勇者の記録   作:永谷河

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千景と勇者

2018年10月某日

 

特別休暇を与えられた勇者たちは、各々自由に過ごし、身体的、精神的にもリフレッシュをしていた。

久しぶりの休暇を満喫していたのは悠岐や千尋だけではなかった。

若葉とひなたは香川のうどんの名店を巡っており、勇者アプリに内蔵されている、連絡機能で写真と食べた店のレビューを投稿していた。悠岐以外には大変好評であった。

友奈は千景が帰省していたこともあり、誰かと行動するということはなく、近くの公園で清掃ボランティアを行ったりしていた。

杏と球子の二人は、高松市内でショッピングをしていた。杏は香川で一番大きな書店で本をたくさん購入し、球子も書店でアウトドア雑誌といった趣味の本を購入していた。書店のほかにもアウトドア専門店やロードバイク専門店などにもより、いろいろ買い物を行っていた。

『勇者』には給料は存在しない。常識の範疇であれば基本的に『大社』が『勇者』が購入した料金を支払っていた。中学生の身分で、家や車を欲しがる欲望に忠実な人間はおらず、そこまで高い買い物をする勇者はいなかった。

 

勇者の一人である郡千景は実家に帰省していた。千景にとって故郷は、暗い過去しか存在しない場所であった。

特別休暇が与えられた時に、彼女の親友である高嶋友奈が、自分の故郷に一緒に行きたいと言ってきたが、自分の過去、そして現在も問題を抱える場所に彼女を連れていきたくはなかった。たとえ唯一心を開いている親友であっても。いや、親友だからこそ自分の暗部を見せたくはなかったのかもしれない。

故郷では、父親と天空恐怖症候群に侵された母親の顔を見るだけで、すぐに帰る予定だったが、予想外の出来事が起きたのだった。

千景を拒絶し続けた『故郷』が、彼女を称賛し始めたのである。

 

『勇者』であれば自分は評価される

 

『勇者』であれば人は私に平伏する

 

『勇者』であれば私はみんなに愛される

 

彼女の『勇者』にこだわる姿勢はこの時から始まった。

見かけの功績や強い者へ媚びを売ることで生まれた評価は、得てして裏切られやすい。その評価や称賛、価値は、自らが苦境に立った時、正反対になる。

しかし、今まで誰からも認められず、自らの価値を見出すことができなかった少女は、この心地よい感覚に酔いしれていくのだった。

それが破滅への一歩とは知らずに。

 

 

休暇を終え、丸亀城での日常が戻り始めたある日、バーテックスが襲来した。

その日は教室で授業を受けている最中であった。神樹様の神託によって、戦いが近いことを想定していた勇者達は、樹海化警報発令と同時に、変身し、戦いに備えた。

 

「今回襲来したバーテックスの規模は、前回の倍程度だ。ただし進化体が一体存在しており、警戒が必要だな」

 

「前回の倍の敵か……進化体のタイプは?」

 

「棒状のシールドを持った進化体だね。非常に防御力が高いし、反射の性質を持っているから射撃武器は使わない方がいい。だが、それ自体の攻撃能力は低い」

 

「なら攻撃は私と悠岐さん、友奈が行おう」

 

四国防衛隊からの事前情報を共有し、悠岐と若葉が今回の戦いの方針を決めていた。

 

「タマは杏と千景の護衛についていてほしい」

 

「悠岐さん。今回、私は戦えます。タマっち先輩を、みんなを守るって決めたんです」

「私は戦えるわ。私は『勇者』だもの」

 

杏は前回とは異なり、戦装束の姿に変身することができていた。千景も大鎌を構えながら臨戦態勢に入っていた。

 

「それなら千景は友奈と共に星屑の掃討に当たってほしい。私たちの後ろを守ってくれ

「了解したわ。高嶋さん、一緒に頑張りましょう。それに、若葉さんも……」

 

「うん。一緒に頑張ろう!ぐんちゃん!」

 

千景と友奈が頷く。

 

「杏は遠距離から狙撃を行いつつ、援護を行ってほしい。タマは無防備な杏の護衛を行うようにして」

 

「「了解!(です!)」」

 

千景と杏は初戦闘であるが、千景は訓練を見ている限り、戦闘のセンスが高く、友奈と一緒なら戦えると悠岐は判断して、彼女を星屑の掃討を任せた。

杏は近接戦闘の能力は低いが、射撃訓練ではかなりの成績をたたき出しており、実戦でも戦えると判断したのであった。

 

「それじゃあ、若葉! いくよ」

 

「いきましょう!」

 

悠岐と若葉が樹海の根を足場にし、跳躍しながら一気に星屑の群れの中に突入する。遅れて友奈と千景が同時に走り出し、突撃した二人が打ち漏らした星屑を撃破していった。

友奈がパンチやキックで星屑を次々と倒していく隣で、千景は彼女の獲物である大鎌を振るい、次々と星屑を倒した。

 

「これなら、いける!」

 

前の戦いで怯えていたのがウソのように敵を鎌で斬り払うことができた。

 

「私は『勇者』よ。『勇者』なのよ!」

 

今の千景にとって『勇者』として戦うことが自分の存在価値であった。だから彼女は戦うのである。それに千景の隣には高嶋友奈がいる。それだけで彼女は戦うことができた。

 

友奈と千景が星屑を掃討している間、突撃した悠岐と若葉の二人は、太刀を使って星屑の大半を消滅させていた。後方からの杏や球子の援護攻撃も行われており、戦況は勇者が圧倒的に有利であった。

 

「進化体を攻撃する。悠岐さん、友奈、ついてこい」

 

「「了解!」」

 

3人が一気にシールドを持つ進化体に近づく。

 

「皆さん、止まってください!」

 

3人が攻撃を行おうとした瞬間、後方で、クロスボウで狙撃を行っていた伊予島杏から制止するように指示が入る。

 

「新しい進化体が生まれます。警戒を!」

 

全員が杏の指差す方向を見ると、星屑をさらに巨大化させたような大きな口を持つ進化体が空に浮かんでいた。口は星屑のようにかみ砕くためのモノか、何かは発射するためのモノかどうかまではわからなかった。

 

「どうする若葉?」

 

「あれがどういう進化体かわからないが……」

 

二人が今後の方針を相談していた瞬間、先ほど誕生した進化体の口から何かが発射されるのを友奈は見逃さなかった。

 

「危ない!」

 

「「っ!!」」

 

友奈の声に反応した二人は、勇者の驚異的な動体視力と反射神経をフル稼働して自分たちがいた場所から移動する。その瞬間、二人がいた場所を謎の射出体が通り過ぎた。少しでも遅かったら、二人は貫かれていただろう。

落ち着く暇もなく、第二射、第三射が発射され、猛スピードで勇者たちを襲った。

杏は球子に守られており、問題はなかった。しかし盾など持っていない他の勇者たちは動き続けて攻撃を避けるしかなかった。

 

「シールドのある進化体にも注意しろ!」

 

若葉の言葉通り、進化体の持つシールド組織を反射した「矢」が勇者たちに降り注いだ。これによって2方向以上から攻撃が加わることになり、ますます身動きが取れなくなっていた。

 

(精霊の力を使うか……)

 

悠岐や若葉が精霊の力を使おうかと考えていた瞬間、一人の勇者が「矢」型の進化体に猛スピードで肉薄し始めた。紅の戦装束を纏った勇者、郡千景であった。

 

(こい、『七人御先』!)

 

千景が神樹から抽出し、顕現させた精霊は『七人御先』。高知県を初めとする四国地方や中国地方に伝わる集団亡霊で、七人ミサキに遭った人間は高熱に見舞われ、死んでしまう[1]。1人を取り殺すと七人ミサキの内の霊の1人が成仏し、替わって取り殺された者が七人ミサキの内の1人となる。そのために七人ミサキの人数は常に7人組で、増減することはないという(注釈1)。

 

千景が進化体に近づいた瞬間、猛烈な弾幕が彼女を襲った。そのうちの数発が千景の体を穿った。

 

「ぐんちゃん!」

 

友奈をはじめとした勇者たちが悲鳴を上げる。すぐに駆け寄ろうとするが貫かれた千景の体からは血が出ていなかった。

それどころか、千景の身体は七つも存在していた。猛烈な弾幕によって、何十人もの千景の身体が貫かれ消滅するが、すぐに身体が復活し、常に七人の千景が空を舞っていた。

 

「今だ!シールドのやつをやるぞ」

 

「矢」の攻撃が千景に集中しているすきにシールドを持つ進化体を攻撃しようと3人が突撃をかけるが、「矢」型の進化体は目ざとく3人に攻撃を行ってくる。

千景に向っている弾幕に比べたら幾分ましな攻撃であったが、近接戦闘が得意な3人にとっては面倒くさいことこの上ない攻撃であった。

 

「私が守ります!」

 

後方で球子に守られながら星屑を狙撃していた杏は、悠岐達に向かって飛翔していた攻撃をクロスボウで次々と撃ち落としていった。進化体と杏の「矢」が次々とぶつかり合い、相殺し合って、消滅する。

 

「あんちゃん!ありがとう」

 

「友奈、若葉!いくよ!」

 

「「了解!」」

 

3人が跳躍し、進化体に攻撃を開始する。友奈は手甲で殴り続け、若葉と悠岐は太刀で斬り続けた。

 

3人がシールドを持つ進化体を攻撃している間、千景は弾幕を張り続ける進化体に総攻撃を行っていた。一人が貫かれても、すぐに千景の身体は補充される。彼女を殺すには七人全員を同時に殺す必要があった。それは進化体のバーテックスといえど無理であった。

 

「これで、終わりよ!」

 

7人全員で「矢」を発射するバーテックスを大鎌で斬り裂いた。圧倒的な攻撃力によって進化体のバーテックスは一瞬にして消滅した。

 

「私は……もっと強くなる」

 

千景がバーテックスを倒したと同時に、悠岐達が攻撃を行っている進化体も徐々に傷が付き始めていた。3人の刀と拳による連続攻撃と、杏の遠距離狙撃、球子の旋刃盤、そして途中から参加した千景の攻撃によって、バラバラになって消滅した。

倒し損ねていた星屑は杏の狙撃によって片づけられ、二回目のバーテックスの攻撃は終わった。

 

「みな無事のようだな」

 

若葉が、樹海化が解けつつある中で全員の顔を見る。顔に疲労感をにじませていたが、目立った外傷は受けていなかった。ただ精霊の力を利用した千景が、一番ダメージが多いように見えた。

 

樹海化が解けると、周りの景色はいつもの丸亀の景色であった。

若葉が『大社』に今回の戦いの報告を行い、全員が検査と戦いの疲労を回復するために、病院に入院することになった。

 

 

戦闘から数日後

 

千景が精霊の力を利用したこともあり、ほかの勇者よりも検査入院が長引いていた。そのため、悠岐達でお見舞いに行くとこになった。

病室に入ると、ベッドの上で最新の携帯ゲームで遊んでいる千景がいた。

 

「ぐんちゃん!」

 

「た、高嶋さん!?」

 

千景が最も親しくしている高嶋友奈が彼女の下に寄り添う。どうやら千景はみんなで見舞いに来ることを知らなかったようだ。

 

「おい、若葉。千景に見舞いに行くって連絡するって言っていたよな」

 

「あ……」

 

「’あ……’じゃない。これはひなた案件ですね。ということでひなた、やっておしまい」

 

「若葉ちゃん。あれほど報連相は大事だと言いましたよね~」

 

「ひ、ひなた。私が悪かった。なんでもするから許してくれ」

 

「なんでも……」

 

「なんだその怪しい笑みは!」

 

ひなたと若葉の夫婦漫才はいつものことだったので、二人を無視して、お見舞いのフルーツを机の上におく。

 

「来るなら来るって言ってください」

 

「若葉に任せた私がバカだった。すまんね」

 

悠岐と千尋がフルーツを適当に切り分けでいる間、友奈と千景がここ数日の出来事を話していた。そこに一人の少女が加わっていた。

 

「千景さん!このゲームどうでした?」

 

「これね、女性向け恋愛シミュレーションゲームだけど……」

 

「これ、結構話題作でやりたかったんです!どうでした?」

 

「話題作というだけあって良作だったわ。私はシューティングとかの方が好みだけど。もう少しでCGコンプできるから終わったら貸しましょうか?」

 

「いいんですか!?」

 

「別に構わないわよ。その代わりにあなたのおすすめの小説を貸してくださる?」

 

「傑作を用意しますね」

 

二人が仲良くしているのがうれしいのか友奈が満面の笑みで二人を見つめていた。

 

「友奈~杏って千景とあんなに仲良かったか?」

 

球子が親友の杏の変化に驚きながら、事情を知っていそうな友奈に聞く。

 

「うん。結構前から仲良かったよ」

 

「初めての戦闘の時、私は伊予島さんにひどいことを言ってしまって……」

 

「それで後で謝ってもらったんです。私は気にしていませんでしたけど」

 

二人は初戦闘で戦うことができなかった組である。千景はその時に変身できない杏を批判していたことを反省していた。友奈の仲介で杏と和解していたのだった。

 

「結構前から千景さんの遊んでいるゲームに興味あったんです。それで思い切って話してみたら恋愛ゲームとかで盛り上がっちゃって」

 

「私も伊予島さんから貸してもらった小説が思いのほか面白くて……」

 

「千尋~杏が遠くへ行ってしまうぞ~」

 

二人が仲良くなることに文句はないが、杏がどこかに行ってしまう感じがした球子が嘆く。千尋に抱き着き、悲しんでいるように見えるが、どさくさに紛れて彼女の胸を触っていた。

 

「はいはい。杏ちゃんの成長を見守りましょうね~」

 

「おい……」

 

「あぁぁぁぁ」

 

千尋の胸を触られるのが気に食わないのか、悠岐が球子を千尋から引っぺがす。

 

しばらく8人で楽しく過ごしていたが、騒ぎすぎたのか病院の人から注意を受けた。夕方になっていたこともあり、友奈を除く8人は先に帰ったのであった。友奈と千景を二人っきりにしてあげた方がいいという気遣いでもあった。

 

「ぐんちゃん。前の戦いはかっこよかったよ!」

 

「ありがとう。乃木さんや悠岐さん、それに高嶋さん達に負けないようにもっと頑張るつもりだよ」

 

「MVPはぐんちゃんだったと思うし、これからも頑張ろうね」

 

「ええ。私は『勇者』なのだから」

 

この時、千景の『勇者』という言葉に重い意味が込められていることは、さすがの友奈でも気が付かなかった。しかし、故郷に帰省した後に、ここまで戦いに積極的になった理由は何かあるだろうと彼女は考えていた。

 

(ぐんちゃんの口から言ってくれるまでは聞かない方がいいかもね)

 

勇者の中でもっとも空気の読める友奈は千景の意志を尊重した。

 

「それじゃあ、私もそろそろ行くね。また明日もお見舞いに来るね」

 

「ええ。また明日。今日はありがとう」

 

友奈が病室から出ていくと、千景は残っていたフルーツを食べながらゲームを再開した。

 

(高嶋さんと一緒に戦える。もっと強くならなくては……)

 

 

この数日後に千景は退院し、より一層の特訓に励むことになる。若葉や悠岐、友奈と肩を並べて戦えるように。

『勇者』として価値ある自分になるために……

 




誰からも受け入れられなかった少女が、『力』を持った瞬間に他人から媚びを売られ、平伏され、称賛され、評価される。
言い換えれば『力』がなくなればそれらは失われることになる。

幼少期から植え付けられたトラウマや固定観念は怖いものです。

(注釈1)
七人ミサキ、Wikipedia参照


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