Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior   作:はんふんふ

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多面

 広い―――。

 広い世界に俺はいた。

 空と湖と神々しい森林。

 そんな世界の中心に俺はいた。

 見渡しても何もなくて、足元の水面を見ても波紋一つ存在しない。

 ただ、この湖には底がないことだけが理解出来た。

 そんな湖の上に立っているのだからこれは夢なのだろう。

 人は水の上に立つことなど出来ないのだから。

 

「綺麗だ……」

 

 自然と単語が口からこぼれた。

 なにも存在していないのに、寂しさもなにも感じない。

 まるで神様にでもなったかのような不思議な感覚だ。

 だからだろうか。

 俺は、この世界を見て回りたくなった。

 

 よし、歩こう―――。

 

 そんな決心をなぜか決め一歩踏み出す。

 

「?」

 

 すると、なにかが足にぶつかった。

 なにも存在していない筈なのに、なにかが当たったのだ。

 俺はなにも考えずに足元を見る。

 ここは俺の夢の中で、俺は神に等しい存在なのだ。

 だから平然と見た。

 それは腕だった。

 無色の湖の中から、俺の足首を掴んでいた。

 俺はそれを数瞬見つめ反対側の足を一歩前に出そうとする。

 俺の世界なのだから、自由に移動できるはずだ。

 障害物なんてどうとでもなる。

 そう思いながら、太股に力を入れた。

 

「??」

 

 すると、反対側の足も動かなかった。

 こちらの足も知らない腕に掴まれていた。

 これでは、移動出来ない。

 面倒くさいなと思いつつ、腕をひっぺがそうと屈んで自分の腕を知らない腕に近づける。

 

「ッ!?」

 

 すると今度は、別の二本の腕が現れ俺の腕が拘束されてしまった。

 夢の中だからだろうか。

 俺は客観的に、恐怖しているのが分かった。

 俺の腕を掴む腕が移動し俺は仰け反るような態勢になってしまう。

 なにもかもが自由なはずの世界が、不自由な世界に変貌した。

 広い世界を自分の物に出来た優越感が、誰にも助けを呼べない絶望感に支配されていく。

 美しかったはずの世界が、無機質に見え孤独感が増していく。

 今ではもう、声すら出すことが出来なかった。

 俺はすべてを奪われた。

 だからだろうか。

 俺を拘束する腕がさらに締め付けて来る。

 俺はその締め付けが痛いと感じた。

 夢の中であるにも関わらず、痛いと感じたのだ。

 

 ―――おかしい、おかしい。

 

 頭の中で繰り返し唱える。

 ここは、俺の夢の中で、俺の世界で、だから自由に出来て、なにも感じなくて。

 

 なのに、なのに―――。

 

 その時だ。

 世界が変わり始めた。

 メッセージボードに写真を貼りつけていくかのように、見たこともない光景が次々と貼り付けられていき、俺の世界を塗りつぶす。

 目を逸らすことが出来ない。

 まるで瞼を画鋲で固定されているかのように、閉じることすら拒絶する。

 塗りつぶされていく世界の中で、俺は誰かの視点で俺を見ている写真を見つける。

 そう、あれが俺だ。

 五六和真であり、築地和真である俺自身だ。

 

 俺は俺だ、だから―――。

 

「ッ!!」

 

 和真は目を覚ますと同時に勢いよく布団を跳ね除け上体を起こす。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 二度深く息を吸い込み血中に酸素を行き渡らせる。

 カーテンの隙間からは朝日が顔を覗かせ、鳥の囀りが室内を彩った。

 和真はベッドから立ち上がると、額に浮かび上がる汗を腕で拭い取る。

 朦朧とする意識の中で腕時計を確認、そこには6時30分と表示されていた。

 20分しか寝ていないと気が付いた和真は、乱暴に頭を掻いた。

 

「ついてねぇな……」

 

 和真は愚痴を零しつつ和真のベッドとは反対側の壁に設置されているベッドに視線を向ける。

 

「グ、ガカ、ガァ~~~~~……スゥ」

 

 そこには、豪快ないびきをかくオルソン大尉がいた。

 和真は気分転換しようと、鞄からタバコとライター、携帯灰皿を取り出し上着を羽織る。

 そして静かに室内を後にした。

 和真は宮殿の裏手に存在するバッキンガムパレスガーデンズに足を運んだ。

 広大な敷地内に存在するバッキンガム宮殿の白い壁を際立たせる緑が、悠然としている。

 都会の喧騒の中の憩いの場であるそこには、早朝であるため人の影が見当たらない。

 今の和真にとっては都合の良い場所なのである。

 風に揺られる木々、せせらぐ小川、光り輝く芝生、そして優しい音。

 和真はタバコを吸いながらその中を歩く。

 深呼吸するだけで、淀んだ心が洗われる気がした。

 和真は確信する。

 自然とは人間にとって無くてはならない存在であると。

 本来人がいるべき世界とはこういった場所なのだと。

 

「贅沢だ……」

 

 清々しい思いで口にする。

 完璧に整えられた広大な敷地がではない、今こうしていられることが、この時間を得ている自分が贅沢だと、そう感じていた。

 和真は、タバコの火をもみ消し携帯灰皿にしまい込むと、さらに歩みを進めた。

 すると、まるでドーナッツで切り抜いたかのようで、仲間に避けられているかのように、円状に広がる小さな空間の真ん中に一本の木が存在していた。

 それを見たと同時に足が無意識に止まる。

 風が覆いかぶさるかのように通り過ぎていく。

 舞い上がる砂から目を守るために、和真は右腕全体を使い顔を隠した。

 

「おっと」

 

 いきなり何なんだ。

 

 和真はそう思いながら右手をどかし、再び前を見る。

 

「……えっ」

 

 黄金色が世界を見つめていた。

 暖かな日差しが照り付け、風が潮の香りを運び込む。

 波がぶつかる音がやけに鮮明に耳に届いた。

 そしてそこには、やはり一本の木。

 海を見守る灯台のように、優しく世界を見つめ続けていた。

 そこは、間違いなくニクスとの思い出の場所。

 昨夜、自らの手で穢した尊いモノ、オスロの崖であった。

 すべてが懐かしくそして優しい。

 母に抱かれているかのような安心感が和真を癒した。

 すると、木陰から一人の女性が姿を現した。

 

「ニクス……」

 

 そこには、花嫁衣装に身を包んだ。

 一番綺麗だった姿で立つニクスの姿があった。

 だが、和真はいつぞやの様に涙を流したりはしない。

 ただ、その場に立って見つめるだけ。

 ニクスは初め心配そうに和真を見ていたが、和真の視線に羞恥し身を捩った。

 それも数瞬でまっすぐに伸ばした腕を後ろに回すと、胸を張り笑って見せた。

 和真もそれにつられるようにして、自然と笑顔に変わる。

 今までの何かに追い詰められているかのような表情はどこかへと消えていた。

 ニクスはそれに満足したのか、頷く。

 和真も頷き返し、歯を見せる程の笑顔になる。

 お互いに言葉を必要としない。

 コミュニケーションのツールなんて無粋なモノに頼る必要もない。

 ただそこにいてくれるだけで、すべてを理解し満たされた。

 すると、ニクスはなにかに満足したかのように笑い和真の後方を指さした。

 風が優しく頬を撫でる。

 風が吹きやむとどうじに和真は振り向いた。

 

「どうしたんや?」

 

 木漏れ日の中にストーはいた。

 太陽の光を反射し輝く銀髪をなびかせ、幼さを隠すかのように風に揺れる髪を右手で抑えている。

 色っぽいはずのその動作を今のストーがしても、和真の目には無理に背伸びしているかのようにしか映らず、微笑ましかった。

 和真の問いかけに対し、ストーは人差指を胸の前でつつき合わせ答えた。

 

「窓から和君が、見えたから、あの、その……」

 

 和真はその答えにたいし提案を返した。

 

「そうかい、それよりもこっちに来いひんか?」

 

 和真はそれだけ告げると、ストーに背を向けた。

 視線の先には、寂しそうに佇む一本の木のみ。

 波の音も潮の香りも、夕日の黄金色も当たり前のように存在していない。

 それでも、和真は笑顔だった。

 歩みを進めた和真の後を、ストーは慌てて追いかける。

 和真の隣に辿り着いたストーは、犬のように和真の顔を覗き込む。

 和真の顔を見たストーは、頬をピンク色に変え尋ねた。

 

「なにか良いことがあったの?」

「うん?」

 

 和真は、ストーに顔を向けると悪戯小僧のようにはにかんだ。

 

「内緒や」

 

 木の下に辿り着いた和真は、愛おしげに木を一撫でする。

 そして、二歩分の距離を取り仰向けに寝転んだ。

 空を眺める和真の隣にストーも腰を下ろした。

 無言の二人を代弁するかのように、木の葉が揺れ木々の合唱があたりに満ちる。

 ストーは、和真の顔を見つめたまま深呼吸をした。

 

「ねぇ和君、相談したいことがあるの……」

「なんや?」

 

 和真は首を動かし瞳の中にストーを捉えた。

 

「……和君の心が見えなくなっちゃった」

「……ESP能力が使えんくなったってことか?」

「ううん、他の人の心は見えるよ。でも、和君の心だけが何故か見えないの……」

「どんな感じで見えへんのや?」

 

 和真がそう問うと、ストーは困ったように眉を下げた。

 

「なんて説明しようかな……、私達が使うESP能力はね」

「あぁ~それは知ってる。相手の感情を画や色で読むリーディング、自分の感情を画や色で伝えるのがプロジェクションやろ?」

「うん、私たちは相手の心をテレビで見ているように見ることが出来る。感情もカラーバーみたいに見えるしね」

「で、俺の考えや感情の変化を読むことができひんとは、どういうことや?」

「えっとね……、全部が黒く塗りつぶされたみたいに真っ黒なの……映像も流れてこないし、カラーバーみたいに色の変化も現れない……」

「うんとそ~やな~……、じゃあストー今俺がなに考えてるか解るか?」

 

 和真はそういうと、オルソン大尉から貰ったいやらしい雑誌を思い出し、脳内にそれを投影した。

 するとストーは穴があくほどに和真を見つめる。

 それはもはや見つめると言うよりも睨み付けるの域に達していた。

 やはり見ることが出来ないのかストーの目はさらに細くなり顔も徐々に和真に近づく。

 

「ど、どうや?」

 

 和真の声を聞いたストーは集中が途切れてしまったのか照れながら慌てて顔を離した。

 

「え、えへへ……、やっぱりダメだった……」

 

 和真もその反応を見て信じることにした。

 普段のストーなら、やらしい雑誌を見た瞬間に茹蛸のように真っ赤になるからである。

 それと同時に安堵もしていた。

 これで、昨夜のことをストーに知られずにすむと。

 

「そっか……、第一町に帰ったら原因を見つけれるようにレオに相談するか」

「うん」

「それと、次の作戦までに戦術を変えとかんとな。ESP能力が使われへんのやったら、意志の疎通の方法を変えなあかんし」

「……ごめんね、和君」

 

 そう言って小さくなりながら落ち込むストーに和真は笑いかける。

 

「別に気にする必要もないやろ?」

 

 そして頭を撫でてやろうと手を伸ばすが、自分が寝転んでいるためにストーの頭に手が届かないと気が付いた和真は、頭の代わりにストーの頬を軽く撫でる。

 

「あっ……」

 

 頬を撫でてやりながら、和真は当然だと言わんばかりに告げた。

 

「俺とストーなら、ESPなんかに頼らなくたって全然余裕や、やろ?」

 

 そう言って笑う和真にはじめ驚いたが、その感情を喜びと自信が飲み込む。

 

「うん、そうだね」

 

 ストーはそういうと、和真の手の温もりを味わうように自身の手を重ね合わせ瞼を閉じた。

 

「でもね、一つわかったことがあるんだ」

「ESPで俺の心が見えんくなってからか?」

「うん……、それはね。あっ、やっぱり内緒♪」

「えぇ~、教えてぇや~!」

「さっきの仕返しだよ~♪」

 

 ストーはそう楽しげに笑いながら、確かめるように心中で呟く。

 

 初めてあなたの心が見えなくなって、凄く怖かった。

 でも、今はそれで良かったと思える。

 私はあなたの心が見えなくなることで、初めてあなたと同じ位置に立てたのだと思う。

 あなたが今何を考え感じているのか。

 それを想像して過ごすだけで、一日が過ぎ去ってしまいそうだ。

 この力が使えなくなったことで、あなたとの時間が私にとってどれだけ重要なのか体と心で感じることが出来るようになった。

 今は、あなたのことを思い答えを探すことが楽しくて仕方がない。

 ESPが使えたなら、この不思議な感覚を味わうことは、なかったと思う。

 だから私は、ESPが使えなくなって良かったと思っています。

 

「ストー?」

「な、なにかな?」

「俺は少し寝たいから、時間が来たら起こしてくれへんか?」

「うん、わかったよ」

 

 ストーはそう言うと、移動し和真の頭を自身の膝の上に乗せた。

 

「お、おい……」

「おやすみなさい」

 

 ストーはそう言って和真の頭を優しく撫でていく。

 和真はその温もりに導かれ微睡の中に沈んでいった。

 

 ストーの匂いかな……?

 なんでだろうか、凄く落ち着く。

 

「母さん……」

 

 静かに寝息をたてる和真をストーは、頬を膨らませながら覗き込んだ。

 

「お母さんはひどいんじゃないかな?」

 

 そう言いながら、両掌で和真の両頬をそっと挟み込み遊ぶが反応は帰ってこない。

 

「もぅ……」

 

 ストーは短く溜息をこぼすと眉尻を下げた。

 

「喜べば良いいのか、悲しめばいいのか……少し、複雑……」

 

 ストー達のようなオルタネイティブ第3計画により生み出された人工ESP発現体は、その能力で人生が大きく変わる。

 試験管の中で生を宿し、外に出てまず初めに確認されるのがESP能力が発現しているかの確認、ここで能力を得ることが出来なかった個体は廃棄される。

 次にその世代群の中での能力の強弱、その世代の基準に満たないと判断された個体は廃棄される。

 最後に衛士適正の有無の確認。

 ESP能力が他の個体よりも優秀な個体、数千と生み出される人口ESP発現体の中でも希少とされる衛士適正を兼ね備えた個体。

 これらは、後の実験対象として生きながらえることが出来る。

 その他の特にこれといった特技のない中途半端な個体達は、生き残る可能性が限りなく低い実験に向かわせられる。

 それをストーは間近で見続けてきた。

 明日は我が身だと必死に能力の向上に努めた。

 死にたくなかったと言う理由だけではない。

 ただ、自らの存在理由を得たかった。

 人と認められたかった。

 ESP能力とは、知りたくない人の心の闇をまざまざと見せつけて来る。

 研究所から連れ出される時、ストーが見たモノは強烈に彼女の脳裏に焼き付いていた。

 それは嫌悪、生まれてから変わらずに研究者達から向けられていた感情。

 ストーの努力は最後まで実ることは無かった。

 そしてストーは自分の価値を変えるための努力を諦めた。

 そんな中で出会ったのが和真である。

 ESP発現体としての群としてや、気味の悪い化け物としてではなく。

 個人として認識し、慈しみの心をもって接してきた初めての他者。

 努力をすれば褒め、間違いを犯せば叱り、笑い、悲しみ、怒る。

 そんな当たり前を当たり前として教えてくれた人物。

 ストーが和真に依存するのは、当然のことでもあった。

 ストーはそんな当たり前のさらに先を和真に求めた。

 そのために、ストーは出来る努力を重ねていった。

 出来る努力とは、ESP能力を高めることと衛士としての腕を高めること。

 その結果が、言葉を必要としない和真との連携。

 和真の作戦、合図、次の行動、それらすべてをリーディングで読み取り逆の場合はプロジェクションで和真に伝える。

 他者から異常とまで言われる連携は、こうして生まれた。

 だが、それは出来なくなってしまった。

 これは和真がストーを不必要と判断する材料になってしまうのではないかと、ストーを怯えさせた。

 でも実際はそのようなことは無く、むしろ慰められる結果になってしまった。

 ストーはこれに喜んだ。

 能力の有無に関係なく自分自身を見てくれていると感じたからだ。

 だが同時に複雑な感情も抱いた。

 さらに和真に必要な存在として認められるために努力し身に着けた力を、それほど重要だと思われていなかった点がだ。

 なにか、和真に一線引かれた気がしたのだ。

 ストーは、ESP能力が使えなくても和真が自分の事を女として見ていない、見ようとしていないと理解した。

 ストーは勢いよく上体を倒し和真の顔を至近距離で見つめる。

 

「絶対に認めさせてやるんだから」

 

 そう意気込んで見せたモノの、和真の安心しきった寝顔を見た瞬間に思考のすべてを奪われる。

 

「……可愛いなぁ」

 

 眠っていなければ、軽いおしおきコースが待っている発言。

 だが当の本人が惰眠を貪っているのだ、聞こえる訳がない。

 ストーは、和真の前髪を優しく指先で整える。

 

 この時間が未来永劫続けば良いのに……。

 

 ストーは、そう思った。

 

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