* * * *
宮本武蔵は放浪者である。
気がついたら世界を渡っていて、そして気の向くまま風の向くまま歩き、強者と戦い、時に弱者に手を差し伸ばして、自らの腕を磨き上げる風来坊である。
これはそんな宮本武蔵の、死に至っても歩み続ける物語———
村を離れて幾数日。
新免武蔵守藤原玄信こと、かわいい女の子の宮本武蔵はフラフラと獣道を進んでいた。
「おな、おなか、お腹すいた……うどん食べたいうどん」
持っていた携帯食料は底をつき、ここ最近は清流の水と山の食べられる果物、そして野ウサギを捌いて食べる日々。
味気のない食べ物に、武蔵はグロッキーになっていた。
しかしそれでも武蔵は獣道を歩く。
なんとなく、そっちにナニカがある気がするからだ。
……なお、その直感は当たりハズレがあるのだが。
「ん?あれは……」
しかし、今回はどうやらアタリだったらしい。
雑木林の獣道を歩いていると、山の中で急に開けた場所に出た。
一面の野っ原に、真ん中に寂しく建つ小さな小屋。荒れている様子はなく、しかし人の気配がしない。
———怪しい。あやしすぎる。
忍者の密会所だったりして。いや、妖術使いの住処とか?
一般人が普通に住んでいるなんてことはないだろう。
なんにせよ、武蔵にとっては好都合である。
なんの戸惑いもなく、その引き戸に手をかける。
———そして。
「たのもー!ご飯をいただけませんかー!」
「はーいいらっしぇーい!ご注文どぉーぞー!」
そこは、定食屋さんでした。
* * * *
「あらー、私またやっちゃったかな?」
おそらくまたどこかに行き着いてしまったのかもしれない。うんうん、いつも通りである。
ご飯が食べたくて小屋の扉を開いたら定食屋に来ていたのだから、これは結果オーライというやつなのだろう。
「えぇと、さて。どうしようかしらね」
豊富なメニューが壁に貼られているのだが、どうにも見たことがない文字である。
ルルハワの時もだったが、こういう時はほかの客が注文するのを真似るべきなのだが……さて。
と、少し武蔵が困ったところで後ろからガラリとドアの開く音がした。
「……おっと、先客か?」
つるんとした頭、そこそこ整っている顔立ち。
丸い肩当てにたっつけ袴、全体的に黒っぽい服装。スマートな服を着込んでいるようだが、身体のバランスの取り方的に、服の中に武器を仕込んでいる様子。
なるほど、どっからどうみても忍者だ。
なかなかに鍛錬を積んでいると見える。どこの里の者なのかしら?
「先客……ですけれど、お先にどうぞ?」
「……ふぅん、アンタ」
上から下まで、忍者は武蔵を観察する。
ビリビリと戦闘のような空気感が感じられて、思わず手が刀の柄に伸びてしまう。
鯉口を切ると、一層忍者の視線は鋭くなった。
まるで、今から決闘でも始めるかのような雰囲気だ。忍者に決闘というのは合わないけれど、そういう戦いの殺伐とした雰囲気が2人の間に流れる。
———しかし、忍者は武蔵から視線を外すと店員の方に向かって声をかけた。
「ステーキ定食、弱火でじっくりを頼むぜ」
……ん、あれ?今の、なんだったの?
「わ、私もそれひとつくださいな!」
「あいよー!2名さま奥のお席へどうぞー!」
奥の部屋には、ステーキ定食が湯気を立てて待ち受けていました。
「イイニオイー!すていきすってきー!なんつって!お姉さんつまらない事言っちゃいましたお腹すきました!いただきます!」
武蔵は椅子に座ると行儀よく手を合わせ、それからすぐに肉と米を口の中に放り込んだ。
じゅわりと牛肉の肉汁とソースが口に広がり、一緒に食べた白米が旨味を引き出していく。
美味しい。おいしすぎる。
定食に付いてきている味噌汁を飲み、再び白米を食べ、そして冷えた麦茶を喉に流し込んだ。おしんこも……あぁ、白菜がシャキシャキで美味しいです!
と、そこでここまでジッと武蔵のことを見つめているだけだった忍者が口を開く。
「アンタ……いや、うん。」
「ほへぇ?忍者さんは食べないの?」
「ん?アンタ忍者を知ってるのか?」
先ほどまで呆れた目を向けてきていた忍者は、少しばかり目を見開いた。
顔の表情がわかりやすい男だなと思いながらも、武蔵はもぐもぐしながら頷く。
「へぇ!いや珍しい。アンタ、もしかしてジャポン出身か?」
「ジャポン……?あぁ、西洋風の言い方の日の本でしたっけ。えぇ、そうですよ!」
「オレもなんだ!ハンゾーという。よろしくな」
男はにこやかに笑うと、チラリと武蔵の刀を見遣った。
「私は新免武蔵守藤原玄信……武蔵でいいわ。よろしくね、ハンゾーくん」
そして武蔵はというと、ハンゾーの顔を見る。
……うん、5年前ならどストライク……ってとこかな。
「ところでハンゾーくん、せっかくステーキ定食を頼んだのに食べないの?」
「オレは忍者だからな。こういうのは食わない主義なんだ」
「成る程。もらってもいい?」
「どうぞ……しかしアンタ、これから試験だってのに随分と余裕だな」
もぐもぐと食べるばかりの武蔵をおいて、ハンゾーは1人で話し始める。
いわく、この試験とやらがいかに難しいのか。どのくらいの人間が受けて、落ちているのか。そういうものを熱く語っていた。
……うん、結構おしゃべりな忍者なのかしら。
「ハンター試験ねぇ……」
「アンタ、まさか何も知らずに受けにきたんじゃあないだろうな!? 全く仕方ねぇな。これも同郷の馴染み、足手纏いになるならおいてくが多少の同盟関係を組むことも、まぁ、やぶさかじゃないぜ。アンタ、かなりの手練れみたいだしな」
あ、あまり人の話聞かないタイプだこれ。
「ま、まぁ……そういうことなら。私詳しくないし、よろしくねハンゾーくん」
「おう。よろしくな武蔵。……っと、お前食い過ぎじゃねぇか?」
「まぁここ数日ほとんど食べてなかったし……はい。お腹すきすぎていっぱい食べちゃいました。」
と、お腹をポンポンとさすっているとチン、と音がなって扉が開く。
そこには広い空間と、300人弱の人間がひしめき合っていた。
うーん、むさ苦しい空間ですこと。
* * * *
ハンゾーが294のプレートをもらい、武蔵が295のプレートをもらってから数時間後。
ハンゾーの長話も終わり、暇過ぎた武蔵は逆ナンを敢行していた。
「えへへ君かわいいねぇ何歳?名前は?てかどこ住み?ラインしてる?」
「……ハァ?」
銀髪がもふもふな猫目の少年(99番)を相手に鼻の下を伸ばす武蔵ちゃん。そんな彼女の襟を引っ張っているハンゾーである。
「お前さっき説明しただろ!この試験は厳しいものなんだぞ!?こんなとこで逆ナンするな!いやそもそも逆ナンするな子供相手は犯罪だぞ!?」
「いやもう無理です!こんなむさっ苦しい空間でチラリと見えたこの若々しい少年!私の癒しです!」
いきなり話しかけてきた鼻の下が伸びている美女にドン引きの少年と、そんな少年に抱きつこうと息を荒げる武蔵と、武蔵を止めようとするも力で負けてズルズルと引っ張られているハンゾー。
「離しなさいハンゾー!あなたが後5年若ければ良かった!」
「うっせーショタコン!オレは今お前のためとこの少年のために離してねぇんだよ!」
「……あー、あのさ。おたくらなんなの?」
少年の質問、ごもっともである。
「いやぁ、突っ立ってるのも暇だなー飽きたなーって思ってたら私の好みどストライクな少年がいてテンションが上がっている武蔵ちゃんです!」
「なんの義理もねぇがオレがここでコイツを止めないといけない気がしているから必死に身体張ってるハンゾーだよろしくな!」
「……あっそ」
と、キルアはハンゾーの方だけ向く。
「オレはキルア。キルア・ゾルディック」
「……ゾルディック、か。よろしく」
「えっちょっと待って武蔵ちゃんは!?私は無視!?」
何故かハンゾーとキルア少年の間にぴりりとした空気が流れるものの、それはそれ武蔵は間に割り込んでいく。
が、やっぱりそれもハンゾーに阻まれるのであった。
ピリリと周りの空気が一層重くなったのと同時に、コソコソとハンゾーから耳打ちされる。
「おい、相手はゾルディックだぞ。あんま下手なことするな」
「ぞる……?」
「おっまえ……それも知らないのか……全く。いいか?ゾルディックって言うのは———」
と、その時である。
良くも悪くも目立っていた3人に、1人の男が話しかけてきたのだ。
ナンバー16のプレートをつけた鼻がでかい低身長の男。3人は一斉にその男に振り向く。
「やぁ、ルーキー達。なかなか緊張感がないな?」
「アンタは?」
「オレはトンパ!新顔だね、君達?」
胡散臭い。その言葉が第一印象に来る男であった。
「まぁ、そーだけど。それで何の用?」
「随分と楽しそうな奴らだから話しかけたってわけさ。それにほら、こんなに綺麗なお姉さんとお話しできるなんて最高だろ?」
「はぁ、まぁ……えぇ。」
トンパの視線は武蔵の胸にいき、そして顔、再度胸、スリットから出ている太もも、そして胸、顔と行ったり来たりである。
「んで、3人は新人なんだろ?オレは35回ハンター試験を受けているからな。色んなこと、教えてやれるぜ」
「35回……」
何回落ちてるんだコイツ。
キルアとハンゾーの心の声が一致した瞬間であった。
と、トンパは思いついたようにポケットをまさぐりはじめる。
「取り敢えず、だ。緊張してるだろ?
———お近付きの印にこれ、どうぞ」
そしてごそごそと、トンパは3本の缶ジュースを取り出した。
……今どこから取り出した?
3人の心の声が一致する。
「わ、私は……ちょっと遠慮しまーす、あははー……」
「忍びの習性で人から貰った飲食物は喉を通らねーんだ……いや別に、脂ぎったおっさんが鼻の下伸ばしながら渡してきた生温そうなジュースが嫌な訳じゃないんだぞ?」
「オレもパス」
取り出した缶ジュースは誰にも受け取られなかった。そして、トンパは内心ショックを覚えながらも再び缶ジュースを戻す。
……今どこにしまったんだ?
———ちなみに、このトンパの缶ジュース。
これは、超強力な下剤入りの缶ジュースである。
一口飲めば3日は下半身が土砂崩れを起こすほど。パンツを履いて試験を受けることなど困難である。
新人潰しのトンパの手法のひとつである。
良くも悪くもトンパが空回り、武蔵は事なきを得たのであった。
もしこの場にいるのが幸運値Eの青い槍兵であれば、毒入りとわかってもわからずとも、ゲッシュとかで飲まざるを得なかっただろう。流石は武蔵ちゃんだ。
「ま、またジュース飲みたくなったら話しかけてくれよ!」
そそくさと去っていくトンパの後ろ姿を、3人はジト目で見つめていた。
「ところでおねーさん。アンタがさっきオレに近付いた時もあのおっさんと同じ顔してたんだけど」
「えっ」
* * * *