Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
要塞陣地シャルトル
イギリス軍工兵が要塞陣地の建設を急ぐ中、野ざらしに放置された戦術機が17機鎮座していた。
いつも通りの11機、戦争の悲惨さを体現した1機、そして赤色のペンキを頭から被ったかのような戦術機が5機である。
イーサンはその内の一機、セイカーファルコンを見上げる。
元の機体色が変色するほどの血を浴び、食い破られたかのように破損した左腕、BETAを斬り続けたことにより、耐久限界値を超え剥がれ落ちそうになっている右腕、BETAを蹴り殺し踏み殺し過ぎたために変形した脚部。
戦術機がそうなってしまう戦いを目の前で見ていたイーサンは、やはり前線国家が推奨している近接格闘戦と言うモノが狂った考えであると再認識していた。
そして、こうも考えていた。
自分なら、死んでいると―――。
そうイーサンが思っていると、ブラッド中隊の仲間が呼びかける。
「イーサン、中隊長がそろそろイギリスの病院に運ばれるらしい。見送りに行こう」
「わかった!」
イーサンはそう答えると、一度も振り返ることなく走り始めた。
ブリーフィングルーム代わりとして使用している壁が無く屋根だけのテントに椅子を並べ、和真達はデブリーフィングを行っていた。
「見たかよアタシの機動制御!要撃級の攻撃をヒラリヒラリだぜ!」
三浦園子は、自慢の長髪を両手で掴みクルクル回し喜びを表現していた。
「園子さん、危ない事はしないで下さいね!」
藤澤月子が人差指を立て園子を叱るように言う。
「わ、わかってるって……」
たじろいだ園子を見ながら和真がニヤケ面を作ると、矛先は和真にも向いた。
「和真さんもですよ!無理はダメですからね」
「すみません……」
そんな和真を今度は園子がニヤケ面で見つめる。
「もう、園子さん!」
「まぁまぁ、私たちの連携が上手く機能し始めたってことじゃない?」
竹宮千夏は両手でどうどうとジェスチャーしながら、間に入る。
だが、和真の前に立つと和真の額にデコピンをした。
「それでも和真はやり過ぎだからね?いくら突撃前衛だからって無理は禁物、なんどヒヤヒヤしたことか……」
「すみません」
苦笑しながら答える和真に千夏は両手を腰に当て溜息をついた。
「もぅ……」
そんな四人を見ながら、ストーは一人沈んだ表情をしていた。
それに気がついた和真は、席を立ちストーの傍によると膝立ちになり正面からストーの顔を覗き込む。
「どこか、調子が悪いのか?」
「ううん……」
ストーは消え入りそうな声を出すと首を振る。
そして、ストーが伏せていた目を上げ和真を捉えると、じわりと目頭が熱くなり涙が溜まっていった。
「……ッ」
ストーは慌てて袖で拭おうとしたが、和真がそれを制した。
そしてゆっくりと冷えた両掌でストーの両頬を包み込むと、静かに零れ落ちた一滴の涙を親指で優しく拭き取る。
「……」
ストーは潤んだ瞳で和真を見つめるだけで、何も応えない。
和真は、両手に少し力を入れ、ストーの顔を傾けさせるとストーの額と自分の額を重ね合わせた。
「熱は無いか……」
ストーは自身の心臓がまるで車のからふかしのように、やりばの無いエネルギーで心臓を高速回転させているのを感じる。
「なんだ、急に顔が赤くなったぞ……?ストー、本当に悪くないんだな?」
「……」
ストーは黙って一度だけ頷く。
和真は、ストーの両頬から手を離すとストーを真っ直ぐ見つめた。
「はぁ……、そんな所は俺の真似をしなくてもいいんだぞ?」
「え……?」
「ストー、我慢のしすぎだ。俺はお前の上官で仲間だ。俺には、お前の体調管理に気を遣う義務がある。ちょうど、これからエヴルー要塞陣地に向かうことになっているから、着いたら医務室に行って検査してもらえ、良いな?」
するとストーは、今まで黙っていたのが嘘のように言い訳をし始めた。
「だ、大丈夫だよ!さっきだって、バイタルモニターでの私の数値は正常値だったし、どこにも異常はないよ!」
だが、和真はピシャリと言い放った。
「それを決めるのは俺だ」
まだ何か言いたそうにしているストーの肩に千夏が手を乗せる。
「なにかあってからじゃ大変だしね。一応簡易に検査だけでも受けて見たらいいよ」
「千夏さん……」
園子は、和真の背中に覆いかぶさるように飛びつくと嬉しそうにヘッドロックを決めた。
「オゥオゥ!ちゃんと、上官してるじゃんよ~!」
「ちょ、園子さん止めて下さい!!」
そうやってじゃれている和真達を見ながら、ストーは昨夜の事を思い出していた。
仮設補給要塞陣地ドルーのどこか、人目につかない暗がりでストーは小さな画面の奥にいる人物に向け怒りの感情を向けていた。
「どうして手を打ってくれなかったの!?私は、こんなことになっているなんて聞いていない!!」
画面の中にいる人物、レオは腕を組みなおす。
「ふむ……、和真君に対しリーディングが出来なくなったという話は、どうやら本当だったようだね」
ストーはレオに報告した人物である後方に立つメアリーを一瞬睨み付け視線を戻した。
「…………」
自らを落ち着かせるために、例え無駄だとしてもストーは深く息を吐いた。
「……その事も聞きたかったけど、私が聞きたいのはそれじゃない」
「なにかな?」
「どうして……、どうして……、どうして、和君に人殺しをさせたッ!そのせいで、和君はッ!!まだ、その段階じゃなかったッ!!」
ストーはまるで無実の罪で投獄されそうになっている者の無実を訴えるように叫ぶ。
画面の中にいるレオは、それでも落ち着き諭すように語りだした。
「世界か……時か……、そういったモノが許さなかった……、ただそれだけの話だ」
「ッ!!」
「アストン・ホールへ向かう道中のテロ、そこで彼は五人のテロリストを殺した。彼は……和真君は、そこで必死に見ないようにしていた現実を直視してしまった。
嫌、逃げ道を塞がれたと言った方が適切だね……」
画面の中のレオは高級な椅子の背もたれに全体重を預け、天を仰ぐ。
「和真君は己に課した罰への贖罪のために前に進む以外しないだろう。だが、今回の一件で、個人の限界を認めざる負えなかった。そして、さらなる力を求め、無意識化に扉を開いてしまった。本来ならこちらから手を加え解除しない限りあり得ない事だが、和真君はそれを成しえた。……彼が飲み込まれないようにするためには、さらなる経験を積ませるしか方法がなかった」
「……そのために、和君にさらなる人殺しをさせた」
「そうだ……」
ストーは苦悶の表情を浮かべ、唇を噛み締める。
「心とは経験の積み重ねであり、経験とは力だ。和真君の内部に潜む数多の心を和真君の力で抑え込ませる必要があった。要らぬお節介だが、……君の体に流れるそれとは、別の者が和真君に流れている。君が和真君のようになる心配は無い」
「私の事は、どうだって良い!そんなことよりも、もしかすると和君の心は……」
「そうだね……。和真君はさらに力を欲している。こればかりは、どうしようもない」
ストーの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。
「……ただし、もしかすると扉を閉じることが出来るかもしれない」
「どうすればッ!」
「経験の上塗りをしてやれば良い。単純に言えば、心を入れ替えさせてやるんだ。……そんなこと、出来るとは思えないけどね」
ストーは涙を強引に拭うと言った。
「それでも、私に出来ることはすべてする」
「君も一途だね……。そういうのは、嫌いじゃない」
レオはそう言うと、暗い雰囲気を少しばかり四散させた。
「正直なところ、博打ではあるが我々としては和真君がさらに強くなってくれることは有難い事だ。だが、私としては彼にも君にも笑顔でいて欲しいのでね。……少しだけ、時間を作ろう」
レオはそう言い、ストーが返事を返したのを確認すると静かに通信を切った。
通信が切れたのを確認し終えたストーは、立ち上がるとメアリーに対し感謝の言葉を述べることなくその場を立ち去ろうとした。
だが、そんなストーにメアリーは無表情に声をかけた。
「なにか考えがあるのですか?」
ストーは、立ち止まるとメアリーに向かい合うために振り返る。
そこには、いつものストーがいた。
「……わからない。でも、私にやれりることがあるなら、なんでもするよ」
そしてストーは、メアリーの前から姿を消した。
―――ストー
――ストー!
「おい、ストーッ!」
「ッ!!?」
身体が小刻みに揺れていた。
嫌、部屋全体が揺れていた。
ストーに声をかけたのはストーに向かい合うようにして座っていた和真であった。
ストーは今自分がどこにいるのか分からずに首を左右に向ける。
狭い室内、逃げ出すことが不可能と思わせる牢獄のような光量、光を遮りなんのために備え付けられているのか疑問に思う掌ほどの窓、区切りのない長く固い座席が置かれ、壁に縫い付けられているかのようなシートベルトが自由を奪う。
体感では、ストーから向かって左側に部屋が動いており、隣には竹宮千夏が、正面には和真が、その両隣に藤澤月子と三浦園子が座っていた。
頭のモヤモヤが晴れて来ると、自分が装甲車に乗っていること、今現在エヴルー要塞陣地に向かっていることが理解出来た。
すると、正面から心配そうな声が聞こえる。
「おい、本当に大丈夫か?」
声の主は和真であり、和真はストーの様態を確認するためか、真剣にストーの全体を見ていた。
「大丈夫、大丈夫!ごめんなさい、少しぼ~っとしてた」
「……医務室いくぞ」
「はい……」
心配しすぎな和真にストーは少しばかり煩わしさを覚えるが、彼の中で自分と言う存在がそれだけ、大きいのだと考えるとなんだか嬉しくなった。
ストーはそんな考えを戒めるために、頬を力強く叩いた。
皆がギョッとした顔でストーを見ていた。
だが、ストーはそんなものなどお構いなしに、これからどうするかを考えるために一人、思考の海に潜ることにした。
エヴルー要塞陣地に到着する頃には、太陽が完全に沈み外灯が基地全体を強烈に染め上げていた。
和真は、人間の可能性をそこで見つける。
完全に舗装されたアスファルトの道、海に繋がる川に面した場所は工場地帯と化しそのそばには、歓楽街すら出来上がっていた。
エヴルー要塞陣地の中央には、司令部ビルが出来上がっておりその姿はまるでペンタゴンである。
和真は、賑わうエヴルー要塞陣地、嫌、エヴルー要塞基地を見ると込み上げてくるものがあった。
人の可能性、人の力、どのような世界でも人は笑っていられると言う真実。
が、それは鏡張りの虚構の世界であるとも言えた。
歓楽街で店を開いているのは、家を無くし明日の生活のために、出稼ぎで来ている難民達であり、そのほとんどが性風俗産業に従事していた。
何故、こんな最前線に―――、と問われれば時勢であるとしか答えられない。
今の欧州に置いて、衛士、とりわけ男の衛士は財産である。
希少価値と呼べるそれらは、今この場に山ほど存在している。
ここが、後方国家の管轄区だからだ。
今の欧州では子供の段階で衛士適正の有無を確認している。
そして、衛士適正のある子供には多額の補助金が政府から渡される。
子供一人作るだけで、金が貰える世の中で、さらに衛士になれる可能性のある子供とは宝であった。
端的に言ってしまうと、今この場には種馬がいたるところに存在しており、衛士になれる子供が出来る可能性が跳ね上がっている。
もう一つ、可能性が低い話ではあるが、一夜寝た相手に気に入られれば、作戦後に後方国家に妻として迎えて貰えると言うこともあり得る。一夜にして世界の勝ち組の仲間入りである。
深い闇は、煌びやかな世界のすぐ隣でいつも手招きしているのだ。
和真から言わせれば、そんな博打のためにこの様な一級の危険地帯に足を踏み入れるなど阿呆のすることとしか受け取れない。
込み上げて来る感情とは、感動と侮蔑、双方であった。
人の往来を軍属以外にまで広めると言うことの恐ろしさを上層部の連中はわかっているのだろうか。
わかっていてやっているのであれば、この作戦が進む中でケアしてやらなければならない者達が多く発生していることを意味している。
和真は素直に大丈夫なのだろうか、と心配になった。
だが、そんなモノだと思考を止める。
過去の自分がそうであったように、今の自分がそうであるように、日常と化したとさえ報じられている戦争であったとしても、戦場とは非日常の積み重ねであり、モチベーションを保つためには必要な処置である。
ただ、ストーや園子さん達からなるべく、目を離さないようにしていよう。
そう和真は思った。
すると、和真達に向け小走りに近づく影を見つける。
「お~和坊、生きてたか!」
「兄貴!」
兄貴が喜色満面で年甲斐も無く手を大きく振り出迎えてくれた。
兄貴は、ストーや月子さん達に挨拶を済ませていくと、和真の肩に丸太のような腕を回した。
「セイカーファルコンじゃ、やっぱ物足りなかったか?」
「整備の皆にも後で謝りに行くとするよ」
和真が申し訳なさそうにそう言うと、兄貴は豪快に笑い和真の背中を叩く。
「俺達は、お前達が無事に帰ってくるだけで、その日の酒が美味くなんだよ。気にするな!」
「あぁ、そうやね」
「そんなことよりも、皆ついてきてくれ!」
和真達は、頭に?を作り顔を見合わせる。
すると、兄貴はさらに顔に皺を作り子供のような笑顔を作った。
「お前らに俺達からのプレゼントだ!」