Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
2001年2月10午後15時30分
イギリス領・イングランド南東部・イーストサセック州・ブライトン
滝から流れて来る濃い霧のように湿った空気がBDUの上から体を包み込む。
頭頂部から太陽の光がサーチライトの如く降り注ぎ、黒い影が足元のレンガで形作られた道、インターロッキングブロックに染み込んでいく。
影の数は五、各々が好き勝手な速さで移動する。
進行方向の左側、南の方角を見れば太陽の光を反射する鏡の様に、海が輝いていた。
壊され蘇った、歴史の流れとも言うべき建造物の数々、砂浜を削る波の音、カモメの声、日本人の感性から言わせてもらえば絵本の世界そのものだ。
そんな幻想的な世界の中で、脱力感を体全体で表現している哀れな男が一人、まるで裕福な家庭に買われていく奴隷のように垂れ下がった腕をそのままに歩き続ける。
「ねぇねぇ、次はあそこのブティックに行きましょ!」
赤いリボンで人房にまとめ上げた金髪を、ふわりと浮かせイルフリーデ・フォイルナー少尉は、前方のブティックを指さす。
「賛成!」
それに続くようにして、マリア・ヴィクトリア・メアリーは黄金の巻き髪をバネの運動のように、バインバインと上下させ目的の店に走る。
「お、おい……」
「ほら、ベルナも行こ!」
「ふん」
夜空の星々のような銀髪を風に靡かせながら、ストー・シェスチナ少尉は、不満げに鼻を鳴らすベルナテッド・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエール少尉の腕を掴み先に行った二人を追いかける。
「ちょ、ちょっと!」
嫌そうな口調ではあったが、ベルナの目と口は確かに笑っていた。
「お、お前等……」
そんな青春の1ページに参加すら出来ていない虚しい男は、ただただ重い枷を持った腕を虚しく伸ばした。
「まだ、買うつもりなのか……」
女の買い物に付き合わされ、荷物持ちと言うある種の奴隷と化した五六和真中尉は、がっくしと下がり切った肩をさらに落とした。
「あぁ~……疲れた~~……」
海岸線沿いに伸びるキングス・ロードから街中に続く道、シップ・ストリートで和真達は一息ついていた。
和真は、アイス店の前に用意されているベンチに深く座り天を仰ぐ。
ベンチの両端には、BLサイズの紙袋が六つ和真を圧迫するように置かれていた。
「どんだけ買うつもりだよ~~~」
次々と和真の口からは悪態が飛び出す。
だがしかしだ。
買い物の支払いを任せられ、荷物持ちさせられ、女の長い買い物に延々とつき合わされれば愚痴の一つでも言いたくなるのは仕方がないことである。
しかも、女連中はアイスを選ぶのにキャイキャイ黄色い声を発しながら楽しそうに会話をしている。
ガラス一枚隔てた外にいる和真の声は、聴かれる心配がない。
そのため、盛大に愚痴を零しているのだった。
それからさらにに待つこと10分、ようやく決まったようだ。
ストー達は、色鮮やかなソフトクリームやアイスクリームを手に満面の笑顔だった。
「……美味しいか?」
和真の問いに、美少女四人衆は息がピッタリ合ったサムズアップで答えた。
「あっそ……、よかったよ」
「はい、これ和君のだよ!」
ストーは和真の前に立つと、左手に持つ薄く黄色いソフトクリームを差し出した。
和真はストーの右手のアイスクリームを見る。
赤やら青やら緑やら、形容しがたい色のアイスクリームだった。
それを美味しそうに舐めるストーを和真は少し引き気味に見る。
こいつのチャレンジ精神は、本物だな……。
和真は、頬を牽くつかせながらそう思った。
すると、ストーは和真が自分が食べているアイスクリームを見ているのに気が付く。
「こっちが良かった?」
「嫌、俺は左手のソフトクリームで良いよ」
「そう、―――ハイ」
「ありがとう」
そして、受け取ったソフトクリームを口を開け食べようとした時、イルフィが話しかけてきた。
「……それ、美味しそうですね」
和真はそれを無視し、ソフトクリームにかぶりつこうとする、が―――。
イルフィは、和真の動き一つ一つを見逃さないように真剣に見ていた。
まさに、砲撃支援の名に相応しい集中力である。
素晴らしいことだ、だが今の和真には気味が悪い存在であった。
イルフィの視線に耐えかねた和真は、渋るような声で話しかける。
「……一口、食うか?」
「本当ですか!?」
まさに、花が咲いたようにイルフィは破顔する。
和真はその幼子の様な笑顔を見て、仕方がないと自分に言い聞かす。
「ほらっ」
和真は、イルフィが食べやすいように少し傾ける。
「いただきま~す!!」
イルフィは、そう言うと和真のソフトクリームの三分の二を奪い去っていった。
「……は?」
和真はなにが起こったのか理解出来ないと、目を点にさせる。
「う~~~、美味しい♪」
目の前で茫然としている和真のことなど完全に放置し、イルフィは頬を両手で包み込む。
ほっぺたが落ちてしまいそうなのだろうな……。
数瞬霞む視界の中で、和真は冷静に分析した。
「……」
手に収まるソフトクリームを見る。
入道雲のように盛られていたソフトクリームは、傘雲のようにコーンカップの淵から少し顔を出すほどしか残されていない。
言葉に出来ない虚しさが和真を襲う。
だが、感傷に浸っている場合ではない。
残された禁断の果実を早く口にしなくてはならないのだ。
イブに先を越され、食い止しを与えられたアダムもきっとこんな気持ちだったのだろう。
和真は静かに口を開く。だが、ヘビはそれをしっかりと見ていた。
「なぁ、それってそんなに美味しいのか?」
マリアは、和真にいやらしい視線を送りながらイルフィに問いかける。
「ふは、えっと……、口に含んだ瞬間にフワ~って上品な甘さが広がって、濃厚な香りとコクと絹の様になめらかな舌触りが一体となって押し寄せてくるのよ!あぁん、私もそれにしとけばよかった~~!」
イルフィは自らのアイスを舐めながらそう答えた。
「へぇ~~……」
「な、なんだよ」
マリアの視線に嫌な汗を垂らしながら、和真は聞いてしまう。
「いやさ……、イルフィが食べたそれを和真が食べるってことは、間接キスだよな?」
イルフィの顔が蕾から花開くバラのように、真っ赤に染まる。
だが、和真は動じない。
「はっ、なにを言うかと思えば……、そんなのいちいち気にしていたら衛士なんてやってらんねぇよ」
もう構うもんか!
和真は残されたソフトクリームに口を向かわせる。
だがその瞬間、和真の目の前に神速の如き速さでストーの顔が現れた。
「はむ!!」
コーンカップの真ん中の位置、すなわちソフトクリームが詰まっているであろう場所までストーは咥え込んでいた。
ガリッとコーンカップが砕け散る音と共に、和真の手にコーンカップの残骸が零れ落ちる。
「あぁーーーーーッ!!」
たまらずに和真は叫ぶ。
またしても和真は放置され、ストーはボリボリと咀嚼する。
「本当だ!美味しいね!!」
「ねぇ~そうでしょ!」
イルフィとストーは、キャイキャイとはしゃぐ。
和真は石のように固まり、トカゲの尻尾のようになった禁断の果実を見つめる。
マリアは、石となった和真からコーンカップの残りを取り上げると、それを口に放り込んだ。
「いらねぇんなら、貰ってやるよ」
マリアの声は、もう耳にはとどかない。
なんとか、声帯を鉱物からなまものに蘇らせた和真は震える声で呟く。
「……お前等、えげつねぇよ」
その時、女神が舞い降りる。
「みっともない顔してんじゃないわよ。ほら、私のをあげるから……」
ベルナは、哀れな子羊を見る目で和真に自分のアイスクリームを差し出した。
和真の瞳に光がさす。
「別に勘違いしないでよね!あんたの情けない顔を見ていたら、アイスを食べる気が失せただけなんだから!!」
どれだけ貶されようとも、今の和真にはベルナが女神に見えていた。
「ベルナ~~~~ッ!!」
和真はたまらずにベルナに抱き着く。
「うわっ、こらっ、やめなさい!!」
和真がベルナに抱き着いている姿を見てマリアとストーは、手に持つ一口だけ食べたアイスクリームに視線を落とす。
そして、視線を上げた二人は目を合わせると互いに苦笑を浮かべた。
2001年2月10日午後17時00分
ブライトン・ロイヤル・パビリオン
外観はインドの宮殿、内装は中国清朝を意識された数ある城の中でも異色を放つこの城に和真達はいた。
和真は、理解できない芸術的なバンケットルームの数ある丸テーブルの内の一つに陣取り城を案内される際セバスチャンに説明されたこの城の歴史を思い返す。
国王ジョージ4世が皇太子だった1783年にブライトンを訪れた際にこの海辺の町を気に入り、父親の当時の国王ジョージ3世に、別荘を作ってもいいかと尋ねたことが始まりとされている。
ジョージ4世は、放浪者で浪費家だったそうだが、芸術センスは群を抜いていた。
ブライトン・ロイヤル・パビリオンは、そのような歴史の末に建造された城であり、地元住民の誇りであると同時にこの地の歴史の鏡としての役割をしていた。
そのため、質素倹約の範を示しているイギリス王室の今の方針とは真逆にすべてが豪華絢爛に彩られている。
そういう大切な場所のはずなのだが、和真は首を傾げざる負えない。
主にジョージ4世の芸術センスにだ。
和真は、その最たるものの一つを視界に納めるために天井を見る。
そこには、禍々しい銅製の大きなドラゴンが天井から重さ約1トンのシャンデリアをまるで囚人を地獄に運搬するかのように翼を広げ支え吊るしている。
シャンデリア自身にも、見張りをするかのように金のドラゴンがあしらわれている。
視線を彷徨わせる。
血の様に赤い絨毯、夜の闇を思わせる天井、今にも動き出しそうな数々の騎士甲冑、まるでラスボスの部屋のようだ。
「……当時のジョージ4世は、きっと中二病だったんだな」
和真は考えることを放棄した脳味噌から言葉を選び吐き出した。
すると、奥の無駄に豪勢な扉が重く開く。
「お待たせ!」
現れたストー達は、それぞれ手になにかを持っている。
良く見なくとも、それが弁当であることはすぐに察しがついた。
四人は和真と同じテーブルにそれぞれ座り、テーブルの上に弁当箱を置いていく。
「あれ、マリアはなにもないのか?」
和真がそう問うと、マリアは挑発的に笑った。
「気合を入れたから、少し待ってろ」
「さぁ、食べようぜ!」
マリアの声を合図に、蓋をあけていく。
「和真さん、はいどうぞ!」
イルフィの弁当は、ドイツ人らしいシンプルな物だった。
丸いパンであるブレートヒェンをナイフで切れ目を入れバターを塗り、ピクルスとソーセージを挟んだ簡単なサンドイッチを渡される。
「ポテトサラダもありますからね!」
「あぁ、ありがとう」
和真は豪快に頬張りながら返事を返す。
「五六様、お茶をどうぞ……」
「セバスチャンさん、すみません頂きます」
「ラスクうめぇ~~~ッ!」
「ぽろぽろこぼさない!」
声のした方を見ると、ベルナのサンドイッチケースから、ラスクを取り出し食べていたマリアとそれを諌めるベルナの姿。
「ベルナ、お前の弁当一つくれないか?」
和真がそう言うと、ベルナは無言でサンドイッチを取り出し手渡す。
「へぇ~、うまそうだな……」
フランスパンの間に、レタスにゆで卵、ハムにきゅうりを挟み、味付けにマスタードとマヨネーズ、随分と本格的だった。
「当然よ。フランスを舐められる訳にはいかないからね」
美味しそうに食べる和真の姿に、ベルナは得意げに胸を張る。
「和真さん、私のはどうでした!?」
イルフィが負けじと身を乗り出す。
「はしたないぞイルフィ、イルフィのはシンプルに素材の味が出ていて美味しかったよ。ただ、合成食材を使っているせいかな?ベルナのしっかりと味付けされたサンドイッチの方が俺は好みだ」
「ぐぬぬぬ……」
悪く思わないでくれよイルフィ、俺のソフトクリームを奪い取った君が悪いんだ。
和真は、少しばかりの悪戯心も含めて笑顔で悔しそうにするイルフィを見る。
「でも、ポテトサラダは絶品だったよ」
「本当ですか!?」
歯ぎしりしそうな程に悔しがっていたイルフィは、一瞬で笑顔に変わる。
本当に表情がコロコロ変わり、見ていて飽きない。
「ほら、ストー?」
「う、うん……」
マリアに背を二度優しく叩かれたストーは、手に持つ弁当箱を静かに和真に差し出す。
「お前が……、作ったのか?」
「う、うん……」
和真は、内心感激していた。
日ごろから、そういう女の子らしいことは二の次とし、ただただ戦うことばかりを教育してきたからだ。
こみあげて来る感情が、父性から来るものだと理解していた和真は、にやけ面を隠そうともせずに二段になっている弁当箱の一つ目の蓋を開ける。
「へぇ……」
中身は、一番身近な日本風の弁当だった。
からあげ、タコさんウィンナー、卵焼き、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸し等々、色とりどりのおかずが入っていた。
「すご~~い……」
イルフィが素直に感嘆する。
「……美味しそうね」
ベルナですら、素直にそう言った。
「すごいじゃねぇか!」
マリアは我がことのように喜んでいる。
「どこで勉強したんだ?」
「本を見たり……して、独学……で」
未だに不安を隠しきれていない、小さくなったストーの頭を和真は優しく撫でる。
「良く、頑張ったな」
「……♪」
和真の普段よりも優しい手つきに、ストーは気持ちよさそうに目を細めた。
人として成長してくれているのが、和真は素直に嬉しかった。
だが同時に、胸の奥がアイスピックで刺されたように傷んだ。
そしてその痛みの正体を二段目の蓋を開けることで理解した。
「やるわね」
「やだ……素敵……」
「こいつは、どストレート」
「……」
二段目の弁当箱の中には、和真の予想通り白いごはんが入っていた。
だが、その上には海苔で大きくハートマークが作られていたのだ。
今度は何度も何度も執拗にアイスピックで胸の奥を刺される。
「……」
ストーは、不安そうに和真を見ていた。
和真は、上目づかいに潤んだ瞳で見つめるストーに対し、悟られないように努めて明るい笑顔を作り、いつものように力任せに頭を撫でる。
「ストーもやれば、できるじゃないか!もう、どこにお嫁に出しても恥ずかしくないよ!」
「はわっ、あわわわ!」
ストーは頭を振られ情けない声を上げる。
だが、嬉しそうな姿を見て和真はこの返しでよかったのだな、と安堵していた。
和真は、あの表情を知っていた。
ある感情を抱き、それを与える者に対して向けるものだと。
そしてそれを失えば、どうなるのかも……。
ストー、その感情を俺に向けるのはダメだ。
他の人なら、手放しに喜ぶだろう。
でも、俺にそれを向けてはいけない。
なぜならその感情は……、偽物なのだから……。
偽物の感情に飲み込まれてはいけない。
和真はそう思うも、ストーにそれを告げる気にはならなかった。
近々BETA大規模掃討作戦が始まるために、ストーのコンディションを良好に保つためと言うのもある。
だが、和真の奥底の感情は私利私欲に塗れたヘドロだった。
ストーの和真に向ける好意と言う感情、それはストーの中に生きるニクスのモノだからだ。
博士やレオが言うに、原因は不明。
だが、確かにニクスの経験を記録したナノマシンは微量だがストーの中で生きていた。
和真にはその原因に心当たりがあった。
本来ならばありえないことだが、そうとしか思えない。
1990年最後の日、ナノマシンにより複製されたニクスの髪飾り。
それが砕け、ストーに降り注いだ。その時だろう。
つまり、ストーの和真に向ける愛情に近い好意は、ナノマシンにより植え付けられた偽の感情なのだ。
そして和真は、ニクスの想いが今も自分に向いているという安心感が欲しいがためにストーを利用していたのだ。
和真は理解している。
こんなことは間違っていると、だがそんな理性を吹き飛ばしてしまうほどに恐ろしいのだ。
なぜなら、和真はいつも、愛した人を強引に奪われ続けてきたのだから。
「―――ま―――かず―――、和真!!」
仄暗い思考の海から、和真は帰還する。
「あっ……、な、なんだ?」
「あっ、なんだ?じゃねぇよ!ボーっとしてさ、ストーが一生懸命作った弁当食べないのかよ?」
「えっ?あ、あぁ、食べるよ!!」
少しイラついたマリアにそう言われ和真は、箸を手に持つ。
「ストー、いただきます」
「どうそ、召し上がれ♪」
ストーにそう言われ、和真は美味しそうに我武者羅にストーが作った料理を胃に納めていく。
―――俺は今、ちゃんと美味しそうに食べられているだろうか……。
―――俺はちゃんと、笑えているだろうか……。
俺は――――――最低だ――――――。