Muv-Luv ALTERNATIVE Toy Warrior 作:はんふんふ
シャルトル要塞陣地簡易整備所を出て、さらに東へ。
和真について行ったイーサンはそこで戦域支配戦術機を見る。
「ラプター……」
そこにあったのは米国の至宝、現在世に知られている戦術機の中で最強の名を関する猛禽類。
その戦術機が、まるで働きアリに群がられているかのように、ネフレ社の者達から整備を受けている。
整備支援担架車が、数多と並び、剥き出しとなったラプターの骨格に次々にフレームをはめ込んでいく。
見たことも無い武装が所狭しと並び、一戦術機の搭載能力を優に上回ると素人でも気づきそうな物量。
それらが、着実に確実に、一つ一つラプターの体に纏わりついて行く。
その光景にイーサンが驚いていると、和真は気さくに手を上げた。
「兄貴!」
和真がそう叫ぶと、人ごみの中から、ヒグマも掻くやと言う程の巨漢の男が姿を現した。
「応ッ!和坊、久しぶりだな!!」
「まだ、そんなに時間がたってないと思うけど?」
「それもそうか?」
和真と兄貴が気さくに話し合っている中で、イーサンは場違い感に小さくなっていた。
「それより、和坊コイツが例の……?」
兄貴と呼ばれた男はまるで睨みつけるように、イーサンを見下ろす。
その視線がイーサンには、どうにも居心地が悪かった。
まるで、 りつけてくる父親のようで、新人教育時に自身を受け持った教官の表情と似ていたからだ。
だからだろう。
イーサンは少しばかり居心地が悪く身動ぎする。
「あぁ、そうだ……。今この場で、コイツ以上に最適な衛士を見つけることが俺には出来なかった」
イーサンは和真のその言葉に訝し気に眉を寄せる。
それを見ていた和真は有無を言わせぬ気迫を見せながら、問いかける。
「お前は、この戦争……どう思う?」
その問いかけが余りに抽象的で、一体なにを説いているのかそれがイーサンには理解出来ない。
「後方国家……、世界の覇権国家……、アメリカからわざわざこんな肥溜めに身を落とし、明るい青空の下から硝煙と爆炎の暗闇に身を曝したお前に聞きたい」
和真はそこで言葉を区切った。
まるでその先の言葉がどうしようもない。
まるで馬鹿にされるのが目に見えているからこそ、その羞恥を跳ね除けてまで言う価値があるのか真剣に悩んでいるようだった。
だが和真は言った。
イーサンの眼を見て、逃げずに―――。
「俺達と……、人類とBETAの戦争は、……終わると思うか?」
その問いが投げかけられて、イーサンの心臓は、一度大きく跳ねてそして締め上げられた。
聞いていた話だ―――
第2世代の戦術機が生まれ、それが多くの前線国家に行き渡り、BETAをユーラシアに封じ込め、その撃退が可能となった現代。
そんな世界でも最強を自負しているアメリカでは、この戦争は終わりに向かっていると囁かれていた。
テレビをつければ、コメンテーターが、前線国家、並びにBETAに支配された亡国達は、アメリカの施しに寄生し、旨味を甘受し、終わる戦争を長引かしているとまで言っていた。
軍での話題でも良く似た物だった。
アメリカが作った新型爆弾、効率化された対BETA戦術、そのすべてを的確に運用さえすれば、一年たたずに人類は勝利すると語り合った。
だから、……でも、そんな勝てて当たり前の存在に父と兄を殺されたのだ。
表の面では、皆が俺と母を可哀そうだと言い、同情して慰めに来た。
だが、気づいていたのだ。
その裏で、皆が父と兄を馬鹿にしていることに―――。
それが悔しくて、泣き叫ぶ母を一人置いて、軍に志願し、この地に来た。
人類の敵の正体を暴くために、父と兄を殺した敵を殺すために―――。
対面して思った。
あぁ―――これは、ダメだ―――。
同じ生物なのか疑問に思うその姿。
感情など置き去りにして、ただ壊し喰うことしか眼中に無い狂気の集合体。
BETAの姿を見た時、俺は死を連想して、負けを認めた。
それでも、心は叫んだ。
憎しみに唾を撒き散らした。
殺したい―――
勝ちたい―――
敵を討ちたい―――
アメリカでの常識を破壊され、足掻くことも出来ない俺は、それだけを願いそして―――。
多くの明日を語り合った仲間を死なせてしまった。
無力感に苛まれ、頭の中に反響する同情の声。
そんな俺に聞くのか……?
人類が勝てるかだと?
バカにするな、そんなモノ童貞を卒業したばかりの俺でも分かる。
―――無理だ。
勝てる訳が無い。
ここにどれだけの兵器が持ち込まれ、どれだけの兵士が乗り込んだと思っている?
アメリカが、世界の覇者が、その持ちうる武力の殆どを注ぎ込んで、これだ。
やっと、やっとの事、敵の前線基地に手が届いた。
それだけだ。
そこまで行くのに、一体何人死んでしまったのか。
どれだけの弾薬を使い切ってしまったのか。
あの自己中心的な日本人共の国を守る時とは訳が違う。
ある意味、同族を救うための戦い。
それ故に士気も高く気概溢れていた。
負けるなんて、微塵も思っていなかった。
そんな連中ばかりだった。
皆自信に溢れていたんだ。
なのに、今この現状が、勝っているのか負けているのかも分からないこの現状が、俺の脳がもう答えを出している。
―――人類は、負けるんだ。
だから終わる。
終わってしまう。
それが理解出来たからか、イーサンは和真の眼を睨み返しながらも言葉を発することが出来ない。
嫌な時間が流れる。
まるで、酸素が凝固剤で固められたように、指先一本動かせない。
だが和真は動いた。
「お前はあの時、仮設テントの中で、俺に啖呵を斬ったな。―――俺達、アメリカ軍人は仲間を見捨てないと、それで俺はこう言った。それでも救えない人間は出てくると」
和真のその言葉はイーサンの胸を抉る。
それ故に、反射的に叫びそうになった。
だが、和真はその叫びをさせない。
「そして、俺はこう言った。力が必要だと―――。教えてくれ、人類がBETAに勝てないなら、勝つためには、どれほどの力を手に入れたらいい?」
答え合わせ―――。
これは、あの日、あの時の続きだ。
実戦を経て、経験を得て、そして見て来た全てから瞳を逸らさずに、導き出す答え。
それを求めた。
だが、イーサンにはその答えが出てこない。
もうわかってしまった。
気づいてしまった。
どのような力だろうと、あの悪夢は滅ぼすことが出来ない。
知らずにイーサンは、腰が抜けた様に、無様に膝をついた。
口からは、声にならない声が漏れ続け、その姿がさらに惨めさを際立たせる。
救いは、無い―――。
けど、だけれど……。
傷の舐めあいなら、まだ許される。
イーサンの前に手が伸ばされる。
先程と同じ光景。しかし、目に映ったその掌は、違うように見えた。
「お前見た目と違って、意外と脆いよな」
その声は初めて聴く声色だった。
初めて聞いた幽霊の様な不気味さではなく。
先程見せた威圧的な声でもない。
その声には、親しみが籠っていた。
「あっ……」
またもや、イーサンは和真にその手を掴まれ無理矢理立ち上がらされる。
だが、そこに痛みはない。
まるで風に背中を押されたように、すんなりと立ち上がることが出来た。
「……やっぱり」
イーサンは、恐る恐る顔を上げる。
その瞳に写ったのは、実年齢よりも幾分も若く見える。
まるで少年のような笑顔をした和真の姿だった。
「イーサン、お前はまだ、諦めちゃいないんだ」
「え……?」
「逃げ出すことも出来たはずだ。無理だと投げることだって出来た。いつか誰かがやってくれると視線を逸らすことだって出来る」
和真は立ち上がらせたイーサンの肩に手を乗せた。
「でも、まだ立ち上がれる。お前は、戦う事を……抗うことを、力を求めることを―――諦めていない」
和真の掌から伝わる熱が、イーサンの体を震わせる。
体が震えたことで発した熱が、体内を満たす。
和真の言葉は間違っていた。
自分の事を分かったつもりで話していたのだろうが、自分の事は自分が一番理解している。
イーサンは、全てに諦めていた。
力を否定していた。
だけど、だけれど――――。
どういう訳だか、和真にそう言われると、そんな気がしてきた。
まだまだ、やれる気がした。
俺はこんなところで終わる男ではないと思えて来た。
心の臓まで達した熱が凝固BETAと言う恐怖に冷や水をかけられ、鎮火しかけていた。
だが、それでも確かに残っていた恨みが燃料を投下され、燃え滾る。
イーサンは、肩に乗る和真の手を払いのけた。
「……気安く俺にさわんじゃねぇ」
その声は、まるで内緒話するかのように小さかった。
だが、その声は確かに和真に届いた。
和真は一瞬キョトンと瞬きを繰り返すと、次の瞬間には、何かを噛み締める様に顔を少し歪めた。
「なら、お前に暴力を与えよう。今の俺達には、最高の力で答えだ」
和真はイーサンの後方を顎でしゃくると、そこにはイーサンの剣が搬送されていた。
「イーグル……」
「幸いお前のストライク・イーグルは基礎が生き残っている。……こちら側で修復してやれば、直に暴れることが可能だ。だが……、そんな時間は俺達には残されていない。見て分かると思うが我が社の整備員は俺のラプターにかかりきりだ。ストライクの修復に回せる人員は僅かしかいない。それだと、お前は間に合わない。だから、俺が用意してやった。お前にしか出来ない。……お前だけの戦場だ」
和真はそう言うと、イーサンに近づき小声で何かを呟いて行く。
イーサンは和真の発言に息を飲み握り拳に力が込められていく。
そして最後に和真が拳を掲げると、イーサンは自身の拳を嫌な音が出る程に叩きつけ、自身の愛機の下に向かった。
事の成り行きを見ていた兄貴は、イーサンが立ち去るのを見てから眉間の間の皺をさらに深くした。
「お前……」
「利用出来るものは何でも利用する。それだけだよ、兄貴―――」
五六和真という男は、とことん優しい男である。
それは身内ともなれば尚の事、故にアメリカ軍とトイ・フラワーの面々との諍いの際、敵の――――アメリカ軍の情報を特にイーサンの情報を集めに集めた。
それは保険と言うには過剰なほどに―――。
そこで手にした資料からイーサンの能力を知り、そしてそれを己のために使うことにした。
手札を一つ切ったのだ。
それは子供には出来ない駆け引き、だが社会に出た大人なら誰もが行う一つの成長の証。
和真は自身の駒を腐らせず有効活用した。
自信が持つ不思議な力、催眠術らしき力を使って無理矢理に奮起させたのだ。
それは余りに残酷なことだ。
もう折れてしまった人間を、再び地獄に引き戻したのだから、だが和真はそれすら利用してでも勝ちたいのだ。
もう、後戻りなどする必要もない。
和真は兄貴に背を向けラプターの下に向かう。
「さぁ、俺は行動を起こすぞ。お前達が何をどうしようが、その悉くを覆してやる。最後に笑うのは―――俺だ」
トゥールに存在する巨大なゲートからその身を投げ入れ、今や直線距離にして約
53キロメートルも先に存在するブロアハイヴにドリフトを通じて侵攻していた西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊、通称ツェルベルスに所属する第二中隊の衛士イルフリーデ・フォイルナー少尉は額から垂れ散る汗を無理矢理に拭うと、呼吸を浅く繰り返し深呼吸の代わりとした。
「ふっふっふ……」
ハイヴの内部に入るなんて経験は後にも先にもこれきりかもしれない。
普段の衛士達の倍以上戦場にその身を置いてきたイルフリーデも、その異様な風景に三半規管から侵食され、ありえない筈の乗り物酔いを経験していた。
その時、眼前に小ウィンドウが現れ同期の顔が映し出された。
その顔もどこか辛そうにしていたことから、この不快感を共有しているのが自分一人ではないと理解し、どこかホッとする。
「それにしてもこの景色に雰囲気は、どこか幻想的で悪魔染みていますわね」
緑色の髪にお嬢様然とした衛士、ルナテレジア・ヴィッツレーベンはそう愚痴を零した。
「仄かに光る空間一体に、スリーパードリフトから散発的に表れるBETAを掃討しつつの進行、オーボットダイバーズが先行し、道を切り開いたとは言え、ここは敵の腹の中、常々とは違いストレスを貯めるのは無理もない話だ」
そう自分に言い聞かせるようにして新たに現れたのはもう一人の同期、ヘルガローゼ・ファルケンマイヤーだった。
「それもそうね。先行したダイバーズの苦しみは私達以上のモノ。ツェルベルスの衛士である私達が挫けていい場面ではないわ」
イルフリーデはそう言うと、自身の頬を叩いた。
「うしッ!」
それと時を同じくして、けたたましい音がコックピット内を満たす。
「ッ!!」
「振動センサーに感有り、波長パターン照会!BETAです!」
「アーレツェルベルス、隊形をハンマーヘッドワンに変更、初撃にて敵BETA群前方を薙ぎ払い身動きがとれなくなったBETAを盾に近接戦をしかける」
いつもの如く、鼓膜に響くのは落ち着いた大隊長ヴィルフリート・アイヒベルガーの声。
聞き終える前に命令の意図を理解し、行動に移していく。
働き蜂よりも機械的な動きで、ジャッカルより俊敏に隊形!を整えた。
「敵総数、およそ800、前衛突撃級続いて要撃級と戦車級の混成!」
「突撃級は二次元的に前進するのみだが、要撃級特に戦車級は壁を張って降り注いでくる。常々と思うな。敵は360度全てから攻撃可能である」
そんな事は百も承知だ。
ここにくるまでに、一体どれだけのBETAと戦闘を繰り返してきたと思っているのか。
その全てが地上の常識とはかけ離れていた。
何度死を覚悟したか。
だがしかしだ。
「もう慣れたわ!」
ツェルベルスの名を関するタイフーンの群れは、その手に持つ突撃砲を構える。
イルフリーデも同様だ。
さぁ、いつでもいらっしゃい!
そう気合を入れた。
その時、またですか?と言いたくなる程に耳になじんだ仲間の焦る声が聞こえた。
「音紋並びに振動センサーに新たな反応!これは……スリーパードリフトです!」
今イルフリーデ達がいるドリフトと呼ばれる位置は、比較的他の通路より広く高い。
それは通路以外の何物でもなく。
様は、ここはBETAの家の廊下の様なモノであった。
故に隠し扉の一つや二つ、当たり前のように存在する。
その一つが今開こうとしており、その先にいるのは何かなんて決まり切っている。
「BETAッ!!」
スリーパードリフトの位置は前方右側50メートルの位置、先に発見したドリフトの奥から押し寄せてくるBETA群と合流されるには、およそ5分程の時間がかかる。
ならば、先にスリーパードリフトの敵を殲滅すれば済む話ではあるが、隊形は既にハンマーヘッドで固定されている。
今更別の隊形に変更なんて出来ない。
だが、対処しなければスリーパードリフトから出て来たBETAに対して右側の部隊が負担を背負い込む。
それは今後、さらにハイヴ内部に入り込んでいくにつれて看過出来る程の負担なのか。
様々な考えが頭の中を巡り、だが答えを出せずにいた。
そのために、皆が待った。
我らが大隊長にして、英雄と祭り上げられた男、ヴィルフリート・アイヒベルガーの声を―――。
「来ますッ!!」
そしてそれは現れた。
まるで雛鳥が殻を内側からこじ開ける様に、亀裂を壁に入れながら、醜悪な見た目を曝しながら、奇形なその姿を現す。
アイヒベルガーは指示を出す。
「跳躍ユニット起動、ジェットエンジンの身を使用し、後方100メートル先にて陣形を立て直す。ツェルベルス2、後方の補給部隊に有線通信を使い一端下がる旨を報告、全機跳躍開始!」
イルフリーデは下唇を噛みしめながら、フットペダルを踏みしめる。
栄えあるツェルベルス大隊が、欧州最強の部隊が後退する。
その意味、それがイルフリーデを加速度的にイラつかせる。
その時だ。
七英雄の一人に数えられ、白き后狼の名で呼ばれるツェルベルス2、ジークリンデ・ファーレンホルストが意味が分からないと焦った様に声を荒げた。
「えっ!?後退をする必要が無いと言うのは……、ツェルベルス大隊はドリフト奥から来るBETA群のみに集中するようにとは、どういう!?」
その通信音声からツェルベルス大隊の皆が怪訝に眉を顰めた。
その指示は、どういう意味なのか?
下がらずに戦えと言うのは、しかもスリーパードリフトの敵は見逃せと言うのは、様々な最悪が脳裏を過る。
だがしかし、黒き狼王は速かった。
「全機ツェルベルス直ちに反転!スリーパードリフトから現れたBETA群を飛び越え、その先のBETA群に近接戦闘をしかける」
「りょ、了解!」
イルフリーデは訳も分からずそう返事を返した。
その時だ。
聞きなれない声が響いた。
「ローテ12、後1メートル高く飛びなさい。……竜の咢に噛み千切られるぞ?」
それは最早反射だった。
イルフリーデは咄嗟に1メートル高く浮上した。
それと同時に、足元を掠るようにして36ミリ劣化ウラン弾が豪雨の如くスリーパードリフトから現れたEBAT群を挽肉とかしていく。
「ちょ、危なッ!?」
イルフリーデが遂そう叫ぶと、次々と仲間からヤジが飛ぶ。
「しっかり周りを見ろよ。イノシシ女!」
「だから、彼の英雄さんも落とすことが出来ませんのよ?」
「浮ついていた証拠だ」
「はぁ……」
「あぁもぅ、うるさいッ!!」
イルフリーデ達はそう言い合いながらも、的確にBETAを屠っていく。
その殲滅速度はツェルベルスの名に恥じない戦火だ。
それはまるで、後から追いついてきたノロマに見せつけるようでもあった。
「息災無いようで安心したよツェルベルス」
現れたのはフランスの刃、ラファールの大隊であった。
網膜投影システムにより、眼前に一人の女の顔が浮かぶ。
少しくすんだ金髪を靡かせ、威風堂々と前を見据える女傑。
「私は、フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊・第131戦術機大隊、レア・ゲグラン少佐だ。ハイヴ侵攻に同行しよう」
ゲグランの簡潔な申し出に、アイヒベルガーも簡潔に返す。
「了解した。武器弾薬、燃料の損耗率を送る」
「……受け取った。こちら側で、補給コンテナを用意した。使ってくれ」
「感謝する」
フランス軍のラファールから次々に降ろされていく補給コンテナ。
それに感謝を述べながら、ツェルベルス大隊のタイフーンも次々と補給していく。
ふと、イルフリーデが隣を見ると、ベルナテッドのラファールが見えた。
だが、互いに言葉を掛け合ったりしない。
もう、この二人にはそんな事必要がなくなっていた。
フランス領ヴァンドーム
戦闘指揮所
戦闘指揮所と名付けられたそこは、まるで巨人の腕のような見た目をしていた。
まかされた陣地的にはイギリスを始めとした欧州連合軍の管轄ではあるが、多くのアメリカ人がいるその場は、世界のパワーバランスを如実に表しているようでもあった。
甲高い鉄と鉄を打ち付けるような音を靴底から響かせながら、マリアは足早に目的地に向かっていた。
等間隔に並ぶ無機質な扉の数々、そのうちの一つの扉の前に立ち止まる。
「ふぅ~~……」
胸元に手を乗せ、深く息を吐く。
「姫様……」
隣に控えている王室近衛軍の兵士が心配そうに声をかけてくる。
マリアはそれに、笑顔で返すと一人扉を開き中に入った。
部屋の明かりに一瞬視界を奪わるも、それを気にせずに一歩踏み入れた。
まず視界に入ったのは、少し疲れたかのような、くたびれたかのような銀の髪だった。
視線を下げると、その姿が良くわかった。
茹だる暑さに参ったかのように、無力さを噛みしめているように、椅子に座り一言も発することの出来ない少女。
「ストー……」
マリアがそう名前を呼べば、一瞬肩を大きく跳ねあがらせ、続いて顔を持ち上げた。
その瞳を見て、マリアはたまらずにストーを抱きしめた。
「うぇ……ぐぅ……」
ストーの口から、一瞬吐き出しそうな声が聞こえた。
人の臭いを感じ取ってしまったからだ。
その瞬間に、目の前で死んでいった数多の声が聞こえた気がしたからだ。
マリアはストーの背の抱きしめる手に力を込めていく。
その力に呼応するようにして、ストーの手も弱々しく持ち上げられ等々マリアの背中を掴む時になれば、ストーの瞳には、多くの涙が溢れていた。
「うぅぅ……うわぁあああああああ……ぁああああああああッ!!」
それは叫ぶような声だった。
今まで堪えていた物が止めどなく溢れていた。
止められない。
止めることが出来ない。
そこでストーは気が付く。
和真の存在の大きさを。
彼がそこにいてくれるだけで緩和された苦しみ。
寂しい、つらい、怖い―――。
感情がダムが決壊したかのように吐き出されていった。
ストーが落ち着くまでマリアは優しく抱きしめ続けた。
「ありがとう……」
ストーがそう言うと、マリアはストーを解放する。
「どういたしまして!」
マリアはストーから、まるで愚痴でも聞くかのように話を聞く。
代わりにストーは、マリアから愚痴を聞く。
会話の内容がどうであれ、その姿は友人同士のように美しかった。
話しの内容は和真のことに移る。
「この作戦が始まってから、和君に会えてないの……」
「それは、俺も同じさ。あの野郎、こんな可愛い女子二人を心配させやがって、次に顔を見た時は、お仕置きしてやる!」
「ふふ……」
すると、マリアは少しだけ難しい顔をして言った。
「なぁ、ストー……」
「どうしたの……?」
「俺さ……ふられちまったんだ」
「え……?」
会話の流れから、その相手は和真以外にありえない。
だから、ストーは少しだけ驚いた。
「でも、その事に対して恨みがあるとかそんなんじゃないし、まだ諦めがつかないとかそんなんでも無い。ただ、ストー……アイツにはストーが必要だ」
そこで、マリアは一呼吸置く。
「この先どうなるのか分からない。でも、今はストーみたいな女が和真には必要なんだ。だから……、頑張れよ」
頑張れ―――
その言葉の裏側にどれだけの想いが込められているのか。
ストーがその気になれば、リーディングの力を使ってその糸を読み取ることも出来る。
でも、そんな事はしたくなかった。
その想いは、自分で汲み取らなければならないと思ったからだ。
マリアはそれだけを言うと、座っていた椅子から、立ち上がる。
「悪いな休憩中に……、後、一時間もすれば俺は一端イギリスに戻らなくちゃいけないんだ。だから、……友達の顔を見たかった」
マリアは安全な後方に帰る。
それが自分自身で許せない思いがあった。
だが、それが必要な事であるのも知っている。
王族であるマリアが戦場にいても邪魔にしかならないからだ。
だから、このまま戦闘指揮所として必要な部分だけを残し、他の兵器としての部分、電磁投射砲の部分を持ち帰るアメリカ軍に同行する形で帰国することにした。
それでも、友人たちは戦場に残り戦い続ける。
マリアは最悪を想定し、唯一近場で補給していたストー達、トイ・フラワーを戦闘指揮所に招き入れた。
我儘を押し付けた。
それが、嫌だった。
権力を傘に、無理を押し付ける。
理性はそれが嫌だと思っていながらも、心を優先した。
その時、ふわりとマリアは温もりに包まれた。
「ありがとう……私、頑張るよ」
それはストーだった。
ストーは優しくマリアを抱きしめ、話すと、まるで向日葵の花のように笑った。
その時、マリア達のいる部屋の扉が乱暴に開けられた。
「姫様ッ!!」
その慌て様に、マリアも表情を王族のそれに変える。
「何事ですか?」
「先程、ブロアハイヴ最深部に到達したアメリカ軍、西ドイツ軍、フランス軍から同時に入電しました。内容は、……ブロアハイヴはもぬけの殻!反応炉もBETA由来の物質も全て無く。そして―――そして……」
「どうしたのです?早く、報告してください」
「ハイヴ最深部、メインホールから北東方向に、巨大なドリフトが存在しているとのことです。つまり……」
その報告を聞いて、マリアの顔は一瞬で青ざめる。
そして、その結論に行き着く。
「BETAの目標は……、イギリス……?」
マリアが崩れ落ちそうになりながらもなんとか堪えると同時に、今度は竹宮千夏が室内に飛び込んで来た。
「千夏さん!?」
竹宮は、すでに衛士強化装備服を身に纏っている。
顔からは、余裕が消え傍目に見ても慌てていた。
「ストー、早く準備をして、格納庫に来て!」
「ど、どうしたんですか!?」
ストーの問いに帰す竹宮の答えは、絶望に絶望を上塗りするだけだった。
「振動センサーに反応があったは、BETAの地中侵攻の予兆よ」
千夏がそう言うのと、同時に戦闘指揮所全体がまるで横から巨大なハンマーで叩かれたかのような揺れが襲った。
あぁ、地獄はまだまだ続くようだ。
ストーは、震える体に力を籠める。
私はここで終わるかもしれない。
それでも、終わらせるわけにはいかない。
私はまだ、未来を諦めてはいない。
「和君―――」