若葉たち8人の遠征組は名古屋を通り過ぎ、中央自動車道に沿って長野県諏訪地方へと向かっていた。
長野県を経由して東京~名古屋間を結ぶ中央自動車道は他の高速道路と同様にズタズタに破壊されていた。道路上に車が放置されていることもあったがすべて破壊されており、人の気配はなかった。
「諏訪の方は大丈夫なのでしょうか」
「わからない。ただ、可能性は限りなく低いだろう」
若葉、悠岐は、諏訪がすでに陥落していると覚悟はしていた。昨年の9月に通信が途絶え、それ以降にバーテックスの襲来が本格化した。さらに神託でも壊滅した可能性が高いと告げられており、諏訪は壊滅したものだと認識していた。
「それでも私は行かなければいけない」
「歌野と約束したからね。『いつか諏訪に来てね』って。平和になった後に来たかったけど……」
若葉と悠岐にとって白鳥歌野は顔も知らない勇者である。通信機越しでしか会話したことがない関係であったが、彼女たちにとっては戦友であった。その戦友が守り、愛した場所に行くことだけでも意味があると考えていた。
「諏訪の結末を、私たちは見届ける義務がある」
若葉の言葉に頷きながら勇者たちは歩みを進めていた。
長野に向かい始めてしばらくの時がたち、8人は長野県諏訪市に到着した。
諏訪市には諏訪湖という大きな湖があり、夏では大きな花火大会が、冬では全面結氷した湖の氷上に現れる氷のせり上がり現象、「御神渡り」で有名な湖である。
そして諏訪市を代表する神社が諏訪大社である。
諏訪大社は、上社本宮、前宮と下社春宮、秋宮の4つの社によって構成されている日本有数の知名度を誇る神社である。
諏訪地方の結界はこの4つの社にある4本の御柱から形成されており、『御柱結界』ともいわれていた。
始めはすべての御柱が結界の役割を機能していたが、度重なるバーテックスの襲撃で、3年前には諏訪大社上社本宮が位置する諏訪湖東南部のみが健在であった。
「やはり……ダメだったか」
諏訪の町並みはこれまで8人が通ってきた場所と何ら変わりはなかった。道路は陥没し、建物は瓦礫の山であった。
諏訪の街を通り過ぎ、本宮の場所に到着すると、そこは目を背ける光景が広がっていた。
「クソッ!」
「とりあえず何かないか探そう」
若葉の指示で本宮内部を探すが、ほとんどの場所が跡形もなく破壊されており、白鳥歌野達の痕跡を探すことはできなかった。
若葉たちは夕方になるまで探索を続けたが生存者はおろか、人間がいた痕跡すら見つからなかった。
仕方がなく本宮から離れようとしたその時、近くを眺めていた若葉の目には大きな畑が映っていた。
「もしかしたら……」
若葉は、歌野は畑仕事をしていたと言っていたのを思い出していた。
畑に到着すると、そこは雑草に覆われていた。半年以上も人の手が入っていなかったから当然である。
「若葉、何かあるぞ!」
「本当か!?」
悠岐が畑の端に何か埋まっているのを目ざとく発見していた。
「ここだ。何か埋めた後みたいだ」
「掘るぞ!」
スコップは持ってなかったので手を使って掘り進めた。少し掘ると少し大きめの箱が見つかった。
急いで箱を開けると、中から一つの鍬と二枚の紙が入っていた。
「これは……」
「鍬に名前が書いてありますね、え~と『白鳥歌野』って書いてあります」
杏が箱の中の鍬の持ち手に書かれた漢字を読んだ。そこには諏訪の勇者の名前が刻まれていた。
「これは歌野の残したメッセージだ」
「勇者の白鳥歌野さんの手紙。それにこっちは巫女の藤森水都さんの手紙みたいです」
「みんなここで戦っていたんだ……」
ひなたと千尋は同じ巫女として勇者を支え戦った水都の手紙を読んでいた。
若葉と悠岐は戦友である歌野の手紙を読んでいた。
手紙には諏訪への思いと人類の希望を若葉達に託したという内容であった。
「これはバトンだ。白鳥さん達から託されたバトンなんだ……」
違う場所で生まれた勇者であっても、声しか知らない関係であっても。間違いなく白鳥歌野は若葉たちの戦友であった。
「戦友よ、私はあなたのことを忘れない。だから安らかに眠ってくれ。この世界は私たちが奪い返す。それまで見守っていてくれ」
翌日、若葉達はもう一度本宮の調査を行っていた。
「歌野……諏訪の蕎麦を食べる約束、守れなかったな」
悠岐は歌野とラーメン、蕎麦の食べあいを行うことを約束していた。若葉もうどんを食べさせるつもりだった。
「その約束の一部は守れそうだな」
「若葉?」
「これだ」
若葉が見せた袋の中には蕎麦の種やダイコン、キュウリといった野菜の種がしまわれていた。歌野が生前に残したものであった。
「四国で栽培しないとな」
「いつか白鳥印の野菜や蕎麦が四国中で売られるといいですね」
杏が深く考えずに言った言葉であったが、数百年後の未来で実際に売られることになるとは、だれも想像できなかった。
「少し畑を耕すか……」
歌野達を追悼する意味も込め、彼女が愛した大地をきれいに整えることになった。
基本的に体力お化けの若葉、悠岐がいたためそこまで時間はかからなかった。
「バーテックスに囲まれた環境だからしっかりと育たないと思うけど……」
「歌野ちゃんや水都ちゃんの思い出の場所だからね……」
千尋が少し乱雑ではあるが耕された畑に種をまいていた。その後を悠岐がじょうろで水をやっていた。
すべての作業が完了すると、休息をとることになった。
簡易で貼られたテントの中で睡眠をとり、北上するための体力を回復させていた。
1時間ほどが経過したとき、ひなたと千尋が冷や汗をかいて起きたのである。
見張りの為に外で警戒していた悠岐が二人に近寄る。それに気づいて起きたほかの勇者たちも、二人の顔色にただ事ではないと感じていた。
「ひなた、それに千尋さんもどうした、まさか……?」
「千尋?もしかして神託か……?」
若葉と悠岐は、巫女である二人の尋常じゃない様子に、何か恐ろしい神託が下ったのだと考えていた。その予想は的中しており、二人の口から恐れていた言葉が発せられた。
―再び四国に危機が訪れる―
「危機ってバーテックスの侵攻が再開されるってことですか?」
「恐らくは。それもこれまで以上の攻撃が予想されます」
「これまで以上って、うそでしょ……」
ひなたの言葉に千景が言葉を失う。千景だけではない、勇者の全員が言葉を失っていた。
2月の決戦で、6人全員が負傷し、悠岐や若葉に至っては死にかけていた。そこまでの代償を支払ってやっと倒したバーテックスが、わずか数か月で戦力を回復し、攻撃を仕掛けてくるのである。
「戻るしかないだろうな……」
若葉の言葉に全員が頷く。
(できれば北方にも行きたかったが、四国の防衛が優先か……)
悠岐も北方の生存者たちのことが気になっていたが、四国の危機の前にはどうすることもできなかった。
「仕方がない、遠征はここで終了だ。『大社』に連絡後、すぐに四国へと引き返す」
「了解です」
若葉の決定によって、結界外の探索は終了となった。
中央自動車道を名古屋方面に下って最中、千尋は悠岐に背負われていた。
「会いたかったね。北で戦っている勇者さんと」
「そうだな。何人いるのかは分からないけど、孤軍奮闘しているのだろう」
千尋は北の方角を見て、バーテックスと戦い、多くの人々を守っている勇者を思っていた。
「会うためにも、一番力が残っている四国を守り通さなければな」
「そうだね」
(私たちは四国を守り通すので精いっぱいだ。それに敵の、バーテックスの数に限りは存在するのか?それとも……)
2月の戦いでは十数万、そして次はそれ以上の敵が四国へとやってくる。
(次の戦いを乗り越えても、その次があるだろう……)
そしてバーテックスは進化し続けていた。前回の超大型のバーテックスは、未完成だったからこそ6人の力で倒すことができた。
(進化体を超えた進化体、あれが完成した状態で四国に来たら……)
精霊の力を使っても倒せないかもしれない。
だが、悠岐たちにとって敗北は「死」でもあった。バーテックスの侵入を許してしまえば四国は、あの地下街のような悲劇に襲われるだろう。それは何としても避けなければならなかった。
(悲観的になってはいけない……私が弱音を吐けばみんな不安になってしまう。前を向かなければ)
「帰ったら、若葉と模擬戦をしないとな」
「そういえば悠岐と友奈ちゃんはまだ戦っていなかったね」
悠岐は悲観的になっていた思考を停止し、千尋と帰ったら何をするかを話すことにした。2月の戦いの前に行いそびれていた模擬戦の続きを行いたいと思っており、帰ったら行おうという話になった。
数日後、悠岐達は明石海峡大橋を通って結界内に帰ってきた。