Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
荒立つ波に吹きすさぶ風、流れる風が低く淀んだ雲を大陸に運び込む。
網膜投影システムから見える景色は荒れた海と淀んだ雲が生み出す落雷のみ。
海面ギリギリを波を避けるように上下しながら飛行するファンデーションの腹を何度も塩水が撫でて行く。
ファンデーションの推進剤残量を確認する。
旧港町であるシェルブールまで辿り着ければ御の字と言った所、後は増槽の推進剤を燃やすことで内陸まで進めばいい。
帰りはどうするか……。
イギリス海峡の幅は約100km、ラプターなら三分の一の推進剤残量があれば十分だが、ヴァローナはそう言う訳にはいかない。
そもそも、内陸深くで旅団規模のBETAと殺り合うのに、そこまで余裕があるとも考えられない。
ならば、適当な所で切り上げるか?
そう言う訳には、いかない。
初期確認で旅団規模なら、最悪3倍の数のBETAが出現すると考えておいた方が良い。
その考えでいくと、切り上げるべき適当なタイミングが存在しない。
それにBETAを海に入れてしまえば本当に予想が付きにくくなる。
なるべくそれは避けなくてはならない。
なら、BETAの進行を遅らせ友軍が来るのを待つのが一番だ。
BETAを殲滅し、自分達も帰ることが出来る。
それにツェルベルスが向かって来てくれているなら、心強い。
大陸と言う地獄からイギリスを守る緊急即応部隊、多国の精鋭が犇めく欧州連合軍の中にあっても、最強と有識者に言わしめるほどの部隊。
イルフィが所属する部隊だ。
彼らが真っ直ぐ向かって来てくれているらしいし、案外俺達の仕事はそんなに多くないかもしれないな。
俺はそんな希望を薄ら笑い吹き飛ばす。
「戦争に希望もなんもねぇだろうがよ」
ラプターの武装をチェックする。
腕にはガンブレード、背部兵装担架には120mm水平線砲改が二門、膝部ナイフシースに折り畳み式のナイフが二つ、その横側に取り付けられた120mm散弾銃。
俺はゴテゴテしたラプターを見ながら、苦笑いを浮かべる。
「こんなんじゃ、ステルス意味ないやん」
大陸が目に飛び込む。
操縦桿を握り閉め、顔に浮かび上がった汗を手の甲で拭い取る。
「さて、大陸の地獄門を叩く前に出来るだけのことはやっておくか」
ストーに回線を繋げる。
「こちら、トイ1。トイ2聞いているか?」
「聞いてるよ」
「俺は一度リミッターを切る」
それだけで、ストーは俺のやりたい事が解ったようだ。
「そばにいるから問題ないよ!」
「こんなにゴテゴテしていても、ラプターはれっきとしたステルス機だ。ESPは使っとけよ?」
「了解!」
「よし、地獄に到着だ!」
ラプターとヴァローナからファンデーションが外れ落下していく。
シェルブールへ降下するヴァローナと違いラプターは上昇を始めた。
戦域地図に移るBETAを示す赤い点は、BETA群が横幅3kmに広がり前進しているのを示していた。
和真は瞳を閉じる。
湖から伸びてきた多数の腕が、いつも以上に俺を締め上げ湖に引きずり込もうとする。
俺はそれらを無視して、無理矢理目蓋を開けた。
ゆっくりと流れる世界を見ながら、操作を始める。
ガンブレードから、Mk57が姿を表し、背部兵装担架の120mm水平線砲改が展開され脇の下から銃口を覗かせる。
BETA戦闘集団はブリまで足を延ばしていた。
だが俺はそれらを無視し、BETA群から逸れた計60匹のBETAに狙いを定める。
右の120mm水平線砲改はブリックベックを彷徨うBETAを左の砲はヴァローニュに向ける。
シェルブールからはそれぞれ直線距離にして約17km、誰もが当てられる距離ではない。
「すぅー、はぁ」
俺は右前髪を掻き上げる。
すると、髪の中から姿を表した緑色に光る瞳が敵を捕らえる。
「当たれぇええええええッ!!」
放たれた砲弾は片側30発ずつ、それらは真っ直ぐに進み隕石のようにBETAを押しつぶし貫いた。
全弾命中、死骸になり損ねたBETAが瀕死の体をのた打ち回らせる。
その時、世界の時間が遅く見える和真の瞳にゆっくりと赤い文字が浮かび上がる。
「やっぱり、いやがったか」
ラプターが初期照射警報の文字を使い、和真に危機を知らせる。
だが、今の和真にはそれすら鬱陶しかった。
「邪魔ッ!」
ラプターを天地逆さまにし急速降下、コントロールパネルを叩くように打ち警報を黙らせる。
それと同時に、照射してきた光線級の位置を割り出す。
和真は、その方向に向けMk57から3発の曳光弾を放った。
赤い光を放ちながら、光線級に向かう。
だが、曳光弾は光線級に届く前に力を失い光の線は姿を消した。
ヴァローナの隣、20mの位置に着地したラプターは跳躍ユニットから増槽をパージする。
増槽が地面に激突し砂埃を巻き上げるのを確認しながら和真は脳のリミッターを切るのを止め、元の時間に帰還する。
「もう!あんなことするなんて聞いてないよ!リミッターを切ったらESPも意味ないじゃない!」
ストーが回線を開くと同時に怒鳴り散らす。
「悪い悪い、でもこれでBETAの進行ルートも絞りやすくなったろうし光線級の居場所も特定したし、一石二鳥だ!」
「えっ?」
「ほら、もうきた」
和真がそう言うと、衛星からのデータリンクを通じ情報を知らせてくる。
それは光線級の予想分布図だった。
「さっきの曳光弾はこのためだったんだね!」
「解りやすくて良かったろ?」
「でも、危ないからもうしちゃメッだよ?」
ストーが人差し指を俺に向け言ってくる。
和真はそれに笑いながら答えた。
「はいはい」
戦域地図を再度確認すると、足の速い突撃級の群れがシェルブールから3㎞の位置にまで近づいていた。
「それじゃ、欧州の人達にみせつけてやろうか?」
「トイ・ボックスの力をね!」
「なんて狙撃してんのよ……」
ブライズ・ノートン基地で待機していたベルナは驚きの声を漏らす。
「それだけじゃない、あの二人の連携息が合ってるなんてレベルじゃない。お互いに考えていることが分かっているかのような……、殲滅速度が並じゃない」
衛星からの映像を見ていたベルナとイルフィは、初めラプターとヴァローナの姿に驚いていた。
東側の最新鋭機ビェールクトと酷似している戦術機と西側最強の戦術機ラプター、それらが肩を揃えていると言う事にだ。
だが、それらは和真の狙撃を見た瞬間に弾け飛んだ。
針の穴を通すかのような狙撃を空中で、しかも移動中に行い成功させると言う離れ業を見たからだ。
2人は双銃士と呼ばれ、ベルナにいたっては突撃前衛なのに突撃砲を4門使い戦う姿から、4丁拳銃(キャトルカール)と呼ばれるほどだ。
イルフィも、精鋭中の精鋭で構成されているツェルベルスの中でも、砲撃支援の地位を確固たるものにしている。
その二人すら、息を飲む狙撃をやってのけた存在は、画面の中で巨大な剣を突撃級に突き刺していた。
「あの二人には、ポジションが存在していないの?」
ベルナが思った事を口に出す。
本来衛士とは、突撃前衛、強襲前衛、強襲掃討、迎撃後衛、砲撃支援、打撃支援、制圧支援のポジションに振り分けられる。
そして、それぞれを任された衛士はその道のエキスパートになるべく日々鍛錬に勤しむ。
だが、緊急事態でもない限り任されたポジション以外をすることはないし、そのような訓練も殆どしない。
エキスパートに不純物は不必要なのだ。
不純物が一切ないそれぞれのエキスパートが1個の群れを作り出すことで最大の戦果を挙げることが可能となる。
だが、画面に写る2機の戦術機には、それが見受けられない。
2機で旅団規模のBETAを相手にすること自体が馬鹿げた話だが、だからと言ってもせめて前衛と後衛とで分けることくらい出来る筈だ。
だが、そうしない。
ヴァローナが前に出ればラプターが援護しラプターが前に出ればヴァローナが後ろに下がり援護する。
そう言う戦術なのかと思えば、お互いに前に出たり下がったり。
だが、最小の動きでお互いをフォローしあい、BETAを着実に屍に変えていく。
その様はダンスを踊っているかのように美しかった。
強面の2機が赤いドレスと言うBETAの血肉を纏いながら踊る。
その美しさを見たイルフィはある2人の人物と重ね合わせていた。
「まるで、アイヒベルガー少佐とファーレンホルスト中尉のようだわ」
「7英雄にして、ツェルベルス大隊隊長、黒き狼王とその副官、白き后狼と同列に扱うなんて、二人を盲信しているアンタの口から聞くとは思わなかったわ。でも、そう言われれば納得できるかもしれないわね。むしろ、あそこで戦っているのが7英雄の2人だと言われた方が信じられるわ」
「トイ・ボックスの実力、噂ではないと言う事だな!」
2人と共に、映像を見ていたオルソン大尉が話に割り込んで来る。
「どう言った噂ですか?」
イルフィが気になったのか聞きかえす。
「トイ・ボックスの戦術機は単機で中隊並の戦果を出す。2機そろえば大隊と同等になると言った噂だ。その噂から、極東の一部の者達からはこうも呼ばれている。1機中隊、2機大隊とな。本人達がその事を知っているかは別だがね」
「それよりも、姫様はどうしたのかしら?」
「マリア様は、医務室で寝かれておられる」
「あれだけ、脅えていればしかたない、か……」
マリアはあの後、過呼吸により意識を手放した。
そしてイギリス近衛軍により急遽医務室に運び込まれたのだ。
そのため、彼女は和真達の戦いを見ていない。
オルソン大尉は腕時計を確認する。
「そろそろ、戦闘が始まって1時間が経過するな……」
頭の中でラプターとヴァローナの戦闘内容を思い返し、そこから戦闘可能時間を割り出す。
「戦闘可能時間は、残り30分と言った所だろうな」
「このぉおおおッ!!」
ラプターは脚部膝ナイフシース外側に取り付けられた箱型ガンマウントから、120m散弾銃を取り出し放つ。
至近距離で無数の弾丸が散らばり、要撃級の顔面は原型が無くなる程に吹き飛んだ。
ガンブレードは弾丸が無くなり、刃が折れた所で突撃級にプレゼント。
120mm水平線砲改は弾数8。
「後は、ナイフ二本に120mm散弾銃の弾が59発と60発……、少しきついな」
ストーの武装はネイル・エッジのみ。
BETAの数は、数えたくもない。
「和君、どうする?」
不安そうに尋ねてくるストーを見た和真は、レーダーを確認し笑顔で答えた。
「やっと、お出ましだよ」
和真がそう言うと同時に、サブウィンドウが開かれ褐色の肌に白い髪、狼のように鋭い瞳をした男が姿を表した。
「トイ・ボックスの衛士良く持たせてくれた。後は我々に任せてくれ」
空からタイフーンが舞い降りる。
圧倒的な威圧感を誇る黒いタイフーンを先頭に、戦場の花と言えるほどに美しい白いタイフーン、血濡れのように情熱的な赤いタイフーン、そしてドイツ色をしたタイフーンの群れがBETAを吹き飛ばし眼前に姿を表した。
「飛んで来たってことは、レーザーヤークトを行ってからBETA群を抜けてここまで?」
「君達の働きに比べれば、なんてことはない」
「それ、すっごい謙遜……」
レーザーヤークトを行い、BETA群を抜けてくる。
それがどれだけ難しいかを和真は知っていた。
だからこそ、その難しいことをなんてことはないと言ってのけたこの男、そしてツェルベルスの実力をすぐに感じ取った。
後のことは、コイツ等に任せても平気だと。
褐色の男、ヴィルフリート・アイヒベルガーが己が狼の群れに命令を下す。
「我々はこれより、遅れてくる国連軍と共にBETAを一掃する。―――いつもの如くやれ、そしていつもの如く帰還せよ。祖国と人類に尽くせ。ツェルベルス全機(アーレ・ツェルベルス)、前へ―――」