Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
2001年2月10日午後22時00分
ブライトン・ロイヤル・パビリオン 寝室
紅蓮の炎で焼かれたかのように真っ赤な部屋。
照らすランタンの炎が幻想的に影を揺らめかす。
皆の手製の夕食の弁当、最後の締めはマリア手製のトード・インザ・ホール(穴の中のヒキガエル)だった。
それが登場した時のベルナとイルフィの顔は戦々恐々としており、見ていて大層笑えた。
ベルナが放った一言。
「それ、フロッグ・イン・ア・ボグ(沼の中のカエル)じゃないでしょうね!」
「イギリス300年の歴史を誇る伝統料理を馬鹿にする気かぁ!!」
マリアは顔を真っ赤にしてそんなことを吠えていた。
「まぁ、うまかったからよかったけどな」
和真は備え付けの無駄に豪華なベッドに寝そべりながら思い出し笑いをした。
「……明日の朝には、イギリスとお別れか」
和真達は2月11日の朝一に今回の任務を解かれ、BETA大規模掃討作戦に参加するための準備をはじめにロイヤル・スウィーツに向かうことになっていた。
ベルナやイルフィも同時刻に原隊に復帰するために発つことになっている。
「なんだか……、凄くながく感じたな……」
ベルナやイルフィ、マリアの顔を思い浮かべる。
「あいつらとも、何年も馬鹿をしあっていたような感覚だ……」
すると、和真の体がポカポカと温まりだす。
「この温もりは……、そうか……、懐かしいな……」
それは、エヴェンスクにいた時の感覚だった。
第03小隊、ジャール大隊、スルト大隊、皆の顔が浮かんでは消えていく。
「……戦友と言うより、ただのバカな友人だな。あいつらは……」
和真は、喜んでいるのか悔やんでいるのか形容しがたい表情をしながら立ち上がる。
そうして手近な所に置いていたククリナイフを鞘から抜き取った。
ランプの煌めきが赤黒く淀んだ刃を邪悪に染まらせる。
ククリナイフの刃が屈折している箇所、そこが僅かに欠け落ちていた。
ククリナイフを少し傾ければ、欠けた個所の光は仲間外れにされたみたいに闇に吸い込まれる。
自らの誇りで他人を切り殺したのは、あれが初めてだった。
もう、過去の出来事として脳のタンスの奥深くに封じた記憶。
怒り、悲しみ、恐怖に塗り抱くられた人をなんの感慨もなく切り裂いた思い出。
ククリナイフ同様欠け落ちたなにかは、もう見つけ出すことが出来ない。
高所から地面を命綱無しに見下ろす体がフワフワする感覚、昼過ぎに感じた背筋にミミズが這いずり回るかのような感触、和真は落ち着いた様子で丁寧に鞄の中からナノマシンを抑える錠剤を取り出す。
左手に取り出した錠剤を持ち、右手ではククリナイフを力強く握りしめる。
突然の発作、これが戦場にいるときに来られると命にかかわる。
戦場では、錠剤を飲んでいる暇などないのだ。
和真はどこまで自力で耐え、発作を抑えることが出来るのか確かめようとしていた。
和真は瞳を閉じると自らの世界へと深く沈み込む。
瞼の裏に張り付いた闇に手を引かれ、先へと沈みながら歩き続けた。
すると、和真は闇の中で足を止めた。
それは、壁であり底だ。
感覚を確かめる。
和真は気味の悪い感覚が収まっていくのを感じる。
「なるほど、ここまで集中しなければ収まらないというわけか……」
深呼吸し、和真は思考の海から引き返そうと思考を加速させる。
まるで、平面の歩くエスカレーターのように、直線型の昇るエスカレーターのように歩くより速く、走るより遅いスピードで壁であり底である場所から出口に向かう。
―――――憎い
―――――殺せ
―――――憎い
―――――殺せ
それは聞いたことの無い声だった。
毒沼の気泡のように出口に向かう和真に呪詛を吐き続ける。
この声がどこから来るのか、自らの内に集中している和真には理解出来た。
「そんな……ことが……?」
その声は、全身から内に響き渡っていた。
頭長から足の先、内臓に骨、全身が声を荒げている。
憎い、殺せ、憎い、殺せ――――
その声の主達は、和真に想いを共有してもらおうと懇願している。
数人なら無視出来たであろう、数十人なら罵声を浴びせ黙らさられたであろう。
だが、数百人ともなれば話は別である。
数の暴力に晒される以外に、取るべき手段が見当たらない。
和真が出口に向かうにつれ、その声は訴えを強くしていく。
憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ―――
そうして呪いは人の形に整えられていく。
数百の黒い影が緑色に輝く瞳を携えて、闇の中で血塗れのククリナイフを振り上げる。
そして、ククリナイフと言う呪いを植え付けようとにじり寄る。
その時、上り戻る和真の隣を銀色の星が下り行った。
和真の前に躍り出た長い髪の銀色の星は、和真に代わり影の想いを受け止めるかのように腕を広げた。
和真はデジャブに襲われる。
閉まるドア、苦しそうに微笑む表情、母の眼差し、奪われた温もり。
「リリア……?」
さらさらとこぼれる長髪の隙間から、またあの表情を向けられる。
その隣から、姫を守る騎士のように大男が影に睨みをきかす。
顔は見えない、表情が分からない、それでも誰の背中でその温かさを忘れた日など無かった。
「サウル……?」
その二人に、呪いの刃が振り下ろされようとしていた。
憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ、憎い、殺せ ―――
伸ばす手、届かなかった無力な過去、二度目なんてたくさんだ。
無力な手には、力の象徴、ククリナイフが握りしめられていた。
未来で自分がなにをすればいいのか、一瞬の間に脳が答えを導き出し体が反応した。
リリアとザウルと影の間に体をねじりこませ。
「うる……さい……」
ククリナイフを振り上げる影を自信の力で切り裂いた。
「黙れぇええッ!!」
堪え切れずに和真は叫ぶと、瞼をこじ開けた。
「はぁ……はぁ……ちくしょう、なんだってんだ……」
和真は呼吸のリズムに合わせて苦しそうに上下する腕を無理やり動かし錠剤を口の中に放り込んだ。
脱力したようにベッドに腰を落とすと、和真はククリナイフの柄頭を額に押し付けた。
「……訳分かんねえよ」
だが、和真は確認することが出来た。
その昂揚感は、なんとも形容し難く内側が焼けるように熱いのに対し外気に触れている皮膚は身震いするほどに冷えている。
「今度は……守れた……」
リリアとザウルを背にし敵を切り裂いた感覚は、愉悦と言う熱湯を滾らせる。
和真は確実に前進したのだ。
方角は分からない、ゴールが定まっていない人生という茨の道、和真は立ち止まっていた足を持ち上げ歩を進めることが出来たのだ。
その時、和真がいる寝室の扉が静かにノックされる。
「……」
和真は、肺から熱した何かを吐き出すとおもむろに腰を上げ扉を開けに向かった。
「よっ!……へへへ」
扉を開くとそこにはマリアがいた。
だが、その身に纏っていたのはイギリス軍兵装であった。
国連軍のC型軍装と大した違いの無いイギリス軍兵装ではあるが、それを身に纏っているのはそこらにいる兵士では無い。
仮にもイギリス王位継承権第四位の女王が着ているのだ。
その事実は和真を大いに驚かせた。
「どうした?」
和真の問いに、マリアは照れたような笑顔のまま答える。
「ちょっと、話がしたくてな……付き合ってくれないか?」
2月10日午後22時40分
和真とマリアは二人きりで、ブライトン・ロイヤル・パビリオンを後にし、浜辺から海を眺めていた。
和真は周囲を眺め、イギリス近衛軍が護衛をしていることを確認する。
すると、ブライトン・ロイヤル・パビリオンから無言を通していたマリアが口を開けた。
「なぁ、あそこで話さないか?」
マリアが指さす先には、高さ100mの灯台がくるくると光が回転し遥か先まで照らしていた。
ただし、そこは浜辺から突き出す形で存在するブライトン遊歩桟橋の先に存在しており陸地からは500m程沖に存在している。
和真はそれを確認すると、静かに首を振った。
「別にあそこでなくても良いだろ?」
だが、マリアは譲らなかった。
「いや、あそこで二人きりで話したいんだ」
和真はその言葉に、少しばかり苛立ちを覚える。
「お前は、昨日今日でなにを言っているんだ。少しは自分の立場を考えたらどうなんだ?」
「わかってる……、わかっているさ……、わかったうえで言っている」
マリアの瞳は引くことが出来ないと語っていた。
「だから……、五六和真中尉、あなたに命令いたします。私、マリア・ヴィクトリア・メアリーをあの灯台の元まで連れて行きなさい」
「ぐ……、了解致しました」
女王に命令された和真は、素直に折れるしかなかった。
ブライトン遊歩桟橋に存在する灯台の足元は、海陸風により陸から海へと吸い込まれるように風が吹いていた。
和真は納得する、この風の中であればイギリス近衛軍の集音機器で自分達の声を拾うこともままならないだろうと、そして今から聞かれたくない話をするのだと。
「すごい風だな、髪がめちゃくちゃになっちまう!」
マリアは嬉しそうにそう言いながら、砂金のような長髪の人房を片手で抑えている。
「それで、話ってのは?」
マリアとは打って変わり和真は開けた場所にいることに居心地の悪さを感じていた。
マリアに意識を向けつつも、なにがあっても良いように回りすべてに警戒の糸を張り巡らす。
少しの余裕も見せようとしない和真にマリアは一瞬悲しげに眼を伏せるが、切り出すことに決めた。
「俺さ、14日から始まるバレンタイン作戦が終わったらさ……結婚することになったんだ」
波の音が一瞬消えたと錯覚した。
「……そうか、おめでとう」
4日後から開始されるBETA掃討作戦は2月14日に行われることからバレンタイン作戦と命名された。
洒落が効きすぎていて不愉快だ。
和真は作戦名を知った時にそう思った。
「そ、それだ……け……か?」
マリアの顔は悲しげに歪められていた。
「それ以外?まぁ、良かったじゃないか。マリアもいい歳なんだしそろそろ腰を据えてだな」
和真はそう言うと、ポケットからタバコを取り出しマリアに見せる。
マリアが頷き返すと、手で礼を伝えタバコに火をつけた。
「スぅ~~~はぁ~~~……、そりゃ俺だってマリアの古い知人な訳で、相手がどんな奴か~とか、相手方の親族は良い人達なのか~とか、嫁姑関係で苦労しないか~とか、考えるよ?でもさ、王室の事に一般人の俺が首を突っ込む訳にはいかない、だろ?」
マリアは、和真の言葉を俯き震えながら聞いていた。
マリアの背後にそびえ立つ灯台が流れる時を暗示しているかのように、潮に侵され汚れたコンクリートを光照らす。
「~~~ッ」
和真は頭を掻きむしり、タバコを携帯灰皿に押し込んだ。
「なあ、マリア」
マリアが失意に淀んだ瞳を和真に向けた。
「幸せの定義って誰が決めたんだ?
普通の幸せの普通って誰が決めたんだ?
富を得ることが幸せか?
名声を得ることが幸せか?
誰からも慕われることが幸せか?
俺は違うと思うね。
俺は、最後に笑っていられることが幸せなんだと思う。
終わりよければ全て良し、誰かに決められたレールを走る必要なんてない。
最後に自分の意志で笑っていられた奴が幸せ者なんだ」
「……その、言葉って」
和真は、優しく笑いながら続けた。
「マリア、お前は今、やりたいことをやれているか?」
マリアは、面食らったかのようにパチパチと瞬きを繰り返した。
「ははっ……、ブーメランみたいに帰って来やがった……」
「あっ?なんや言うたか?」
マリアは、この時久々に見た和真の笑顔に見惚れていた。
その笑顔は忘れるはずが無い。
11年前、オスロで見た。
ニクスの隣で見た情けない笑顔だった。
「なんでもねぇよ!」
マリアは火照った体を押さえつけるようにして、手を胸の前で固く握りしめた。
「なんやねん」
和真は唇を尖らせ、不服だと訴える。
「ははは……」
和真とマリアは、お互いに黙ったまま波と風の音を30分近く聞いていた。
「なぁ……」
マリアが緊張感の欠片もない声で声を発する。
「あん?」
「今回の結婚……てさ、政略結婚だよな?」
「まぁ、そうなんちゃう?」
「や~だ~なぁ~~ッ!」
マリアは全身を使って拒否を訴えていた。
「わがままいいなや?どうせ、ええとこの坊ちゃんやろ?今時、そんな高物件残っとらんで?」
「ジジイ、想像してみろ。もし、結婚相手だって連れてこられた女が豚とゴリラを掛け合わせたようなキメラだとして、お前、キスとか夜の相手とか……出来るか?」
「うわやめろよクソガキ、想像しちまったじゃねぇか!」
和真は鳥肌が立ったのか両腕を擦りあわせる。
「ひどッ!!」
灯台の足元の暗がりに明るい声が響く。
そこにいたのは、泥だらけの少年のような少女と、情けない顔をした青年だった。
「まぁ、国とか王室とか大切なものって色々あるやろうけどさ。まずはさ、やりたいことをやれよ。お前にだって、夢や目標ってモノがあんだろ?なら、嫌なことは嫌ってはっきり言ってやれ」
マリアと談笑を続けていた和真はそう笑顔で言った。
「夢……か……、なぁジジイの夢ってなんだ?」
和真はそうマリアに問われると、夜空の星を眺めるように顎を上げ、同時に二本目のタバコを銜え火をつけた。
「クソガキ……、先にお前の夢を教えてくれやんか?」
和真の質問を質問で返す行いに対して嫌な顔一つせずにマリアは会話を進める。
「俺の夢……、俺の夢はこの国をもっと良くして、皆に幸せになって欲しい。漠然としか見えていないくても、ゴールなんて存在していなくても、俺はそれを目指したい。父様のように……」
マリアの瞳はタバコの先端から生まれる紫煙を捉える。
その揺らめく煙が、今後の人生を暗示しているようだった。
「俺も、お前と一緒やよ……」
和真は、マリアが見ている煙と同等のモノを肺から吐き出す。
「人々の真実の平和をだれよりも望んでいた父さんの願いを叶えてあげたい。父さんの願いは、いつしか俺の中で夢に変わった。俺にはスタートラインなんて存在していなかった。それでも、ゴールはすでに決まっている気がする。だから、俺は夢を叶える」
和真はそう一人で語ると、首をマリアの方に向けた。
「だからクソガキ、お前もお前の道を進め。俺も俺の道を進むから……」
マリアは和真のその言葉に、何かを感じたのか一瞬目を大きく開く。
そして、口を開けては閉じを数度繰り返した。
溢れ出る感情を抑えるように、腹筋に力を入れ、蛇口を捻るようにゆっくりと想いを吐き出す。
「じゃあさ……、一歩、踏み出してみるよ……」
マリアの言葉に和真は嬉しそうに微笑み、美味しそうにタバコを味わうと、マリアから視線を外し天に届かせるように煙を吐き出す。
「でも、夢を実現するためにはもっと努力しないと―――ッ!」
「…………」
それは、瞬きをする一瞬の出来事だった。
マリアの涙に濡れ閉じられた瞳が目の前にあった。
暖かな太陽の香が和真の鼻腔をくすぐらせる。
両頬を包み込む掌は、微かに震え熱が伝わってくる。
人差指と中指の第一関節で挟み保持していたタバコは、すり抜けるようにして零れ落ちる。
タバコが地面と触れ合う音を合図に、マリアはキスを止め名残惜しそうに顔を離し数歩下がる。
音もない上品なキスを終えたマリアは、真っ赤になった顔を隠そうともせずに、御淑やかにしていた。
両の腕を胸の前で握りしめ、月の光を海面以上に反射し砂金のように輝く髪と、ダイヤモンドのような涙を風にさらわれながら、幸せを噛み締めるように笑顔を作った。
「苦いな、タバコの味がした」
「お、お、おま、お前……なに、を……」
突然のことに狼狽える和真をそのままに、マリアは真っ直ぐに和真を見つめて云った。
「俺は……、私は、和真……、あなたを愛しています」
「こ、婚約者がいるだろう!?」
「顔も名前も知らない相手だし、他人に自分の道を決められたくない。先方には悪いけど、断る」
「だからと言って……」
「和真、私は本気だ!和真には私の隣で最後まで共に歩んで欲しい」
気丈に振る舞っているが、和真を見つめるマリアの瞳には涙が溢れ続け握りしめた手は、血の気が失せ白くなってしまっていた。
そんな姿を見ているからこそ、和真はマリアに向き合うと決めた。
「……ごめん、マリアの想いに応えてあげることは出来ない」
マリアは、和真の謝罪の言葉を聞き下唇を噛み締める。
涙の量は更に増し、和真の顔が歪んで見えていた。
それでも、マリアは和真から視線を逸らさない。
応えてくれた男に対する礼儀であると考えたからだ。
断られても後腐れなく、そう望んでいたからだ。
「り、理由……を、ヒック……うぐっ、聞いても、いいか?」
和真は、優しく父のような表情で穏やかに語り掛ける。
「俺はな、まだニクスのことを忘れられないんだ……、情けない話、先に逝った女のことを今も引きずっている。執着心とでも言えば良いのかな……、それを支えにして生きている。それに、俺がマリアの隣を歩くとマリアの夢の阻害になってしまう」
「そんなことは!」
「そうでもないんだよ……、マリアは皆の幸せのためにゴールを目指すんだろ?マリアなら、確実に現われるであろう、夢を邪魔する人達ですらそのゴールに連れて行きたいのだろう?」
マリアは堪えるように頷く。
「その夢は素晴らしいことだと思うし尊いとも思う。君のゴールは皆にとっての希望になりえる。でもね、俺のゴールは違うんだ」
「え……、でも皆の幸せを……平和を手に入れることが、夢じゃ……」
「そう、皆を幸せにしたい、笑顔でいて欲しい、そのために平和が欲しい。でも、俺が言う皆は、俺の道を邪魔しない人達限定なんだ。俺自身、邪魔をする人達のことを考えているような余裕を持てない。だから、そんな奴らはどうなっても構わないとすら考えている。……醜いだろ?」
「……」
マリアは反論したくても、うまく言葉が出てこないでいた。
和真はそんなマリアに頷き答える。
「だから、俺みたいな種類の人間が君の隣を歩くことは出来ないんだ。過去の思い出に浸り、数ある未来をすり潰しながら、自分が決めた平和の未来をゴールに定めている。ゴールと言う未来が見えていないマリアが正常なんだ。俺は、どこか狂っているから……」
和真は、悲しそうな顔をしながら言う。
「俺みたいな男は、悪影響しか与えない。それでは、君の夢の妨げになるし君を幸せにすることが出来ない。……ごめん」
そう言った和真の胸にマリアは顔を埋めた。
何度も何度も執拗に和真の体を殴る。
今までの想いを晴らすように、殴り続ける。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、バカ、ばか、馬鹿野郎……」
そうして、風に負けないほど大きな声をあげ泣き叫んだ。
マリアの初恋は今この時に終わりを迎えたのだ。
だが、それは人としての大事な前進である。
ある意味で、マリアの道の妨げになっていた和真を、マリアは越えることが出来たのだ。
そして、和真はもう一つの障害を理解していた。
「なぁ、マリア?」
「なんだよ……」
泣きつかれたマリアは、和真にお姫様抱っこされブライトン遊歩桟橋を引き返していた。
「イギリス軍兵装を着ているのって理由があるのか?」
「あぁ、バレンタイン作戦での演説を俺がすることになった。今日は、その予行演習をしていたんだ」
「トラウマは克服できたか?」
「……」
マリアは気まずそうに視線を逸らす。
「詫びのつもりでは無いけれど、俺に一つ提案がある」
「……なんだよ?」
「御まじないをかけてやるよ!」
和真はそういうと、マリアの頬に手を添え視線を混じらわせる。
「マリア、俺の目を見るんだ……」
その日の晩、マリアは失恋からベッドの枕を涙で濡らし泣きつかれ眠っていた。
不安だった。
BETAと戦争をするのが、その演説を自分がするのが、まるで無理矢理に皆を盾にするようで怖かった。
だから、験を担ごうと思い初恋の相手であり今も好きだった和真に告白したのだ。
勇気を分けて貰おうと、だがその結果は失敗に終わってしまった。
信じることが出来なかった父や、オスロでBETAに食い殺された皆の記憶が蘇る。
奥歯がガチガチとなり、寒気が全身を襲った。
ま るで死ぬ前兆のように全身から熱が奪われていく。
世界に一人きりにされてしまっかのような孤独感がマリアをさらに暗闇へと誘う。
その時、ベッドに横たわるマリアの肩に温かく大きな手が触れた。
さらに、小さな手が現れマリアの肩に触れると、熱が体を駆け巡り安心感が心を満たした。
マリアは夢の中だと理解しながらも、瞼を開ける。
すると、マリアの目の前には彼女の父とオスロでの仲間が笑顔で立っていた。
白く優しい温かさに包まれた世界の中で、マリアは先程とは別の種類の涙を流す。
「父様!皆!俺、俺……」
そう叫ぶマリアに、誰も答えてくれはしない。
ただ、笑顔で見つめてくれていた。
その笑顔が、マリアに未来への道を指し示す。
マリアは皆の笑顔を見、謝罪することを止める。
この場での言葉はそんな言葉では無いと理解したからだ。
「ありがとう……俺、頑張ってみるよ!」
その言葉を絞り出せた時、マリアの意識は急上昇を開始した。
「夢?」
目が覚めたマリアの瞳には、太陽の色が映り込む。
「嫌違う……」
マリアは上半身をお越し、胸に手を添えた。
そして、そこにいた誰かに告げる。
「ありがとう」
マリアは勢いよく、ベッドから飛び出すと元気いっぱいに伸びをした。
「うぅ~~~~ん……、良しッ!!」