Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior   作:はんふんふ

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戦火

 2001年2月10日午前3時30分

 ノルウェー領・オスロ・街外れの崖上

 

 

 雲による自然の天蓋により星明りすら届かないオスロ市街地。

 静まり返るゴーストタウンを見下ろすのは、空の支配者。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 対BETA戦では不必要な程の高性能センサ、それが捉えるのは20km先で行われている戦闘の光。

 それをすべてのセンサ類で観測し計算すれば、徐々に近づいてくるのが分かった。

 それを虫のような複眼で確認、頭部をわずかにずらしながら目標が来るのを待つ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 息がつまりそうに感じる。

 吹き出る汗が、サランラップのような衛士強化装備服に吸い取られていく。

 肺が上下し、脳に酸素を送り続ける。

 和真が乗る藍色の戦術機、先行量産型ラプターは右手に持つ120mm水平線砲改をオスロ市街地中央部十字路の大通りに向け構える。

 十字路を南に向かえば、オスロオペラハウスの残骸が目につき、東に向かえばオスロに唯一存在していたオスロ刑務所がそのままの姿を保っている。

 北にも南にも観光名所が存在し、BETAなど存在せずに元の形を保っていたならば、多くの人で賑わう道であったろうそこに躊躇いなく銃口を向けた。

 獲物が通過する予定地点、その地点を注視する。

 大通りの両脇には、人の息吹がかすかに感じることが出来る痕跡が残っていた。

「……懐かしいな」

 崖の上に息を潜め狙撃体制を整えるラプターの隣には物言わぬ枯れ果てた一本の木、その亡骸を嘲笑うかのように潮風が撫でていく。

 その風が、エッジと面で構成されたラプターの装甲を包み込む。

 それを感じたとき、雲の隙間から月明かりが漏れ出し海を眺め続ける木を照らし出す。

 和真は、目標の現在位置から自らの出番までまだ時間が残されているのを確認し大通りを注視するのを止め意識をそちらに向ける。

「まさか、こんな形でここに来ることになるなんて、思いもしなかったよ……」

 もうこの世にいない大切な人に向け言葉を漏らす。

 どれだけ風化しようとも、時の流れを叩きつけられたとしても、思い出だけは色褪せない。

 瞼を閉じればすぐにでも蘇ってくる風景、香り、音、そして人々―――。

 そんな大切な場所に、掛け替えのない場所に、機械的に殺意を向ける。

「変わってしまったんだ。全部……ッ、ごめん……ニクス……」

 

 

 2001年2月10日午前2時00分

 オスロ・フィヨルド湾沖

 戦術機軽空母ロイヤル・スウィーツ艦内PX

 

 

 作戦概要を聞いた和真は、固定された丸椅子に座り何も言わずにナノマシンを抑える錠剤を飲み込む。

「こんな所にいたのか和坊、探したぞ?」

 不意に声をかけてきたのは兄貴だった。

「どうしたんや、兄貴?―――その人は?」

 声が聞こえてきた方向に体ごと向けた和真は、筋骨隆々とした兄貴の隣に痩せ細り温和な笑みを浮かべたスーツ姿の男を見つける。

「この人は、クラレンス・リッチ、ロックウィード・マーディン先進開発部門スカンクワークスの最高責任者だ」

 兄貴にそう紹介されたクラレンス・リッチは和真に向け手を差し出す。

「スカンクワークスから派遣されて来ました。クラレンス・リッチです。よろしく」

 和真は立ち上がると、クラレンスと握手を交わす。

「国連太平洋方面第九軍所属、五六和真中尉です」

 和真の自己紹介が終わると、兄貴が懐かしそうに話しだす。

「クラレンスさんは、YF-22の設計者なんだぞ」

「あなたが……、だから兄貴とも知り合いだったと言うわけですか」

「遠い過去の話ですよ」

 兄貴は、YF-23の設計開発に初期の頃から携わっていた。

 なら二人が、知り合いどうしだと言うのもわかる。

「今回、和坊のF-22を修復する際、アメリカ本国からパーツを用意して下さったんだ。クラレンスさんの助力が無かったら、F-22を修復することは不可能だった」

「そういうことですか……、ありがとうございますクラレンスさん」

「いえいえ、私も本物のデータを得る貴重な機会を頂けたのですから当然のことですよ」

 当然と言ってのけたクラレンスに向け、和真は内心鼻で笑う。

「それで、俺を探していらしたようですが?」

「別に深い意味はありませんよ。ただ、私のF-22に乗る人物をこの目で見たかった。ただ、それだけです」

 なるほど、自らの傑作機に相応しい人間かどうか見に来たということか。

「クラレンスさん、あなたにいつも付き合わされるこちらの身にもなって下さいよ」

 兄貴が呆れたように頭を右手の指先で掻きながら言う。

 本当にただそれだけの理由でわざわざロイヤル・スウィーツまで来たと言うのなら相当の変人だ。

 和真はそう思いながら愛想笑いを続けていた。

 

 それから数十分後、クラレンスを甲板のヘリまで送り届けた兄貴が再び和真のもとに来た。

 兄貴は何も言わずに黙って和真の対面のイスに座る。

「……本当に、良いのか?」

 兄貴は沈黙を破るように呟いた。

「なにが?」

 和真は、本当になんのことか分からないと言いたげに目を丸くさせ、そのままタバコを銜え火をつけた。

 和真のその態度が兄貴の沸点を軽く超えさせてしまう。

「……テメェ、ふざけてんじゃねぇぞ?」

 兄貴は慣れた手つきで和真の胸元の服を掴み上げ鼻先がぶつかりそうになるほどに近づけた。

「そんなにガンつけないでよ兄貴、タバコが吸えないだろ?」

「歯ぁ食いしばれッ!!」

 和真が言い終わるや否や、兄貴は和真の頬を殴りつける。

 和真は無言で椅子ごと倒れこむ。

 そして、何事も無かったかのように椅子を整え座りなおした。

 不貞腐れた態度の和真を見ていた兄貴は、ザウルとリリアを失ったときに戻ってしまったのかと不安になる。

 だが、その心配は杞憂となった。

「ありがとう兄貴、気合が入ったわ」

「和坊……お前……」

「兄貴も作戦内容聞いたんやろ?」

 和真がそう問うと、兄貴は静かに怒る。

「あぁ、聞いてるよ。レオの野郎は何を考えてるんだ」

 和真は困ったように笑い答えた。

「たぶんレオの事だから、純粋に俺の経験値を上げるためやと思う」

「だからッて……いや、俺がこれ以上口出ししていい訳じゃねぇよな」

 兄貴はそう言うと、悔しそうに奥歯を鳴らした。

 和真が今回言い渡された作戦内容、それは傍から見れば自殺行為そのものだった。

 アメリカ最強の教導隊とも言われF-22ラプターを駆るインフィニティーズとの共同作戦。

 インフィニティーズが、ブラウエ・ライターを誘導しそれを和真が迎撃する。

 隠密運動性の高いF-22だからこそ可能とした戦術。

 これですべて片が付けば良いのだが、そんな訳がない。

 ブラウエ・ライターは大隊規模であり戦術機の数は推定36機。

 インフィニティーズは、初撃でのみ攻撃可能で後はブラウエ・ライターの誘導に専念、残りの戦術機はすべて和真が片づけなければならず、必ず複数回近接戦をすること。

 つまりは、F-22の強みであるアウトレンジからの一方的な戦闘で終わらせてはならないということである。

 そして、その戦闘の一部始終はインフィニティーズが記録保存することとなっている。

 インフィニティーズの援護は期待できず、難易度も向こうのさじ加減一つで決まる。

 理不尽ともいうべき作戦だった。

 アメリカ、特にロックウィード・マーディンはとにかく確証が欲しいと言うことであろう。

 敵基地襲撃に誘導と言う、超難易度の高い任務をこなすことが出来、尚且つ遠近双方で他の第三世代機を圧倒できると言う確証が。

 作戦がうまく行けば、この成果を元に戦術機不要論を唱えるアメリカ空軍派閥を牽制出来、失敗した場合もさらに強力な戦術機の必要性とF-22の配備数拡大を唱えることが可能となる。

 そして、死ぬのはアメリカとは関係の無い人間。

 和真は、自然と溜息を零してしまう。

「はぁ……」

「やりきれねぇな……」

 そう言う兄貴に対し和真は、努めて明るく話す。

「でも、悪いことばかりでも無いで?」

「どんなことがだ?」

「例えば、もしなにかしでかしてしまってそれが国際問題に発展したとしても、アメリカに殆どの責任を被せることが出来るし、それに―――」

 和真はその先を言うか口籠る。

「それに、なんだ?」

「それに、俺は簡単には死なへんやん?」

 あくまで笑顔でそんなことを当然と話し続ける和真の姿は痛々しかった。

 生に執着しているようにも見えず、むしろ諦めているように感じ取れた。

 兄貴はなんと言えば良いか分からず、和真の頭に手を乗せ、乱暴に撫でる。

「な、なんやねん兄貴」

 和真は恥ずかしそうに嫌がるが、逃がさずに撫で続けた。

「馬鹿野郎、作戦は成功する。俺が保障してやる」

 気休めにもならない言葉。

 戦場に共に立つことが出来ない悔しさを、胸中で噛みしめながら精一杯の言葉を贈る。

「……ありがとうな」

 和真はそれが理解出来ないほど子供ではない。

 そして、その辛さを感じ取れるだけの大人でもある。

 和真は、作り笑いを止め胸を張って宣言した。

「兄貴が整備して、俺が操る戦術機がそこいらの連中に負ける訳がない……当たり前のことやろ?」

 その自身と誇りに満ちた表情を見た兄貴は、武者震いする。

「そうだとも、あぁそうだともッ!」

「それじゃ、時間やから行ってくるわ」

「俺達の力、見せて来い!」

 兄貴は、そう言って立ち上がった和真の背中を叩きつける。

「痛ぇッ!たく、兄貴は―――」

 そうブツブツ言いながら立ち去る和真の背中を見つめ送り出す。

 静かに、耳鳴りがするほどに静かになったPX内で和真が出ていった出口を眺めながら兄貴はどうしようもない心情を吐き出した。

「これから、人間どうしで殺し殺される場所に向かうって言うのに、その事に関して何も言わなかったな……」

 自然と拳を握りしめ、どうしようもない世界の現実を呪い殺してしまいそうになる。

「あんなにも純粋だった奴が変わっていく姿なんて、見たかなかったよ」

 兄貴は全身の力を抜き、崩れ落ちるように椅子に腰かける。

 椅子が苦しげな音を出すと同時に、深い溜息を零した。

「はぁ……、ザウル、リリアよぉ……、お前等ならこんな時なんて言葉をかけたんだろうな」

 ついつい、すでにこの地獄を卒業した仲間に愚痴をこぼしてしまう。

 申し訳ないと思いながらも、だが頼まずにはいられなかった。

「そっちから、なにが出来るか分かんねぇけどよ……、和坊を守ってやってくれや」

 その言葉は、空気の流れに乗りPX内を駆け回りどこかへと消え去る。

 それを確認した兄貴は、自分勝手に言いたいことを言うだけ言うと勢いよく立ち上がった。

「さて、仕事だ仕事!」

 

 

 2001年2月10日午前3時40分

 ノルウェー領・オスロ・街外れの崖上

 

 

 和真は一人、崖の上でニクスと交わした愛の囁きを思い返してた。

 瞳を閉じなくとも昨日のことのように思い出すことが出来る。

 一分一秒が輝いていて、幸せだった。

 和真の現実逃避は、機械的で甲高い人を不愉快にさせる音により壊される。

「―――時間か」

 和真の眼下に広がるオスロ市街地、破滅の音を引きながらインフィニティーズが駆る闇に溶けるような濃紺色の電波吸収塗料を塗られたラプター先行量産型が二つの炎の軌跡を生みながら、迷路のような街を潜り抜けていく。

「主機、戦闘システム立上、跳躍ユニット起動―――」

 和真はコンソールパネルを叩き準備を始める。

「全武装確認……オールグリン、安全装置、ロック解除」

 跳躍ユニットに静かに火がともり、対人戦装備のラプターに取り付けられた全武装から金属の擦れる音が聞こえる。

「インフィニティーズとのデータリンク開始……接続完了」

 和真は二度、大きく深呼吸する。

「こちら、トイ01。インフィニティ01、作戦は予定通りか?」

 和真が呼びかけると、網膜投影システムによりラプターと視点を共有する和真の眼前に小ウィンドウが開き、浅黒い肌に短く切りそろえた金髪の衛士、インフィニティーズの小隊長、キース・ブレイザー中尉が姿を現した。

「作戦は順調だ、と言いたいところなのだが少し出鼻を挫かれてしまった」

 和真は話しながら、データリンクからインフィニティーズが落とした敵機の数を確認する。

「24機落とすつもりだったのだが、12機しか仕留めていない。指揮官機も健在だ」

 和真は、顔には出さずに関心する。

 オスロ基地からブラウエライターを誘き出しただけでなく、初撃だけで第三世代機のEF-2000タイフーンを12機も落としたことに。

 しかも彼は、これだけの戦火を上げながら出鼻を挫かれたと言うのだ。

 なるほど、と和真は納得した。

 彼等インフィニティーズは、紛れもなく優秀であり強いと、最強の部隊なんて呼ばれているのは、嘘偽り無いことだと。

「そろそろインフィニティ02が目標地点を通過するな。では、我々は次のステップに移らさせて頂く。アメリカ以外でその戦術機に乗ることを許された貴様の腕、見せてもらうぞ?」

 キース・ブレイザー中尉はそれだけを一方的に言うと、通信を閉じた。

「……インフィニティ02、確かレオン・クゼ少尉だったか」

 レオン・クゼが操るラプターは、強弱をつけた匍匐飛行を繰り返し海ヘビのように街を泳ぎ回る。

「良い腕をしている。それに、彼を補佐しているインフィニティ04も隙が無いな」

 インフィニティ04のラプターは、インフィニティ02がうまく敵を誘導出来るように、物陰から的確な射撃を繰り返す。

 ステルス能力を備えるラプターだからこその連携であった。

「……嫌、だが俺にとっては風向きが悪い状況だな」

 インフィニティ02を追いかけ回しているのは、5機の蒼いタイフーン。

 まるで猟犬のように運動力で勝るラプターを追う。

 残りの19機は、オスロ市街地に二手に分かれ離れた場所から着実にインフィニティ02に近づいていた。

「確実にインフィニティ02を落とすつもりか、もしくわ他のラプターの位置を特定するためか……」

 追いかけ回すタイフーンが常に目視によりラプターを逃がさず位置情報を他の戦術機に回し、ステルスを無効化させ追い込み殺す。

 生半可な信頼関係と腕の自信が無ければ、立案すら出来ない作戦である。

 でも、可能性があると気づいているからこそ焦っているのが良くわかる。

「罠を張られていると、気づいているからこそ意気地になって目の前の敵に襲い掛かる。ステルス機の前では、慎重な行動を取った時には、すでに負けが確定してしまうから」

 和真は音も無く、120mm水平線砲改の銃口を向け、左上腕部と肩部装甲ブロックに搭載されたミサイルを準備させる。

「ニクス、もし君がいたのなら……こんな事をする俺を泣いて叱るんやろうな。けれど、あの時の俺があって今の俺がいる。だから、こんな俺でも見捨てずに居てほしい。……行ってきます、次に来るときは花束でも持ってくるよ」

 

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