Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior   作:はんふんふ

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優しいキスをして

 フランス領ヴァンドーム

 

 

 大地を割る音を轟かせながら、闇夜を切り裂く数多の光芒に照らされ、人類が生み出した巨人の手が蠢き進んでいた。

 BETAが殲滅されたのが確認されていながら、戦時中であるかのようにF-15FOWWワイルド・イーグルの群れが警戒し守っている。

 手に持つ突撃砲の銃口がBETA以外のモノにもいつでも向けられる様に張りつめた異様な空気が辺り一面支配していた。

 

「超電磁モーター起動シークエンスに入ります」

 

 オペレーターの声を聞きながら、クラレンス・リッチは温和な笑みを携えて答える。

 

「機関部の調子はどうかな?」

「はい、全システム及び動作、問題ありません」

「それは貰い物だからね。丁重に扱っておくれ」

「はい、了承しております」

 

 クラレンス・リッチは満足そうに頷く。

 

「主任、お電話です」

「私にかね?はて、こんな時間に誰だろう」

 

 クラレンス・リッチはそう独り言ちると、主任室に向かった。

 

「はい、クラレンスですが……、あぁ君か、まったくこんな時間に……、そっちはお昼かな?あぁ、うまくいってるよ。君はこちらの分野には興味が無いものと思っていたのだけれどね。そうだね分かってる。うまく行けば、大統領に口添えしておくよ。これで当分、君の研究も安泰だね。あぁそうだ、約束通りデータは送っておいたよ見てくれたかい?凄かったよ。いくら私のラプターと言っても、同じ第三世代機をあぁも凌駕するなんてね。ふふごめんごめん。誰かに自慢したくてしかたがなかったんだ。それにしても、君が人に興味を持つなんて珍しいね。彼はやっぱり特別なのかな?おっと、今のは聞き流してくれて構わないよ。私たちはお互いに建設的な関係を築いていこう。うん、じゃあね―――」

 

 クラレンスは受話器を置くと、重そうに肩を回した。

 

「ふぅ……。捨てる神あれば拾う神ありって奴なのかな。好きなことを地道に続けておいてよかった。横浜も必死の様だし、利用出来る者はなんでも利用しないと、趣味すら続けることが出来なくなってしまうからね。さて、進捗具合はどうかな?見に行くとしよう」

 

 

 エヴルー要塞基地

 

 

 月明かりの代わりに外灯が窓から差す。

 夜の黒と人口の白が混じり合った空間、まるで妖精と見間違えるような天然の白銀の髪、王子のキスを待つかのように静かに眠るストーの瞼が重く開く。

 

「う……ん……」

 

 微睡から覚めたストーは、自分の置かれている現状を確認するよりも早く、一日の始まりを身体に伝えるように伸びをした。

 そうして、頭が冴えて来ると自分が寝てしまっていたのを知る。

 

 やってしまった……。

 

 目覚めて一番、ストーは頭を抱えた。

 和真と話そうと思っていたからだ。

 すると、ストーに被せられている布団が少し重くなっていることに気が付く。

 布団に不自然に出来上がった皺、その先を目で追うと和真が椅子に座り上半身をストーが寝るベッドに埋めて寝ているのを見つける。

 ストーは和真を見つけると、優しい気持ちが溢れ無性に和真の髪を触りたくなった。

 そして、和真の髪に触ろうとした時に手を止める。

 

「へ……?」

 

 ストーの瞳に映ったのは腕であった。

 一本では無い、多数の腕がベッドの下から伸びていた。

 どこからどうみても人間の腕で、その割には長すぎて、でもBETAでは無い。

 長く伸びた腕は、和真の体の至る所を掴み絞め出す。

 その情景をストーは一度見ていた。

 まだ、和真と再会して月日がそんなにたっていなかった頃。

 そう、和真が脳のリミッターを切っていた時の、和真の心象風景。

 その腕たちが和真を地獄に引きずり込もうとしているように見えた。

 ストーはどうして良いか分からず、和真を連れて行かれたくない一心で和真の体を覆うように抱え込んだ。

 すると、ストーの胸の辺りから木から落ちた熊のような声が聞こえた。

 

「ぐっうぅ―――。重い―――」

 

 だがストーは離さない。

 

「ダメ、ダメだよ!渡さない、渡さないんだから!!」

 

 だがそんなストーをさらに強い力が押しのける。

 

「うがぁ~~~~ッ!!」

「キャッ!」

 

 ストーを押しのけたのは、紛れも無く和真である。

 ストーは目をパチパチさせながら、不思議な動きをし和真の周囲に目を配る。

 腕は、もうどこにもいなかった。

 ストーは一先ず安心するが、最後の確認をするために和真を凝視する。

 まだどこかにいるかも知れない。

 そう考えたストーは、和真の背中を見るために、和真の頭を力強く掴むと力一杯抱き寄せた。

 

「うごッ!」

 

 胸の中に大切に和真の頭を抱えると、背中を確認する。

 やはり腕はどこにもいなかった。

 ホッと肩の荷が下りたかのような気がし、もしかして寝ぼけていたのか、と考えだした時、予想外の見落としが声をかけてきた。

 

「ストー~、あんたって意外に大胆なのね♪」

 

 まるでブリキ人形のように首を動かすと、そこには意地悪な笑みを携えた三浦園子と困ったような笑みを浮かべる、藤澤月子と竹宮千夏がいた。

 

「あ、え、これは―――その―――」

 

 ストーは、顔を真っ赤にし、腕の中に存在する抱き心地が良い物をさらにきつく抱きしめる。

 

「はいはい、もうその辺にして……、和真が大変だから」

 

 ストーが頭に?を浮かべていると、胸の中に抱く和真が必死にタップしているのに気が付く。

 

「わぁあああ、和君ごめんなさい~~~ッ!!」

 

 

 エヴルー要塞基地

 ブリーフィングルーム

 

 

「なんだよそれッ!!」

 

 ブリーフィングルーム内に、三浦園子の怒声が響き渡る。

 皆の前に立ち、オルレアン攻略作戦を説明する藤澤月子も悲痛な表情を浮かべながらも、小隊長として淡々と説明していた。

 

「三浦少尉、この作戦内容と人選は、総司令部から発令されアメリカ軍、そしてネフレ軍が承諾した通りです。……作戦の変更はありません」

 

 普段仲が良い二人が言い争っているのは、オルレアン攻略作戦の内容についてである。

 現段階のオルレアンを、総司令部はハイヴでは無いと結論付けている。

 この理由としては、ブロアハイヴがフェイズ2相当まで成長しているのに対し、オルレアンとトゥールでは、ハイヴの最深部大広間まで一本の木のように一直線に続く縦坑のような穴は確認されているが、地表構造物は確認されていないこと、ブロアとオルレアンとトゥールの距離が近すぎることなどからである。

 これらから、オルレアンとトゥールの縦坑らしき穴は、ブロアハイヴの縦坑から伸びる地下茎構造への門の一つであると仮定された。

 この仮定から、オルレアン攻略作戦は立案されている。

 そして、ネフレ軍、オーストラリア軍、アメリカ軍の三軍は、一つの部隊のように陣形を整え、この門と道中に点在する小さな門を目指す。

 陣形とは、反扇型の陣形であり、ロワール川から内陸への橋頭堡を三軍の海兵戦術機隊で確保、橋頭堡が確保され次第、ロワール川を渡った戦術機隊がBETAの穴を広げ後続を呼び込む。

 そして、反扇型の陣形を作りながら、内陸部に攻め込みオルレアンを攻略、内部の地下茎構造を進み、そのままブロアハイヴを攻め落す。

 この間にも、様々なオプションが存在するが大雑把に言えばこうなる。

 この作戦内容から言っても、普段想定されていたハイヴ攻略戦とは多少の違いが存在するが、発令された命令に従うのが衛士である。

 ならば何故、三浦園子が怒りを露わにしているのかと言うと、和真の事が原因だった。

 本作戦では、和真はトイ・フラワーから離れることとなっている。

 かわりにどこに行くのかと言えば、アメリカ軍であり、アメリカ軍での和真は、独自行動権を認められ、単機で行動するようになっていた。

 そして、和真の初期配置はアメリカ軍の最先端、つまり最も危険な鉄砲玉を一人でしなくてはならないのだ。

 アメリカ軍は、この作戦で一番初めに門まで辿り着き、ブロアハイヴを攻略したいと考えている。

 これは、アメリカがブロアハイヴに存在するであろうG元素を欲しているためであり、その獲得権を得られる可能性を1%でも上げるためである。

 このため、アメリカ軍は門に一番近く一番危険な反扇上の陣形の中央部分を任されている。

 そのBETAとの遭遇率が一番高く、また逃げ場の少ない戦場の最先端、そして連携訓練すらしておらず、顔すら知らないアメリカ軍の中で独自行動権を与えられた和真は、満足な支援も得られない中で危険な任務をこなさなけらばならない。

 和真が、諸刃の剣として消耗され使い捨てられるのは、目に見えて明らかだった。

 

「だったら何故、私達は後衛なんだ!和真と同じく最前衛になるのが筋だろうが!?」

「私達の任務は、退路と補給路を確保し続けることです。戦力が必要な場所に私達が向かうのは、至極当然な事です」

「戦力が必要なのはどこも同じだ!だから、なんども実戦を共にした私達と和真が行動を共にするのが最善であり、当然だと言ってるだろ!?」

 

 三浦園子と藤澤月子の違いは立場だけである。

 現場の小隊長として指揮しなくてはならない立場から発言している藤澤月子と、一衛士として仲間を気遣う立場の三浦園子、両者共に和真を気遣う気持ちは同じである。

 ただ、己に与えられた立場から発言するしかなかった。

 

「……和真はどう思っているの?」

 

 竹宮千夏が、重い口を開く。

 

「和真の立場なら、この要請断れたはずでしょ?……それこそ、社長に話を通すなり、ネフレ内での和真の立場を利用さえすれば」

 

 和真は椅子に座りながら、当然だと言いたげな表情で答えた。

 

「俺にとっては、今回の申し出は願ったり叶ったりだったよ」

「和真ッ!?」

 

 三浦園子が驚く。

 

「だってさ園子さん、総司令部は今回でバレンタイン作戦を終わらせるつもりでいるんだ。だから、補給物資とか何から何まで、見たことも無いような量の物や人が戦場を動き回ることになる。そうなると、退路や補給路が作戦の成否に直結するだろ?現にそれが原因で、明星作戦は予定通りに進まずに膠着状態になってしまったのだから。園子さん達の様な腕利きには、その生命線を守るために戦場を縦横無尽に駆け回って守って貰わなければいけない。……そうだろ?」

「でも、だからって……和真が……」

「俺が最前衛に選ばれたのだって、オルレアンを攻略するためには、光線属種を早くそして多く叩き潰さなければならないからだしね。俺のスコア知ってるだろ?」

「でも、単機だなんて無茶じゃないか……」

「それは俺の戦術機がステルス仕様だから仕方ないね。急造の部隊で俺の動きを捉えながら、連携をとれる衛士なんていないよ」

 

 そして何かに気が付いた和真は、席を立つと三浦園子の前に立った。

 

「そんな事より、なんで園子さんが、泣きそうな顔をしているんですか?」

 

 三浦園子は和真に指摘されると、普段ではありえな程に取り乱し耳まで真っ赤にした。

 

「ば、馬鹿野郎ッ!!おたんこなすッ!!」

 

 三浦園子は腕を顔の前でクロスさせ、顔を見せないように防御する。

 和真はそれを引っぺがそうと腕を掴む。

 

「どんな顔してるんですかぁ~?見せて下さいよぉ~~!」

「うぅ~~~……うぅ~~~~ッ!!」

「ほら、イジメないの」

 

 竹宮千夏が和真の腕をそっと離す。

 そして、和真の手を包むように握ると和真の瞳を力強く見つめた。

 

「本当に大丈夫?」

「はい」

「危ないと思ったら、直ぐに逃げるんだよ?」

「わかってます」

「和真になにかあれば皆が悲しむからね?」

「……はい」

 

 納得した竹宮千夏は、和真の手を離すと和真の背中を力一杯叩いた。

 

「よしっ、なら暴れてきなさい!!」

「痛いですよ千夏さん~」

 

 竹宮千夏に背を叩かれよろめいた先には、藤澤月子が立っていた。

 

「後ろは任せて下さい。安全な逃げ道を確保しておきますから」

「はい、ありがとうございます月子さん。でも、その必要は無いかもしれないですね」

「どういうことですか?」

「俺が帰ってくる頃には、この作戦成功しているからですよ」

 

 和真がそう言うと、藤澤月子は花が咲いたように笑う。

「ふふ……、えぇ、そうですね!」

 

 

 エヴルー要塞基地

 戦術機格納庫

 

 

 他の戦術機格納庫よりも厳重に警備されたハンガーの一つ、そこには藍色の塗装を施された、戦域支配戦術機の名で呼ばれる第三世代機が佇んでいた。

 

「和坊、微調整はすんでいるか?」

 

 ラプターの管制ユニットに座る和真は、衛士強化装備に身を包み戦場にいるかのような緊張感を持ちコントロールパネルを一つ一つ確かめるように押し込んでいく。

 

「IFCS(知的戦闘制御システム)も正常に働いているし、前回の戦闘で消耗したり、壊れた個所も問題無いレベルになってる。触ってみた感じ、予備パーツや新造パーツもラプターから拒否反応が出ている感じでは無いし、俺自身も特に問題に感じないかな。さすが兄貴達だね。皆の様な整備兵達は俺の誇りだよ」

 

 和真がそう賛辞を素直に述べると、兄貴は満面の笑みを作りガントリーの下で忙しなく動く整備士達にそのまま伝えた。

 すると、息をぴったりに合わせ整備士達が喜びの歓声を上げる。

 その声を聞いた和真は、口の横に掌を合わせると、声を大きくする。

 

「休憩室に酒を用意してるから、この後皆で飲んでくれ、お疲れ様!!」

 

 すると、先ほどよりも大きな歓声が格納庫内を満たした。

 

「悪いな和坊、気ぃ使わせちまって」

「酒くらい奢らせてくれよ兄貴、皆には感謝してもしきれない」

「そういって貰えると、ありがてぇ」

 

 兄貴はそう言うと、半身をコックピット内に入れ二人にしか聞こえない声量で話しかけてきた。

 

「……よかったのか?」

「オルレアン攻略作戦のこと?」

「……俺は、お前が心配だ。お前は時たまに無茶なことを平然としようとしやがる。お前の生き方は、長生き出来ねぇ。送り出すしか出来ない俺は、それを理解していながら、止めることも出来ない」

 

 兄貴はそう言うと、辛そうな表情を作り、それを和真に見せないようにと精一杯首を捻る。

 

「ありがとう……兄貴……。でも、俺はこれで良かったと思っているんだ」

 

 兄貴は、捻っていた首を戻し和真の表情を確かめる。

 和真は晴れ晴れとした表情をしていた。

 

「俺が最前線で戦えば、BETAに殺される筈だった人を救えるかもしれない。俺が、早くオルレアンを攻略して、ブロアハイヴを叩き潰せば、多くの人を笑顔にすることが出来るかもしれない。―――俺には、その力がある。それをなすことが出来る」

「その力?」

 

 兄貴の問いに和真は笑う。

 

「俺には元々、たいした力は無かった。俺がここまで生きてこれたのは、俺の中で生きるザウルとリリアの経験の力があったからこそだ。そして、兄貴達が俺に最高の剣をくれたからだ」

 

 兄貴は照れ臭そうに笑みを作った。

 

「本来の俺の力では早々にどこかで死んでいたと思う。でも、皆が俺に力を注いでくれたんだ。まるで、器に水を注ぐかのように……」

 

 そこで兄貴は突然身震いしてしまう。

 今まで目の前で話していた和真が、まるで赤の他人に瞬時に変わったかのように、理解できない人物が目の前に現れたかのように、体が警告を発していた。

 

「―――でも、器である俺は注がれた力の半分も使っていなかった。俺と言う器には、もっと多くの力が注がれていたんだ」

 

 和真は兄貴に向け、まるで湖から水を掬うかのように掌を天に向け持ち上げると、兄貴の眼前で握りしめた。

 

「俺は、その力の使い方をやっと、理解したんだ。大丈夫だよ兄貴、俺が皆を笑顔に変えて見せるさ。なんたって今の俺は、文字通り百人力―――嫌、それ以上の力が俺の中に眠っているのだから……」

 

 兄貴の瞳に映る和真の瞳は、まるで鬼火の様に、ゆらゆらと緑色の輝きを増していた。

 

「あっ、そうだ!」

 

 兄貴の目の前にいる元の和真がそう言うと、和真はデータチップを取り出した。

 

「おぃおぃ、なんだよこれは?」

 

 兄貴が訝しげにそう言うと、和真は苦笑いしながら話し始めた。

 

「そこの中には、ちょっとヤバイデータが入ってる。まぁ、俺の手作りだけどね」

「……なんだよ、そのヤバイのって」

「もしかすると、ヴァンドームがBETAの奇襲に合うかもしれないから、その出現予測分布図と対策、後、その予測分布図から考えられる戦況から導き出した退路、それをネフレ社の衛星通信を使ってヴァンドームにいるクラレンス・リッチさんに口頭で伝えて欲しいんだ」

 

 兄貴は和真の発言に冷や汗を流す。

 

「どこからそんな情報もってきたんだよ……」

「情報の仕入先は内緒だよ♪衛星通信はロイヤル・スウィーツからでお願い。それと、艦長にも言いたいことがそのデータチップに入ってあるから」

 

 そしてデータチップを兄貴が受取ろうとした時、和真はあえて渡さずに間をあける。

 

「どうした?」

「ごめん、兄貴……。これを兄貴が受取って行動に移せば、兄貴は上層部の連中に睨まれるかもしれない……。危ない橋を渡らせることになるかも……」

 

 だが、兄貴は和真の手からデータチップを奪い取ると、自分のポケットにねじ込んだ。

 そして和真の頭を引っ叩く。

 

「痛いッ!」

「馬鹿野郎が、もし和坊が言ったようにヴァンドームにいる奴等が危険な状況になるのだとしたら、伝えておいた方が良いに決まっているだろ?それをあえて隠している奴等に問題があるのであって、お前には無い!そんで、その事で俺の立場が危うくなっても、お前には関係が無い!」

「でも……」

「でもじゃねえッ!!俺が考えて、俺が決めて、俺がその方が良いと思ったから行動するんだ。その後の俺の立場なんたらは、俺の責任だ。和坊が気に病むなんてのはお門違いだボケッ!」

「兄貴……」

「だからお前は、お前が望む形になるように行動しろ。そんで、世界を救ってこい」

 

 最後に関しては兄貴の勝手な願望であった。

 そんな人間になって欲しいとの我儘である。

 だが、その我儘は和真にとって優しさに満ち満ちていた。

 だからこそ、和真と兄貴は拳をぶつけ合わせる。

 

「任せてよ兄貴、俺が兄貴の手がけた戦術機で、この戦いを終わらせるから」

「おうっ!期待して待ってるぜッ!!」

 

 二人の間に温かい空気が流れた。

 心が震える。

 これが武者震いと呼ばれる物なのだと、和真は理解した。

 先に照れ笑いをしたのは、兄貴だった。

 

「なんだか、湿っぽくなっちまったな―――。ほれ!」

 

 兄貴が、和真にビンを渡した。

 

「これは?」

「和坊がウォッカにはまってるって聞いたからな、出撃する前に俺からの選別だ」

 

 和真がそれを受け取ると、兄貴は良い物が手に入ったんだと言った。

 和真は兄貴が手に持つ同じウォッカのビンと自分のビンをぶつけ合わせる。

 

「人類の勝利に!」

「人類の勝利に!」

 

 そして、和真と兄貴は度数の濃いウォッカを呷る。

 

「くぅ~、きくねぇ~~ッ!!」

 

 兄貴がそう言うのを見て、和真が楽しそうに笑う。

 二人は、まるで歳の離れた親友かのように酒を楽しんでいた。

 二人の間に流れる空気が冷めだした頃、和真は思い出したかのように兄貴に聞いた。

 

「そうだ。ストーの奴を見なかった?」

「おん?ストーがどうかしたのか?」

「いや……、あいつ、ブリーフィングが終わってから無言でどこかにいったからさ」

 

 すると、兄貴は嬉しそうに笑う。

 

「お前も過保護だね~」

「こんな場所に長時間いさせられているのだから、過保護にもなるさ」

「ま、それもそうか……。ストーなら、ヴァローナの最終チェックを済ませてどこかに行ったぞ」

「あれ、でもストーのヴァローナのコックピット、さっき見た時閉まっていたぞ?」

「あぁ~、あれは内の若い奴が入ってんだ。衛士が実際にどういった環境で戦場にいくのか、感覚だけでもつかませてねぇとすぐに手を抜きやがるからな」

「なるほど、そっちもなにかと大変だね。でも、そう言った教育の先に今のクォリティーがあるのなら、素晴らしい大変さだ」

「おう!世界に誇れる技術を、俺達は今も磨いているんだ!おっと、ちと呼ばれてるみてぇだ。俺はこれで失礼するよ!」

「ありがとう兄貴!」

「気にすんなって!」

 

 そうして、兄貴は和真の手から空になったウォッカのビンを受け取るとコックピットから姿を消す。

 拳を見つめる。

 

「やってやるさ……」

 

 

 

 兄貴は、和真の元を離れるとガントリーを歩き、少し離れた戦術機の前に止まる。

 その戦術機の名はヴァローナ、真紅の塗装はストーの刃の証。

 兄貴はヴァローナのコックピットブロックの側面のボタンを押し、外部からハッチを開けると、そこには衛士強化装備を身に纏ったストーがいた。

 

「……言われた通りに、和坊にウォッカを飲ませたぞ。睡眠薬でも入っていたんだろ?和坊の奴は、今ぐっすり寝ている」

 

 兄貴がそう言うと、ストーは静かに管制ユニットからガントリーに降り立つ。

 

「でも驚いたよ……。和坊に効く睡眠薬があったなんてな。アイツの体に流れている物を考えれば、生半可な薬なんて効果が無いと思っていたぜ」

「兄貴は知らないだろうけど、ナノマシンを投入された者を静かにさせる物をネフレ社はずっと昔に作っていたよ。……今回は、それをレオにお願いして用意したの」

「……そんな物を和坊に使ってストーは何がしたいんだ?」

「兄貴だって和君と話をして、違和感に気が付いたでしょ?」

 

 兄貴はそうストーに問いかけられて、先程の違和感が本物だったのだと確信した。

 

「あぁ……、いきなり和坊が訳の分からない別の何かにすげ変わったかのような感じは、一瞬した。あれに心当たりがあるのか?」

 

 ストーは悲しげに眼を伏せる。

 

「……うん、あれを和君が望んでいることも知ってる。遠からず和君は今の和君ではなくなってしまう。だから、私が先に楔を打つことにしたの……」

「効果は期待できるのか?」

「分からない……。けど、これ以外に策が思い浮かばなかった。だから、行動するの……、大切だから……」

 

 兄貴はストーの言葉を聞くと、ストーに背を向け歩きだす。

 

「なら、俺はなにも言わねぇ……。和坊の事、頼んだぞ」

 

 それだけを言い残し歩き去る兄貴の背中に、ストーは深く頭を下げた。

 

 

 

 ストーが和真の戦術機であるラプターのコックピット内を覗くと、管制ユニットで和真が寝ているのを確認する。

 ストーは、滑り込むようにしてコックピット内に入るとコントロールパネルをリズム良く叩き、ハッチを閉めた。

 暗がりの中、和真の寝息のみが聞こえて来る。

 うっすらとコックピット内の非常灯に光が灯ると、ストーの眼前に和真の寝顔が姿を現した。

 ストーの心音が早くなる。

 何故だか唾液の分泌量も増えた気がする。

 罪悪感と昂揚感が混ざり溶け込む。

 ストーは、淫らな吐息のまま和真の胸にしなだれかかった。

 トクン、トクンと和真の心臓の音が聞こえて来る。

 心の中の邪な感情と疲労が一瞬で吹き飛んだかのような気がした。

 和真の心臓の音を聞きながら、ストーは手を上に伸ばし、和真の頬を撫でる。

 

「和君…………、大好き…………、大好きだよ」

 

 聞こえていないからこそ言える本音、まるで陰口を言っているような後ろめたさを感じるが、止めることが出来ない。

 

「ずっと……言いたかった……、受け止めて欲しかった……」

 

 でも、とストーは悲しげに独白を続ける。

 

「でも、私知ってたよ。幼かった頃の私を、和君はリリアの代わりの様に見ていた事を……、リリアに対する罪悪感から、私に優しく接して力をくれたのを……」

 

 頬を撫でる手が滑り落ち、垂れ下がる和真の手を引き寄せ恋人のように絡ませる。

 

「私、知ってたよ……。成長した私の事を、ニクスの代わりにして優しく接していたのを……、だから、なんだかんだ言っても、私を受け入れてくれてたんだよね?」

 

 そして、和真の胸から顔を離すと両手で和真の頬を優しく包み込み正面から見つめる。

 鼻先がぶつかりそうな距離で、ストーは潤んだ瞳のまま和真に独白を続ける。

 

「それでも私は嬉しかったよ……。リリアでも無く、ニクスでも無く……、私が和君の隣で笑いあっていられたのが、あなたの一番でいられたことが……、うれしかった―――」

 

 ストーはこぼれ落ちる涙を慌てて拭い取る。

 

「嫌な女だよね……、本当に嫌な女……、あなたが苦しんで、力を欲しているのに、それを邪魔しようとしている。こんな女なんて、大嫌いだよね……?」

 

 ストーはそう言うと、和真の太股を挟むように膝立ちになり、和真の顔を見下ろす。

 ストーの白銀の髪が、カーテンのように垂れ下がる。

 

「でも、その力はダメ……。行き過ぎれば、あなたはあなたでなくなってしまう。だから、刻み込むの……。嫌われても、蔑まれても構わない。あなたに、私と言う存在を刻み付ける。……それが、いずれあなたを救うことになるのなら」

 

 ストーはそう言うと、顔を近づける。

 

「……守るから……私の想いが、あなたを守るから」

 

 そして、ストーは自身の舌を力一杯噛んだ。

 

「う―――」

 

 口の中に溢れ出し、むせ返りそうになる程の血液、その中に混じり合うストーのナノマシン、ナノマシンが傷ついた箇所を修復し始めるのと同時に、ストーは自身の唇を和真の唇に押し付け、舌で無理矢理に和真の口を押し開ける。

 

「う……ん……」

 

 口を通じ、ストーの分身は和真の中に入り込む。

 涙を流しながら口づけするその姿は、まるで王子にキスをする魔女のようで、悪魔にキスをする姫のように、儚くも美しかった。

 ストーの口の中の液体がすべて和真に渡し終えると、名残惜しそうに唇をそっと離す。

 

「片思いでも構わない、叶わなくたって良い。ただ、あなたは私が守る」

 

 

 

 あれから、どれだけの時間がたっていたのか和真は気が付けば寝てしまっていたのに、気が付いた。

 

「やっべ、寝てたか……、気が緩んでしまったかな」

 

 和真は目を覚ますと、大きく伸びをした。

 すると、何故か腹の奥底から不快感が沸き起こる。

 

「うっ、つぅー……。なんだ、これ……」

 

 酒に何か仕込まれていたか?

 和真はそう考えた思考を一瞬で振り払う。

 兄貴を疑うようなことはしたくなかったからだ。

 すると和真は気がついた。

 それは、久しぶりの感触であった。

 

「あれ……なんでだ?俺は……泣いていたのか……?」

 

 未だに残る腹の中の不快感、だが何故だろうか。

 涙を触ってみると、その冷たさに相反して、腹の奥底から全身に心が安らぐ温もりが流れていくのが理解出来た。

 

 

 

 2001年2月24日

 バレンタイン作戦総司令部

 

「これより、オルレアン、トゥール奪還並びに、ブロアハイヴ殲滅作戦を発令するッ!!」

 

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