Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior   作:はんふんふ

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ボマーズ

 バレンタイン作戦発令から、一週間が経過していた。

 宿主の体を食い荒らす増殖するウィルスのように、地球の中心まで繋がっているかと錯覚してしまうほどの、巨大な穴からはBETAが次々と這い出していた。

 吹き飛ばされ、燃やされ、切り刻まれ、踏みつぶされ、貫かれ、この世の苦痛を一手に背負うかのように痛めつけられながらも、聖地を目指す殉教者の如くBETAはその歩みを止めはしない。

 あたり一面は死体の山、流れ落ちる血潮は大地を穢し、水を濁らせる。

 それでも、進み続けるBETAによりフランスの大地は一層さらに増える勢いだった。

 宵闇の中、噴炎を引きながら獲物を追い詰めるライオンのように、美しいまでの隊列を見せるのは、ネフレ軍の中でも一番金のかかる戦術機、招き猫を任せられた精鋭達、一個大隊36機のボムキャットは、稜線の先から見える黒くおぞましく蠢く生物の群れを捉える。

 深い闇の中、網膜投影システムには赤外線センサーにより深緑と赤色によるコントラストが浮かび上がる。

 すでに慣れた、癖になってしまったとさえ言えるトリガースイッチを押す任務。

 サークルに十字の紋章が眼前に浮かび上がる。

 衛星と偵察部隊とのデータリンクにより、遥か先を進む宇宙からのお客様の横顔がはっきりと見えた。

 心臓が高鳴る。

 脳の奥底からアドレナリンが溢れだす。

 眼前には、ロックオンされたBETAが映るのみ。

 今自分がどのあたりを飛んでいるかなどは、部隊間データリンクを始めとした計器類で確認するしかない。

 もしかすると、足元には戦車級が涎を垂らしているかもしれない。

 突然目の前に突撃級が現れるかも知れない。

 それを確認するすべなどない。

 なんせ、目の前に映っているのは遥か先の映像だからだ。

 BETAと人間のチキンレース。

 嫌、相手は気づいていないのだから実質は自分が勝手にそう思い込んでいるだけでしかない。

 指先が震える、心臓の警報が堪らないと叫ぶ。

 

 早く……早く、俺に、押させてくれ、BETAが肉片に変わる瞬間を見せてくれ!

 

 その時、部隊長から通信が入る。

 

「前方百メートル地点で、着地、姿勢整えが済み次第作戦に映る」

 

 きた……、キタキタキタキタキタ!! 待ってました。

 

「全ボマーズ姿勢整え、完了」

「了解した。全部隊間データリンク統合、射線軸をオートに、……放て!」

 

 36機のボムキャットから放たれた50を超えるフェニックスミサイルは、地面を這うように進む。

 フェニックス、炎をつかさどる悪魔、隊形を組んで飛翔していくさまを後方から見れば、まるで炎の鳥のように美しい。

 

「イッケェえええええッ!!」

 

 俺は知らず知らずの内にそう叫んでいた。

 閃光、爆音、衝撃波、リズムを刻むように襲い掛かってくる勝利のメロディー、たまらない。

 視界が回復、フェニックスミサイルを打ち終えた今、遥か彼方ではなく自信の体が見える。

 BEATの群れは半場から削り取られたかのように分断されている。

 その中に光線級は、何体残っているのだろうか。

 そもそも、光線級の群れが確認されたから俺達が出張ったのであって、50発越えのフェニックスミサイルをぶちかまして、生き残りがいるなんて考えたくもない。

 

 その時、戦域地図に黄色い斑点が浮かび上がってくる。

 

「うへぇ……」

 

 それは、光線級の生き残りがいることを示していた。

 

 これは、失敗したと見てよいのだろうか?

 ボマーズに残されたフェニックスミサイルは、残り約50発、いけるのか?

 でも、行かなければならないのだろう。任務を達成できなかったのだから。

 

 CPから通信が入る。

 

『全ボマーズは、別命あるまでその場で待機だ』

 

 部隊長が、訝しげに答える。

 

「残りの光線級は、どうするのだ?」

『心配は無い、残りは彼等に任せておけばいい』

「彼等?」

 

 その時、明星作戦で見た変態的な動きをした戦術機と同じ動きをする戦術機がBETAの群れの中に飛び込んでいったのを確かに見た。

 BETAの群れの中から、上空に向け幾多もの光の柱が伸びる。

 それは見間違うはずの無い光線級のレーザー照射だ。

 光線級が撃ち落していた物、それは50km後方に展開していた、G6-155mm自走榴弾砲より放たれた無数の砲弾の雨だった。

 機甲兵団の迅速な展開に、少数精鋭の戦術機部隊によるレーザーヤークト、さらに後方から近づくのは後詰の大規模な戦術機と攻撃ヘリの部隊、ネフレ軍のやり方だとすぐに気が付いた。

 その時、仲間の一人が驚きの声を上げた。

 

「すっげぇ……、もぅ三十匹以上の光線級をたいらげたぞ。それになんだよ、あの突撃前衛の戦術機、まるでモグラが穴を掘ってるみたいにBETAの群れを削ってやがる」

 

 データリンクによりリアルタイムに更新されていく戦域地図を確認しながら、俺は確信した。

 

「懐かしいねぇ~、明星作戦以来じゃねぇの英雄志願者」

 

 

 

 仮設補給要塞陣地ドルー

 

 

 作戦開始から一週間が経過したころ、仮設補給要塞陣地ドルーのシャワールームは、いつも以上の賑わいを見せていた。

 理由としては、作戦が順調に推移しもう数えるのが馬鹿らしくなるほどのBETAの波をある程度抑え込むことが可能となったことがあげられる。

 それに先立ち司令総本部は、陣地をさらに内陸部へ広げることを決定し、仮設要塞陣地ドルーには、大幅な物資の運び込みが行われることとなった。

 その物資の中にはメンタルヘルスケアの面から、様々な娯楽が含まれていた。

 過剰なまでの水も運び込まれ、本来コップ一杯分しか使えなかったシャワーもどきは、やっと本来の姿に戻ることができた。

 込み合うシャワールームの一番奥、人ごみの中もっとも入りずらくもっとも出にくい位置でありながら、水槽の中に彫り込まれた金魚の如き人の群れから極力干渉されない位置を陣取っていたのは五六和真であった。

 久々にサランラップのような衛士強化装備を脱ぐことが出来た和真は、体にへばりついていた気持ちが悪い何かを、頭から盛大に水を浴びることで洗い流す。

 トイ・フラワーの皆やストーとは行動を共にしていない。

 待機時間中なので、好きに息抜きをしているのだろう。

 和真はそう考えながらも、疲れを流していく。

 

「アメリカ軍が来たところは、リトル・アメリカになる……。たしかに、その通りだな」

 

 和真は、アメリカの力と言うものを肌で感じていた。

 もともと間仕切りなど存在していなかったシャワールームには、全身が隠れる立派な間仕切りがいつのまにか出来ていた。

 これは、個人の時間を与えるためにアメリカ軍がやったことである。

 それだけではなく、前線の人間のように平然と人前で裸になれない後方の人間のための処置でもあった。

 

 前線の常識が後方の常識に汚染されていく。

 

 和真は、アメリカを嫌う人間の気持ちが少しわかった気がした。

 

「こんな風に徐々に、アメリカの常識に飲まれていくところを見れば、それがなんであれ、侵略されている気持ちにさせられるわな」

 

 そう言った気持ちが強くなれば、文化の侵略の危険性を危ぶみ始める。

 被害妄想だと、切って捨てることも出来るが、ここまでの力の差を見せつけられれば、致し方ない事なのかもしれない。

まあ、文化なんてものにウェイトを置いていない移民大国にしてみれば理解できないのかもしれないな。

 

「そろそろ出るか」

 

 蛇口を捻り、シャワーを止め腰にタオルを巻き個室を後にしようと扉を開く。

 

「お待たせしました。次、どうぞ」

 

 和真は順番待ちしているであろう人物に向け言ったのだが、返事が返ってこない。

 どうしたのかと、視線をそちら側に向けると顔を真っ赤にし、バスタオル一枚で体を隠すストーがいた。

 

「なんだ、ストーだったのか。待たせて悪かったな、お前も疲れを取ってくるといい」

 

 そう言って、扉を開けた体制で中に入ることを促すがストーはまたしても返事を返さない。

 ストーは、大きく見開いた瞳に和真を捉え茹蛸のように赤くした顔を一度上下に動かす。

 そして、もう一度繰り返すように首を上下に振りある一点を凝視したまま固まる。

 ストーの視線の先、それはタオルに隠された神秘。

 和真は視線に気が付きながらも特に気にせずに、ストーの肩に手を乗せた。

 

「ほら、他の人の邪魔になるだろ?」

 

 ストーの全身が一度大きく震え、ゆっくりと顔を上げるといつもの和真の顔がストーの瞳に映り込む。

 そしてストーは、気が付く。

 自分が和真の男の象徴を目に穴が開くほどに見ていたことを、そしてそれを和真に見られていたことを。

 ストーは、羞恥に駆られ肺の奥底から今の気持ちを込めた叫びを吐き出しそうになる。

 

「き――――」

「ちょッ!!」

 

 そして、和真に腕を引かれ個室の中に引きずり込まれた。

 多くの人が行きかう喧騒の中、奥の一室の扉が独りでに閉じるのに気が付いた人間は一人もいない。

 

「む~~~~~っむ~~~~~ッ!!」

「落ち着け、落ち着けってばッ!!」

 ストーは和真に押さえつけられるように壁を背にし口を手で塞がれていた。

 ストーの体を守っていたバスタオルはすでに肌蹴ており、大きな二つの双丘が激しく脈動している。

 和真の前で裸になっていることの恥ずかしさや、エッチな人間なんだと思われたという焦りが、ストーの思考を白く塗り上げる。

 

「ふ~~~~、むぅ~~~~」

 

 知らぬ間に涙が溢れ、和真の顔がぼやける。

 痛くも悲しくもないのに、何故涙が溢れだすのかもわからないストーは、ただ声にならない声を意味もなく出し続けた。

 和真は、ストーが息継ぎをするために奇声を止めた一瞬を見計らい、蛇口を力一杯回し、押さえつけていたストーを今度は力強く抱きしめた。

 

「ほら、大丈夫大丈夫」

 

 なにが大丈夫なのかいまいちよくわからないが、ストーの涙を久しぶりに見た和真は、昔そうしたように優しく抱きしめ背中を撫でてやる。

 すると、ストーは和真の背中に弱弱しく腕を回し静かに泣き始めた。

 

「ふぅぇえええ……」

「はいはい」

 

 ストーの泣き声は、水が床のタイルを叩く音に消されていった。

 

「もう、ひどいよあんまりだよぉ」

「ごめんごめん」

 

 和真とストーはあの後、軍装を身に纏い仮設基地内の廊下を歩いていた。

 

「びっくりしたんだからね!」

 

 そう言ってプンスカ怒るストーに、和真は素直に謝る。

 

「それより、月子さん達はどうしたんだ?一緒に行動しているモノだと思っていたのだが」

 

 ストーは、人差指を空中に突き出し円を描くようにクルクルと回しながら楽しげに話し出した。

 

「えっとね、アメリカ軍の人達とお金を賭ける遊びをしていたの!和君聞いて聞いて、園子さん凄いんだよ!一回も負けないで勝ち続けて、お札の山を築いてたんだよ!」

「へぇ~、そりゃ凄い。――――ってちょっと待て、お前一人で抜けてきたのか?」

「うん」

 

 元気に頷くストーに和真は深く溜息をついた。

 

「作戦が始まってもう一週間だ。心に余裕が持てなくなっている連中も出始めている。出来る限り、単独で行動するな」

 

 ストーは和真に中尉され、小さくなってしまう。

 和真は、理解したストーを褒めるように頭に優しく手を乗せる。

 

「皆心配しているかもしれないな、案内してくれるか?」

「うん!」

 

 和真が案内された場所は、戦術機整備ハンガーの裏手にあった大きめのテントだった。

 外界から遮断されるように作られた緊急用の野外テントは、もともと医療班に回される物である。

 そのうちの一つが、あるということはBETAとの戦争を知らない大馬鹿野郎か、余分に発注していた賢い遊び人かの二種類しかいなく、そのどちらもがろくでなしなのは、確定事項だ。

 こんな所に来るほどに、園子さん達は娯楽に飢えていたのだろうか。

 嫌、恐らくウザい連中をうまく躱すことが出来るからだろう。

 

 トイ・フラワーの皆を引きずり出してでも連れて帰るか。次の出撃のことについても相談したいし。

 

 和真がそう考えていると、突然ストーがテントに向け走りだそうとした。

 和真は慌てる様子のストーの肩を掴み、嫌な予感がしながらも尋ねた。

 

「どうしたんだ?」

「中で、園子さん達が揉め事に巻き込まれてる!」

 

 慌てるストーとは対照的に、冷静な和真はストーに自分の傍を離れないように言いストーを自分の背に隠し、ゆっくりとテントの入り口を開けた。

 テントの中では、異様な雰囲気が出来上がっていた。

 テーブル一つを挟み二つのグループが睨み合い、一つのグループが戸惑いをあらわにしていた。

 入り口から見て左側にネフレ軍の集団、右側にアメリカ軍の集団、入り口周辺にオーストラリア軍の集団。

 罵詈雑言が要撃級の集団に向け放つ劣化ウラン弾の如く飛び交い、中には腰の銃に意識を向けている者までいる。

 ただ事ではないと、誰が見ても理解出来た。

 和真は近場にいたオーストラリア軍の兵士になにがあったのかを聞く。

 

「いったいどうしたってんだ?」

「それがよ。うまいこと別々の軍の奴等が集まったからそれぞれ一人ずつ代表を出してカードしてたんだ。それでよ、金が結構膨れ上がってた時に、ネフレ軍から紫色の長髪の女が出てきてさ、瞬殺、その女が金全部持って帰ろうとしたらプレーしてたアメリカ軍の野郎がいちゃもんつけ始めたんだ」

 

 その女がすぐに園子だと気付いた和真は頭を抱えたくなる衝動を必死にこらえた。

 

「……でも、それだけならここまでひどくはならないだろ?」

「それがよ、止めに入った女の子を野郎が殴っちまってさ。それで、ネフレ軍側がプッツンよ。アメリカ軍側も仲間を庇うために正当性を主張しだして、そんで収集が付かなくなっちまったってわけさ。MPを呼ぶわけにも行かないし、ハァ……」

 

 和真は聞き終わると、ネフレ側を見る。すると、テーブルのネフレ側にトイ・フラワーの姿を見つけ、人の波をかき分けて進む。

 

「月子さん、大丈夫ですか!?」

「すみません、大丈夫です……」

 

 殴られた当の本人である月子は、千夏に濡れたハンカチで殴られた場所を冷やされている。

 ストーは、泣きそうになりながら千夏に支えられている月子の傍に寄る。

 

「あんた達、よくも月子を……」

 

 園子は、怒りを堪えるのに必死なのか握りこぶしを手から血の気が失せる程に握りしめている。

 大事にしてはいけない、和真はそう考えアメリカ軍を背にネフレ軍の集団に向き直る。

 

「皆、落ち着いてくれ、俺達はこんなことで揉めてる場合じゃないだろ?」

「お前、仲間を殴られて黙っていろって言うのか!?」

「あのアメ公は、女に手を上げたんだぞ!?」

 

 怒りの矛先が和真に向く。

 同じネフレ社の家族なのに、何故アメリカの肩を持つのかと怒りの槍が和真に次々と突き刺さる。

 和真はその怒りを受け止め、瞳で皆に訴える。

 

「あんた……」

 

 園子は、和真が言わんとしていることが理解出来た。

 そのため、くやしげに俯くと一歩下がる。

 その姿を見ていた他のネフレ軍も頭の熱が冷めてきたのか、皆押し黙る。

 和真は自分が言いたいこと、BETAと戦争をしている時に、人間同士でいざこざを起こす事の愚が自らの身を破滅に導くということが伝わったのを確認すると、ネフレ軍の集団に背を向け、アメリカ軍の集団に向き直る。

 

「今日のところは、これで御開きということでどうだろう?」

 

 和真は、アメリカ軍の側にも冷静な者がいると信じそう提案した。

 

「あぁッ!?何言ってんだ。はい、わかりましたって引き下がれると思ってんのか?まずはイカサマをしたそっちが謝るのが筋だろうが、オイ!」

 

 アメリカ軍の集団の先頭に立つ、赤髪を逆上げたショートヘアのいかにも田舎のヤンキーな男は、顔を真っ赤にし喚きたてる。

 

 彼が、園子さんとカードをしていた当事者か。

 

 和真はそう判断し、アメリカ軍側から冷静な人物が出て来るのを数秒待つが、そんな人物出てこなかった。

 和真は、アメリカ軍の集団を見る。

 皆、落ち着きがなくなっており、疲労を貯め込んでおり、余裕を失っていた。

 前線を体験したことがない連中だということがすぐに分かった。

 和真は心の中で溜息を吐く。

 

 悪役になるのは構わないが、正直めんどくさいな……。

 

 和真は、頭を下げた。

 

「ちょ、おい!」

 

 園子が驚きの声を上げる。

 

「……すまない、引いては貰えないだろうか?」

 

 静寂がテントの内部を包む。

 ネフレ側は、皆が屈辱を堪えるように歯を噛み締める。

 オーストラリア軍は、二転三転する状況についてこられていない。

 そして、アメリカ軍は――――。

 

「ハハハハ、マジかよ!頭下げたよ、コイツ」

「そりゃ、俺達の物資がなけりゃなんにも出来ない連中だもんなぁ?」

「お前等っていろんな戦場に行っては、暴れるだけ暴れて金をせびるんだろ?いいよなぁ~。さすが、銭ゲバのジプシーだぜ、俺達みたいに正義の心で戦えないのかねぇ?」

「お前達は、俺達の盾になってりゃいいんだよ!そしたら、俺達がパパッとBETAを退治してやるさ」

「この一週間で俺達の仲間は、50人死んだんだ。そのくせ、俺達の娯楽に突き合わせてやって、物資を分けてやってんだ。感謝しろよ、なぁ!」

 

 この言葉に、ネフレ側は沸点を軽く超え、オーストラリア側も沸点を越そうとしていた。

 ここにいるアメリカ軍の連中はすでに正確な判断が出来なくなっている。

 初めての戦争で、仲間の死を見せられて、集団で狂ってしまっている。

 哀れだと思う、かわいそうだと思う、だが、この空気では俺の安い頭を下げたくらいではどうしようもない。

 

 ―――イライラする。どうして、俺がこんな無駄な時間を過ごさなければならないのか。馬鹿馬鹿しい、この程度のことでカッカしてんじゃねぇよ。

 

 テント内部の空気から火薬庫の匂いがしそうなほどの異常な空間、ネフレ側の人間がアメリカ人を殴るために飛び出そうとした瞬間、頭を下げていた和真は勢い良く姿勢を戻すと黙って歩みを進める。

 

「和君……?」

 

 和真の苛立ちを感じたのかストーが、心配そうに和真の名を呼ぶが和真はそれに応えようとはしない。

 罵詈雑言を吐き出し続けるアメリカ側を無視し、勢いよくイスを引き落ちるように座る。

 机の上に積まれていた札束の山が崩れ落ちる。

 

「ごちゃごちゃ、うるせぇな……」

 

 まるでそこにいる全員が冷水を浴びせかけられたかのように、黙り込む。

 

「つまらねぇことに時間潰しやがって、こんな事してる暇があるなら、精神をもっと鍛えたらどうだ?」

「アァッ!!」

 

 赤髪のヤンキーが、和真に競うようにしてテーブルにつく。

 和真はその男に視線を合わせる。

 嫌、その男を通じてそこにいるアメリカ人全員を見ていた。

 

「いいか、一つだけ反論してやる。今作戦が始まってから、ネフレ側の死者は200人を超えている。何故か解るか?俺達は、お前達がしたがらないレーザーヤークトを進んでしているからさ。好き放題に喚き散らすのを止めはしないが、数字は入れないほうが良い。恥ずかしいだろ?」

 

 和真の前に座る男の顔は、まるで赤鬼のように紅潮する。

 

「これはお願いでは無く、提案だ。今日はもう引け、金はくれてやる」

 

 和真がそう言って席を立とうとした時、赤髪のヤンキーは不敵に笑い言った。

 

「敵前逃亡するような、腰抜け、後ろから撃っちまうかもな」

 

 イスに座りなおした和真は、冷徹な瞳で相手を見据える。

 

「それは聞き捨てならないな」

「だってよぉ~、お前みたいな腰抜けが代表して出てくるような軍隊なんて、腰抜けの集まりだろ?さっきの200人って数字も、BETAに背を向けたからじゃないのか?」

 

 アメリカ側から下卑た笑いが、巻き起こる。

 

「……なら、どうすれば俺達が腰抜けで無いと証明出来る?」

「これで、俺と勝負しろ」

 

 赤髪のヤンキーは、そう言うと机の上にある物を置く。

 それは、リボルバーの拳銃だった。

 黒く光る凶器を前にして、和真は平然としていた。

 

「ふぅん……、わかった」

「和君っ!!」

「ちょ、和真お前!」

「和真さん!!」

「やめなさい和真!」

 

 ストーに、園子、月子、千夏が和真を止めに入ろうとする。

 だが、和真はそれを拒絶する。

 

「少し、離れていてくれ」

 

 それを見ていた相手は、少し関心しながらシリンダーに弾丸を一発込める。

 

「お前名前は?」

「和真だ」

「俺は、イーサンだ。……ロシアンルーレットのルールは知っているか?」

「ああ」

 

 イーサンはシリンダーを適当に回し止める、今和真と名乗った男がどんなビビった顔をしているのか見てやろうと、顔を向けた時、イーサンは一瞬和真の瞳の色が変わっていた気がした。

 

「今なら辞めてもいいんだぜ?そのかわり、俺達は一生、お前達を腰抜け呼ばわりするけどな」

「俺が先で良いか?」

「あ、あぁ……」

 

 イーサンは、この時違和感に気が付いた。

 この和真と言う男は、眉一つ動かずにいると、もしかしたら死んでしまうかもしれないのに、こんなつまらない事で死んでしまうかもしれないのに、何故そこまで平常でいられる。どうして、自分の命に無関心でいられる。

 

 イーサンが気が付いたときには、他のアメリカ人も気づいており、ざわめきは無くなっていた。

 

「ダブルアクションか……」

 

 そんな中、和真は作業を進めるように銃口を自分の側頭部に押し付ける。

 だれも言葉を発することが出来ない。

 まるで悪い夢でも見ている気分を全員が味わっていた。

 撃鉄が起き上がる。

 

「和君、やめ―――」

 

 撃鉄の叩く音が静かに響く。

 

「あ……」

 

 ストーは、その場に座り込んでしまう。

 千夏と園子は、目を大きく開け、月子を口元を押さえていた。

 イーサンの脳は理解出来なかった。

 

 泣いて詫びるものだと考えていた。

 なのに、なんだこれは……。

 

 黒く光るリボルバーを見る。

 

 次は、俺……。

 

 汗が顎から落ちる。

 心臓が口から飛び出してしまいそうだ。

 

 どうする、どうする!

 

 イーサンは壊れた人間の恐怖を見た。

 

「……」

 

 和真は無言で引き金を引き続ける。

 乾いた音が静まり返るテント内を満たし、時折小さな叫び声が聞こえて来る。

 装弾数は6発、和真は5回目の引き金を引いた。

 最後の一発、誰も動くことが出来ない。

 イーサンは理解の外側の存在に恐怖していた。

 その黒い狂気がイーサンに向けられる。

 イーサンは声を発することも出来ない。

 

「俺の勝ちだ」

 

 引き金に和真の指が伸びる。

 殺される。イーサンはそう思った。

 その時、突然空を切るように腕が伸び和真の手に握られた銃口が天を向く。

 

「は~い、そこまで」

 

 和真は、銃身を握る腕を辿り相手を見る。

 

「よ、久しぶりだな。英雄志願者」

 

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