真とストーは走り出した。

 

 皆が衛士の出陣を見送る中、1人だけ脅えたように震える女性がいた。

「あっ、いっちゃダメだ……」

 伸ばされる手は空しく空を切り、誰も手を差し出さない。

 伸ばされた方向には和真の背中、だがそれもすぐに見えなくなってしまう。

「行けば……殺される……」

 マリアの声も手も、誰にも届かない。

 彼女の恐怖を理解してくれる存在は、この場にはもういなかった。

 

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