Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior   作:はんふんふ

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 大変お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
 再びゆっくりではありますが、執筆していきたいと思います。
 待っていて下さった方々、本当にありがとうございます。
 お待たせして、すみませんでした。


バレンタイン作戦2

 

 その光景は誰もが望んだものだった。

 いつか……、やがて、いつかはと願い続けてきたモノだった。

 

 去年隣の家の人が死んだ。

 先月父が死んだ。

 先週友人が死んだ。

 先日兄が死んだ。

 死んで逝った人達が皆語っていた夢想―――。

 それが、今望む者達の目の前に具現化した。

 

 フランス領ヴァンドーム

 戦闘指揮所

 

「嘘だろ……」

 

 オペレーターの1人がそう呟いた。

 自分の瞳に写る画面に起こった出来事が真実であったとしても、脳がそんなことは不可能だと拒否したがために、自然と口からそうこぼれた。

 静寂につつまれた戦闘指揮所に嫌に響いたその虚言は、瞬く間に否定されていく。

 

「おいおい、マジかよ!」

「遂に……俺達は……」

「兄さん、姉さん、やったよ……。人類はここまで来たんだ!」

 

 そして、虚言は真実に塗りつぶされ、歓声に埋め尽くされた。

 戦闘指揮所にいた人達は立ち上がり叫んだ。

 ざまぁ見ろと吠えた。

 なぜなら、画面の先に写るハイヴモニュメントに大きな窪みが出来上がっており、そこから蜘蛛の巣のように亀裂がはしり、そしてその中心部には小さな穴が開いていたからだ。

 

「おめでとうございます。嫌、違いますな……。ありがとうございます」

 

 大佐はそう言うと、隣に立つクラレンスに握手を求めた。

 

「―――いやはや、ご期待に添えられて私どももホッとしております」

 

 クラレンスは、ハイヴに打撃を与えたことよりも、相手が望んだ結果を提供できたことに喜んでいた。

 BETAとの戦いは生活なのではなく、あくまで仕事なのだと考えているからだった。

 そんな、二人の隣に立つマリアは胸の前で両手を握りしめる。

 

 皆、ここからだ……。

 もうすぐこの戦いも終わる。

 だから―――。

 

 

 

 東の空より雲を切り裂き、天の矢が一点に降り注いでいた。

 そんな光景を背にしながら、衛士達は戦い続けていた。

 和真達の戦場にも、ブロアハイヴに対し2700mm電磁投射砲なるモノが使われ、ハイヴに穴を開ける事が出来たとの知らせは来ていた。

 だが、誰もが戦闘指揮所のように諸手を上げて喜びはしない。

 嫌、そんな暇すらなかった。

 何故なら、彼らは戦争をしているからだ。

 

「五六中尉、トイ・ボックスのあなたと共に戦えたことを誇りに思います」

 

 オーストラリア軍の大尉が和真に対してそういった。

 彼らの足元には巨大な穴が存在している。

 それは、ゲートと呼ばれるハイヴ内部へと通じる地獄の入り口であった。

 

「いえ、私は自分の仕事をしたまでの事です。……道中お気をつけて」

 

 オーストラリア軍の主力兵器は、F-18Eスーパーホーネット、そしてF-16Eセイカーファルコンである。第二世代機で構成された大隊で地獄に行くのだ。

 生きて帰って来れる保障なんてどこにも無い、それは地上よりもさらに厳しさを増すだろう。

 だが、行けと命じられたならば、世界で一番安全な大陸にいる家族のために向かうのだ。

 多くの言葉なんて無粋だ、今は自分に課せられた使命をただ果たす。

 オーストラリア軍が地獄に安全に入ったのを見届けると、和真の耳にCPから通信が入った。

 

「五六中尉、現地点より南西に10kmの地点に要塞級20体を確認しました。向かってください」

 

 和真は、疲れを抜くかのように、息を吐くと了解とだけ伝え、その場へと向かう。

 

 

 2001年2月24日20:00

 シャルトル要塞陣地簡易整備所

 

 急遽BETAからの強襲にも耐えながら建設されたシャルトル要塞陣地内では、人類の最果てのような光景が広がっていた。

 

「うっ……くぅ……」

「……お……母さん」

「う、……腕が……かゆい……」

 

 それは人の土台。

 地面一杯に広がるのは傷ついた人の群れだった。

 

「先生ッ!輸血が足りませんッ!!パックは!?」

「足を斬る……良いな?」

 

 そこに広がるのは、別種の戦争の姿。

 殺すばかりを求めた者達を、一秒でも生かすための死神との闘い。

 自ら感染症に侵され死ぬかもしれない。

 それでなくても前線に築城された要塞陣地、いつBETAが襲い掛かって来るかもわからぬ状況。

 すでに衛生兵の数は底が見えている。

 そのため高い給料と人の善意に付け込んで集めに集めた医療従事者達。

 だが、それでも全てを救うにはすべてが足りず遅すぎた。

 曇天の元吹きざらしで作られた簡易格納庫。

 それはもはや格納庫と呼べる物ではなく。

 駐車場と言ってしまってよい場所。

 その一角。

 剥き出しの骨格に痛んだフレーム、赤色ペイントを塗りだくったかのような戦術機F-15Eストライク・イーグルの足元にはイーサンが座り込んでいた。

 ただ一人、たった一人で座り込むイーサンを誰も気にも留めない。

 それどころか、走り回る者達からはまるで侮蔑でも込められているかのような瞳を流される。

 イーサンはそれにすら気が付かない。

 ずっと、ここに一人帰って来た時から、彼は整備されずに放置された愛馬の足元を動こうとはしなかった。

 イーサンは呟く。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 三角座りをし、膝の間に顔を埋めたまま、彼は瞬きすらせずに、瞳と鼻と口から汚液を垂れ流し懺悔を続ける。

 それはもはや、壊れたオルゴールと同等だった。

 その時、雑音すら通さないイーサンの耳にそれは届いた。

 砂利道を踏みしめる独特の足音。

 靴裏がゴムの軍靴とは違うその独特な音。

 それは衛士強化装備服のブーツが奏でる音だった。

 その音を聞いてイーサンは顔を勢いよく上げた。

 自らの懺悔を聞き届けた神が奇跡を起こしたのだと信じて。

 だが、希望に募らせた顔を上げたイーサンの表情は、一瞬で無表情に変わり、そして羞恥に歪められた。

 

「……」

 

 イーサンの目の前、まるで見下ろす様に立つ者は、和真だった。

 

「……」

 

 和真は何も言わない。

 ただそこに立ち続けているだけだ。

 それはまるで幻影のようで、狂ったイーサンの脳味噌が見せたもののように身動き一つしない。

 だが、その表情だけは違った。

 その表情はまるで、諦めのような同情のような、そんな冷めた顔をしていた。

 爆音が轟く。

 東南方向約64キロメートル先から響くそれは、重金属雲によって作り出された曇天を下界から輝かせる。

 光が一つ、二つと生まれては消え、そして生まれて消えていく。

 それは戦場に立つ者達の最後の輝きなのかもしれないし、支援砲撃なのかもしれない。

 だが、その可能性をネガティブにしか捉えることしか出来ないイーサンは、まるで生まれたての子犬の様に無様に震えるしか出来ない。

 その時、聞こえた。

 頭上より降り注ぐ重い空気が吐き出される音。

 

「……はぁ」

 

 それは溜息だった。

 さらに言葉が降り注ぐ。

 

「……もしやと思ったが、見込み違いだったな」

 

 その言葉の真意はどこから来たのか。

 なにを持ってそう言った言葉を吐いたのか。

 それも分からない。

 分かりたくもない。

 それでも、そんな状況でも、言い返す事も立ち上がる事すら出来ない自分は、一体何なのだ?

イーサンは、闇の中で思考を重ねていく。

 だが、答えは帰ってこず。

 むしろ突き放すかのように、強引にイーサンは立ち上がらされた。

 

「ぐっ……」

 

 握られた二の腕が信じられないくらいに痛い。

 自分はどこも負傷していない。

 なのに、和真に捕まれた箇所が熱を帯びているかのように、ジンジンと痛みだす。

 

「立て」

 

 簡単な言葉。

 命令口調のそれを聞いても、反論する気力もない。

 イーサンは、死んだかのような瞳で和真を見る。

 その顔はやはり、どこか疲れているようだった。

 和真は腕を引きずろうと力を込めた。

 だがその時、イーサンは咄嗟の行動に出る。

 

「い、嫌だッ!!」

 

 ペンチで挟まれていたかのような腕を振りほどき、イーサンは自身の愛機の足に縋りつくようにもたれ掛かる。

 

「お、お前は……、お前も俺に戦えって言うのか!?」

 

 イーサンの視点はブレ、唇は震えている。

 その症状に覚えがあった。

 力に固執し、その力に畏怖する。

 失うことに対する恐怖。

 意味がなかった己が力が、かつての努力が微塵も成果を果たさずに、大事な人達を奪い去っていく虚脱感。

 

『俺は……、俺達アメリカ軍人は、決して仲間を見捨てないッッ!』

 

 それはかつてイーサンが言った言葉その物だった。

 そこには確かな若い輝きがあって、こんなクソッタレな世界をどうにかしようと足掻く初々しさがあった。

 だが、今のイーサンはそれを汚してしまった。

 無力を知った。

 それを和真は悟った。

 

 だからこそ―――

 人が、過去の俺が―――

 折れる様など、見たくもない―――

 

「ならお前は、ここで何をしている……?」

 

 和真は湖面に水滴を落とすかのように、静かに言葉を紡ぐ。

 

「……見たところ、お前の戦術機はまだ死んでいない。補給をすれば出撃出来るはずだ。それとも、アメリカ軍HQからここで待機を命じられているのか?」

 

 和真の言葉がイーサンの器という湖に注ぎこまれていく。

 今のイーサンは、もはや決壊寸前だった。

 

「違う……違うッ!!」

 

 イーサンは、悪い何かを振り払うかのように右手を勢いよく振る。

 

「俺の戦術機は死んでいるッ!見ろ!フレームは歪み突撃砲すら掴むことが出きない。足は骨格が歪み支えなしでは自立歩行もままならない!頭部は半壊し、センサー類はめでたく吹っ飛んでったよ!ケネディも真っ青な状態だ!」

 

 イーサンはそう叫ぶと、自虐的に笑った。

 

「俺はもう戦えないんだ。戦術機がこんな事になっちまってそれでも一人おめおめと逃げて来たんだ。仲間も全て置き去りにしてなッ!!どうした?笑えよ!!威勢だけの、口先だけの野郎だッて笑ってくれよ!頼む……」

 

 そう言って、枯らした涙を再度溢れ出させ縋りつくようにイーサンは和真腕を伸ばす。

 その姿は闇に捕らわれた愚者のように惨めで卑しい姿だった。

 だがその背景を、イーサンの過去を知る者、または察することが出来る者であれば、手を差し伸べるべきだと、判断することが極めて容易な姿でもある。

 それでも和真は、救いを求められた戦士は、その拳を振り上げて愚者の頬に叩きつけた。

 

「ぐっうぅ……っ!」

 

 突然張り倒されたイーサンは、目の前を白黒させながら尻餅をつく。

 

「俺の時は、殴り飛ばしてくれる強い人と抱きしめてくれる優しい人が傍にいた……、だからその二人がいないお前には、こうする」

 

 点滅する視界の中で、降り注いできたその声の主に対し、イーサンは一瞬で怒りを爆発させようと、勢いよく顔を上げた。

 そして、それを見た。

 武骨にされど優しく。

 どこかジュニアハイスクールの先生を思わせる微笑みを携えて、手を差し伸べる和真の姿。

 

「ほら、そんな顔も出来るじゃないか」

 

 イーサンはまるで信じられないモノを見たかのように瞳を丸くした。

 イーサンが知る和真は、いつも能面の様な無表情を貫き、常に高圧的に上から物事を断じて来たかのような雰囲気をしていた。

 それがどうだ。

 今、目の前にいる男は眉間の皺が微かに残るも、それすらその人物が歩んできた歴史を想起させ、人を導く立場にあるような穏やかさを携えている。

 

 本当にコイツは、あの五六和真なのか?

 

 そう言った思考がイーサンの思考を加速度的に駆け巡る中、和真はイーサンの片手を取って、無理矢理に立ち上がらせた。

 だがそれは、先程の万力で締め付けられるような痛みでは無く。

 背中を誰かに押されたかのような、自然と自ら立ち上がったかのように視線が持ち上がる。

 和真は言った。

 

「お前も、お前の戦術機もまだ死んじゃいない。……お前のここが活きている限り、どちらも死ぬことなんてないんだ」

 

 和真はそう言うと、イーサンの心臓をコツンと叩いた。

 

「ついて来い」

 

 和真はそう言うと、歩き出す。

 屍の山のように蹲る人々を一瞥もすることなく。

 されど、胸を張って堂々と前だけを向いて歩く。

 和真の足元からは、怨負の念が吐き出されるかと思われた。

 健常者と障害者、この二択をまざまざと見せつけるかのように、和真が歩いているからだ。

 現に、蹲るイーサンに向けられていた視線は、全てがその類いだった。

 だが、どうだ。

 そんな下賤な事を考えていた自分をイーサンは呪った。

 今にも死に絶えそうな人の大地。

 そんな地獄で地べたに這いつくばることでしか生を実感出来ていない人達は、皆一様に、瞳に生気を宿し、輝かせ、和真を見ていた。

 和真はそんな者達に一瞥を投げたりはしない。

 そればかりか、邪魔な存在と考えているのではないかと思われる程に、前だけを向いている。

 それでも、雲の上を見上げるように、皆が和真を見ていた。

 その視線に乗せられているのは希望だった。

 皆が皆、和真に希望を託している。

 その一人の男に、何百何千という、人々の願いが集約されていく。

 その背中を見た時、イーサンは震える唇で言葉を紡いだ。

 

「これが……英雄……」

 

 イーサンの心臓に何かがストンと落ち、さらに血潮が滾り、脳が回転を始めた。

 理解した。

 直観した。

 

 この男は、五六和真と言う男は、この世界に必要であると、死なせてはならないと―――

 

 だから、イーサンは歩みを進めた。

 まるで劇場の幕が開いていくかのように、暗闇からスポットライトの真下へ。

 背中を押してくれた数多の腕が、誰らのモノかを確かめて、この地獄を終わらせるために、イーサンは光を追いかけた。

 

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