Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
この世には永遠の純白なんてモノは存在していない。
色としての純白は、埃や光など様々な物がそうさせる。
肉体的に言えば、赤子は生まれた瞬間に純白ではなくなる。穢れを知ってしまったからこそ、すべての赤子は泣くのだ。
精神の純白も、人を知り世界を知り罪を知れば、濁ってしまう。
神から与えられた純白を個人色に塗りつぶしていくことを、進化と呼ぶのか劣化と呼ぶのか……。
いずれにしろ、それは明らかに神への冒涜と呼べるだろう。
ならば、我等人とは等しく堕天なのか。
否―――。とは、言えなかった。
有象無象の知識の宝庫である図書館から、目当ての本を迷うことなく見つけ出すように、潜伏していた私を見つけ出した存在。
それは、真の純白、堕天を知らぬ乙女。
穢れなく生き長らえたからこそ、汚れた者達は皆彼女から逃げ出してしまったのだろうか―――。
私には、そう見えた。
「私から逃げることは出来ない。隠れてないで出てきて、メアリー……」
仮設補給要塞陣地ドルーの端、人影は無く街灯が寂しげに輝いていた。
戦地と安息地の境界に建てられた鉄格子に背を預けストーがそう言うと、影の中からメアリーが姿を現した。
「ESPの力ですか……。さすが第六世代、あなたの前では仕事が出来そうにない」
メアリーが姿を現したのを確認すると、軋む鉄格子から背中を離し歩みだす。
ストーからは、普段のあどけなさが消えており、代わりに凍えそうな程の何かを秘めた瞳を携えている。
その姿は、まさに氷である。
美しく不純物の無い凶器、以前和真が消えていた時の彼女の姿だった。
「そんな事はどうでもいい……、今すぐに社長と話がしたいの。あなたなら、出来るはずよね?」
「確かに、社長との直接回線を持つ私なら、出来ますが……、一体どうするつもりですか?」
「社長に、どうしても確認したいことがある。私にとってとても大切なことが……」
「はぁ……、五六中尉の事ですか。あの人のどこにそんな魅力があるのか……」
メアリーのその発言にストーは苛立ちを露わにする。
「和君の事をなにも知らないで勝手に決めつけないで!」
メアリーは愉悦に打ちひしがれるように体をくねらせると、湿った唇を指でなぞった。
「少なくともあなたよりは彼の事を知っていますよ……、あなたよりは、ね」
「―――ッ!!」
「でも……、他の雄よりも劣る彼が足掻くその姿は、母性欲をくすぐられる……、そう、ですね。彼に魅力を感じはしないが、独占したい。身体と心、その両方を雁字搦めにしたい」
その瞬間、メアリーは突然の眩暈に襲われる。
眼前が七色に回り、脳の芯を金槌で殴り続けられるような不快感。
「くっ……」
膝をつくメアリーを見下ろすのは、純白の乙女。
手を汚すことなく、相手を屈服させるその力はまさに天使に等しいモノだった。
「プロジェクション……、ですか?」
「そう、私の思考を画や色で伝えるこの力を応用すれば、こんなことも出来る。あなたの心を壊すことも……、だから、下手な挑発は止めておいた方が良い」
すると、メアリーは苦しげに両手を上げた。それは、降参を意味していた。
「なら、レオと話が出来るようにして……今すぐに!」
2001年2月22日
フランス領サンヴィル
アメリカ陸軍の対BETA戦の花形戦術機であるF-15Eストライク・イーグルで編成されたブラッド中隊は国連軍司令部の決定により要塞陣地をシャルトルに築くために哨戒任務を言い渡され、サンヴィル周辺の索敵及び、地中と地表両面に振動波探知センサーの敷設作業を行い、今帰路に就こうとしていた。
「これでこの周囲へのセンサー敷設は完了だな」
「BETAも死骸ばかりで、戦術機を出す意味があったのかしら?」
「機甲部隊がこの辺り一面のBETAをキレイにたいらげちまったからな。俺達は、奴らの残飯を片しながら地道にやっていくしかないのさ」
「それにしてもさ、昨日のアレ……今思い出してもイライラが止まらないよ」
「でもあれは、俺達がネフレ社の女を殴っちまったから……」
「なに言ってんだい!あれは、揉み合いになってた時にあの間抜けが出て来たから肘がぶつかっちまったんだ!事故だよ事故!」
「それにしても災難だったなイーサン」
「うん、なにがだ?」
「なにがって……、ほらアイツだよ。偉そうに上から目線でお前に説教してきた、気が触れた野郎のことだよ」
「あぁ……」
「なんだよイーサン、腹立たねぇのかよ!」
「嫌、なんて言うか……」
俺は、どうしてアイツにあんなことを言ったのだろうか……。
ただの意地の張り合い、嫌もっと低俗なモノだった。
そこから、何故想いの話なんかになってしまったのか……。
あの時の言葉が思い出される―――。
ならば、さらなる力を身につけろ。―――想いの力なんてあやふやな、己しか納得させることが出来ない力ではなく。真の力、大切な人達を死なせないための力だ。
その力とはなにを指しているのか……。
あの男ですら確証が持てない真の力とは、どのようなモノなのか……。
嫌、今考えるのはよそう―――。
俺は仲間を一人も死なせたくない。
そのために、出来ることをするんだ。
「おい、イーサン!」
「楽しいお話はそこまでだ馬鹿野郎共」
ブラッド中隊の中隊長が、話がややこしくなる前に喝を入れる。
「昨日は俺のいない間に好き勝手したらしいな、うん?向こうさんがこの件に関して、手を引いてくれなければ今頃俺は、エジプトで掃き掃除をさせられている所だったんだぞ?えぇおい。それだけじゃねぇ、テメェ等は我らが古き栄光に笑顔で泥を塗ったんだ。許せねぇよなぁ~、イーサン?」
「イエッサー」
「そうだろうな~、喜べクソ野郎共ッ!帰ったら腕立て200に腹筋300を2セットに俺が良いと言うまで、ランニングだ。たるんだ贅肉を絞り落としてやるッ!」
その喝にブラッド中隊の衛士達は声を揃えて返事を返した。
「サーイエッサー!」
最後の地中振動波探知センサーの敷設が完了し、帰投のために12機のストライク・イーグルが跳躍ユニットに火を灯し始めるとそれは起こった。
まず初めにそれに気が付いたのはイーサンだった。
「なんだ……?」
網膜投影システムに映し出された各センサーのグラフが上下に振れ始めたのだ。
そしてブラッド中隊の仲間達も気が付き始める。
「音紋センサー並びに両振動波探知センサーにも感有り!これはBETAの地中進行ですッ!」
「解析結果出ました!出現予測位置は……、真下ッ!?」
イーサンは仲間達の焦る声を聞きながら、目視で世界の変化を確認していた。
それは、まるで地面が裏側から耕されているようだった。
「全機緊急離脱!」
中隊長の命令が達せられるよりも早く、ブラッド中隊のストライク・イーグルは前方にブーストジャンプした。それは、日頃からアメリカ本国で行われている潤沢な時間と設備による訓練の成果である。
ただし、いくら世界各国の対BETA戦の情報を集めそれを元に訓練を積んでいたとしても、それを嘲笑うかの如き行動を取るのがBETAである。
「ぐアァッッ!!」
「隊長ッ!」
中隊長が乗るストライク・イーグルは跳躍ユニットを突撃級に破壊され頭部から勢いよく倒れ込んだ。
原因は本来ある程度固まって地中から飛び出して来るBETAが、今回に限り好き勝手に範囲を広げ、ばらけながら飛び出して来たためである。
その内の一体の突撃級にやられたのだ。
イーサンは目の前で砂埃を上げながら倒れ込む中隊長のストライク・イーグルの片手を取り、ロケットモーターを最大噴射、中隊長のストライク・イーグルを半ば引きずるようにして、BETAの噴火から逃れる。
着地すると、ブラッド中隊が当たりを囲み、突撃砲を構えた。
「隊長、中隊長!返事をして下さいッ!」
中隊長からは返事が返ってこない。
嫌な予感がイーサンを襲う。
「……すまない、もう大丈夫だ」
「隊長!―――良かった、今すぐベイルアウトして下さい。一端この場を離れ体制を整えた後に援軍を呼びます」
「いや、お前達だけで先に行け……」
「隊長、なにを!」
「今確認したが、跳躍ユニットと足が持っていかれてる上に、コックピットブロックが歪んでいる。脱出は不可能だ、だから私を置いていけ、ブラッド中隊の以降の指揮はイーサン、お前に任せた」
「なにを馬鹿なことを―――ッ!」
その時、昨日の和真の言葉がイーサンの脳裏に過る。
どうしようも無く助けることが出来ない者は現れる。そんな者を救おうとすれば、自分だけでなく仲間まで危険にさらすことになる。―――わかっているか?
わかっている―――、わかっているんだ、そんな事はッ!!
でも、中隊長には家族がいるんだ!
帰りを待っている人がいるんだ!
悲しむ人がいるんだ!
俺にだって……。
イーサンは、故郷であるアメリカに一人待つ母の姿を思い出す。
戦争で父が死に、兄までもが死んだ。
BETAに殺された。
遺体すら帰って来なかった。
それでも、俺の前では常に笑顔で、いつもと変わりなくて……。
だけど、寝室で一人で泣いていたんだ!
あんな姿を、母のような姿を、悲しみに暮れている姿を、これ以上見たくないッ!
だから俺は―――ッッ!
「隊長、すみません……、その命令を聞くことは出来ない!」
「貴様何をッ!?」
「アラン、エリス!近接戦闘短刀の使用を許可する。隊長の戦術機のコックピットブロックを破壊し、管制ユニットを引きずり出せ!」
「「了解!」」
「残りは横陣の隊形を取れ、二段撃ちだ!」
ブラッド中隊の了解の唱和の後にストライク・イーグルの群れは隊形を整えた。
前列のストライク・イーグルはニーリング・ポジションを取り後列はスタンディング・ポジションで突撃砲を構える。
「HQッ!こちら、ブラッド中隊、ブラッド02!応答せよ!」
「こちらHQ、どうした?」
「BETAの地中進行だ。ポイントN-3-245、大隊規模のBETA群を確認、現在ブラッド中隊、中隊長機の機体が中破、幸い中隊長は無事だが主脚並びに跳躍ユニットが使い物にならなくなっている。また、コックピットブロックが歪みベイルアウトも不可能だ。そのため我々は、近接戦闘短刀を使用しコックピットブロックを外部から破壊し、中隊長を救出する。敵BETA前衛群との彼我距離は4000、混成は不明!救援を要請する!」
「HQ了解、救援可能な部隊を抽出し向かわせる。しばし待て」
「ブラッド02、了解」
その時、アランとエリスが悲鳴に近い声を上げる。
「隊長、隊長ッ!」
「どうした!?」
「隊長のバイタルフラットです!」
「カウンターショックだ!」
「は、はい!」
中隊長の心臓は、なんとか動き始める。
しかし、意識は未だ取り戻していなかった。
中隊長は、今までやせ我慢しながら、それでも隊のことを考えていた。
それに比べ、俺は―――ッ
イーサンを後悔が襲う。
これで良かったのか、どれが正解なのか、なにが間違いなのか。
ただ、選んだのはイーサンであり、それ以外の誰でもない。
選んでしまったのなら、それを正当化するために行動を起こさなければならない。
それは、軍人以前に大人として当たり前のことだ。
「イーサン!BETAの識別が完了している。混成は、突撃級に要撃級、戦車級だ」
「光線級は?」
「……確認しきれていない」
「わかった……」
光線級がいるかもしれない。
それはつまり、頭一つ出した瞬間に溶かされる可能性があると言うこと……。
中隊長機を二機で保持し、噴射地表面滑走で後退することは分が悪すぎる。
ブラッド03が叫ぶ。
「前方突撃級、距離3500!」
イーサンは、覚悟した。
生き残る覚悟を―――。
「アラン、エリスは隊長の救出を最優先だ」
「「了解!」」
「残りは……、分かっているよな?」
その問いかけに対し、ブラッド中隊の衛士達は答えた。
「当たり前だ」
「何年の付き合いだと思ってんだよ?」
「……もう誰も死なせたくないからね」
イーサンは、瞼を一瞬閉じる。
そして、開けた時には、世界最強の軍隊に所属する猛者の顔へと変えていた。
「第一小隊は突撃級の足だけを狙え」
「「「了解」」」
ニーリング・ポジションを取っていたストライク・イーグルの一個小隊は、バレットXM500に酷似したAMWS-21支援突撃砲を構える。
「第二小隊は突撃級の隙間から溢れだす戦車級を刈り取れ」
「「「了解」」」
スタンディング・ポジションを取る第二小隊のストライク・イーグルは、AMWS-21突撃砲を両手に保持し構える。
「第三小隊は、要撃級の相手だ。劣化ウラン弾をたらふくくれてやれ」
「「「「了解」」」」
「訓練通りにすれば、万事OKだ。絶対に、皆で生き残るぞッ!」
ブラッド中隊の衛士達は、負けを知らぬと叫ぶ。
「了解!」
「距離3000!」
「放てッ!!」
砂埃を巻き上げ、まるで地表すれすれで音速域を超えるスピードをだすかのように、爆音と地響きを轟かせ大地を削る突撃級は、ある一定のラインから進めずにいた。
すべての突撃級は死んでおらず、瀕死の重傷を負っている訳でもない。
ただ、片足すべてを穿たれ跪いているだけだった。
ただし前に進むことしか脳に無い脳筋な怪獣は、次々と玉突き事故をお越し身動きを取ることが出来ずにいる。
それを成しえているのは、第一小隊のストライク・イーグルが保持するAMWS-21支援突撃砲と衛士の腕であった。
突撃級の隙間から這い出す戦車級も即座に蜂の巣に変えられ、大きく迂回するしか方法が無い要撃級も成す術無く絶命していく。
その光景は、ある一つの揶揄を前面から否定するに等しかった。
それは、アメリカ軍人は対BETAでは無力であると言うことである。
これは、アメリカ人の若者の多くが前線を経験していないことから、そう言われているが、そんなことは無かった。
現時点で世界最大の国家は、世界最大の育成費、世界最高の訓練施設、世界最長の訓練時間を提供することで、衛士を作り上げる。
それは対BETA戦で疲弊した国家には成しえない、もっとも平均的に強い衛士を合理的に生み出していた。
また、この状況を見ればアメリカのドクトリンもある種先見の明があったと言える。
金の掛かる第三世代機を作らずに、まともな値段で信頼性の高い第二世代機の能力向上と大量生産。
ハイヴを攻め落とすと言う無理難題を戦術機に任せるのではなく。
あくまで、戦術機は広大に蔓延る地上のBETAの殲滅に的を絞った運用を行う。
戦術機に危険な近接格闘戦をさせる必要性など無かったのだ。
ブラッド中隊は皆が平均的に強かった。
装備も機体も戦術も、すべてが互いにプラスの効果を生み出し最大戦火を短時間で築き上げていく。
しかし、後方ではどうしても鍛えることが出来ないことがある。
それは訓練などではどうしようもない、人間のパーツであり、それがブラッド中隊のプラス効果をマイナスに落とそうとしていた。
その正体は心であった。
「くそ、数が減らねぇ!」
「よく見ろ、着実に減ってるだろうが!」
「まだ、終わらないのかアラン!」
「もう少し待ってくれッ!」
「要塞級まで、出てきやがった……」
「援軍はどうなっているんだ!?」
イーサンはストライク・イーグルの外部カメラを通し周囲一帯を目視する。
見渡す限りの肉の塊、近づかせてはいない。
光線級がいないのなら、なんら危険は無い。
だが、巨体が横たわり醜悪な姿を痙攣させ、赤とも青とも緑ともいえない液体を垂れ流す光景は、心を圧迫させていく。
部隊の残弾は、まだ余裕がある。
HQからの通信によれば、近隣の部隊が救援に向かって来てくれているらしい。
もう少し、もう少し耐えれば帰れる。
その時イーサンは気づいてしまった。
見ないようにと、現実逃避していた眼にそれは入り込んでしまった。
そこに浮かび上がっていたのは、15の数字だった。
「えっ……」
その数字を見た瞬間に心臓が締め付けられる。
「まだ、15分……?」
そう呟こうとして、ブラッド03の声により意識は急浮上した。
「イーサンッ!!」
「!!!」
「要塞級だッ!このままだと、押し込まれる!いや……それ以前に、要塞級がこんな近くにいるってことは……」
前衛の突撃級と同じ位置に後衛の要塞級がいると言う事実は、これよりさらに熾烈な混戦が待っていることを意味していた。
嫌な汗がイーサンの頬を伝う。
どうする、どうするどうするどうする!?
思考が駒の様に回転し吐き気を催す。
次の指示を出さなければならないのは、自分自身であり、皆がそれを待っている。
なのに、声が出ない。
要塞級が、跪く突撃級を乗り越えてくる。
中衛後方にいた戦車級の大群がまるで赤い津波の様に押し寄せて来る。
死が迫っていた―――。
その時、突如要塞級が傾き始める。
噴水の様に体液をまき散らしながら、要塞級の後方からなにかが飛び出して来た。
それは、上空で体制を変えると、自身の体よりも巨大に見える長刀の切っ先を地面に向け、跳躍ユニットから爆炎を上げた。
まるで流星のように、一瞬にされど必殺の一撃を持って要塞級の頭部は串刺され息絶える。
さらに、別の要撃級や戦車級も4機の戦術機に文字通り蹴散らされていった。
ブラッド中隊が放つ36mm弾を体にめり込ませながらも進み続けるBETAの群れを見てイーサンは思った。
BETAは、アレから逃げてきたのではないかと―――。
援軍が来たと喜ぶ仲間を余所にそんなことを考えていたイーサンの網膜投影システムに見慣れた栗色の髪をした女性が映った。
「こちらトイ・フラワー小隊、小隊長、藤澤月子です。援護に来ました!」
それは、昨日の女性だった。
一瞬戸惑うイーサンであったが月子が何事も無く話を進め、状況説明をしていく。
イーサンは説明をしながらも、視線ではBETA群の中で暴れ狂う戦術機を見ていた。
何故だろうか、その姿は、酷く脆そうに見えた。