勇者の記録   作:永谷河

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結界外へ

2019年4月下旬

 

「瀬戸大橋か、懐かしいな……」

 

若葉は瀬戸大橋の主塔を眺めながら感傷に浸っていた。

 

「若葉ちゃんとひなたちゃんは瀬戸大橋を通って四国に来たんだよね」

「ええ、あの日私たちは修学旅行で島根県に行っていましたから……」

 

若葉は島根県のとある神社で勇者の力に覚醒した。そして、巫女の力に覚醒したひなたの案内で島根~岡山間を多くの避難民と共に無傷で切り抜けたのであった。この功績が大きく報道されたため、若葉は英雄扱いされている。

 

「この橋が沢山の人の命を救ったんですね」

 

杏が大橋のケーブルを眺めながら3年前にここを渡って難を逃れた人々のことを思っていた。

橋の終着点に到着すると、若葉が全員に今回の目的を確認する。

 

「これから私たちは結界外で調査活動を行う」

 

8人の勇者、巫女は結界の外に遠征に出ていた。

5月頃まではバーテックスの侵攻は行われないという神託が下っており、襲撃が沈静化している間に諏訪地方や、北方方面、南西諸島の人類の生存の可能性が考えられる地域の調査を行えると考えていた。『大社』はこの平穏を、2月の決戦によってバーテックス側も大打撃を受けたためだと考えていた。

時間的猶予に加えて、結界の外でも勇者の力は変わりなく使えること。外の環境も全く変化していなかったこと。さらに、四国との遠距離通信を可能にすべく、諏訪との通信で利用していた通信設備を応用した携帯通信機を開発することに成功したこと。以上の理由により、『大社』は結界外の調査を行うことを決断したのであった。

人類の生存地域の調査だけでなく、地質調査なども行うためかなり多忙な遠征である。

 

瀬戸大橋の入り口までは結界が展開しているため、岡山県側の橋の終着点から先が結界の外の世界である。

 

「行くぞ……」

 

若葉を先頭に少女たちが結界を超えていく。

 

「……っ」

 

悠岐は、結界の外に出ると空気が変わったのを感じ取った。それは全員同じで、先ほどまでの和やかな雰囲気は消え去っていた。

 

高速道路を進んでいくと、瀬戸内工業地域の一角である倉敷市の臨海部の工業地帯が見えてきた。工業地帯は無残な姿になっていた。

さらに臨海部から倉敷の中心市街地へと歩みを進めると美しい街並みは荒廃していた。人の気配は全くしなかった。

人の姿を見つけることができなかったが、バーテックスの姿も見ることはなかった。そのため、遠征の日程は順調に進んでいた。

 

事前の計画通り若葉たちは兵庫県へと向かっていった。

暫く移動すると兵庫県の姫路市が見えてくる。姫路市には世界遺産の姫路城がある街である。白鷺城の名前の通り美しい天守閣を持つ城であったが、美しい天守閣は跡形もなく消滅していた。石垣の上に瓦礫が散乱しているだけであった。

 

「姫路城までも……」

「人類の文明の痕跡は徹底的に破壊しているみたいだな」

 

姫路市を過ぎると、悠岐と千尋にとって懐かしさすら感じる明石・神戸市に入っていた。

明石海峡大橋は結界に守られているため、その世界一の威容は何ら変わりはなかった。世界一といってもこの世界の大きな橋は、しまなみ海道、瀬戸大橋くらいしか存在していないが。

 

「懐かしいな……」

「あの時は本当に死ぬかと思ったよね」

 

巨大な橋を眺めつつ、3年以上前の激闘を思い出していた。あの戦いが若葉との馴れ初めでもあった。

 

かつて巨大な地震から復興し、おしゃれな港町として有名であった神戸市は醜い化物に占拠されていた。

 

「あれは、バーテックスの卵か……」

「そういえば神戸はこいつらの生産拠点だったな」

 

3年前の戦いで悠岐と千尋、ひなたと若葉は白い卵殻のようなものを見ていた。しかし他の4人の勇者はこの醜く、バーテックスに滅ぼされた人類の文明の末路を見て、気分を悪くしていた。

 

「四国を明け渡したらこうなるのですか……」

 

口元に手を当てながら杏がつぶやく。

 

「恐らくな。だがそうはさせんよ。それにいつかこの神戸も取り返して見せる」

「若葉ちゃん、星屑が……」

 

卵殻から誕生したばかりの星屑の群れが若葉達の方へと向かっている。

 

「不用意な戦闘は避けましょう。これから長い日程もありますので」

 

杏の意見には全員が賛成であった。ひなたと千尋の案内に従い、山沿いを移動しながら神戸市を抜け、尼崎、大阪市に入っていった。

 

日本第二位の巨大都市大阪は他の年と同様に荒廃していた。大阪、梅田駅前の高層ビル群はほとんどが瓦礫の山と化していた。

生存者を探すため、大阪駅付近を探索していた杏が日本有数の古書店街の無残な姿に発狂しかけるといったハプニングもあったが、生存者の発見は叶わなかった。

 

「この辺はJRに私鉄、地下鉄が沢山走っている場所だ。もしかしたら地下街に避難している人がいるかもしれない」

 

京都から大阪はそれなりに近いため、それなりに大阪駅を利用していた悠岐が地下街の探索を提案する。

他の勇者たちも同様のことを考えていたらしく梅田、大阪の地下迷宮に入っていった。

 

「これってバリケードだよね……」

 

千尋が地下街の入り口を見ながら呟く。そこには破壊されているが、明らかに応急でつくられたバリケードのようなものが設置されていた。

地下街に入ると、電気は当然止まっていたため真っ暗であった。ヘッドライトや懐中電灯を利用しながら奥に進んでいく。

 

「こっちが御堂筋線か……」

 

地下街にはゴミや寝袋といった明らかに人が生活していた跡が残っていたが『人』は見つけることはできなかった。地下街にもバーテックスは侵入したようで、いたるところで破壊の跡が見られた。

 

「誰もいないか……」

 

懐中電灯を持ちつつ進んでいた若葉が小さな声で呟いた。

しばらく地下街を進んでいると、広場のような場所に差し掛かった。

若葉がその場所を手に持っていた懐中電灯を照らすと、そこには無数の白骨が無造作に積まれていた

 

「う、うぇぇ……」

 

杏がその場で膝をついて吐いてしまった。他の7人も口を押えたりして吐き気を抑えていた。

 

「地下に逃げ込んだ人達の行く先がここか……」

「ひど過ぎる……」

「白骨化しているということはかなり前に亡くなった人達ですね……」

 

そう言ってひなたは白骨死体の近くに落ちていたノートを拾い上げた。そのノートは一人の少女が、自身が死ぬまでの日々を綴った日記であった。

日記の中にはバーテックスへの恐怖と絶望、そして同じ人間への恐怖と絶望が綴られていた。

 

「これがバーテックスに襲われた土地の末路なのね……」

 

千尋が涙を流しながらノートを読んでいた。

 

(この状況になってまで人間は争うのをやめなかったのか)

 

悠岐は地下街で起きた出来事を想像していた。そして、人間の醜い部分をノートに残された言葉から感じ取っていた。

 

(私に勇者の力が無ければこの少女と同じ運命をたどっていたかもしれない)

 

勇者の力のせいで悠岐は戦う運命をたどることになった。言い換えれば勇者の力を持っていたからこそ悠岐は生き永らえたのである。

 

悠岐たちがノートを読み終わった瞬間、地下街に轟音が響き渡った。

 

「バーテックスが嗅ぎつけてきたか……この地下街はもう誰もいない。脱出する!」

 

若葉の指示に従い、出口へと向かう。

 

「地下鉄を通っていけばバーテックスと遭遇しないかも」

「御堂筋線を北上しよう。新大阪方面に向かうぞ」

 

悠岐と千尋の案内で地下鉄の駅構内に向かい、線路を通りながら新大阪方面へと向かった。破壊された鉄道車両を通り過ぎながらトンネル内を進んでいた。

 

(あんな惨めに死んでたまるか、死にたくない、死にたくない……)

 

千景にとって人の「死」を見たのは初めてであった。本土から四国へと地獄の旅路を経験した若葉、ひなた、悠岐、千尋、友奈は旅の道中で人の「死」を嫌というほど見ていた。球子と杏も星屑に襲われた人々を地元で見ていた。

しかし、千景の地元にはバーテックスは襲来しなかった。そのため、バーテックスに襲われた土地というものがどのような運命をたどるのかを実感することができていなかった。そして、ノートの持ち主が経験した人間の醜さを千景は追体験した気分になっていた。彼女にとって人間の醜さは身近に存在していたのだから。

 

(結局、人間は変わらないし変われない。きっとバーテックスの攻撃にさらされれば四国も……)

(そうなったときに信用できるのは『勇者』の力だけよ……)

 

千景には地下街の惨状が四国のたどる未来であると感じていた。彼女は他の勇者と違い、人の「悪意」や「醜さ」には人一倍敏感であったためだ。

 

(私はあんな惨めな死に方は、絶対にしないでやる)

 

 

地上に上がると、代り映えしない景色であった。バーテックスの追手を振り切ることはできたようで、このまま淀川を遡上して、京都方面へと向かうことになった。

新大阪駅では、人間の英知の結晶である新幹線が駅も高架橋も車両もズタズタに破壊され、無残な姿をさらしていた。

 

「悠岐、お母さんは……」

「今の大阪でお母さんの痕跡を探すのは無理だ……すべてを終わらせたらまた来よう」

「そうだね……また来ようね」

「ああ。次はあの化物を殲滅した後だ」

 

悠岐の本音としては、母親を探したかった。しかし、広大な大阪を探す時間も人手も足りないため、今回は諦めることにしていた。

 

暫く歩くと、夕方になったため、野営を行うことになった。岡山から大阪までの道中も野営を行っていた。

野営道具は球子と『大社』が準備しており、アウトドアが趣味の球子の知識や経験が役立っていた。

 

「はあ……」

 

流石の若葉も気分が落ち込んでいた。若葉だけでなく、ほかの勇者たちも暗い顔をしていた。地下街のことがどうしても目から離れられないのである。

 

「それにしても大きい川だね~。みんなで泳がない?」

 

暗い空気を打破しようと友奈が夜の淀川を泳ごうと誘ってきた。

 

「友奈ちゃん、淀川で泳ぐのはさすがに……」

「いや、意外といけるかもしれないな」

「えぇ~悠岐……」

「3年前ならありえないけど、今ならいけるんじゃないか?」

 

お世辞にもきれいとは言えない川であったが、人類の活動が停止して3年以上がたった今なら泳げるかもしれないと悠岐は思っていた。

 

「風呂にも入れていなかったし、気分転換に泳ごう」

「そうだな、明日は京都に行くわけだし、大阪のことは一旦頭の片隅にしまっておこう」

 

悠岐と友奈の提案に若葉も乗ってくる。

流石にじめじめした雰囲気に嫌気がさしていたのか、球子や杏も乗り気であった。

最終的に友奈達の説得に折れた千景が了承したので、全員が淀川で遊ぶことになった。

 

「そりゃ~!!」

「タマっち先輩、プール感覚で入ると……」

「つ、冷たいぞ~」

 

いくら4月も終わりに近づき、暖かくなっているとはいえ夜の川は非常に冷たかった。

 

「友奈!そりゃ~」

「やったな~お返し!」

「友奈さん、私にもかかっています~」

 

この冷水の中でも球子、杏、友奈の3人は水をかけあいながら遊んでいた。

一方の若葉、千景、ひなたは水にゆっくりと浸かっていた。

 

「球子ちゃんたち、この寒さで水の掛け合いなんてよくできるね……」

「全くだ。冷水の中では極力動かない方がいい」

「そういえば悠岐さんはどこに行ったんでしょうか?」

 

ひなたが率先して川に入ろうとしていた悠岐を探す。目の届く範囲に彼女の姿はなかった。

 

「と、いうことは~千尋のマウンテンを登頂できるというわけだ!」

 

教室、風呂などで、千尋の巨大なマウンテンの登頂を常に妨害してきていた悠岐がいないことを目ざとく発見した球子は、手を怪しく動かしながら千尋に迫った。

 

「させない!」

「ぐえっ!!」

 

球子の顔に水流が当たり、彼女はそのまま川の水の中に倒れた。

 

「悠岐さん?」

「待たせたな!」

 

黒髪の長身の少女が川の岸に全裸で立っていた。先ほどまで姿を見せなかった悠岐であった。手には大きなおもちゃの水鉄砲が握られていた。

 

「あ~なにそれずるいぞ!」

「ここに来る途中のおもちゃ屋で見つけていたんだ。全員分あるぞ!」

 

悠岐はそういって川の岸辺に水鉄砲を置く。

 

「わ~面白そう!」

「タマも参加するぞ!」

 

さっそく友奈と球子が鉄砲を持ってタンクに水を装填していた。

 

「あまりはしゃぎすぎるなってやめろ!」

 

3人に注意を促そうとしていた若葉の顔面に球子のはなった水が命中する。

 

「あはは~命中だ~」

「た~ま~こ~!やったな、お返しだ!」

 

簡単に挑発に乗った若葉が岸に並べてあった水鉄砲を持ち出し、友奈や球子に打ち始めた。その様子を巫女の二人は微笑ましそうに眺めていた。因みに千景も友奈と水鉄砲で撃ち合いながら楽しんでいた。

 

水鉄砲で遊んでいた6人であったがさすがに体が冷えたのか、少し経つと岸に上がって服を着ていた。そして、球子が熾した焚火に足りながら暖を取っていた。

 

「う~少しはしゃぎすぎたな……」

「もっと暖かい時に水遊びはすべきだな」

 

球子と若葉が焚火にあたりながら話していた。勇者なので風邪は引かないと思うが、体力を思った以上に使ってしまった。

暫くすると全員眠くなったこともあり、見張りを交代しながら睡眠をとることになった。最初は悠岐・友奈の二人であった。その次の見張りは千景・千尋が担当することになっていた。

 

全員が寝静まったことで、あたりは静寂に包まれていた。

 

「空気がきれいだね~」

「昔はこんなにきれいではなかったんだけどな」

「確かにこの辺の空気は汚かったよね」

 

友奈も奈良県出身であり、悠岐と同じ関西地方の出身であった。

 

「結局人類がいなくなったおかげで地球はきれいになったのかもしれないな」

「そうかもしれないね~」

 

バーテックスはどこからやってきたのか、何のために人類を殲滅しているのかは分からない。だが、人類にかかわるもの以外には危害を加えていない。本当に「人間」という種族を殲滅するためだけに存在している。

 

(増えすぎた人類への浄化作用なのかもしれない?)

 

「悠岐先輩、あんまり細かいことを考えすぎたら身体に毒ですよ」

「あ、ああ。ありがとう」

 

悠岐が思い詰めているのを見ていた友奈が心配する

 

「バーテックスのこととかいろいろ考えちゃいますけど、今はこの世界を取り戻すために戦う、みんなを守るために戦う。こういうシンプルな考えでもいいと思います」

「それに『勇者』ってかっこいいじゃないですか?みんなを守るために戦い、そして多くの人を助けることって私たちにしかできないことなんですよ!」

「はは、シンプルだなあ……」

「シンプルイズベストです!」

 

あの地下街の惨状を見ても、強大な敵にぶつかっても、友奈の心は常に真っすぐであった。

 

「それに、私も奈良から四国に避難するときにたくさんの人が亡くなっていくのを見たんです」

「家族を、友達を失った人たちの顔を一杯見てきた。それで、自分の目の前で誰かが傷つくこと、つらい思いをするくらいなら私は戦うって決めたの」

「私は戦い続ける。もう二度と誰も悲しまないように……」

 

友奈は友達のためなら冗談抜きで命を懸けることができる人間だ。友達だけではない、苦しんでいる人、悲しんでいる人のためにすべてを懸けて戦うことができる人間である。

 

「そうか。なら四国の人達を幸せにしないとな」

「うん、それに、悠岐先輩も千尋先輩も若葉ちゃんもぐんちゃんもタマちゃんもアンちゃんもヒナちゃんもみんなが幸せにならないとだめだよ」

「私もか……ありがとう」

「悠岐先輩にはいつもトレーニングでお世話になっていますので」

 

かなり話し込んでいたようで、次の交代の時間が来ていた。

二人は交代の千景とひなたに見張りをバトンパスし、テントに入って寝ることにした。

 

(友奈、ありがとう)

 

 

次の日は、日が昇る前に起きて京都方面に向かった。

京都市内もこれまでの都市と同様に荒廃していた。京都市のシンボルであった京都タワーは土台から横倒しになっていた。さらに京都駅も瓦礫の山と化していた。

 

「美しい古都の街並みが……」

 

歴史小説も好きな杏が無残な姿になった京都市を見て嘆く。

 

「実際はそこまで美しい都市ではないんだけどね……」

 

実のところ京都市はかなり市街地化が進んでおり、古き良き京都を感じることができる地域は意外と少なかったりする。それでも少し歩けば世界遺産に行けるため歴史好きにはたまらない町であった。

特に興味もなかった悠岐にとっては、冬は寒いし、夏は暑いし、自動車の運転マナーは最悪だったりとお世辞にも住みやすい街とは思えなかった。

 

「千尋はどうする?」

「私もまた次に来るときにするよ。今は先を急ぐのが先決だよね」

「そうか。また来ような」

 

バーテックスの襲来は5月以降までは行われないという神託を受けているが、旅程を伸ばすほどの余裕はないもの事実であった。そのため、京都市内の探索もそこそこにして、名古屋方面に向かうことになった。

 

名古屋も神戸と同様に荒廃し、バーテックスの生産拠点となっていた。歯がゆい思いをしながらも名古屋市内を通り過ぎ、中央道を上って諏訪方面へと一行は進んでいった。

 

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