2015年8月7日 10時00分
悠岐と千尋の二人は無言で山間部の舗装された道を歩いていた。
7月30日の悪夢から数日経過していたが、事態は全くといっていいいほど好転していない。むしろ悪化しつつあった。幸いにも白い化物どもは都市部の人間や建物を破壊するのに必死なのか山間部ではあまり見かけなかった。
それでも無数のシロアリの如く無数に蠢く物体が空を覆いつくしており、空を見る気が失せてくるよう光景だった。
謎の力で覚醒した悠岐にとって100kmほどの距離はそこまで苦にはならなかったが、ただの中学生である千尋にとっては拷問のような旅路であった。
化物に見つからないように常に緊張感を張り巡らせ、気温30度以上の真夏日に歩き続けることは12歳の少女には厳しすぎる内容であった。
「ちょっと休憩をしましょう」
「大丈夫、それよりも悠岐は疲れてない?」
「私は大丈夫だよ。あの時から体の調子が妙に良くて」
「それなら安心。水分補給や休憩は適度にとっているから私は大丈夫だよ。それよりも早く行かなきゃ……」
友人の体調を気遣って小休止を挟むことを提案した悠岐であったが彼女はそれを断り、目的地に向かうことを優先させた。
(すまない……)
心の中で謝りながら、再び山道を進み始めた。
二人の目指す目的地は、父親が所属している海上自衛隊の基地がある舞鶴市であった。京都市から100キロほどの場所にあり、電車を使えば3時間程度で行ける場所であったが、公共交通機関が使えないうえ自家用車も使えないため、徒歩での移動となった。真夏の山道を歩くということもあり何日もかけて歩く必要があった。
しばらく無言で歩き続けると、国道27号線の案内標識が舞鶴市内にあと数キロで到着することを示していた。
「そろそろ舞鶴市だ」
コンビニで拝借した地図をもとに目的地に向かっていた二人であったが、一日10キロ以上を歩き続け、ようやく父親のいる場所へと到着したのであった。
「ひどい……」
思わず声に出てしまうほど舞鶴市は破壊されていた。元々そこまで大きな町ではなかったのだが、化物が暴れまわった後は京都市と何一つ変わらなかった。
「い、急ぎましょう」
西舞鶴の町を抜ける途中、化物に出会ったが、隠れてやり過ごした。やつらが人間と同じように知性があるなら、自分たちを「殺す」ことができる武器を持った少女を無視するとは到底思えないからだ。調子に乗って戦えば、間違いなく援軍を呼ばれ、数の暴力で二人は押しつぶされるだろう。そのため、極力戦闘は避けることにしていた。
幸いにも千尋は勘が鋭く、彼女が行ってはいけないと言う場所には必ず白い化物の姿があった。
「お父さん無事だといいね……」
「たぶん大丈夫よ……」
大丈夫であるとは思えなかった。いくら初動対応に時間がかかる自衛隊といえども、ここまで文明を破壊しつくしている化物に対して何の行動も起こさないわけはない。それなのに……
(おかしい……)
(化物への攻撃はともかく、災害対策に自衛隊が出動していてもおかしくはないのに)
「数日前は生きていたんでだよね?だったら大丈夫よ!」
千歳が暗い顔をしている悠岐を慰めようと声をかけてくる。
「ありがとう」
そもそも二人が舞鶴に向かった理由は、化物が襲来した数日後に父から電話がかかってきたからである。
すでに電話、メールはおろかネットまでつながらなくなっていたが、父とは通話することができた。おそらく自衛隊の通信衛星はまだ無事だったのかもしれない。
ほとんど一方的な会話だったため、ろくな情報は得られなかったが、海上自衛隊の基地も白い化物に襲われ、部下が何人も殉職したらしい。すぐに迎えに行くことはできないから食料や水を買い込んで、地下や人目の少ない場所で隠れていろという内容の電話だった。
すぐに電話が切れたこと、電話越しでは伝わらないと考えたため、悠岐の手にした刀のことは父親には言わなかった。
しかし父親の生存が確認できたこともあり、二人は舞鶴を目指すことにしたのであった。
「千尋の家族は……」
「いいのよ、たぶん駄目だから」
千尋の両親は共働きで、京都市の中心部で働いていた。京都市の中心部は化物に徹底的に襲われていたらしく、建物が破壊されたときに発生した砂ぼこりと火災で街が見えなくなるほどであった。
「それに悠岐についていた方が安心だし……」
化物に唯一対抗できる能力を持った友人から離れたくないというのが彼女の本音でもあった。
「そう……」
つい最近までは顔を合わせればスポーツ、ゲーム、麺類の話をしていた二人であったが、肉体的、精神的疲労の影響もあってか口数が減っていた。
2015年8月7日 14時00分
西舞鶴を通り抜け、海の方へと歩いていた二人であったが、しばらくすると海が見えてくる場所までたどり着いた。
「ここまで来たらあとちょっとだよ」
悠岐は、前に基地に来たこともあり、この辺の地形や道は覚えていた。
大通りは化物に見つかる可能性が高いため、細い路地を通りながら基地の入り口につくとそこは地獄であった。
「ッ‼」
(何度みても、この光景は慣れない……)
今までも人間の死体は嫌というほど見てきたが、慣れることはなかった。
入口付近には制服を着た自衛隊の隊員が倒れており、みな体の一部を食いちぎられていた。真夏日が続いていたこともあり、数日で体は腐り、猛烈な臭いをまき散らしていた。
「お父さん……」
「うぅ、ひどいよ、これ……」
千尋もこの光景に耐えきれなくなったのか口に手を当てて吐き気を抑えようとしていた。
「お父さんは、父はどこにいる‼」
急いで基地の中に入り、舞鶴地方総監部の建物内に入る。普通であれば、家族でも入れないような場所であるが、二人の行動を止める者はいなかった。
建物は破壊されている箇所もあったが、奇跡的に原形をとどめていた。
「幹部の人たちがいる場所ってどこよ」
いくら家族でも機密が関わることは全くわからない。知っていたらそれはそれで問題である。
「ねえ悠岐」
「何かわかったの?」
「今電気って止まっているよね?」
「そうだけど…・・」
電気などのインフラは地震が発生した時から止まったままだ。
「発電室って地下にあるみたいだよ」
千尋が建物の案内図を指さしながら悠岐に教える。
(発電室!)
(そうか、そこなら発電機があるし、管理している人がいるかも)
「地下に向かおう」
地下なら化物に襲われていない可能性もあるし、もしかしたら自衛官の人がいるかもと思い地下への入り口を探す。
「きゃっ!」
千尋の短い悲鳴と共に目の前の部屋から白いモノが飛び出してきた。
二人を認識すると、気持ち悪いほど大きい口を開けて猛スピードで建物を破壊しながら突進を仕掛けてきた。
「千尋、下がって!」
すぐに応戦できるように食料が入った荷物を建物の入り口に置いていたのが幸いし、すぐに抜刀することができた。
迫ってくる化物を刀で斬ると、真っ二つになって化物は消滅した。
(まずい、ばれたかもしれない)
「急いで逃げるよ!」
後ろで隠れていた千尋を呼びよせ、建物の外に逃げる。
しかし、外には無数の化物が二人を食い殺そうと待ち構えていた。
「悠岐!どうするの」
「くっ……」
いくら対化物特攻効果のある刀でも100体近い化物を相手取るのは不可能に近かった。
いっきに何体もの化物が二人に迫るが、これを斬り、建物の中に逃げ込む。しかし化物は人間の作った建物など障害にすらならないとばかりに突進を繰り返し行い、建物を破壊しようとしてきた。
「このままだと瓦礫の下敷きになっちゃうよ!」
(どうする、外に出ても囲まれて食い殺されるだけ)
(ここにいても建物の下敷きになるだけ)
(どうする、どうするの私‼」
二人が二度目の死を覚悟した瞬間、小さな爆発音とともにあたりが真っ白な煙で覆われた。その後も銃声のような音や、何かが爆発するような音が鳴り響いた。
「も~!どうなってんのよこれ!」
せき込みながらも千尋は不満をぶちまける。
「こっちだ!ついてこい」
野太い男の声に上をつかまれる。気配すら感じさせないその行動に恐怖を感じたが、今はこの声だけが味方である。
「千尋!」
「彼女は無事だ。仲間が付いている」
煙が薄くなっていくとともに男の正体がわかってきた。基地にいる人といえば、制服を着ているイメージが強かったが、男は映画で見るような完全武装をしていた。
「特殊部隊?」
「そこまですごい部隊じゃないよ。基地を守るのを仕事にしているだけでね」
後ろには悠岐を助けた男と同じように武装した男が数名で千尋を守っていた。
建物の無事な部分へ行くと、隠し扉のようなものが開き、そこから地下に下りる階段があった。
階段を降りるとそこには分厚い扉があり、それを開けると広いスペースに数十人の人間が避難していた。
多くは自衛官のようだが、中には一般人もいるようだった。
広い部屋とは別に狭い部屋もあるようで、二人はその部屋に案内された。扉を開けると中から制服をきたおっさんが立っていた。
「悠岐?悠岐か‼」
「お父さん‼」
無駄にいい声が悠岐の名前を呼ぶ。この声は父親の声であった。
「監視カメラの映像でまさかとは思ったが、どうして舞鶴まで‼」
「お父さんが心配だったからよ。それに頼れる人なんてお父さんぐらいだし……」
悠岐と父親は抱き合いながら言葉を交わした。父親は二度と会うことはできないと覚悟を決めつつあったため、涙を流しながら最愛の娘との再会を喜んでいた。
「通信衛星も破壊されたようでな。もう二度と電話も通じないかと思っていた」
「私も京都や舞鶴の町の様子を見て、もうだめだと思ったけど……」
娘は謎の力に目覚めたおかげで助かり、父親は自衛隊の幹部だったために助かった。奇跡的な再会であった。
「部長!失礼します。総監がお呼びです」
「わかった。すぐにいくよ」
悠岐の父親は想像以上に偉い人だったらしい。胸にはカラフルな布がたくさん付けられているうえ、肩の階級章の黄色い線が沢山付いてあった。
「お父さんはちょっと忙しい。いろいろ話したいことはあるけどちょっとだけ待っていてくれ」
「わかった。頑張ってね」
父親は別の部屋に入っていき、残ったのは二人を案内してきた武装した自衛官と父の部下らしき自衛官と友人の千尋だけとなった。
「君は、山田一佐の娘さん?」
「はい。私は山田裕紀の娘です」
「それで、どうやって舞鶴まで。あの化物共のなかどうやって。それにその刀は一体」
「その話は父親に話す時でいいでしょうか?いろいろと長い話になりそうですので」
「……そうですね。今はいろいろと大変だし、もう少し落ち着いてからにしましょう」
自衛官の人がゆっくり休んでねといい部屋から出ていく。武装した自衛官の人たちも部屋から出ていったこともあり、部屋には千尋と二人きりになった。
久しぶりに落ちつける場所であった。
「悠岐のお父さんってすごい人だったんだね。自衛隊の偉い人って聞いていたけど」
「私もこんなに偉い人だと思わなかった」
あの危機的状況で、自衛官が殉職するリスクがあるにも関わらず助けに来てくれたのは悠岐が舞鶴基地の幹部の娘だったからかもしれない。
(もしくは、私が化物を倒せるところ見たからかもしれない)
(化物への戦力となりうる存在を無視するとは思えないしね)
しばらく休んでいると、部屋に父親が入ってきた。
「悠岐、落ち着いたか?」
「うん。いろいろありがとう」
「構わないよ。娘を助けない父親がどこにいる」
職権乱用である。
「まあ救助した理由は娘であるっていう理由だけではないけどね」
「私の刀の事?」
「そうだ。監視カメラで娘が刀であの化物を次々と斬り殺すところを私や、同僚が見ていてね」
「それで私たちを助けた」
「そうだ。残念だけど、今は有事だ。甘いことは言っていられない。たぶん逃げ込んできたのが一般人だったら……」
「お父さん、それ以上はいわないで」
「ごめんね。変な話をしてしまって」
山田家と千尋の三人は30日から今日までに起きたことを話しあった。
避難先の小学校の事
神社での謎の声と化物を殺す刀の事
舞鶴までの道のりの事
父親の話では、災害派遣のための艦隊を編成している最中に化物の襲来にあったらしい。信じられない話だが、自衛隊の拳銃やライフル銃はおろか、護衛艦の機関砲や砲弾、ミサイルが化物には全く通用しなかったらしい。湾内の護衛艦は白い化物に食い破られ、破壊されるか、乗員が皆殺しにされるかで無力化されたようである。
生き残っていた通信システムを利用してほかの基地や空自、陸自の情報を得ようとしたが、どこも舞鶴と同じように、化物に蹂躙されただけだった。
「米軍の知り合いとも話したが、米国本土も白い化物に蹂躙されているらしい」
世界最強の軍隊を持つ国も日本と同じように蹂躙されたらしい。ロシア、中国、EUといった国々でも同様の状況が発生しており、この地球上でまとまって敵に反撃できる能力を持つ国は既に存在していない可能性が高いとのことだった。
人類が築き上げてきた文明は一週間で崩壊してしまったのである。
「だが希望はある
」
「希望?私は化物を倒す刀を持っているけど、あいつらをすべて倒すほどの力はないよ……」
「そうではない。無事な地域が確認されている」
「「無事な地域?」」
自衛隊や米軍ですら歯が立たない化物から逃れられる地域など存在するのかと疑問に思う二人であったが、父親が口にした地名は意外な場所であった。
「四国だ。四国四県は化物を撃退したらしい。2日前でも、香川の善通寺にある陸自の駐屯地も基地機能を維持していた」
「四国の香川ってことは…」
「うん!おばあちゃんの家がある場所だ!」
千尋の声に喜びの感情が含まれる。祖母が生存しているかもしれないという希望が彼女を喜ばした。
「お父さん、お母さんは……」
「……」
悠岐は、ずっと心残りだったことを父親に聞いた。本当は、母親も探したかったが、生存も所在もわからなかった。そのため再開できる可能性の高い父親の方に向かったのであった。
「ダメだった、携帯も通じなくてな。電源が切れているか、落としたみたいだ」
「そう……」
悠岐はそれでも幸運であった。父親に会えたのだから。友人の千尋の両親は行方不明、それも生存が絶望的なのだから。
「もう少し休んだら、悠岐のことで話し合いたい。四国の件も含めて今後どうしていくべきかを考えたい」
「わかった」
そう告げると父親は部屋から出ていき、部屋の中には悠岐と千尋の二人になった。
無音の部屋でこれまでのことを考えていると、瞼を焼くような熱い涙が目から流れ出た。隣では千尋がしゃくり上げの声を漏らしながら涙を流していた。
「うぅ、ぅぅ……」
今までは二人きりで行動し、頼れる人も、落ち着ける場所もなかった。常に緊張し続けていたこともあり、この一週間で起きた出来事を振り返る時間なんてものはなかった。
「お母さん……」
今までは悲しみを感じる気持ちはなかった。恐怖と生きたいという本能だけで過ごしてきた。
しかし、今はどうしようもないほど悲しみに満ち溢れていた。頬を涙で漏らしながら泣くことしかできなかった。
私は自衛隊の基地の中には数回程度しか入ったことが無いので詳しいことは不明ですが、自家発電器やシェルターくらいはありそうです。
あと父親は舞鶴地方総監部の偉い人です。まあ施設部長とか経理部長とかの一佐クラスの人です。基地内でお仕事していたから助かりました。
艦に乗っていた部下や知り合いはほとんどバーテックスに殺されています。