Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
風が窓を叩く。
窓が揺れただけで、マリアの寝室内は音の波に飲み込まれる。
外敵から身を守る卵の殻のような、天蓋付ベッド。
薄い天蓋が見下ろす中で、薄い毛布が守るように抱きしめていたのは二人の男女だった。
冷静になった和真とマリアは、あの後一つの毛布に包まり寄り添うように、肩を合わせていた。
お互いがお互い、どうにかしていた。
そう気恥ずかしげに思いながらも、二人は離れることが出来なかった。
マリアも和真も、どうしようも無く人肌が恋しかった。
だから、お互いの呼吸が聞こえる程に肩を寄せ合い、一つの毛布に包まる。
まるで、お互いの体温を逃がさないように……。
ベッドにつけていた手に、温かい感触がしてマリアは顔を上げた。
「なぁ、聞いて良いか?」
そこには、落ち着いた温もりのある和真の顔があった。
でも、その心とは裏腹に握りしめてくる手は冷たく震えていた。
「いいぜ、なんでも聞いてくれ」
マリアはそう言うと、一度和真の手を解き今度は自らの手で和真の手を包み込む。
なにも、怖いモノなんてない。
この時だけは、守ってあげるから……。
その手には、そう言葉が乗せられていた。
「そう言うのは止めてくれ……惨めになる」
「俺がやりたいんだ。なら、良いだろ?」
和真のぶつくされた言い方に、不快感を見せず、むしろ嬉しくてしかたがないと言った笑顔をマリアは見せた。
そんなマリアの笑顔を見ながら、和真は小声で呟く。
「……安心させてやろうと思ったのに……これじゃ、逆じゃないか」
「うん?なにか、言ったか?」
「なんでもねぇよ」
和真はそう言ったものの嬉しかった。
手を覆う掌から伝わる体温が、寄り添い香る甘い匂いが、一つの毛布に包まる安心感が、ありがたかった。
「お前は、俺に聞きたいことがあるんやないか?」
「……なんだよ」
マリアは、何か他の質問をされるものだと考えていたが、予想外の言葉に頬を膨らませる。
だが、和真の真剣な瞳を見、態度を改め大きく深呼吸をした。
「じゃあ、教えてくれないか……?」
「あぁ、……なんや?」
「姉ちゃんは、どうしたんだ?」
マリアの中では、すでに結論が出ていた。
少なくとも、ニクスがこの世にいない。
もしくは、なにかがあった。
そう結論づけることが出来ていた。
それは何故かと言うと、和真がこのような行為を受け入れるとは思っていなかったからだ。
恋人がいるのに、他の女と寝るような。
ニクスを悲しませるような男ではないと、和真を信じているからだ。
だから、その最終確認をしたかった。
「……やっぱり、姉ちゃんはもう……」
マリアは黙る和真に先を促す。
「あぁ……」
「……いつだ?」
「お前に叱咤激励された後日、オスロにBETAが進行してきただろ?……その時だよ」
「……BETAに……その、殺された、のか……?」
和真は、一瞬悩んだ。
本当の事を言える訳もなく。
かと言って、それらしい嘘も用意できていない。
なにせ、この時代にニクスの事を知る人物と再会し、こんな状況になるなんて予想すらしていなかったからだ。
まともな答えを用意できていない和真は、マリアの推測を使うことにした。
「あぁ、BETAに殺された……、俺の目の前で……」
嘘をついた和真の心は、ドロドロと溶け出す。
言える筈が無い。
ニクスが、愛する人が人体実験の被検体にされていたなんて、間接的にでも自分がその実験に関わり、愛する人が死ぬ運命を強制してしまったなんて言える訳がない。
その結果が、今の自分自身であり、それを寂しいからとマリアに縋ってしまっているなんて言えるはずがない。
和真は、自らを侮蔑した。
嘘を嘘で塗り固め、自分をあたかも悲劇のヒーローの如く扱い、優しくしてくれる女に縋る。
どこまで汚れれば気が済むのかと、心底和真と言う人間は、五六和真と言う人間が嫌いになっていた。
その時、和真は温もりが無いことに気が付いた。
マリアの手の温もりが消え、代わりに嘆きが聞こえてくる。
「や、そんな……お父様は……、被害者はあの人達だけだって……」
「おい、マリア?」
和真は、マリアの様子の変化に驚きを隠すことができない。
穏やかだった笑顔は、叫びだしそうに崩れ、瞳は悲しみに歪み懺悔の涙を流す。
痙攣する頬を止めようと抑えつけられた手自体が震え続けている。
マリアが、BETAに怯えていることは知っていた。
だが、これは異常だ。
和真はマリアに呼びかける。
「おいマリア、どうした?しっかりするんだ!」
いったいどの口でそんなことを言っているのか。
和真は一瞬、そう思考するがそれを振り払う。
「オイッ!」
和真がマリアの方に触れると、マリアの体は大きく跳ね上がる。
それはまるで、死刑宣告を言い渡されたかのようだった。
マリアは、何かに怯えたまま和真を見つめ言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんなさい……、ごめんなさい、わ、私……俺は……」
そしてマリアは、過呼吸になりかける。
一体過去のオスロでなにがあったのか。
マリアにこれほどのトラウマを植え付け、10年過ぎようともストレスを与え続けているものとは……。
和真は、それらが気になりながらも応急処置を行う。
PTSDの衛士に行う荒療法だが、なにもしないよりかはましだと始めた。
和真は、マリアの顔を無理やり自分に向け視線を交わす。
「マリア、俺の目を見ろ……ゆっくりでいい、落ち着いてくれ……」
和真の催眠術の力を使った荒治療、それは後催眠暗示と同じ効果をもたらした。
マリアは、次第に呼吸を整え落ち着きを取り戻していく。
「そうだ、良い子だ……それで良い」
「あ……ぁ……俺、は……」
「もういい、ごめん。話さなくて良いから、俺が悪かった」
マリアは、後催眠暗示を受けた衛士のように無理やりに感情を抑制され朦朧としていた。
「セバスチャンさんを呼んでくる。少し待っていてくれ」
和真は、そう言いベッドから降りようとするが、マリアが和真の裾をつかみ拒んだ。
「……いや、聞いてくれ。聞いてほしいんだ」
「……わかった」
マリアは、一度大きく深呼吸する。
「1990年当時、欧州の各国に住んでいる人々はBETAから逃げるように各地に避難していた。オスロもその一つだった。欧州の最後の楽園なんて呼ばれもしていた。俺は、イギリスに引きこもって避難民の人達に有効な手立てを打てないでいるイギリス王室や政権に嫌気がさして、父様……当時の国王に意見したんだ。どうして、なにもしないのかって……そしたら、父様はこう言った。『どうすることもできない』私は、この言葉に腸が煮えくり返りそうになった。父様がそんなことを言うのは、現状を知らないからだ、安全な場所に隠れて生の声を聞かないからだ。私は、そういってイギリスを飛び出したんだ。そして、辿り着いたのがオスロだった。オスロでは、俺は身分を隠して避難民と同じ暮らしをするように心がけた。親を失った子供たちとチームを組んで盗みを行い、チームの皆で分け合うなんてこともしていたんだ」
「そんで、俺に出会ったわけか……」
「そうだ。あの時は、常に和真を監視していたんだぜ?」
「なんで?」
和真がそう問うとマリアはニシシと笑う。
「当時の俺を捕まえることが出来たのは、和真くらいだったからな。敵の情報を仕入れておくのは当たり前だろ?」
「それもそうだな」
「そして、盗みの後は戦利品を皆で出し合ってそれを使って一日一回の飯を食べて読み書きが出来ない子達に勉強をしてやったり、……毎日が苦しくても楽しかった」
マリアは楽しげな表情から、悲しみに満ちた表情に変わる。
「でも、そんな生活は潰された……。突然のBETAの奇襲、当時の前線基地を地中進行で素通りし、オスロのすぐそばまで来やがった。それを察知した欧州連合軍は、すぐにバンカーバスターの使用を決定し行った。結果、驚いたBETAは地上に姿を現し、ニンフ連隊によって殲滅された。……はずだった」
「はずだった?」
「私達のチームがねぐらにしていた場所は町から離れた森の中だった。BETAがすぐ近くまで迫っていると知った俺は、父様の命令により連れ戻しにきていたセバスチャンの手を振りほどいて、チームの皆のもとに向かった。……そして、見てしまった」
和真は、その言葉に理解した。
マリアがどうして、BETAを過剰なまでに恐れているのかを、和真と同じだったのだ。
「……皆、食われてた。足が動かなくなっていた子も、チームのアイドルの子も、ケンカが強かった子も、誰よりも賢かった子も、親の顔を知らない子も、笑顔が絶えなかった子も、泣き虫だった子も、みんな……皆、食われてた」
マリアは、当時の映像を見ているのだろう。
余りの恐怖に顔が引きつり、涙を垂れ流す。
「俺は、なにも出来なかったッ!皆に、イギリスを案内するって約束していたのに!幸せになろうって笑いあっていたのに……、恐怖で、なにも出来なかった……。気が付けば、セバスチャンに連れられて船の上にいた。あの場にいたBETAはすべて軍が片づけたこと、あの襲撃で死んだのはチームの皆だけだったこと、皆を丁重に扱うって約束してくれた。……イギリスに戻った俺は、すぐに父様に頼み込んだ。オスロに住む皆の即時避難を、でもそれが出来ないことも知ってしまった」
「できない?」
「空きがなかったんだ……。どこも、増え続ける難民に手が付けられない状態だった。イギリスもそれは同じだった。毎日、現地住民のデモが発生して、避難民の人達によるテロや犯罪が横行して、それでも父様は、救える人が一人でも多くなるように働きかけ続けた。何も知らなかったのは俺で、父様は現実を直視していた。していたにも関わらず、救いの手を差し伸べ続けた。その結果……殺された……」
「……え?」
「父様のことを良く思ってなかった旧政権の奴等に殺されたんだ。その結果、俺達は、籠の中の鳥にされてしまった。もうチームの皆のような人達を救い出す手立てが無くなってしまった。でも、諦めきれなかった俺達は、地道に発言力を高める努力を行った。この時に矢面に立ってくれたのが、母様なんだ。そして、俺を支えてくれたのが、父様のことを良く知るセバスチャンだった。そして、去年の恭順派による大規模テロで旧政権は無くなり新政権に移り変わった。そして、王室の政治力も以前よりも増した。セバスチャンは、気に入らなかったみたいだけれど……、彼は、王政にした方が欧州はもっとよくなるって言っていたよ。俺は今の形が一番良いと考えているけれどね!」
マリアは勢いよくそう言うと、和真を蹴り落とした。
「痛って、なにしやがるッ!!」
「うるせぇッ!俺は、もう寝るんだッ。さっさと帰れッ!!」
尻を撫でながら立ち上がった和真は、マリアを恨めしそうに見ながらも扉に歩み寄る。
そして、取っ手に手を付け扉を開くとマリアに確かな決意を乗せた言葉を贈った。
「マリア……、約束するよ。この世界は、俺が変える。皆が笑える世界を俺が作り出してみせる。……じゃあ、おやすみ」
そして、扉が閉じられた。
扉に背をつく和真の耳には、マリアの後悔の嗚咽が聞こえてきた。
「ごめ、ごめんなさい……、見ていることしかできなくて……なにも、出来なくて……ごめんなさい……ニクスさん……父様……、みんな……」
和真はその懺悔を聞こえないフリをしながら、マリアの寝室を後にする。
「俺が、世界を変えてやる。そのために力を手に入れたんだ……。大切なモノをたくさん失って、それでも力を手に入れたんだ。だから―――」
自分に与えられた寝室に歩みを進める和真は、廊下の途中で歩みを止める。
廊下に吊り下げられたランプが静かに燃え独特の雰囲気を作り出す。
和真は自然な動作で窓とは反対側の壁に背を預ける。
「……俺が、行くのか?」
いつものごとく影の中から姿を現したのはメアリーさんだった。
「はい、社長からの命令です。今のあなたなら最適だろうと……」
「よく言ってくれる」
和真は自傷気味に笑う。
「……今夜のうちにすべて片づけます。明日の朝日を青騎士が浴びることはありえません」
「……イギリス王室に新政権の連中はなんと?」
「すでに承認を得ています。彼らにしてみても旧政権の負の遺産は早々に無くしたいのでしょう」
「場所は?」
「ロイヤル・スィーツを待機させています。それに乗り込み移動をはじめ、目的地はオスロです。戦闘可能領域は、この場に限定させていただきます。新政権の要請でオスロ基地はなるべく破壊せずにとの事ですので、今は無人となった市街地にまでブラウエ・ライター誘導をしたのちに叩きます」
「……了解した。他の事は、後で聞くよ」
和真がそう言うと、メアリーは背を向ける。
「では、参りましょう」
「ちょっと待ってくれ」
「なにか?」
先を急ぐメアリーは和真に怪訝な視線を向ける。
「ナイフを取りに戻りたい」
「……わかりました。私は、先に外で待っています。」
「すまない」
和真が寝室に戻り扉を開くとオルソン大尉と目が合った。
「随分お楽しみだったのじゃないかね?」
オルソン大尉はサングラスを光らせる。
「マリア王女とは、なにもありませんでしたよ。少し世間話をしていただけです」
和真はそう言いながらも、ククリナイフを腰に取り付ける。
その様子を眺めていたオルソン大尉は、和真に尋ねた。
「……どこかに、いくのかね?」
「はい、テロの報告をしに少し出かけてきます。明日には任務に復帰できると思いますので、それまでの間、迷惑をかけます」
「ふむ、そうか……。無事にな……」
そう言ったオルソン大尉に和真はとぼけた様に笑いながら返した。
「無事も何も、ただ報告をしにいくだけですよ大尉?」
「ふふ、そうだな……。期間は短いが君の上官を務めたので、部下の心配をするのは当たり前だろう?そして、君にも色々とあるのだろう。職業柄、こういったことには鼻がよくきくのだよ。……だから、深く関わるつもりもない。ただ、何事もなく無事であればそれでいい。良いね?」
和真は、その言葉に少しだけリラックスすることが出来た。
「はい……、ありがとうございます……。あぁ、それとストーはどうしていますか?」
「ストー君なら、イルフリーデ君とベルナテッド君と共に弁当を作っていたよ」
「弁当、ですか?」
「あぁ、明日皆で食べるそうだ!楽しみにしておくといい!」
「はい!それでは、行ってきますッ!」
和真はそう言うと、オルソン大尉に敬礼をした。
それにたいしオルソン大尉も答礼を返す。
「ストー君達には、私からうまく伝えておくよ」
「察しがよくて助かります。それでは……」
「あぁ……」
そして、和真は寝室を後にし、人と人による殺し合いの場に、戦場に歩を進める。
人を殺すのは確かに嫌だった。
だが、仕方ない事だと割り切ることが出来るようになった。
邪魔をするなら、立ちふさがるなら消してしまえばいい。
命令だから、仕方がない。
こう思えるようになって五六和真は、初めて戦士となった。
バッキンガム宮殿内のキッチンには、和気あいあいとした少女三人が食材と睨めっこをしていた。
「ちょっと何してるのよキャベツ女ッ!」
ベルナがイルフィに向かい叫ぶ。
「え?お弁当作っているだけだけれど?」
イルフィは、ベルナに対し何を怒っているのか訳が分からないと首を傾げる。
「どうして、パンを丸ごと入れようとしているのかって聞いているのッ!後、そのバナナとリンゴはなに!?まさかそれも、そのまま入れるつもりじゃないであしょうね!」
「うッ……、こ、これがドイツの伝統的なお弁当なんです!そもそも、お昼はレストランで、なんて気取ってるフランス人にとやかく言われたくないわ!」
「お生憎様、最近のフランスでは、弁当の文化が進んでいるのよ。あなたに任せておけないわ。私がサンドイッチを作る。あなたは、その辺でサラダでも作っていなさいな。あら、もしかしてボッシュはサラダすら作れないのかしら?」
「ぐぬぬぬ~~~~ッ!!」
明日の弁当のメニューについて口論を繰り返しているベルナとイルフィの隣でストーはもくもくと料理を作っていた。
ストーの目の前には、日本製のプラスチックの弁当箱。
その中には色とりどりの料理が並んでいる。
すべて、合成食材を使用しているが、不慣れながら頑張って作ったのが分かる愛らしい弁当だった。
ストーは、鼻歌を歌いながら合成のりをカットしていく。
その形は大きなハートマークだった。
それを、慎重に震える手で白いごはんの上に乗せる。
「よしッ!」
ストーは、鼻からフンッと息を吐き出し、完成した弁当に満足そうにうなずく。
そしてキリッとした表情はへにゃ~と崩れた。
「和君、喜んでくれるかな?」